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第十六章 紅灯緑酒

第16章 紅灯緑酒


【神聖紀1224年1月中旬、マーキュリー要塞】
 セリアを逃げ出したグザヴィエ将軍は、南へ走った。そして、サリス南方のメルキュール州にあるマーキュリー要塞に拠る。

 第7代皇帝フィリップ2世の治世、サリス地方の東西南北の要に、要塞建設計画が持ち上がった。時はサリス帝国の絶頂期である。建築者達の夢は膨らみ、図面に都市全体を取り込んだ、巨大要塞を画き上げる。
 極限まで死角をなくし、どの方向にも均等に対応できる。この理念の元、ついに雪の結晶のような形状をした、斬新的な縄張りが創り出される。これは、合理的城塞の先駆(さきが)けとなる筈だった。
 が、余りにも建設予算が巨額になり過ぎた。時代も長期安定期を迎えていて、巨大要塞不要論が囁かれるようになった頃である。逆風にあって、計画は徐々に縮小される。そして、従来の城郭様式に戻されて、どうにか一つ目が着工に至った。
 そして、“アンゴラの大敗”によって帝国の基礎が揺らぐと、後続の計画は宙に浮いてしまった。どうにか、要塞の体裁を整えているのは、南方の要であるマーキュリー要塞ぐらいである。
 南側の外堀は、枡形の大手門があり、200メートルの長塀もあって、しっかりと築かれている。しかし、北側に堀は無く、南側も大手門を抜けると、本丸までがらんとして、何の工夫もない。さらに本丸を囲む内堀は何ヶ所か途切れて、防衛線の意味をなしていない。門も、櫓門とか枡形とかの配慮もない。まさに作りかけの城、という感じである。

「カリハバールを打倒するまでは組めるだろうが、その後は必ず分裂する。その時まで凌げばよいのだ」
 グザヴィエはそう断言して、戦いの成り行きを、この要塞で見届けようとしていた。彼の背後には、軍事産業がいた。何れ、同盟軍は去り、再びセリアは混乱する。その時、また自分の力が必要とされるだろう。物流の混乱が解消された時、乱世は武器の拡散は進める。今自分達を追い出した連中こそが、自分に武器を求めて来るのだ。この武器の流れを操作管理する事で、世界に大きな影響を与える事ができる。そう近未来を読んでいた。
 しかし、今その目論みは崩れようとしていた。カリハバールのジュス軍を破った鎮守府軍が、要塞の前に布陣して、降伏勧告を行ってきたのだ。
「何故、自分ばかり眼の仇にするのだ?」
 グザヴィエは腹の底から響くような声をもらす。
 生き残るために、意趣を捨てるしかない。南方の湖岸エルワニュール州のガンペッタに同盟を申し出る。そして、幼い一人娘を人質として、援軍を要請した。
 親書を受け取ったガンペッタは、熟慮の末、グザヴィエの考えを受け入れる。
「奴等は、我らをセリア混乱の元凶とするつもりだ。それで、カール5世などの失策から、民衆の目を反らし、皇室の威光を守ろうとしている……」
 グザヴィエの次は自分になる、という予測があった。ガンペッタは旧帝国の官僚達に深い繋がりを持っている。彼等の生命も既得権益も守ってきた。鎮守府軍が今後サリスで権力を持つならば、古い体制を一掃してくるに違いないだろう。その象徴として、自分の首はうってつけである。彼は顔を蒼白にして、眠れる夜を過ごしていた。
 ガンペッタは直ちに援軍を派遣する。だが、その援軍も、途中で鎮守府軍ロックハート部隊の伏兵にあって、敢え無く敗走した。

「機は熟した」
 一方、ナルセスは気を吐く。素早く陣を解くと、南東のエルワニュール州に向かって移動を開始した。

「おお、ついに援軍が来たか! ディアンめ、挟み撃ちにしてくれる!!」
 それを要塞の中から見詰めていたグザヴィエは、援軍の到来、と判断して、積もりに積もった鬱憤を晴らすために、全軍に出陣を命じる。
 マーキュリー要塞の南側には、二つの小川が平行して流れている。南から侵攻する敵にたして、造られた人口の川で、外堀として利用するために、橋は互い違いになっている。
 真っ直ぐに進めない鎮守府軍の動きは、どうしても鈍くなる。一本目の橋では、たくさんの荷車が詰っていた。
 すぐに、グザヴィエは鎮守府軍の最後尾に喰らいつく。思いのほか、鎮守府軍の殿は脆い。
「主力はもう橋を渡ったらしい」
 瞬く間に、蹴散らしてしまう。と、荷車の大軍を手に入れた。
「今まで、守りに徹していたため、こちらの攻めを失念してしまったようだな」
 グザヴィエは北叟笑{ほくそえ}む。
「もうガンペッタに頭を押さえられている筈だ。一気に決着をつけるぞ」
 そして、勢いに乗じて、更なる追撃を開始する。
 小川を渡ると、鎮守府軍は鶴翼に布陣していた。一瞬、待ち伏せにあったのか、と緊張する。だが、その布陣の薄さ、横に長くなった陣形、部隊と部隊の間隔の開きに、表情が緩んだ。
「若造が、兵法も知らぬか」
 鎮守府軍の戦力は想ったほど多くはないのだろう。カリハバールのジュス軍を破ったと聞いて、大軍だと思い込んでいたようだ、と苦笑いして呟く。
 側近に索敵される。と、リューフ・クワントは敵左翼で、二本目の橋を渡ろうとしている。戦闘が始まっても、早々戻って来られない。ナルセスの本陣は中央だが、急ごしらえで、守りは決して堅くない。そして、側面を右翼は形ばかりで極めて少なく、側面攻撃の心配は必要ないようだった。
「勝ったか」
 グザヴィエは勝利を確信した。と、頭に熱い血がどっと流れて、逆に手足に冷たさを感じた。
「勝利を掴むぞ、突撃!」
 グザヴィエ軍騎兵が一斉に突進する。こうして、戦いは始まった。
 ナルセスの本陣は、初めから逃げ腰である。第一陣は矢を射ると、第二陣の後ろに下がる。そして、第二陣の後背で矢を番える。これを何度も繰り返して、順調に左翼方面へと退いていく。
 グザヴィエ軍の攻撃は、まるで影を追うようで、空振りばかりで全く手応えを得ない。高まった闘志は、完全にいなされてしまった。そして、捕まえきれずに時間ばかりが経過していく。と、グザヴィエの眼前に、新たな騎兵が迫っていた。
「しまった!!」
 奥歯がガタガタと震えた。
 ナルセスは巧みに左翼のリューフと位置を入れ替えて、今や最も安全な最後尾に逃げ果せた。
「時間がかかり過ぎたか……だが、敵は乱れている」
 小川と小川に挟まれた狭い場所で、リューフの騎兵が正面から襲いかかってくる。左右にかわす事は出来ない。先頭に居た騎兵が、リューフにまるで雑草を刈り取るように、薙ぎ払われていく。
「狼狽[うろた]えるな、槍を並べよ」
 グザヴィエは背中に冷たい汗を流しながらも、長槍部隊を幾重にも並べた。破壊力では劣っていても、数では優っている。如何に武勇のリューフでも、十分に止められる厚みがあった。
 が、その時、小川の向こう側から、無数の矢が飛んで来る。パスカル隊の連弩である。矢の異常な数に、鉄壁の筈の槍衾が乱れる。
「謀ったな……」
 ここに至って、ようやく罠だった、と認めた。もはやこの場にこれ以上踏み止まるのは危険だった。こうも容易く敗れるとは、自らの不甲斐なさに、胸や腹部がぎゅっと痛む。
 だが、振り返ったグザヴィエを、その痛みすら忘れるほどの衝撃が待っていた。橋の周囲に投げ出されていた荷車が燃えているのだ。
「……」
 逃げ道がない、そう想った瞬間、背後で戦うリューフの声が聞こえた。もう首を動かす事ができない。全神経が背中に集中しているにもかかわらず、何一つ感知する事はない。わなわなと体の表面が虚無感に痺れた。
 逃げるしかない……
 何処へ?
 小川をさらに降った渡河できる浅瀬まで駆ける……
 敵に背を向けるのか?
 仕方がない……
 一体どれほどの兵を殺がれるか?
 だが、要塞がある。まだ要塞がある。援軍が来るまで持ち堪えれば生き延びられる……
 と、側近が顔を近付けて、何か叫んでいる。何も聞こえない。ただ何かを指差しているのが分かる。恐ろしく想えたが、もうこれ以上悪い事など起きる筈がなかった。そう気付いた時、もしや援軍では、と胸が踊った。眼を剥いて、これ以上速くならないほど鋭く首を振る。
「何だ……」
 一瞬何が起こっているのか分からなかった。
「燃えているのか……」
 無意識に呟く。燃えているのは知っている。橋の荷車に火をつけられて、逃げ道を塞がれてしまったのだ。だが、方角は違う。距離も違う。
「何が燃えているのだ?」
 瞳が泳いでいた。ぼんやりとした口調で、左右の兵に問う。だが、返事はない。次々に護衛の兵がグザヴィエを追い越して、駆けて行く。誰も剣を握っていない。
「お前達……何処へ行くんだ」
 もう一度ぼんやりと呟いた。
 その刹那、背後で青竜偃月刀が唸る音がした。三つの悲鳴が重なり合う。確認するまでもなかった。グザヴィエは愛馬の腹を蹴っていた。
 マーキュリー要塞が落ちた……
 周りが夜と思えるほど暗かった。絶望が視界を狭くしている。その薄暗がりの中を、グザヴィエは懸命に走った。馬が疲れ切って、躓き倒れる。地面に叩きつけられたが、痛みはない。屈辱もない、無念さもない。ただ生きたかった。グザヴィエは素早く鎧を脱ぎ捨てると、冷たい水の中へと飛び込んで行った。


【サリス南部エリプス】
 翌日、農民の格好に身を窶[やつ]したグザヴィエが、ガンペッタの館に現れた。
「同盟に従って……共に戦いたい」
 かつてのライバルに、膝を屈する。やっと言葉に覇気を含ませる事が出来た。しかし、同盟やら戦うやらと言うが、実情は全く伴っていない。もはや従う兵もなく、領土もない。元々、メルキュール州を領していた訳でもない。軍事力で点を支配していただけである。一度の敗戦で、全てを失ってしまった。今や家族の生存を知る術すらないのである。
「分かった。しばらくは休まれよ」
 ガンペッタの言葉は短く、素っ気無い。蔑む視線や言葉を覚悟していたグザヴィエは、不思議な拍子抜けを感じる。
 現実問題として、ガンペッタにグザヴィエを構っている暇などなかった。鎮守府軍はすぐそこまで迫っているのだ。すでに一戦して敗れている。山麓の館では守り抜く自信はない。そこで、防衛力のある山城へ移ろうとしていた。
 ガンペッタは、このエルワニュール州の領主の一人である。軍事力と中央とのつながりで、州牧(知事)になった。サリスの地方政治の仕組みは、州、県、郡と区分されている。一州の行政全般を担うのが州牧であり、その下で、県令、郡令が地方行政を行う。
 エルワニュール州はサリスの南部にあり、エリース湖に面して農業が盛んな州である。その州都エリプスは楕円形をした古い地方都市である。
 ガンペッタは州牧としてエリプスに入り、県令、郡令などを新たに任命して、着実に州の支配を固めていた。しかし、いよいよ戦乱がこの地に及んでも、周辺から兵は集まらず、中央から一緒に落ちて来た兵は少なく、また、頼るべき要塞もない。ガンペッタの精神は、切れる寸前まで追い込まれて、他人の事を考える余裕など残っていなかった。
 取り敢えず、引越しが終わった時、もう日が暮れていた。
「どうにか間に合ったか……」
 安堵の溜め息を吐いた時、城下の館に火が付いた。闇の中でその光は妖しげに輝いて、山頂に篭城する者達の心を蝕んだ。
「見事な……ものだ」
 グザヴィエは寂しげに独語する。軍人として、賞賛するしかない。自分がやりたかった戦術を、鎮守府軍はいとも簡単にやり遂げている。悔しさはない、ただ妬ましいだけである。もう一度チャンスがあるならば……、そこまで考えて、さめざめと泣いた。すでに男としては終わっているのだ、それを痛感していた。
 一方、ガンペッタも最後の瞬間を意識していた。山城に兵糧と水を十分に運び込む時間はなく、兵の士気も挫かれていた。いつ部下に寝首をかかれてもおかしくない状態である。
 ガンペッタは酒を煽った後、首の後ろを一度叩いた。
「これまでだな……」
 翌日、山城から使者が降りて行く。


 篭城戦はたった二日で幕を下ろした。一戦も交える事なく、城門は開かれ、ガンペッタとグザヴィエは共に鎮守府軍に降った。
 エリプスの港を、ナルセスとオーギュストが進む。
「連勝は良いが、何か上手く行き過ぎたような気がする」
「グザヴィエもガンペッタも、群雄として立つ覚悟に欠けていた。全てが人間関係の中で解決できる、と信じていたのだろう」
 覚悟か……、とナルセスは口の中で呟く。
「だが、その覚悟が薄かったおかげで、諦めも早かった。これで時間的余裕が作れる」
 オーギュストが足を止める。視線の先には、埠頭から船に乗り込むグザヴィエとガンペッタが居た。二人は頭を丸めている。セリアに送られて、そこで同盟軍によって裁かれる事になっていた。
「ついでに俺はトレノに行く。ここは任せる」
「ああ」
 オーギュストは小さく手を振って、軽やかに跳ねて、船に飛び乗る。
「それから、マーキュリー要塞は」
「パスカルに再建案を考えさせれば良いんだろ?」
 オーギュストは微笑むと、今度は大きく手を振った。
 メルキュール州とエルワニュール州の南部2州を取った。ここを足場に、カリハバールが支配するコリコス州シデを狙う。コリコス州はグランカナン(大運河)のエリース湖側出口である。カリハバール軍の名将トルゴウド・レイスが駐留していた。
「これまで以上に厳しい戦いになるだろう……」
 独語してから、ナルセスはもう一度連行される二人を見る。そして、全身が粟立つのを感じた。
 二人に覚悟がなかった、とオーギュストは言った。果たしてそうだろうか。彼等は無能でないから人の上に立ち、責任感があったからこそ早々に降伏もした。
 足りないものとは……?
 覚悟とは……?
 ナルセスは出港する船を見送りながら、肥大した組織の中で、自分の立ち位置を改めて考えていた。


【トレノ、トリノ・ジオ神殿】
 アフロディースが壇上に立った。
「法が正義だから守る、という者が居る。それは自分で描いた正義に、従っているに過ぎない」
 強く拳を振り下ろす。そして、射抜くような鋭い眼光で、拝殿に集まった神官達の顔をゆっくりと見渡す。
 今目が合った、と男女を問わず若者達は皆胸をときめかせている。白いコートを着て、銀色の髪を靡かせている姿は、噂通り女神のように美しい。
「今、ロードレス神国は“毒の粉”という人道に反する行いをした。それを糾す事ができるのは、我等ロードレスの民だけである」
 アフロディースの澄んだ声が、石造りの暗い室内に響く。

「かっこい~い」
 子供が小さな窓から、拝殿を覗き込んでいる。と、背後からそっと年配の女性輔祭が、近付いて来る。
「ラン、神殿の床拭きはどうしたのです?」
「ちゃんとやりましたよ」
 ラン・ローラ・ベルは素早く立ち上がる。
「それにしては早いですね」
「それは倉庫にあった蒸気噴射器で、ばばっと――」
 身振りを加えて、ランは自慢げに語る。
「何てことです!」
 と、予想外に、輔祭は怒り出した。
「いいですか。古から決められた通りに、雑巾で拭きなさい」
「……でも、こっちの方が簡単にきれいになりますよ」
「お黙りなさい。落ちる、落ちないは、絶対神がお決めになる事です。大切なのは、教えの実行にあります。祈りを込めて、一拭き一拭き実践するのです」
「……はい」
 ランはしおらしく俯いた。別段反省した訳ではない。心の舌打ちが、顔にもれているかもしれないからである。
「そもそも絶対神ジオは――」
 輔祭の説教は延々と続く。
――ああ、こんな所もう嫌だな……
 ウンザリした気分で、嵐が過ぎ去るのをじっと待つ。


【トレノ、ピエールブランシュ・ホテル】
 トレノに到着したオーギュストは、白石屋の経営するピエールブランシュ・ホテルに宿泊していた。そして、連日連夜パーティーを催す。パーティーは華やかで、飛ぶ鳥を落とす勢いの鎮守府軍に近付こうと、多種多様な人物が集まってくる。
 ここで、南部2州から避難していた領主や商人、宗教家などと会合を持つ。彼等に支援と協力を求めて、見返りに領土と財産の安堵を確約した。
 オーギュストの隣にはいつもフリオがいた。セリア付近まで軍勢を率いて進軍したが、オーギュストからの指示で、セリアに入らずこのトレノに直行している。軍勢はヴィルヌーヴが指揮して、ナルセスに合流すべく南下をしていた。
「酷いですよ……」
「何が?」
 廊下を歩きながら、フリオは抗議する。
「カッシーの戦いにも、マーキュリーにも、エリプスにも、参加してないんですよ。それなのに、こんな地味な交渉ばかりやらせて……このままじゃ何もしないまま終わってしまいます」
 ぶつぶつと、フリオが不平をもらす。
「まだ戦争は始まってもいない」
 オーギュストの言葉は、あっさりとして冷たい。しかし、すぐに「あっ」と渋い表情をした。
「持つべきものは、お節介な幼馴染かな……」
「またですか」
 不服そうに、フリオは頬を膨らます。
「大事にしてやれよ」
「そんな関係じゃありませんから」
「まぁまぁ照れるな」
 それにオーギュストは小さく笑った。フリオとの再開の場面を思い出して、ほのぼのと心の温まる想いがしていた。
……
………
「ナーディアからです。忘れないうちに」
 再会の挨拶もそこそこに、フリオは漆の手箱を差し出す。それで、一日の仕事が終わったように、安堵の息を長く吐き出す。
 開くと、ブーン家に依頼していた軍旗のサンプルがあった。
「何ですか?」
「俺のイメージらしい」
 広げて見せた。
「鴉……?」
 銀波に2羽の鴉が、デザインされている。
「なかなかだろ?」
「……ですね」
 オーギュストは満更でもない様で、フリオは曖昧に合わせる。
「うむ?」
 その時、オーギュストは手箱の中に手紙があることに気付く。取り上げると、ナーディアからの手紙だった。内容は、『フリオを助けてやって欲しい』と丸っこい文字で書いてある。爽快な風に吹かれたような気分になった。
「可愛いじゃないか」
「何ですか?」
 目を細めて、フリオは訝しがる。
………
……
 オーギュストは真摯な顔で語り出す。
「伯爵、宜しいか。目に見える戦闘などに、何の意味も無い。実際に槍と槍がぶつかり合った時には、勝敗は決まっているもの。戦いとは、戦場以外で決まる」
「……」
 フリオの生唾を飲み込む音が、廊下にこだまする。
「戦場での武勲などは、匹夫が考えれば良い。名門伯爵家当主、総大将として考えなければならない事は、新しい時代の理念」
「新しい時代の理念……」
 呆然と繰り返す。
「人はその理念に、未来を託す」
「……どうやって」
 戸惑うフリオに、オーギュストはやや強めにフリオの肩を掴んだ。思わずフリオが蹣跚{よろ}ける。
「大丈夫。伯爵には才能がある。それにミカ嬢も俺もついている」
「は、はい」
「まずは段階を踏もう。まず公明正大な君主として、出発する」
「はい」
 フリオはややホッとしたように返事した。
「公正な武勲の査定は、人の上に立つのには、特に重要。要領は姉君から?」
 オーギュストはあやすように丁寧に喋っている。
「はい」
 子犬のように素直な瞳で、フリオは頷く。

 それを一歩遅れて、ベアトリックスは見ていた。
 クリーム色の髪が腰まで伸び、自然にカールしている。厚めの唇が色気を、きつめの目が情熱を感じさせ、そして、すっきりとした顎が妖艶さを醸し出している。白い軍服を着込むと、仕事の出来る女性という雰囲気が漂い、才色兼備と言う言葉がよく似合っている。
――何故、オーギュストはここまでフリオに肩入れするのであろうか?
 これではまるで本物の兄弟である。
――本気で名君に仕立てるつもりか?
 オーギュストは誰と合う時も、フリオを立てている。ただ名を利用としている、と思っていたが、それだけではない様である。
――そこまで信用しているのだろうか。その根拠は?
『こちらは?』
 ホテルのサロンで紹介されて、初めて間近で聞いた、オーギュストの声である。
……
………
 オーギュストはタキシードの襟元を正して、目をベアトリックスに向ける。
「アルティガルド王国軍大尉ベアトリックス・シャルロッテ・フォン・フリッシュです」
 ベアトリックスは揃えて踵を鳴らすと、背筋を伸ばした。
「戦術顧問として参軍されています」
 フリオが説明を付け加えると、二人は軽く握手する。そして、ベアトリックスが手を引こうとした時、急にオーギュストが強く握った。
「以前どちらかで、会いましたか?」
「いいえ。しかし、ミカエラ殿とのは親交があり、何度も館を訪ねています。その時に顔を合わせたかもしれません」
「そうですか。では、ミカ嬢と同じ時にAⅣ?」
「はい、幸運にも」
 形式的に微笑むと、ベアトリックスは“七星宝刀”を差し出す。
「これは?」
「今後の誼の絆にお納め下さい」
「この剣の謂れを知っておられるのか?」
「いいえ」
「これはある英雄が、横暴極める権力者を排する為に、借り受けた剣」
「これは失礼致しました。しかし御自分で、乱世の奸雄、とお認めになられるのですか?」
 オーギュストは、適わない、と笑った。ベアトリックスも、畏れ入ります、と微笑み返す。
 こうして近づいて見ると、益々幼く見える。本当に目の前にいる少年が、あのディーンなのだろうか、ベアトリックスは戸惑いを感じていた。
「度胸のある方だ」
 オーギュストは透明の酒を啜りながら、感嘆の声で告げる。
 自然と目と目と合う。ベアトリックスの挑戦的な瞳に、オーギュストは好奇な表情をしている。
「では、戦術顧問の大尉に問う」
「はい」
 きりっとした声で返す。
「カリハバールは今度どう対応してくる?」
「随分、核心ですね?」
「嫌いか?」
「いいえ」
 ベアトリックスは一度くすりと笑うと、毅然と目元を引き締める。
「戦線を縮小してきます」
「できるか?」
「同盟軍が素早く連携して、コリコス州からランス、聖都サイアと伸びた戦線を分断できれば、不可能でしょう。しかし、利害が対立する同盟軍に、出来ますか?」
「そうだな。だが、面白い」
 オーギュストは楽しげに笑い上げた。
 それから、しばらく話し込んだ。世界情勢から他愛もない世間話まで、色々な話題が飛び出した。ベアトリックスの話術は巧みで、機転を利かせたり、比喩を絡めたり、冗談を交えるタイミングも冴えていた。
――取り敢えず、取り付くことができたか……
………
……

 市庁舎の玄関前階段の上に演壇が設けられている。市庁舎の前は小さいが広場になっていて、階段の上は丁度ステージのようである。広場には、たくさんの見物人がいた。
 階段を、神官のローブをまとった者達が登ってくる。先頭はアフロディースである。その視線の先では、オーギュストとフリオが並ぶ。その右後方には、ベアトリックスも控えている。
 その時、群衆から、七人の神官戦士が飛び出して来た。
「待たれよ」
 アフロディースは悠然と振り返った。無礼であろう、とアフロディースの側近が叫ぶ。
「その調印、認める訳にはいかん」
「ゲオルギオス様を裏切るつもりか!」
「背信者!」
 神官戦士たちは口々にアフロディースを罵る。
「ゲオルギオスとアキレウスとの繋がりは、明らか。それに目を伏せるお前達こそ、国賊ではないか!」
 再び側近が吼えた。
 神官戦士たちは武器を構えると、一斉にアフロディースへ向かっていく。
 アフロディースは側近達を右手で制して、美顔の右に、左手を翳した。左手には紅妖石の埋め込まれた金のブレスレットがある。それが光った瞬間、素早く降りぬく。と、黒に赤い輝き混じった波動が、津波のように走った。
 波動に飲み込まれて、七人の神官は倒れてうめく。
「グラビトンラーゼン(疾重波)。重力子の波だ。しばらくは動けまい。……そこで何が正義か考えよ」
 言い残すと、アフロディースは何事も無かったように、堂々と階段を上り始めた。

「凄い……」
 フリオは、思わず、オーギュストの後ろに隠れていた。恐怖に打たれて、体の震えをどうする事もできない。理解を越えた戦いは畏怖となって、フリオの周囲を隙間なく、取り囲んでいる。
「これが神霊魔術ですか?」
 後ろからベアトリックスの声がする。それに、「そうだ」とオーギュストは淡々と答える。
 あれが、とフリオは呟いた。神聖魔術は『この世の始まりから終わりまでのすべての魔術が書かれている』と、伝わる伝説の魔道書“アプティバ”と“ディスクパワー”に書かれている魔術を言う。星の数ほどの偽物が出回っているが、オーギュストから2冊の魔道書を借り受けて、アフロディースはその一部を習得して、使いこなさせるようになっていた。
 その力を象徴として、アフロディースは、“神霊魔戦士団”を設立した。そして、反ゲオルギオスを表明する。今、そのアフロディースと鎮守府軍は盟約を結ぼうとしていた。
 式典は粛々と行われる。アフロディースとフリオは壇上に立つと、調印書を交換して、手を結んだ。
 そして、アフロディースはオーギュストを冷徹に睨みながら、力強く宣言する。
「私達は、魔術を悪用する者どもを許さない。そのために立った。だが、あなた達が、私利私欲の為に、この盟約を利用しようと言うのならば、我が剣によって即座に成敗する。よろしいか!」
 その圧倒する言葉に、アフロディースの側近たちが胸を張る。
 オーギュストは憮然として、その場を立ち去っていく。その背を鼻で笑うと、アフロディースは観衆に手を上げて応えた。ベアトリックスは考える事を止めた。

 その夜、オーギュストは数人の有力者と会合を持った。
 会合と言っても、高額なレートのカードゲームである。高級サロンに一角に集まった紳士淑女たちは、一瞬の昂揚に我を忘れる。多少の出入りはあったが、何十時間もテーブルに張り付いている者も中にはいた。
 その一人が、水軍の軍服を着た若い男で、オルレラン公爵家の七男トンマーゾである。トレノには鎮守府軍の補給艦隊が停泊している。その護衛をトンマーゾは務めていた。『体が熱くなって、じっとしていられず、思わず来てしまいました』と、はにかんで挨拶した。『心強い』とオーギュストは歓迎した。そして、誘われるまま、高貴な男の嗜みに興じる事になる。元々、ギャンブルにのめり込む性質だったのだろう。目の前を、まるで紙くずのように行き来する高額紙幣に、何時しか彼の金銭感覚も麻痺していった。
 オーギュストの目的は、親睦と情報交換だった。時に、口の重い男には勝たせてポロリと口を滑らせたり、冷静な男を負かしてカッカさせたりした。そして、目立たぬように、プラスマイナスゼロを巧みに演出している。
 このゲームが一くぎりした時、ホテルの従業員がオーギュストはメモを渡す。それを読んで、オーギュストは隣のトンマーゾに声をかけた。しかし、トンマーゾは赤い目で小さく首を振る。トンマーゾは初め小さな勝ちを得ていたが、次第に遊び馴れた司祭に負かされるようになった。そして、この時は、手持ちの資金も底を着く寸前となっていた。それを挽回しようと、眼を血走らせて躍起になっている。オーギュストは自分のチップを渡すと、席を離れた。

 ベアトリックスは、オーギュストの留守を確認して、ホテルの船着場に停泊しているカルボナーラ号に忍び込んでいた。寝室に入ると、魔術通信記録を複写する。そして、隣の船長室へと入った。船長室は使われていないようで、いろんな物が乱伐に置かれている。
 一瞬何かが光った。
 動きを止めて、五感を鋭くする。
「何だ……猫のぬいぐるみか。はは」
 ホッと息をついて、緊張を解く。そして、猫のぬいぐるみを手にとった。
「おどかすなよ。確か……“にゃっは君”だったっけ……」
 心の弛みからか、懐かしい気持ちがわいて、少女っぽく指で猫の鼻を突く。
 その時、足音がした。緊急事態に全身に鳥肌が立つ。足音は、隣の寝室へと向かって行くようだった。ベアトリックスは細心の注意を払いながら、壁に添って、声を聞こうとする。と、目の前に壁の小さなカーテンがある事に気付く。それを不思議に思って、ちらりと捲ると、小さな丸窓となっていた。
「……どうして、早い」
 ガラス越しに、ドアを開いて入って来るオーギュストが見えた。正装して、髪をきっちりとオールバックに固めている。ギャンブルに臨んでいた所為か、瞳には冷酷な輝きがあり、顔は獲物を刈るような野性味に引き締まっている。
――やはり、只者ではない……!
 尋常ではない殺気は鋭い刃のようで、ずきずきと身体中を突き刺してくる。戦慄は死を連想させた。
 と、別の影が入ってきた。
「あれは! ……密談か?」
 アフロディース、女神に最も愛された女性である。苦い感情が腹の底に澱んだ。
「何だ……?」
 動揺するベアトリックスを尻目に、アフロディースは、オーギュストの背後に廻って、上着を脱がせると、それをハンガーにかける。
 然も当然と言うように、オーギュストはベッドに腰を下ろすと、余裕たっぷりにアフロディースを手招きする。
 弾かれたように、アフロディースがオーギュストの元へ駆け寄り、かしずいて、シャツの釦を外し始める。釦が全て外れると、オーギュストはシャツをかなぐり捨てる。鋼のように強靭で、然も柔軟な肉体が現れた。一方、アフロディースは、慣れた手付きで、ベルトを弛めていく。その横顔には、奉仕する悦びさえ伺えた。
 オーギュストを裸にすると、アフロディースは立ち上がって、清楚な神官服をもどかしそうに剥ぎ取る。そして、再び跪くと、絶世の美貌をオーギュストの股間に埋めていった。
「そんな……」
 思わぬ光景に足がすくんだ。まるで石にでもなったように、微塵も動かない。
「何故……」
 昼間とは打って変わって、アフロディースは従順に振る舞っている。何故、アフロディースはこのような屈辱的な行動を取っているのか、戸惑いは限界を超えて、パニック寸前となる。
「んぐっ、う……むっ、ふぁ…ん」
 アフロディースが髪をかき上げた。抒情的な二重瞼は閉じて、艶かしい薔薇色の唇はペニスを強く締め付けている。その火照った美貌が前後させる度に、贅沢な光沢を放つストレートの銀髪が乱れる。
 ジュッポ、チュッポ。
 淫らな水音が口元から流れ出す。アフロディースは一心不乱に、ペニスをしゃぶり続ける。つやっぽく肩が上下して、ピーンと勃起した乳首を載せた、たわわな乳房も弾んで揺れる。白雪のような頬を妖しく火照り、口唇奉仕に没頭する姿は娼婦のようである。
「んぐっ、ああ……むふン」
 硬度を増したペニスが喉の奥を突く。アフロディースは苦しげに、長い睫毛を震わせた。しかし、被虐の悦びを滲ませるかのように、小鼻が膨らみ、淫靡に鳴いた。
 それからは、一段とフェラチオ奉仕に熱が入った。根元まで含んでは、吐き出し、また含んでは吐き出す。それを何度も繰り返し、時に、先端部分を舌で舐め回す。
 そして、おもむろに口をペニスから離すと、オーギュストを見上げて、
「もうぅ・ガ、ガマンできないんです・」
 と、おねだりをする。
「ダメだ。もっと続けろ。褒美は後だ」
「はっ・ひぃ・」
 再び、ペニスを含んだアフロディースは一途に励む。
「ん・ううぐっ、ん、んんぐっ・」
 その柔らかな唇で、きゅっと搾った。その姿はまさに献身的だった。
 ベアトリックスの胸に、熱い塊が突き上げてくる。その得体の知れない衝撃は、細胞を灼[や]くようであり、また、神経を冷たく痺れさせるようであった。
 唐突に、オーギュストがアフロディースをすくって、ベッドに投げ出した。そして、死角になっているサイドボードの方へ歩いて消えた。
 引き出しを引く音と、次に何かを取り出す音がする。そして、一瞬の間の後、パーンと縄をしならせると音がした。
「打たれたいか? それとも縛られたいか?」
 悪魔のような邪気の声がした。
「両方です……」
 屈辱的な言葉に、アフロディースは素直に答えている。そして、一時も我慢出来ないのか、ベッドの上で大きく足を広げると、すでに濡れている秘唇に指を添わせた。
 ベアトリックスはその痴態に、魅入ってしまった。羨望してきた女神の、想像だにしなかった被虐美に圧倒されていく。それまでの価値観が一変するような、そんな悩ましさに狂いそうだった。
 だがその時、意識からオーギュストの存在を失ったのは、余りにも軽率な行為であったろう。ベアトリックスは劣情のあまり、背後にオーギュストが立っている事に気付くのが遅れた。
「はっ……!」
 頚に、手刀が当てられた。
「動くな、動くと死ぬぞ」
 手刀はゆっくりと動いて、目の前のカーテンをさっと撫でる。と、研ぎ澄まされた刃のように、カーテンで切り裂かれていった。
「ひぃっ……!」
 この上ない危地に追い込まれて、蒼白となる。呼吸すら出来ずに、立ち竦む。
 オーギュストは背中から抱き付き、服の上から胸を弄り始める。動き易いように、上下とも薄手のタイトなスーツである。中には下着もつけていない。敏感になっていた身体に、オーギュストの指の感触が浸透していった。
「うぅ…くッ……」
 思いもしなかった展開に、たじろぐ。すかさず耳元で、オーギュストが囁く。
「どうした?」
「何、これは?」
「この世で最も清らかな物に艶やかな色を添えている」
「ひどい、あんまりだわ」
 あまりに感情が乱れて、ベアトリックスの声が途切れ途切れになる。
 その時、
「アッ、アアン。アン、アアッン・」
 アフロディースが嗚咽を漏らす。その官能的な音色が、精巧に組み上げられた、ベアトリックスの脳をずたずたにする。
――あのアフロディースがそんな・こんなになるなんて・
 ぴったりとした生地に、オーギュストの10本の指で皺を作る。
 そのうち、右手がすっと胸を離れ、股間へと伸びて、ふわりとなぞった。振り払おうにも、もはや力が入らない。理性もその役割を放棄しているようだった。
「ねんねのアフロディースと違って、成熟したお前の方が美しい」
 その言葉がベアトリックスの劣等感を刺激して、性感がいよいよ溶け出していく。アフロディースに負けない豊かな乳房を揉みほぐされて、愛液が太腿へと滴り落ちていった。
「俺達も楽しもうじゃないか?」
「……嫌よ……」
 言葉とは裏腹に、ベアトリックスは為す術なく背後のオーギュストにしなだれかかり、身を任せる。
 頭の片隅で、美しい物を傷付ける行為は赦せないと思う。だが、もう一方で美しい物を踏み躙る背徳感に、えも言えぬ快感があった。
 気が付くとオーギュストの顔が目の前にあった。とっさに顔を背けようとしたが、抵抗は僅かである。力なく唇と唇が重なり合い、オーギュストの舌が力強く、ベアトリックスの厚めの唇をこじ開けて、口内の犯して行く。
――冗談じゃないわ……私がこんな……男に!
「アン、ア、アアン」
 頭に直接、アフロディースの甘い吐息が届く。肉体が快感に溺れていくようだった。
「身体をこんなに潤ませて、お前、相当な淫乱だな。男に餓えているんだろ?」
「……そんなんじゃない……」
「全く信じられないよ。AⅣだと気取って君が、こんなに濡れて、ほら、もう足元まで垂れてきそうだ」
 オーギュストが執拗に罵る。それにベアトリックスの魂が爆[はじ]けた。
「……違う!」
「俺の指でイキたいんだろ?」
 オーギュストの指が、秘裂を激しく擦り上げる。もう布は秘所の形が、はっきり分かるほどに濡れていた。
「お前なんかに……男なんかに、イかされてたまるか!!」
「へえ?」
 気の抜けた声がした。
「そっち……なの?」
 次の瞬間、世界が歪んだ。全てがぼんやりとスローに流れて、天地が次々に反転していく。
「あ、あれ?」
 ふと、我に返った。目の前にはガラス窓があり、カーテンはほこりを被ったまま静かに垂れている。室内に全く人の気配はない。ベアトリックス一人だけが、その中に呆然と佇んでいた。
「夢……だったのかぁ」
 ホッと安堵して、上瞼を落とす。次に、どうしてこんな妄想をしたのかと、深い自責の念がこみ上げてくる。だが、瞳はもうガラスの方へと移っていた。
 再び、窓を覗く。そして、愕然とした。
「違う……アフロディースじゃない……」
 女がいた。それもすれた女だ。髪の色も違うし、化粧も濃い。そこそこのスタイルをしているようだが、アフロディースには到底及ばないだろう。何より、一切の穢れを拒絶するような、美の女神のオーラを感じれらない。穢れた存在である。どうしてこんな女と間違えたのか、自分が信じられなかった。
 女はオーギュストに脚を持ち上げられて、激しくSEXしている。
「うっ、あぁーーんっ、イイィ!! 動かして、もっともっと壊れるまで突いてぇ!!」
 唾棄すべき姿である。ベアトリックスは、慎重に足を運んで、カルボナーラ号を逃げ出していった。

 朝、街の鐘の音で、ようやく目が覚める。と、鉛のように重い身体を起した。何もかも気怠[けだる]い。服を無造作に脱ぎ捨てると、シャワールームへと向かった。よてよてと歩く動きに、重い乳ぶさがぷるぷると震える。恥毛がべったりと股間に張り付き、太股に乾いた粘液が肌をひっぱっていた。
 昨夜、倒れ込んだベッドの中で、一人悶々とした。如何して、あんな淫らな妄想をしたのか、自分自身が忌々しかった。しかし、気付いてしまった。あれこそが本能なのだと。本心から望む欲望なのだと。
 手が自然と股間へ伸びて、熱い想いが巡る。
……
………
 私は再びオーギュストの元を訪れていた。彼女は後ろ手に縛られて、魅惑的なヒップを高く掲げている。
「どうした? そんな格好で腰振って」
「……し…て…くださ…い……」
 非道にも、オーギュストが尻を叩く。
「……申し訳ございません。まだまだ未熟な雌猫ですが、どうぞ慎みのない、このオマンコをご賞味ください」
 切なげに彼女が言い切ると、オーギュストは秘唇に宛がう。
「いくぞ」
 黒い塊がきれいな肉襞を掻き分けて、奥へと突き刺さっていく。彼女は一瞬圧迫感に息を詰らせようとしたが、すぐに眉間、頬、口元に、快楽に蕩けた気色を浮かび上がらせていった。
 オーギュストは容赦なく腰を動かし、攻めたてる。白桃のような乳ぶさが激しく揺れ、長い銀髪がランプの光に照らされて、幻想的にひらめく。
「んっ、んんーーーっ!! ぁあぁーーーっ!! ああぁーーーんっ!! ぁあぁん、んんっ、んくっ! あはぁーーーんっ!!」
 彼女は、オーギュストに操られる楽器のように、あられもない声を、絶え間無く吐き続ける。
「私の、処女を……破ってくださって、ありがとうございました……そのご恩に報いる為に、今度は常にショーツは穿かず、如何なる時もすぐにお使い頂けるように、準備致しております。故に、何時でも何処でも、どうぞお声をおかけください。まだまだ未熟なオマンコですが、精一杯締めますから、射精(だ)して、奥へ、膣内(なか)を精液で満たして下さい」
 思いの丈を暴露すると、また一段と官能が登りつめていく。
「……溶けちゃうーっ!!」
 言葉への褒美とばかりに、オーギュストの腰の動きが一段と早くなる。
「ギュス様の僕となれて、ディースは幸せです。ありがとうございます……ありがとうございま……」
 そして、何度も何度も、感謝の言葉を繰り返す。
 オーギュストは感情の昂ぶりと共に、最強の一撃で最深部まで貫く。そして、一瞬の間の後に、ドクドクと精液を彼女の胎内奥深くへと注ぎ込んでいった。
「ん----っ!!」
 その感覚に恐怖を感じたが、すぐにそれすらも破滅的な快楽へと摩り替わっていった。そして、そのまま床に伏せ、安らかな眠りに落ちた。
 オーギュストは振り返って、私を見た。私は彼女の秘裂を食い入るように見詰めていた。まるで魂が縛れているように、そこから一歩も動けない。ダメだ……ばれてしまう。
「お前は何をしに来た?」
「……それは……」
 頭が真白になっていた。まさか、オーギュストの動向を探る為に来ました、とは言えない。ましてや、女に、アフロディースに興味がある、などと言える筈がない。何か、もっともらしい答えを告げねば……
「あなたに抱かれるためです……」
 咄嗟に喋っていた。だが、不意に思いついたにしては、まともな返答だったろう。これで任務を隠す事ができる。そうこれは任務なのだ。だったら、もっともっと妖艶に演じなければ……そうしなければ……ばれてしまう……そうこれは任務なのだ……私は任務に忠実な軍人……決して好き好んで犯される訳じゃない……そう……あたしは淫乱じゃない!!
「私も抱いて、あんな女より、ずっとイイから・」
 そう言うと、素早く跪いて、彼女の愛液で汚れたペニスを舐め出し、尿道に残った精液を吸い出し始めた。
――ああ、これがさっきまでディースの膣内にあったものなのね。ああ……ディースの味がする……
 フェラチオの最中にも、どんどん服を脱ぎ捨てて行く。そして、自慢の裸体を露にした。スレンダーなボディーに大きな胸が張りだしている。男達の視線を独り占めにしてきた肉体だ。
「私もあの女と同じ淫靡な世界へ引きずり込んで……」
 手でしごきながらそう告げる。
「そうだな……」
 オーギュストの声は乾いている。そして、私の髪を掴んで、彼女の股間の前へと引き摺った。鼻先に桜色の美しすぎる花びらがある。
「ああ、ディース……あなたのここ、なんて……」
 思わず、舌が伸びた。
 薄い襞は蜜に濡れて、勃起した肉芽はまるで真珠のようだった。ピンク色の柔らかな壁の中には、ぽっかりと開いた穴があり、そこから白い粘液が零れ落ちている。この世のものとも思えぬ、美しい光景である。陶酔感に酔いしれていく。これを見続ける事さえできれば、他の何を失っても構わない、そう思えた。
 オーギュストが見ているのに、ばれるかもしれないのに。でも少しぐらいなら、見逃すかもしれない。だから、ちょっとだけでも舐めてみたい。
「舐めたいだろ?」
 少女のように頷く。舌をさらに伸ばしたが、オーギュストが肩を抑えていて、届かない。
「俺の僕になれば、この味を知る事ができるぞ?」
 知りたい。どうしても知りたい。きっと甘いのだろう。この世の何より、甘く切ない、そうに決まっている……それを試食できるのなら、もう二度と甘い物を食べられなくてもいい……
「だが、そのためには、君は正直にならなければならない」
 そこから先は深い霞みがかかった。何も考えられないし、見る事もできない。ただ、彼女の匂いがして、甘美な蜜を啜り続けた。この瞬間が永遠に続けば、それだけでよかった。
 私は彼女の秘唇から口移しで、白濁液を飲み干す。後頭部が異様に痺れた。全てが蕩けて、もう現実感は何も残っていない。黒い影が頭を覆う。私の顔は、その影に押されて、秘唇から剥がされる。目の前にはアヌスがあった。まるで花の蕾のようで、食べてしまいたいような衝動に駆られた。怖怖[おずおず]と舌先が触れた。硬い感触があった。そこからは無我夢中で、舌を差し込んでいった。
 目の前の秘唇を黒い塊が出入りし始めた。きれいな花びらが、乱暴に捲れている。あれではきっと痛いだろう。私は少しでも優しくしてやろうと、舌の動きをそれに合わせた。
 次に意識が戻った時、私は彼女と共に黒い塊を舐め合っていた。下からずるりと舐め上げる。そして、交互に先端を口に含み合った。
「一緒に……ちましょう……」
 彼女が誘っている。よく聞き取れなかったが、彼女と一緒なら地獄でも構わない。
 私は床に転がり、股を開く。
「貫いて、私のオマンコを突き刺して、もう我慢できないの、ディースと同じ快楽へ私を導いて!!」
 自分がオマンコなどど口走るなんて信じられなかった。自分は変わったのだと改めて自覚した、認めてしまうとまた一段と欲情がこみ上げて来る。
 そして、彼女と口付けをかわす。舌と舌が絡み合った。もう二度と離したくない。と、十回、彼女は下から突き上げられたように、ぶれて、そして、喘いだ。次に私の視界が十回上下して、同じような嗚咽を漏らしている。たまらない至福だった。
「うっ、あぁーーんっ、イイィ!! 動かして、もっともっと壊れるまで突いてぇ!!」
 私は激しく色情に狂い、熱く火照った身体をくねらせた。
「はぁぁぁっ!、イクぅ!、あぁぁぁぁぁぁーっ!!!」
 オーギュストの射精を受け止めながら、ちらりと彼女に流し目を送った。その瞳の奥に魔性の光が輝いていた。
………
……

 シャワールームから出てくると、一瞬部屋に違和感があった。だが、それが何なのか見当もつかない。軍服を身に纏う。また後ろ髪を引かれる想いがした。だが、今度は気付けた。短いスカートをたくし上げると、ショーツを抜き取る。
 そして、「行ってくるね」と、猫のぬいぐるみに挨拶して部屋を出た。


【コリコス州シデ】
 軍議は混迷していた。
「敵はすぐそこまできている。直ちに出陣して蹴散らしましょうぞ」
 武将の一人が、勇ましく発言する。
「だが、敵はあの鎮守府軍だ……」
「臆したか!」
「そうではない! 戦線が膠着した場合、我らはこの地に封じられる事になる。背後からはアーカスが攻めてくるかもしれぬ」
「だったら、そいつ等をこの地に引き付ければ良い。戦場に臨んで、負ける事を考えるなど、愚の骨頂」
「何!」
 二人の武将がいがみ合う。と、上座にいたトルゴウド・レイス将軍が、口を開く。堀の深い顔に、額は異常に狭く、顎は大きく二つに割れている。見るかに武骨な雰囲気を醸し出している。
「諸君等の気持ちは分かった」
 精悍な顔に這えた無精髭を一度なぞって、不敵な笑みを浮かべる。
「だが、私の気持ちは固まっている。この地を放棄する」
 それに反対派が一斉に立ち上がった。
「お待ちください、将軍。全軍の士気というものがあります。エリース湖奪還は全将兵の悲願でした。それを手放したとあっては……」
 思わず、エリース湖の青い湖面に目をやってしまう。そして、次に発言した者は、もっと瞭然{はっきり}と感情を述べた。
「将軍は、我らにこのエリース湖を手放せ、と言われるか?」
 その悲観した声に、全出席者の胸が締め付けられる。だが、感情論だけでは、この将軍を動かす事はできない事は分かっていた。理路整然と反論する者の登場を期待して、視線が一人に集まった。そして、水軍の司令官が発言を求める。
「わしの艦隊がある限り、何時でも、敵の背後を奇襲することができますぞ」
 ハイレッディン提督、真っ黒に焼けた肌をした巨漢の男である。
「諸君等の気持ちは分かっている」
 レイスはもう一度最初の言葉を繰り返した。
「だったら」
 部下が詰め寄る。
「ハイレッディン提督は、そう言われるが、現状はオルレラン艦隊に押さえ込まれている」
「それは……それは将軍もご承知の筈。小官は運河の改修を待っているのです」
 運河はサリスの残党によって、数箇所破壊されている。これは新たな艦隊をエリース湖に送り込めない事を意味している。この援軍を期待でない状態で、万が一の水戦に負けた場合、カリハバール軍は唯一の水軍を失う事になる。
「改修は間に合わない。警護もできない」
 運河は五つの池沼を繋ぎ合わせて、ランスまで続いている。この長い水路のすべてを守る事は現状では不可能である。
「だったら答えは一つ。陸上部隊は、決死で我が艦隊を守り抜くのみ」
 ハイレッディンは鼻を鳴らすと、胸を張った
「提督の言われる陸上部隊は、全軍の約三分の一に値する。これを決戦に参加させないのは、余りに愚か過ぎる」
「では、我が艦隊をお見捨てになるのか?」
「否」
「……?」
 怪訝そうに、ハイレッディンは眉を寄せる。
「もう艦隊はない」
「はぁ?」
 慌てて、港を見た。そこに黒煙がある。
「まさか!!」
 ハイレッディンの魂が、砕け散った瞬間だった。
「そうだ。もう艦隊はない。我らは艦隊を守るためにここにいる必要もない。全ての将兵は戦いに必要な物だけを持て。明日出陣する。解散」
 有無を言わさず、レイスは席を立つ。

 レイスは白い部屋に入った。全身に、竜の骨で作った鎧を纏っている。
「出陣されるのですか?」
「ええ」
 部屋の中には、女性がいた。飾りっ気のない黒縁のメガネをかけているが、その安らぎに満ちた瞳と純白の肌が聖女としての美しさを伝えている。
「ファイナ殿には、苦労をかけた……」
「いえ、わたくしは務めを果たしただけです」
 名はファイナ・デ・ローザス。シデ大聖堂の司祭で、ローズマリーがシデを脱出する際に、その身代わりとなった女性である。それ以後は、シデ市民とレイスとの橋渡しを務めてきた。
「将軍こそ、よくわたくしなどの言葉に、耳を傾けて下さいました。感謝致します」
「うむ」
 ファイナは頭を下げる。
「これからは、敵だな」
「はい、これは言うべきではないのでしょうけど、……御武運を」
 ファイナはエリースに祈りを捧げる。
「……」
 レイスは何も答えず、黙って踵を返した。

 廊下に出ると、黒いローブの魔導師が立っていた。
「出陣ですかな?」
「そうだ」
 レイスは明らかな嫌悪感を示すと、無視するように歩き出す。
「山岳地帯に引き込んで貰えたら、私どもが始末いたしますが?」
 その言葉に、レイスはかっとなる。
「断る。私はお前達に何の期待もしていない。もともと今度の作戦に参加させる事も反対だったのだ」
「それはそれは」
 魔導師は不気味な笑いを零す。
「せいぜい、あの鎮守府軍の魔法剣士を破る方法でも考えておくんだな」
 捨て台詞を残して、レイスは足を速めた。魔導師は恭しく礼をする。

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Date:2011/08/28
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