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第二十四章 気随気儘

第24章 気随気儘


【神聖紀7月中旬、セリア】
 テルトレ仮王宮で、最も充実しているのは会議室であろう。大小、長方形、正方形、扇形とさまざまあり、また、数だけでなく各室機能も充実している。
 そして、最も視聴覚的性能や安全性の高い、特別会議室では、昼を過ぎても、ヴィルヘルム1世を出席させての軍議が続いていた。
 会議室には窓がない。高い天井には、巨大なダイヤモンドを思わせるシャンデリアが吊り下がり、灰色の絨毯の上には、U字型のテーブルが置かれている。四方は鏡張りで、その幾つかは隠し扉になっていている。会議室を取り囲む各部屋は、通信室、資料作成室、記録室、機器操作室、警備室などなどで、会議の進行に合わせて、スタッフが頻繁に出入りしている。
 U字型の内では、情報分析官が模型を使って“カッシーの戦い”を再現した。
「随分、危うい戦術ですな。序盤の陣形のまま推移した方が、良い結果に繋がったでしょう」
 将官の一人が、艶のない声で言う。
「否、全面攻勢の継続も危険でしょう」
 別の将官が間をおかずに返す。
「ジュス将軍とレイス将軍を入れ替えたら、もう少し粘れたのでは?」
 このように、秀才型の将帥たちが、あれこれと議論を続ける。
 ベレンホルストはそれには加わらず、眼鏡の掛けて、手元の資料に目を落としていた。
「セリム1世は、アレックス軍の追撃を振り切り、ペラギアに退却しました――」
 情報士官は、現状説明へと移る。
「カッシーにはロックハート軍が残り、リューフがカッシーからランスへ進撃しつつ、シデ残留兵力も甘水峠から侵攻しています」
「ディーンは?」
 白髭の将軍が訊いた。
「カッシーより北へ、約500騎で、モンディアの街に入りました」
 ベレンホルストは眼鏡を外す。同時に、将官たちが一同に黙り込む。
 なるほど、やって来い、という事だろう。
 ランスへ向かうシデ大公国軍の背後は、無防備である。襲えば、勝ちは容易い。その誘惑に会議場が匂い立つようである。
 しかし、である。これを実行すれば、アルティガルド軍はディーンに背を晒す事になる。小勢であるが、ディーンだけに何をやってくるか分からない。ならば、と言って、ディーンを討つべくモンディアを攻めれば、モンベルの森に逃げ込むのは必定。さらに、今度はシデの大軍に背後を突かれる。
――若いの、やるではないか。ここに居る英才達を、影だけで怯えさせている……
 ベレンホルストは、オーギュストの構想力が、痛快で、笑い出したい気分になっていた。だが同時に、腹の底に、言い知れぬ寂寥を覚えていた。そして、誘惑に戸惑う将官達を、目で舐めてみる。
――此奴らに、天下の構想力はない……
 アルティガルドが誇る頭脳集団である。知的で理論に長けている。戦場では、無類の強さを発揮する事だろう。しかし、その性格は慎重、堅実で、失敗を恐れ過ぎる。現状を保つだけなら問題ないだろうが、これは天下取りの戦いなのである。
 天下取りには人力だけでなく、天運が必要となる。そして、小手先の事では、天運を掴むことは出来ない。
 ベレンホルストは平常の顔で、深く思考し続ける。
 セリム1世は天下取りへの気概を見せ、ディーンはそれを全身全霊で受け止めて見せた。天下とは転がり込むものではなく、自ら構成するものである、と二人は戦場で語っているのだ。そして、二人の戦場に描いた構想は、雄大さと緻密さが比類であった。
 だが、戦場とはなんと無粋なものであろうか。
 常に思っている。人知を尽くそうとも、最終的には運で決まる。運という不安定なものに左右されては、国家の安定的運営は出来ない。
 自分ならば、戦場などに頼らない。
 虚実混ざり合った世界に、天下を企画して、一つ一つ現実の形にしていく。その遂行力と忍耐力には自信がある。
「さて――」
 ポツリと呟くと、自然と視線がベレンホルストに集まる。
「議論ばかりしていても、事は進まない。軍勢をカッシーへ進めよう。そして、周辺の治安を回復するのだ」
 言って、目を主君に向ける。
 ヴィルヘルム1世は小さく頷くと、立ち上がった。
「宰相の言の通りである。まずはセリム1世の追撃を最優先とする。シラーは先陣を務めよ。後続は余が指揮する」
 ベレンホルストは鼻から大きく息を吐く。もう眼が窘めている。
「……陛下」
「ディーンを余の軍師に任命する。直ちに出仕せよ」
 一気呵成に言い放つ。
――ほお……
 ベレンホルストは目を細めた。
 軍師となって侍れば、世界にオーギュストの臣従を印象付ける事が出来る。断れば、後々討伐の口実ともなる。
 そして、
――何時でも暗殺できる!
 仮免中の若き覇王に、下駄を預けるのも悪くない、とベレンホルストは無表情に思う。


【モンディア】
 大きな三角形の屋根が特徴的な、木造の家々が並んでいる。北に緑深いモンベルの森、森から流れ出た清流が街の中心を流れる。石造りの建物が一般的なエリーシア中原では珍しい、木の温もり豊かな美しい田舎町である。
 街の産業は林業である。アルティガルドの遠征で、木材の需要が上がって、街中の水車が引っ切り無しに動いている。そして、もう一つ、傷によく効く温泉がある事でも、よく知れ渡っている。
 オーギュストは、“カッシーの戦い”の後、この街に戻った。“戻った”と言う表現をするのは、ホーランドからの帰り、モンベルの森を出て、ここに数日滞在してから、カッシーへ出陣したからである。その際に、エマなどの女子供は、ここの領主に預けられた。
 また、戻った理由は、レイスとの一騎打ちで負傷した左腕を癒す為でもあったが、他にも目的はあった。

 オーギュストは丘の上の修道院へと向かった。すでに夕暮れ時となっている。
 修道女に鍵を開けさせて、部屋に入ると、天蓋付きのベッドが目に付く。修道女の部屋らしく、質素で飾り気が全くないだけに、何とも、ひらひらのレースに違和感がある。
 オーギュストはドアの横にあった椅子を、ベッドの横に移動させた。
 その音で、ベッドの中の女性が目を覚ました。褐色の肌に、黒い髪、そして、黒い瞳が誘うように潤み光っている。身体は小柄で、顔の部品も派手さないが、バランスが理想的に整っている。
 ターラは上半身を起こした。カッシーの戦いの後、ここに捕らえられている。
「傷の具合は?」
 言うと、オーギュストは椅子に腰を下ろす。
 ターラは瞼を一度閉じた。
「結構」
 オーギュストは短く答えたが言葉が続かない。それで、窓の外を見詰める。
「重ね重ねのご配慮、畏れ入ります」
 ターラも沈黙を嫌ったのだろう。当たり障りのない台詞を言う。
「英雄レイスの親族に無礼があっては、未来永劫、不徳を責められよう」
 視線を戻すと、オーギュストは丁寧な口調で答えた。レイスの姪であるターラを、賓客のように遇している。ベッドも用意したし、ターラの身をカリハバールに恨みを持つ者から守るために、警備も配置した。
「私は何日{いつ}までここに?」
「ランスでの捕虜交換の時に」
「分かりました」
 ターラも余所余所しいが、悪意のない受け答えをしている。勿論、叔父の仇であり、祖国の敵であるオーギュストに敵愾心はある。ただそれを態度に表すことは、レイスを、延いては、セリム1世を穢[けが]す事のように思えていた。
 もう一度剣を握って、という気持ちも、あの壮絶な一騎打ちを目の当たりしては、自分程度の腕で、烏滸{おこ}がましいような気分になる。それに、捕虜交換後は、戦闘に参加しない、と誓約しなければならないので、現実問題として、オーギュストと戦う事はもう出来ない。
「道中は私が責任をもって警護します。ご心配なく」
「閣下が? ランスへ?」
「ええ、近日中に、ランスからヴェガ山脈へ進撃する事になるでしょう」
 ヴェガ……、思わず心で反復する。それから、畏れ入ります、と慌てて頭を下げた。
「それでは」
 と逃げるように、オーギュストは立ち上がる。


 夜、オーギュストはエマを抱いた。
 オーギュストの舌が、柔らかな秘肉を舐め上げる。
「……はぁっ、んっ、はぅ……ッ!」
 舌の動きに合わせて、エマは固い胸を上下させた。
「ああっ!…あんっ……あ……くぅ……んッ!」
 そして、敏感なクリトリスを爪で摘まれると、両脚の爪先をピーンと伸ばす。
 全身の神経が、甘ったるい快感に侵食されていく。自分が自分で無くなる様で、余りにも恐ろしい。
「いっ、いやぁーーあ」
 エマは本能的に逃げようとする。
 しかし、か弱い腰を如何に振ろうとも、秘唇に喰らい付くオーギュストの口を剥がす事はできない。がっちりと両手で抑えられて、微動だにしないのだ。
 次にエマは頭を左右に振り、それから、肩をくねくねと捻る。腰が堅く固定されているから反動で、揺れは激しくなり、上半身が大きくぶれる。
 そして、エマの頭が、勢い余って、ベッドから落ちる。
 それでも、オーギュストは秘唇を離さない。
 エマは、頭を床につけて、背をベッドの端で仰け反らせて、逆さの格好のまま、秘肉を舐められ続ける。
「もう……止めて……く、狂っちゃう……」
 意識が真っ白に染まっていく。ぬちゃぬちゃ、という唾液と愛液が交じり合う音しか、もう聞こえない。
 ついに、爪先まで細かく痙攣されて、秘唇から愛液を飛沫のように溢れさせてしまう。
 そして、その絶頂の証を、オーギュストが全て啜り取っていく。
 脱力したエマは、ベッドの上に戻された。乳ぶさは固く、腰の括れは瞭然{はっきり}としない。寸胴とした未成熟な身体である。
 その上にオーギュストが被さり、唇を重ねてくる。
――別に、この男を待っていた訳じゃない……
 眩いぐらいに白く霞んだ思考の世界で、エマはぼんやりと思う。
 オーギュストに従って、父とその部下達は戦場へ旅立った。それを見送って、エマは、子供や他の女性達とともにこの街に残った。だが、周囲の目は冷たかった。彼女達は修道院に押し込まれて、自由に街を歩く事さえ許されなかった。
 その中で、エマは、皆の無事をエリースに祈り続けた。特に、父と淡い恋心を寄せていたファルコナーの名を告げる時には、胸が締め付けられた。
 しかし、純潔を奪ったオーギュストの名など口にした事は決してない。元々父親の為に抱かれただけで、愛情など微塵も感じていないのだから当然であろう。憎いとまでは言わないが、二度と思い出したくない人物である。
 それが勝利の報告で一変する。
 シデ大公国軍総参謀長の叔父の娘として、館に居を移す事を許され、さらに、帰還したオーギュストが、エマを公然と抱き締めたから、領主までもがエマに跪くようになった。
 その後、続々とサリス・サイア国境付近の貴族達が集まり始めた。中には、自分の娘をオーギュストに紹介した者もいた。しかし、オーギュストは「間に合っている」とか「忙しい」とかで、相手にすらしない。これまで、エマを見下していた娘達が、嫉妬と羨望の眼差しを送るようになった。
 その優越感、報復感を言葉にすることは難しい。
 ラマディエ一族の末席にあっても、父親の不器用さから、繁栄の恩恵を受ける事は少なかった。そして、一族の破滅とともに、森の奥でひそひそと生きる身となってしまった。それが劇的に変わったのだ。
――もう二度とあの日に戻りたくない!
 そうは思っても、いざ潤み切った秘裂に、ペニスが宛がわれると、エマは表情を曇らせた。
――ああ、また辛い時が来るのね……
 身体を愛撫されると、まるで天国に登るようで、気持ち良い。しかし、繋がると身体を引き裂かれるようで、全身が軋むように痛む。
 男は如何してこんな行為を望むのだろうか……
 そんな疑問さえ抱いた。
 エマは瞼を強く閉じて、唇をきつく結び、苦痛に耐えようとする。その時、オーギュストの体がエマから離れようとする。慌ててエマが瞳を開くと、オーギュストの顔は冷めているようだった。
 無粋だったろうか。興醒めされたのだろうか。
 そんな言葉が頭を過ぎる。
――どうすれば……恐い……
 オーギュストを満足させられない恐怖に、心が悲鳴を上げる。
「ど、どうぞ…ご存分に私をお使いになってください」
 瞳を震わせながら、膣奥から溢れる女の性に身を委ねて、甘い、媚びるような声を出す。
「……どんな事でもします…だから……オマンコをお使いください……」
 卑猥な言葉を声にすると、頭がボーッとして、身体中がジリジリと疼く。特に下半身は痺れて感覚さえはっきりしない。
 だが、オーギュストはまだ動かない。
――ど、どうにかしないと……あたし……
 エマは焦れた。
「おねがァい……ペニスがほしぃいの。私を…卑しい私を…メチャメチャにして……」
 エマは指を股間に伸ばして、秘唇を左右に開いた。薄桃色の膣穴から蜜が流れ出た。
「まぁ、こんなものだろう」
 オーギュストは失笑すると、むちっとした太腿を脇に抱え、腰を沈める。
 エマは、膣内にオーギュストの分身を感じると、言い様のない安堵感さえ覚えた。
「あ、ううんっ!」
 エマの狭い膣口が限界まで広がる。苦悶に貌を歪めて、苦しげにうめいた。
「くっ、うんんーーーッ!!」
 一気に挿入されたペニスは、瞬く間に、膣内の最深部に到達する。以前と比べて、膣穴の蜜の量は多く、ペニスをスムーズに受け入れてしまった。
 と、凄まじい衝撃が、頭の先まで突き抜けていく。エマは背筋を反らして顎を突き上げると、激しく絶叫した。
「……ふぅんん……んっ!…んっ!…んっ!……んんッ!」
 子宮の入口を何度も何度もリズミカルに叩かれると、小鼻を膨らませて、甘い鼻声をもらす。
――私…どうしたの……
 恥ずかしくも、気持ちいい。
 快美な炎が、秘肉を焼く。その熱が、全身を気だるく熔かして行くようで、エマは不覚にも奇声を上げた。
「ひっ、あーーーーぁっ!」
 シーツを強く握り締めた。全身を駆け巡る快楽の波に戸惑い、瞳を見開いた。
「あんっ……あんっ……あんっ……あんんっ!」
 腰を突き上げられる度に、くねる裸体の上で、固い乳ぶさが回る。
 何時の間にか、エマは左腕をオーギュストの右脇の下から、右腕を左肩の上から回して、背中で交差させた。そして、ヂュプヂュプと濡れ擦れる音を聞きながら、顎をオーギュストの肩に乗せて、だらしなく開いた口で喘いだ。
「……うふっ……ぅふん……んんっ!」
 固く尖った乳首が、オーギュストの熱い胸に潰される。その感触までもが快感に摩り替わっていく。
 オーギュストはさらに荒々しく抜き差しする。と、腰の蠢きに合わせて、エマの蛙のように開いた脚が揺れる。
――ああ……どうしてこんなに……
「気持ちイイのーーーーッ!」
 今までは苦痛と屈辱しか感じていなかったのに、今日はどうしてこんなに気持ち良いのだろうか。体験した事のない快感が全身を強烈に侵していく。
 もうとめようがない。
 エマは快楽の濁流に翻弄されたまま、ただ流されていった。
「あっ、はあぁーーぅ!!」
 エマは甘美に叫んだ。もう何がなんだか分からない。その時、オーギュストはエマの耳に息を吹きかけながら、何やら囁いた。
「いいっ、気持ちイイ。オマンコがとってもイイのォ」
 兎に角、言葉にせずにはいられなかった。そして、いざ言葉にしてみると、ますます快感は高まり、エマは狂ったようによがった。
「あん、あんっ……い、イクぅーーっ!!」
 全身をひくつかせながら、エマはこれまでで最大の絶頂を迎え入れた。
「ようやく、犯される悦びを知ったな」
 オーギュストが征服感に酔い痴れた眼で、エマの悦楽に惚けた貌を見下ろして言った。

 翌朝、エマは遅い朝を迎えていた。館の庭からは、遊ぶ少年達の声がしている。裸のまま、窓を開ける。眩い陽射しに、思わず目が眩んだ。それから、大きく手を伸ばした。
「気分がとてもいいわ」
 良好な日当たりに、気分爽快である。
 小鳥の囀り、虫の声、小川のせせらぎ、何もかもが違って感じられた。まるで生まれ変わったような心持ちである。無論、これは単なる契機{きっかけ}に過ぎない事だろうが、
――私の中で何かが目覚めた!
 エマは微笑する。

 その頃、オーギュストは温泉に入っていた。酒樽を切って、浴槽としている。腰まで湯に浸かりながら、眼下の渓流を見渡して、爽快に口笛を吹く。岩の間を流れる水音が、それを吹き消した。

 鼓動が早鐘を打つ。
 エマは脱衣室の窓から、露天風呂のオーギュストを見ていた。
 足を踏み入れるべきではない、でも、抑え難い衝動が背中を押す。今までは、誰かの言い成りになっていた。父のため、仲間のため、身を差し出した。しかし、今は、自分の意思で行こうとしている。
――行けばきっと……あの眼が、あの手が、私の身体を……
 カッと股間が熱くなり、そして、頭がぼっと火照った。思わず指が扉を押している。
 真夏の陽射しに視界が白く染まった。蝉がうるさく鳴き、川音が轟いている。
「脱ぎます……」
 言って、エマは白いガウンの紐を解く。
 一糸纏わぬ白い肌に鋭い光が突き刺さる。その熱さと眩さに目眩すら感じたが、不思議と恥ずかしさは沸かない。それよりも、甘美なときめきに身が震えだしそうだった。
 目と目が合って、オーギュストがにっこりと微笑んで手招きしている。
 エマは歩き出した。揺らめく浴槽の湯から反射された光が、七色に煌めいて、まさに白昼夢のようである。
 浴槽に足を浸す。硫黄の匂いがした。
「失礼します……」
 身体を屈めて、胡座をかいたオーギュストの膝の上に座る。たくましい右腕がエマの肩を越えて、左腕が脇腹から廻ってくる。
「あぁ……」
 背中から抱き締められて、エマは小さい吐息をもらす。
 直ぐにオーギュストは胸を揉み出した。
「……ああン」
 朱に染まった顔から、鼻にかかった声を吹く。
「すっかり感度がよくなった」
 オーギュストの言葉が、恥ずかしくもあり、嬉しくもある。エマは甘い唇の感触を求めて、首を捩った。
「キスをして……下さい」
 自分から舌を出して、オーギュストの唇を舐めなぞる。そして、僅かに唇が開くと、舌を差し込んで、積極的に舌に絡めた。
 オーギュストの手が、乳ぶさを離れて、へその上を擦れ下る。
「ん、んーーーん」
 媚びるように鼻を鳴らした。そして、待ち侘びたように、脚を左右に大きく開く。
 秘唇に反り返ったペニスの幹が当たり、クリトリスを指で摘まれた。
「はぁ、あっ、はぁーーん」
 エマは唇を離して喘いだ。もう欲情が止まらない。オーギュストの後頭部に手を廻して、脚を折り畳んで、上手に腹の前を抜く。身体を90度回転させると、対面座位の格好で、もう一度キスをした。
「ねぇ、挿入[い]れて……下さい…」
 濃厚なディープキスを終えて、エマは腰を揺すってねだった。

「失礼致します」
 脱衣室の方から、男の声がした。
「どうした?」
 オーギュストが横目で見て問うと、跪いたファルコナーが言う。
「はっ、カーンご夫妻がご到着なさいました」
「ああ、分かった。直ぐに行く」
 ほら、とオーギュストがエマの肩を叩く。
「いや、もっともっと一緒にいたいのぉ~」
「しょうがない牝猫だな。もう一回だけだぞ」
「ああ、うれしい……」
 エマは瞳を蕩けさせて頷く。
「あん、あ…ん、あっ、あん、うぅ、あっ、はぁん……!!」
 そして、すっかり痴女の顔をして、腰を一心不乱に振り、喘ぎ咽る。

「マザラン、よく決心してくれた」
 オーギュストは笑顔で言って、座るように促す。
「ありがとうございます」
 マザランは頭を下げた。その斜め後ろに、控え目なニナがいた。二人とも、堅い印象の紺色のスーツ姿で揃えている。
 街の領主から館を譲り受けて、その応接間で、オーギュストは、カーン夫妻を迎えている。
 部屋は、大きな木材で作られて、重厚な雰囲気を醸し出している。南側には大きな開口があって、ウッドデッキに繋がる。その先には、速い流れの川が見え、心地好い風が吹き込んでいた。
 床には濃紺の絨毯が敷かれ、その上に猫脚のテーブルと椅子がある。テーブルには"2羽の鴉の紋章"の軍旗が被せて、その上に、侍女が紅茶を運んで来た。
 オーギュストはティーカップを右手で摘み上げる。左腕は、紫色のスカーフで吊られていた。
 その対面に、マザランとニナが座る。そして、二人を挟むようにマルセル・ラマディエとファンダイクが左右に座る。
「実は妻の強い勧めがありまして」
「ほぉ」
 オーギュストはティーカップを降ろしながら、ニナを見た。そのニナは夫を立てるように伏し目がちで、淑やかにしている。
「細君には感謝したい。これで私も仕事が捗[はかど]るだろう」
「夫をお引き立て下さり、心より感謝致します。これよりは粉骨砕身、お仕え申し上げます」
 ニナは頭を下げると、マザランも合わせて下げる。それに、オーギュストは目で頷いた。
「まずは金鉱山の再開を急げ」
 モンベルの森の奥には、金鉱山がある。が、今次大戦で閉鎖されていた。これをブーン・コンツェルンの協力で再開しようとしている。
「しかし、サイアが黙っていないでしょう」
 ファンダイクが心配そうに呟いた。
「カフカにモンディアを攻める戦力はない――」
 だが、将来は分からない、とオーギュストは笑う。
「モンディアとカッシーのラインは、セリアとサイアを分断している。ここを抑えて置く事は、何かの布石になるだろう」
 返還するにも、贈与するにも、交換するにも、いい条件を確保出来るだろう。オーギュストの言葉に、4人は頷いた。
「俺は傷が癒え次第、ヴェガ山脈へ行く。後は任せる事になるだろう」
 これで、事務的な会話は終わりと、姿勢を崩して、オーギュストは紅茶を啜った。
「ホーランドで変わった事は?」
 別段とマザランが答えた後、ニナが口を開く。
「北陵流のマキシマムの遺体が消えました」
「消えた?」
 思わず訊き返す。
「はい、墓が暴かれていたそうです」
「そうか……無粋だな……」
 不快感に、オーギュストは唸った。だが、これを然程重要には考えず、それっきり忘れてしまう。
「細君はサイア王立大学で有職故実を専攻していたとか?」
「はい」
「新皇帝に対して、正式なしきたりで親書を送りたい」
「分かりました。私でよければ喜んでご協力致します」
「頼む」
 そう言い残して、オーギュストは奥へと消えた。

 昼過ぎ、オーギュストの執務室を、マザランがニナを伴って訪れた。ニナは白いボレロ風のジャケットに、大胆なスリットの入ったタイトミニ。ジャケットの下には、藤色のキャミソールを着ていた。
 挨拶もそこそこに、オーギュストは部屋中央の机を指差して、代筆を命じる。
「怪我の具合が予想以上に思わしくない。しばらく時間がかかる。参上は遅れるだろう。出来ればカッシーでお願いしたい。内容はこんなところだ。正式な書式に訂正して欲しい」
「はい」
 緊張気味にニナが頷く。彼女にとっても、アルティガルド王への親書を書くなど、初めての経験であり、かつ想像すらした事のない事態であった。
 小さく咳をして、慎重にペン先をインク瓶につける。
 オーギュストは出窓の前に立ち、飾られている花の花びらを弄りながら、作業を待つ。
「閣下――」
 マザランが呼ぶ。
「カッシーで謁見を、お考えのようですが、貢物を用意いたしましょうか?」
「さすがだ、マザラン。よく気が付いた。品を選べ、全て任せよう。そして、先にカッシーのロックハートの元へ送れ」
「はい、畏まりました」
 嬉しそうに、マザランは顔を綻ばせる。
「時間がかかるようだから、俺は温泉に入ってくる」
「はい」
 マザランは部屋を出て行くオーギュストを拝礼して見送った。そして、ニナに、これほどの幸運があろうか、と囁いた。
 一時間後、オーギュストが戻ってくると、マザランは消えていた。そして、ニナはジャケットを脱いで、胸元のきわどく開いたキャミソール姿で作業している。
 オーギュストはニナの隣に座って、ほぼ完成している文章を覗き見る。
「貴女が来てくれて、本当に助かった」
「ありがとうございます。お役に立てて光栄です。主人に伝えます。主人も喜びましょう」
 ニナは顔を上げて、健全な明るい笑顔で向けた。
「マザランの仕事もなかなか。貴女が選ばれただけの事がある」
「お買い被りを」
 ニナは微笑で目を細める。
「謙遜する事はない。なかなかの賢妻だよ。結果として、旦那に、地位と名誉をもたらした」
「……」
「何もなかった事、と思っていいんだな?」
 ニナは努めて平静を保とうとしていたが、ついに、眉間に皺が立つ。
「あんな事をしておいて……よくも…そんな……私がどんな気持ちで……」
「ならば、何故来た?」
 ペン先から、黒いインクが滴る。紙に黒い染みが出来た。
「だから……あたしは……」
「貴女は金に変えたんだ。大人の判断だよ」
 狩猟魂が疼く。戦場の昂ぶりが残っているからだろうか。エマは可愛いが、ねんね過ぎて物足りない所為だろうか。オーギュストは、ニナを挑発している自分に戸惑っていた。このまま無かった事にするのは、オーギュストにとっても都合が良い。なのに、誘わずにはいられないのだ。
「あなたは……」
 ニナは潤んだ瞳できつく睨む。
「情のない事を言っていたのは貴女だ」
 オーギュストは額に垂れたニナの髪を掬い上げた。
 それを契機に、ニナの中の結界が崩れ、何かが解き放たれた。左手を素早くオーギュストの股間へと伸ばすと、器用にペニスと取り出す。そして、大きく口を広げて、髪を耳の後ろに掬い流しながら、上半身をオーギュストの膝の上へと倒していく。
 じゅるる、じゅる……
 窄めた唇で、ニナが吸い上げる。自分の口が発する淫靡な音に、ニナの秘裂が蒸れていく。
 びゅじゅ、びぢゅ、ぶちゅぶぶ……
 舌先に全神経が集中して、しゃぶる。一舐め事に、安堵感が込み上げてきた。
 何故だろうか……
『フシダラ!』
 そう言い切るのは簡単である。
 つい先ほどまで夫がいた場所で、何時夫が戻って来るか分からない状況で、若い男のペニスを愉悦に満ちた顔で咥えている。もう一人の自分がそこにいた。まさに淫獣であろう。しかし、宙を漂うような快楽に心身を委ねると、咲かずに枯れようとしていた花が、再び輝きを取り戻すようで、ニナの心がぞわぞわと沸き立つ。
 オーギュストは、ニナの項から腰へと手を滑らせて行く。スカートを掴むと、手繰り上げた。スリットのあるスカートは、簡単に捲り上がり、ふっくらと丸みのある尻肉と、黒いひものようなショーツが露出した。オーギュストの指が、ショーツの上から、秘唇や菊座をなぞる。
「んふっ、んぼ……んぼ……」
 ニナは咥えたまま、もじもじと腰を揺すって、ショーツから蜜を溢れさせていった。
「随分激しいな?」
 オーギュストが言うと、ニナはペニスを吐き出して、舌を這わせながら、上目遣いに答える。
「当たり前でしょ。こんなの、味あわせておいて……」
 ニナの柔らかな唇に、隆起するペニスの躍動感が伝わる。
「旦那には、可愛がって貰っていないのか?」
「比べ物になんかならないわ……あんな物」
 大きさを実感するように、根元から先端まで、ずるりと舐め上げていく。余りに夢中になりすぎて、椅子から腰が落ちた。それでも、ニナは唇を離さない。床に跪いて、根元まで深々と咥え込んだ。
「酷い、言い様だな」
 オーギュストは、足の下に屈むニナの頭を撫でる。
「女を満足させられない男なんて、言われて当然よ」
 先端を舌先で突きながら言う。
「それじゃ、俺を満足させてみろ」
 言うと、オーギュストはニナの頭を掴んで前後に振る。
「うぐ…うんぐぅ…ふん…ふんん……んんっ!」
 ニナの窪んだ頬が朱に染まり、ペニスが出入りする口からは、泡立つ唾液が滲み出る。
 そして、オーギュストはニナの後頭部を押さえると、喉の奥深くに思いっきり精を放出する。ニナはペニスを扱き、最後の一滴までも搾り取ろうと啜る。
 その時、背後のドアをノックする音がした。オーギュストが誰何すると、マザランが答える。ニナは慌てて席に戻り、全く生きた心地がせず、喉を鳴らして精液を苦そうに飲み干す。
「入れ」
「失礼致します。どうですか、終わりましたか?」
 マザランがドアから半身だけ入れて、訊く。
 オーギュストは机の上の紙を取り上げて、黒い染みを指差した。そして、ちらりとニナの横顔を見ると、死体のように蒼ざめている。
 マザランは肩を落とすニナの背に、苦い表情をした。それから、オーギュストに詫びるように頭を下げる。
「もう一度やり直す」
「では、後ほど、リストをお持ちしますので、その時ご確認して下さい」
「さすがに早いな」
「畏れ入ります」
 こそばゆいように笑って、マザランはドアを締める。
 オーギュストは足音を確認して、「行ったぞ」とニナの腕を掴んだ。と、ニナはガタガタと身震いしている。
「ああ……止まらない…どうして…」
 そして、気が弛んだのか、失禁してしまっていた。
「面白い女だ。嫌いじゃないぜ」
 オーギュストは高笑いすると、掴んだ腕を引っ張る。
 何かがぽっきりと折れてしまっていた。
 ニナは泣きながら、言われるままに、高く脚を蹴り上げて、オーギュストの太腿の上に跨った。そして、ショーツを自分の指でずらして、腰を沈めていく。
「あっ、はぁぁぁん」
 獣のような声を発した。
「お前も準備は完了しているようだな」
 乱れた呼吸で振り返ると、エマがドアの影で、立ったまま自慰に耽っていた。清楚なドレスをたくし上げて、秘唇を直接なぞっている。
――はぁーっ……したい……あたしもほしい……
 じゅっくり濡れた膣の中に、人差指と中指を挿入して、蜜を掻き出す。そして、親指でクリトリスを捏ねる。身を焦がす官能に、喘ぎ泣いた。
「綺麗に掃除してやれ」
 オーギュストが命じる。
 エマは悩ましい目付きでペニスに眺めながら、従順に椅子の前に跪くと、蜜液と尿で汚れたニナの秘裂に舌を這わせた。
「うああぁ……イイっ! イイのぉっ……」
 ニナは狂ったように吼えた。


 深夜になって、オーギュストの寝室を、ラマディエ、ファンダイク、マザランの三人が訪れた。
「どうした?」
 オーギュストは紺色のガウンの帯を締めながら、衝立の影から現れる。
 衝立の隙間からは、ピクリともしない白い脚が見えていた。思わず、ラマディエは我を忘れて見詰めている。と、隣のマザランが肘で突いた。
「再び、アルティガルド王からの親書が届きました」
 ようやく、「あっ」と呟いてから、親書を差し出す。
 封を切って、読むと、オーギュストは小さく微笑んだ。
「ヴィルヘルム1世は、軍師に担った爵位、領地を与えるそうだ。それもエリース湖沿岸に」
「本当ですか?」
 破格の条件に、マザランが訝しげに言う。
「ああ、だから絶対カッシーに来い、だそうだ」
「罠かもしれない」
 ファンダイクが言う。
「そうだな。ヴィルヘルムはともかく、その周辺に、はねっかえりがいるかもしれん。だが、行かぬ訳にはいかんだろ――」
 朗らかに、オーギュストは笑い出す。
「新皇帝の呼び出だ。不敬罪になる」
「それでは、臣下と認めた事になりましょう。確か、シャルル1世の御世……」
 慌ててマザランが先例を挙げようとする。それをオーギュストは途中で止めさせた。
「さて、お前達に伝えておく――」
 笑顔が消え、真剣な声になる。
「俺に天下統一の野心はない。また、サリス帝国の完全なる復活も考えていない」
 ラマディエが「エッ!?」という声を思いの外、大きくもらした。
「ましてや、ナルセスを覇者にするつもりなど、さらさらない。俺はカリハバール打倒後、アルティガルドを中心に、世界の安定を計るべきだと思っている。具体的には、サリス・サイア地方では、緩やかな連合体制を作り、その盟主に新皇帝を戴く。このまま無秩序な乱世に突入するより、マシな世の中になると思わんか?」
「我らは……?」
 ラマディエが恐々と訊く。
「お前とエマには、このモンディアを用意してやった。俺が出陣した後は、ここをしっかり守り抜け」
「は、はい、ありがとうございます」
 ラマディエは生唾を飲み込む。そして、両手を合わせて、祈る姿勢をとった。その時、衝立の裏で、三本目の白い脚がシーツから零れた。
「出陣の準備だ」
「はっ」
 オーギュストの視線を受けて、ファンダイクは背筋を伸ばした。

 数日後の早朝、オーギュストは出立の準備を終えて、館の正門に立つ。
 オーギュストの腕には、しっかりとエマが腕を絡ませている。そして、出陣するオーギュストに、泣きながら「寂しい」と告げていた。最近では、エマは人目も憚らず、甘える姿を見せるようになった。
 その光景に、父親のラマディエは切なげな表情をして、佇んでいる。また、その背後では、旧知の人々が、「変われば変わるものだ」と、やや卑猥で、やや呆れた顔で囁きあった。
「あれはやり過ぎだな。父親が可愛そうだ」
 マザランがニナの耳元で囁く。ニナは「そうね」と低い声で答えて、
「若い娘って恐いわ」
 と鋭くエマを睨んだ。
 ファルコナーがリトルバスタードを引いて来た。
 オーギュストはエマに軽くキスをすると、手を振り解いて、リトルバスタードに跨る。エマはファルコナーに一瞥もせず、泣きじゃくりながら、武運を祈った。
「出発!」
 オーギュストが腹を蹴る。その後に、ターラを乗せた馬車が続く。


【カッシー】
 ヴィルヘルム1世は、カッシーまでもう一日という所で、宿営していた。遅くまで領主の饗応を受けて、上機嫌に酔い、そのまま眠りに付いた。そして、真夜中に喉の渇きを感じて、目を覚ます。
「誰かある?」
 呼べど、返事がない。
 怒りを覚えつつ、廊下へ出た。と、警護の兵が、石のように固まっている事に気付いて、ぞっとする。
「これは……っ」
 慌てて室内に戻り、剣を握ると、窓から外を伺った。背筋を氷の塊が通ったように、身震いする。
「まさか……っ」
 そこで、また新たな恐怖を目の当たりにする。ガラス窓の外は、闇に包まれて、松明も、星の光りも見えない。
「陛下」
 背中で声がして、ギョッと振り返る。
「ディーンか……?」
 開けっ放しにしていたドアの所に、オーギュストが平伏している。
「はい」
「これはどういうつもりか?」
「無礼は承知。ただ分かって頂きたかったのです。私は魔術師である、と」
「……それが?」
 目眩のする緊張感の中、ヴィルヘルム1世は、顔を強張らせて、生唾を呑み込む。
「このような怪しげな術を使う者を、民衆は信用いたしません」
「ディーンの考えは分かる。しかし、余は――」
 ヴィルヘルム1世は、それまでガタガタと震えていた足を、力強く一歩踏み出し、仁王立ちする。
「人は地位に相応した責任を担うものである、と信じる。余の責任は、カリハバールを討ち、新しい秩序の構築する事。さらに言うならば、人は能力に応じた役割を果たさなければならない。余の役割は、中原を一つにまとめること。如何に?」
 聞きながら、場違いにも、オーギュストは関係した女性達の顔を思い浮かべて、「俺は責任を果たしている」と独り納得して頷いた。
「如何に?」
 もう一度聞かれて、慌ててオーギュストは部屋の中へ進む。
「お見事なご覚悟、と存知奉ります」
「うむ!」
 瞬間、ヴィルヘルム1世が刮目[カツモク]する。
「ならばこそ、家臣として侍る事を憚ります」
「ディーンよ、天下のために働け!」
「天下を考えればこそ、ウェーデリア人で、一介の騎士でしかない自分が、陛下のお傍近くに侍る事はできません。新秩序の妨げとなりましょう」
「小さき事よ!」
 叫んで、また一歩踏み出す。
「御意、立身は本意ではありません」
 オーギュストも声を張る。
「では?」
「天下のために、影から皇帝陛下を支え申し上げましょう。決して世を乱世には致しません」
 ヴィルヘルム1世は強く下腹部を叩いて、大きな音を鳴らした。
「見事な覚悟。感服した!」
「はっ」
 爵位や領地を望まないオーギュストの態度に、ヴィルヘルムは心の洗われる思いがした。現実問題として、外国人であるオーギュストが、軍の高官になれば、アルティガルドは蜂の巣を突いたような騒ぎになるだろう。そのリスクを抱え込んでも、オーギュストを傍におきたいと考えていた。その飢餓感は、とても言葉では現せない。そして、オーギュストは、お伽衆の一人で良いと言う。お伽衆とは、文化人、芸術家、僧侶などが、王の話し相手として雇われた役職である。これほどの感動を近日覚えがない。
 オーギュストの本心を言えば、アルティガルドを自由に操る事ができれば良いだけで、権力に縛られたくはない。
「では、改めて問う。カリハバール打倒の策は?」
「バイエルライン軍の敗戦を顧みて、ペラギア攻略には水軍が必要です。まず、ランスを陥落させ、運河を回復、エリース湖より水軍を送ります。多少時間はかかりますが、カリハバールに増援の可能性はありません。今こそ、『緩戦』を実行する時。時間をあればあるほど、恐怖は募り、士気は喪失しましょう」
「うむ」
「さらに、セリムの背後を調略します。アルサス・ラーンに王位を認めるのです。パルディアと対をなすカリハバールへの壁となりましょう」
「うむ」
「そして、ヴェガ山脈の魔術師集団"GOD"を私が滅ぼします」
「うむ」
 二人は金糸の刺繍の椅子に座り、向かい合って語らい合う。そのオーギュストの一言一言に、ヴィルヘルム1世は、膝を叩いて喜んだ。


【7月下旬、ランス】
 オーギュストは三つの峠のうち、最も東寄りの赤水峠を越えていた。
「どうしてついてくる?」
 オーギュストはリトルバスタードの脚を止めて、溜め息混じりに振り返る。
「叔父に代わって、見届ける義務がある」
「何が?」
「貴方の戦いの一部始終を」
「無駄な事を」
 オーギュストは正面を向き直して、ゆっくりと進み始めた。その後を、疲れ切ったターラが歩く。しばらく進むと、また馬を止めて、ターラを待つ。結局は、携帯食を分けたし、途中から馬に乗せてやった。
 ファルコナーがオーギュストの影武者を務め、ファンダイクとロックハートなどが、巧みに演じて、各国の諜報部員を騙し切った。その間、オーギュストは単騎で、ヴィルヘルム1世との会見を成功させた。そして、ヴィルヘルム1世と別れた後、闇の中をリトルバスタードで駆け抜けて、シデ大公国の勢力圏に入った。一つだけ予想外だったのが、ターラである。捕虜交換で帰った筈だったが、道中に盗み聞いたのだろう、オーギュストを峠で待ち伏せていた。
 ランス盆地に入る。
「お待ちしていました」
「ああ」
 大きな蘇鉄の下で、出迎えたの神霊魔戦士団と合流する。アフロディースの部下に案内されて、ヴェガ山脈の登山口を少し登った。そして、滝の裏側の小さな洞穴に入る。ここに、隠し砦がある。
「アルティガルドの特務部隊は、手薄なEフィールドに配置しよう。折角借りられたんだ、有効利用しよう」
「はい」
「俺達はNフィールドから、予定通り進む」
「はい」
「よく準備を整えた」
「ありがとうございます。でも、マックス殿のおかげです。下調べが……」
「くだらない名前を出すな。気分が悪くなる」
「はい」
 アフロディースはくすりと微笑む。彼女はずっとヴェガ攻略に専念して来た。マックスの調べた精霊の分布から、罠の所在も、その対策も練り上げた。神霊魔戦士団の訓練も順調である。
「そろそろ褒美をやらなくちゃな」
「ああ……」
 二人の会話は、至ってまともなものである。場所も、隠し砦の司令室である。司令室と言っても、半径2メートル程の幕が張られていているだけなのだが、この乳白色の幕には、遮音魔術の効果があり、外に一切の音はもれない。
 唯一間違っているのは、彼女の格好であろう。
 赤い絹のスカーフで視界を奪われて、背中で手枷をされて、両足首も縛られている。そして、揃えた脚を真っ直ぐに高く吊るし上げられて、神秘的に長い脚がより一層際立っている。
 二人は削った岩の上に並べられた木盾の上に、重なるように座っている。
 見えないから、何をされるか分からず不安になる。不安になっても拘束されて動けず、防衛本能から感覚が過敏になる。
 約一時間半、尖った精神とアブノーマルな興奮の中、中途半端に焦らされ続けていた。膣襞はすっかり開いて、穴から蜜を見境なく垂れ流し、クリトリスは真赤に肥大化し、乳首は固く勃起している。
「ほ、ほしい……」
「何を、どうして欲しい?」
「ああ……」
 魅惑的な腰がくねる。
――キモチイイことがすき……もっともっと……くるおしいほどキモチヨクなりたい……
「私は発情した牝ブタです。はしたない…グチョグチョの…オマンコを……弄って…嬲って……肉欲を満足されて…ください……」
 陶磁器のような肌は薄く汗ばんでいる。また、曝け出された秘唇は、わなわなと蠢き、粘り気のある蜜を溢れ出させている。
「本当にディースの身体は美しい。どんな女も霞んでしまう」
 本来一切の光が存在しない洞窟の中、精霊の人工的な白い光を浴びて、濡れたサーモンピンクの秘肉が煌めく。
「……ぁ……」
 そこを、オーギュストの人差し指がじっとりと撫で上げて、蜜液を掬った。
 白く長い首が紅潮して弓反る。アフロディースの薄く開いた唇から、色香にみちた吐息がもれて、戦う女神を思わせた瞳は、とろんと情感に潤む。
 さらに、オーギュストは二本の指で、火照った膣壷の中をかき回す。
「ああ……あ~~~」
 拘束された身体が、捻じれるように身悶えた。そして、バタリと木盾の上に伏せると、蓬髪の下から、途絶えた快楽をねだるように見上げる。
「私は……ギュス様に…身も心も捧げました…忠実な…下僕ですぅ…魂の奴隷ですぅ…ですから…ですから……おチンポを…オチンポをぉ……くださいッ」
 腰をうねらせながら、尻を高く掲げる。そして、手枷から器用に指先を伸ばして、薄い尻肉を手繰ると、秘唇をいやらしく開いた。
 誇り高いアフロディースの卑猥な誘いに、オーギュストの気分も昂ぶる。感情のままに、両手を伸ばして、豊満な胸を鷲掴みした。
「や……んっ、痺れるぅーーっ!」
 美しい唇から、唾液が垂れる。身体中が過敏になり過ぎて、乳ぶさに食い込む指の痛みまでもが、性感となってしまう。
「おねがァい……」
「ふん、素敵だよ、ディース」
 北叟笑{ほくそえ}むと、オーギュストはペニスを宛がい、一気に押し込む。
「ああ…あ……」
 待ち焦がれた感触に、アフロディースの顔がガクガクと蠢き、口からはだらだらと、だらしなく涎が落ちた。
「あっ! はっ! はあっ! いいっ!!」
 肉と肉が擦れる卑猥な音が部屋に響き始めると、アフロディースの喘ぎも益々激しくなっていく。
「あっ! はぁっ! はっ!」
 オーギュストはアフロディースの中で、何度も角度を変える。
 アフロディースの長い爪が木盾を掻き刻み、その獣のポーズで、被虐の陶酔に酔い痴れた貌で、吼えるように喘ぐ。
「はっ……あああっ!」
 アフロディースは悶え泣いた。整った美貌が甘美に歪み、理想的なスタイルが幻想的に跳ねる。
「イイ……キモチイイ……おかされると……とても幸せ……もっともっと!!」
 絶頂へ一途に駆け上りながら、法悦に呆ける。
「ああ……くるぅ~!」
 壷口まで引き抜かれた、熱い塊が、肉襞を掻き分けて、一瞬で最深部へと突き刺さる。その一突き毎に、肉壷から脊髄を通って、指先、髪の毛の先、細胞の一つ一つまで、信じがたい恍惚の波が広がっていく。
「熱い……熱い……身体が…燃えちゃう」
 全神経がショートして、精神が狂っていく。しかし、肉欲の飢えは一向に治まらない。さらに貪欲に悦楽を求めて、受け入れ易いように腰を振り、肉襞をみっちり吸着させて、濃密にしごく。
「くるっ! くるっ! くるぅ~!!」
 アフロディースは長い髪を振り乱し、細腰を弾ませて、エクスタシーへと上り詰めていく。その濃艶な鳴き声を聞き、オーギュストも子宮口へと粘液の塊を放出する。
「イイ。あ…うああ……い…イクぅ~~~!!」
 そう告げると、呼吸する事さえ忘れてしまう。このまま窒息してしまうのではと思うと、その破滅的な感情さえも更なる快楽へと昇華していく。


【ヴェガ山脈】
 腐葉土に足が沈み、頭上に光りは差し込まない。奇怪に螺旋{ねじ}くれた枝に、紫色に澱んだ葉が栄えている。それらを鉈で払いながら、道を作る。そして、塞ぐように横たわる巨大な倒木を越えると、森を抜けた。
 沼がある。
 赤紫の水草で覆われて、針のような葉を持つ巨木が無数倒れ沈んでいる。
「よっ」
 オーギュストはその巨木に飛び移ると、遠い対岸を見遣った。
 と、水面が波打つ。
 蛇鬼。
 凶暴な大蛇で、人さえも呑み込む。それが水面を這うように泳ぐ。そして、オーギュストへ巨大な口を開いて、伸び上がった。
 が、水面から飛び出た瞬間、地上20メートルほどに漂っていた漆黒の雲から、稲妻が走り下る。そして、焦げ臭い匂いだけを残して、沼に沈んでいく。
「どうやら、倒木を伝って渡れそうだ。行くぞ」
 オーギュストは何事もなく、アフロディースに告げる。その瞬間にも、稲妻が幾筋も立っていた。

 小さな潅木が点在するだけの、巨岩ばかりが転がる場所に出た。荒涼とした登りがずっと続いている。
 グリフィン、獅子の体に鷲の頭と翼を持つ幻獣である。
 それが、10メートルほどの巨石の上にいた。漆黒の雲からの雷撃を軽やかにかわして、岩の角と角を滑空する。
 が、小さな潅木を飛び越えようとした瞬間、潅木の枝が、槍のように鋭く尖り、突き上がる。グリフィンは下腹から背を串刺しにされて、絶叫する。
「いい陽射しだ。蒔いた種がよく実る」
 オーギュストは額に手を添えて翳すと、豊作を喜ぶ農夫のような笑顔をした。

 サボテンの林に入った。
 オーギュストを取り囲んだサボテンが一斉に針を飛ばす。
 が、発射された針は、強力な引力に引かれて、オーギュストの頭上に集まっていく。頭上には、黒か緑か判別のつかない球体が浮かび、急速に縮小して、周囲の物体を吸い寄せている。その力は大きく、オーギュストの体も、無数の小石とともに浮かび上がる程だ。
 そして、球体は、小さな小石となって地に落ちる。
「ここまでは、何事も起こらないなぁ……」
 髪を直しながら、退屈そうに欠伸をした。

 青い空が間近に感じられて、空気が薄い。小さな湖がある。もはや草木は一本もなく、水中にも生物の気配はない。白い浜と紺碧の水面が無機的で美しい。
 波打ち際に立つ。吹きぬける風が強く、水面が揺れている。足元は塩の結晶が砕けて、白い塩の浜となっている。
 アフロディースが口の下に両手を添えて、すぅと息を吐く。白い息は小さな旋風となって、水面を流れる。
「よし、船を作るぞ」
 神霊魔戦士団が、ドライアイスの塊を作り始めた。それを湖に浮かべて船にしようとしている。
 その時、湖面が泡立って、巨大な影が蠢く。
 メディウサ。髪の毛が全て蛇、下半身も大蛇という恐ろしい姿をしていた。
 頭上の全ての蛇が一斉に牙を剥く。そして、下半身の蛇の尾が、湖面を、水飛沫を上げて走る。
 が、予め作っていた旋風が、鋭い刃となって飛んだ。そして、一撃でメディウサを一刀両断する。
「行くぞ」
 ドライアイスの船が動き出す。

 クリスタルの柱が岩壁の中に立つ。水面の高さに、正方形にくり貫かれた門があり、ドライアイスの船で入って行く。
 クリスタルの中を通り抜けると、黒い岩の洞窟がある。白い浜に上陸して、すぐに神霊魔戦士達が、杖の先に光の精霊を集めた。
 鍾乳石の下がる洞窟を歩き始めると、光の塊が3個、前方に漂う。
「まだいたか……」
 光は空気に融けるように薄らぐと、背に白い羽とオーロラの衣を纏い、右手に剣、左手に丸い盾を待った堕天使が出現した。
 エンジェルナイト。
 元々は古くなった精霊を清め、浄化させる天使だったが、多くの精霊を欲したダークエルフによって闇に属に変えられた。
 一斉に、瞳がエメラルドに輝くとビームを発射する。
 6本のエメラルドの閃光が、オーギュストを焦点として、一つに重なっていく。その寸前、左腕に備えていた“イージスの盾”で防ぎ、全ての光線を反射させた。
 反射された光線が、鍾乳洞の天井部分を直撃し、落盤する鍾乳石がエンジェルナイトを押し潰す。
 透かさず、オーギュストは風の魔剣"ウィンドソード"を抜く。そして、刃を口に当て甲高い音を発し、『月の笛』を奏で始めた。
 ウィンドソードは風の属性を持ち、直接的には剣圧で作った真空波で敵を斬る。しかしその最大の特性は音術で、刃笛や叩くなどで曲を奏でると、催眠効果を与える事ができる。
 落石を除いて、エンジェルナイトが煙幕の中から再び現れたが、その瞳は真赤に狂い、忽ち、互いの胸を剣で突き合った。
 『月の笛』は、魔物の本性を際立たせて、傍のものを手当たり次第攻撃させる曲である。
「……敵は近い」

 鍾乳洞を抜けた。
「発光弾」
 アフロディースが命じる。
 岩肌は消えて、深い闇が存在する。声の反響は遥かに遠く、杖の光を翳しても、光は端まで届かない。
 神霊魔戦士が数人、長弓を45度に掲げて、闇に矢を放つ。矢先は宙で弾けて、光球となって浮遊した。
 人工的な白い光に、見えなかった空間が浮かび上がる。
 高さは100メートル、奥行きは1,000メートル、幅は500メートル程だろう。四辺には、ドラゴンの像が居並び、天井を支えていた。そして、底辺のほぼ中央に、天井すれすれまである、破壊神シヴァ像が鎮座している。それに向かって、4メートルほどの黒光りする石板が、円形に配置されている。
「行こうか」
 オーギュストの足元には急な階段があった。その階段を降り、石版の隙間の道を行く。凸凹した感触に、よく観察すれば、道には神々の戦いを描いたレリーフが描かれていた。
「閣下」
 アフロディースが石版に鋭い視線を送る。石版には人の顔のレリーフがある。巨大な顔は、余りにも不気味で、寒気がする。
「墓のつもりだろう」
「お墓?」
「ああ、ヴァンル神族どもの」
 皮肉っぽく笑うと、急に足を止めた。
「さながら、天空邪神神殿です…ね……あっ!」
 オーギュストはアフロディースが言い終わる前に、突進していた。
 眼前には、破壊神シヴァ像の台座がある。そこに、黒髪、黒服の美女が立っていた。
「パール!」
 オーギュストが魔剣を横に一閃する。
 黒髪が飛び散り、パールは仰け反るように後ろに跳ねる。その時、パールの尖った耳を垣間見る。
 そして、三体の魔獣人がオーギュストの前に立ち塞がる。
「ちぃッ、雑魚は除け!!」
 オーギュストは舌打ちすると、魔剣で幾何学模様の残像を刻んだ。瞬く間に、三体は分断されたが、パールは周囲を無数の蝙蝠に包まれて、微笑みとともにシヴァ像の影へと消えて行く。
「パール、もう終わりにしようぜ」
 オーギュストが叫ぶ。
 と、天井がぱっと明るくなり、鮮やかな空が現れた。
「閣下!?」
 アフロディースが驚愕の声を出す。
「まやかしだ! 周囲を警戒しろ」
 オーギュストが余裕のない声を出す。
「赤き瞳が、まやかしですって、ふふふ」
「パール!」
 オーギュストが声の方を振り仰ぐ。パールはシヴァ像の手の上で、膝を組んで座っている。
「コンピュータグラフィックのモデルぐらい言えないのかしら?」
「お前と無駄口(ムダぐち)をたたく気はない。死ね!」
 オーギュストは魔剣の魔力を発動させ、刃を発光させる。
 一方、パールは微笑みのまま、笛を吹き始めた。
「あれは竜笛!!」
 拙い、と唸ると、オーギュストは慌てて動きを止めた。
「剣を投げろ!」
 アフロディースに叫んで、同時に長い詠唱を始める。
 壁に張り付いていたドラゴン像一体が、精気を宿し、咆哮とともに動き始めた。その声を聞いて、神霊魔戦士団の一部の兵が気を失う。
「イフリート!!」
 アフロディースの投げた魔剣レヴァンティンから、膨大な量の炎が暴走して、それが巨人の形となる。
 そして、ドラゴンにイフリートが体当たりをした。灼熱の炎がドラゴンにも移るが、ドラゴンが怯まず、その強大な牙で、イフリートの首を噛み切った。
 ドラゴンはイフリートを切り裂かれて、炎の体を突き破る。しかし、その表面を覆っていた偽りの皮膚が焼き爛れて、白骨の躯を顕にした。だが、それでも動きを止めない。
「アンデッドかぁ……ならば!」
 四散した炎がオーギュストの左手に集まり、光炎の弓となった。
 しかし、アンデッドドラゴンが先に、猛毒の息"ドラゴンブレス"を放つ。
「神装障壁!」
 アフロディースが、オーギュストの前に立って、オレンジ色のレンズを創生する。
「鳳矢天破!!」
 矢を放つ。矢は、神々しい光を放ち、聖なる大鳥フェニックスへと姿を変えた。
 フェニックスは一度囀ると力強くはばたき、アンデッドドラゴンを強襲する。アンデッドドラゴンは研ぎ澄まされた爪を押し出すが、清浄なる聖炎によって、灰すら残さず一瞬で消滅させた。
 火の粉が舞い落ちる。次は貴様だと、指を指す。
 パールはゆっくりと竜笛を下げる。
「さすがね」
 それでも、優美な微笑みを絶やさない。
「でもね、何時まで体力が保つかしら?」
 首を傾げて、もう一度、竜笛を口へ運ぶ。
 その時、オーギュストは妙な構えを取っていた。まるで刃毀れでも調べるように、目の高さにウィンドソードを持ち上げて、狙いを定めている。その刃先で狙うは、ドラゴンブレスの残留物で、アフロディースの神装障壁に捕らえられて漂っている毒性の霧である。
「毒音波、はっ!」
 オーギュストは気体へ剣を突き刺すと同時に、左手の篭手で、強くウィンドソードを叩いた。ウィンドソードの奏でた音波が、毒性の気体を巻き込んで、津波のように伝わっていく。
 瞬時に、パールの周囲を毒の霧が包み込む。息を吸い込むことが出来ない。パールは竜笛をあきられて、蝙蝠の群れを呼び出す。が、叩きつけてくる音波によって、蝙蝠群は次々に痺れたように落ちていく。そして、シヴァ像の腕も崩れ落ちた。
 態勢を崩しながらも、パールは宙を舞って、瓦礫の上に着地する。その際、竜笛を落としてしまった。
「さすがね。これも赤き瞳の予測の範疇かしら?」
「臨機応変、そこに有る物を最大限有効利用する。俺の主義でね」
「そう、人間臭いのね」
 パールが含みのある微笑をして立ち上がると、ドレスの埃を払い落とす。
「生憎、俺は人間でね」
「そう。私達は理路整然としか考えられないから、行き当りばったりってやった事ないの」
 パールの挑発に口の端を上げると、オーギュストは後ろ手でアフロディースからさっとボウガンを受け取って、左手で狙いを定める。
「試してみるか?」
「その必要はないわ。お前は周りが全く見えていない、それがよく分かったから」
 シヴァ……
 その時、シヴァ像の裏側から、薄気味悪い低重音の声が響く。
 オーギュストが眼を凝らすと、黒いローブの集団が、声を揃えて魔術儀式の詠唱を行っている。思わず、そちらに気を取られて、石版の影へ隠れていくパールに気付くのが遅れた。
「一つの事しか考えられない、哀れな人間をよりましにするからよ。戦いとは千手先まで読み切るものよ」
「逃がすか!」
 慌てて、矢を放つ。が、石の砕ける音に、高笑いの声が無情に重なる。
「ちぃ、ふざけやがって!」
 オーギュストはかっと眼を見開き、一睨みすると、アフロディースに指先で指示を与える。
 黒いローブの集団は、それぞれに人の頭ほどのクリスタルを持ち、円になっている。そのクリスタルを緑色の閃光が繋いで、巨大な魔法陣を描いていた。そして今、その魔法陣から、兇悪な魔力を漂わせる幻獣を召喚しようとしている。
「ディース、急げ」
「はい」
 アフロディースが、水の魔剣“アクアブレイド”を投げる。
「蒼龍召喚!!」
 オーギュストが魔剣に秘められていた力を解放する。殻が弾けるように、剣という形状を突き破って、水の精霊が怒涛の如く溢れ出す。そして、先端を青い龍の顔へと変えると、躯を螺旋状に伸ばしていく。
 圧倒的な水圧と切れ味鋭い水の牙で、黒いローブの集団が刈り取られていく。瞬く間に、隊形が乱れて、魔法陣は崩壊した。召喚途中だった幻獣は、数種類の精霊の粒子となって霧散した。
 幾人かが飛び跳ねて、シヴァ像の上部へと逃げる。しかし、蒼龍が追う。螺旋状にシヴァ像を抉って、全員を咥えて噛み潰した。そして、天井近くで急転、今度は急降下する。
 照準は、シヴァ像の奥、恰も祭壇のようになった列柱空間に潜むパールである。
 蒼龍が襲う。
 が、列柱空間の最深部にある壁画から、巨漢の影が飛び出た。そして、その腕を突き出すと、その先から、白銀の龍を伸びて行く。
 二匹の龍が、縺れ合う。そして、2色の二重螺旋の渦となって、床を穿ち、右へ折れて、石版の列を次々に薙ぎ倒しながら、壁に至って、ドラゴンの彫刻を砕いた。壁に深い傷が縦に走り、天井の青空の一部をも崩した。その落盤がシヴァ像の肩を直撃して、首に深い亀裂を入れる。
 オーギュストは巧みに、落盤と像の欠片をかわしている。
――誰だ?
 と、唸る。オーギュストと互角の精霊魔術を、予備動作なく実行した。強力な精霊魔術師だと言う事は間違いないだろう。
 その時、雨のように振る破片の中を、影が突進してくる。すべての破片の動きを把握しているのか、足裁きに微塵の躊躇いがない。
――半竜人か!
 身長は3メートル近くある。肌は青と緑の中間で、眼がトパーズ色をして、まるで爬虫類のように冷たい。頭部に短い角があり、背に退化した翼、腕から肩に掛けて銀鱗が残っている。かつて破壊神シヴァの尖兵として活躍し、その後滅亡した、半竜人の特徴そのものである。こうして見れば、パールが操る魔獣人は、この半竜人をモデルにしている事に気付く。
 丸太のように太い腕を頭上でしならせて、三日月刀を、半竜人が振り下ろす。
 オーギュストは剣で受け止めたが、反動で足がずり下がる。
――腕が痺れた!
 腕力で負けている。
――受身では守り切れない。反撃するしかない!
 直ちに決断する。しかし、不規則に舞い落ちる破片が邪魔で、踏み込む契機{きっかけ}が掴めない。じっとしていれば、周囲の破片を予測できるが、動いていては到底計算し切れない。
 だが、半竜人はそれを行っている。小さな破片で視線を隠し、大きな破片で三日月刀の始動を隠す。
 突発的に現れる斬撃に、オーギュストは必死に反応して剣で払う。だが、僅かずつだが、初動が遅れてしまい、体勢が乱れていく。
――反撃の緒[いとぐち]を待ち、防御に徹するしかない……
 歯痒く思いながらも、冷静に行動する。
 そして、オーギュストが待った瞬間が訪れる。ひび割れていたシヴァ像の首がついに崩れる。オーギュストと半竜人の頭上に、巨大な頭が落ちて来た。衝撃で、周囲に粉塵が舞い上がった。
――勝機!
 オーギュストは咄嗟に塵の中に身を隠した。そして、シヴァ像顔の上へ舞い上がると、左手で円月輪を投げつけて、右手で剣を振り下ろす。
 しかし、半竜人の反応も早い。流れるように半身になって、円月輪をかわす。そして、三日月刀を両手で持って、オーギュストの剣を完璧に受け止める。
 攻撃には失敗したが、半竜人の懐には入れた。間髪入れず、顔へ突き打つ。
 だが、半竜人は顔を左右に振り、寸前でかわす。
――くっ!
 剣先は半竜人の頬を切るが、致命傷を与えられない。ついに、無呼吸ではいられず、再び円月輪を投げて、後方へ飛び去った。
「放て!」
 その時、神霊魔戦士団が魔矢を射て、オーギュストを援護した。半竜人は三日月刀を振り回して、鮮やかに魔矢を弾き落としていく。
「何故だ。剣を見切られている……」
 思わず零す。
 パールの高笑いがした。
「見苦しいわよ、赤き瞳」
 オーギュストがパールを見据える。と、列柱空間に異常な雰囲気を感じる。半竜人が出た壁画には、無数の仮面のレリーフがある。否、レリーフではなく、本物の人間の顔だと気付く。その顔が微妙に蠢いて、呻き声を洩らしていた。
「何だ……?」
 眉を顰める。
「貴方と同じよ」
 パールが嘲笑する。
 はっとオーギュストの脳裏に閃光が走った。
「死体から頭脳を集めていたのは、この為か?」
「そう。赤き瞳が神代知識の泉なら、それに対抗するために、こちらも現在最高知識を集めたのよ」
 パールの言葉で、完全に謎が解けた。壁画に埋め込まれた頭脳は、一つに繋がり、知識を共有している。それが半竜人へと伝達されているのだ。
「なるほど、言い成りに戦う事しかできなかった半竜人が、頭脳明晰な訳だ。高名な魔術師や剣豪が混じっている」
「どう? 私のコレクション。世界中から、多種多彩な天才頭脳を百個。結構苦労したのよ」
「下衆がァ!」
 赤き眼光が鋭さを増す。直ぐにでもパールを斬りたい。だが、もう半竜人が迫っている。オーギュストは爪先で、塵の積もった石床を蹴った。小さな砂塵が舞う。それが瞬く間に巨大化して、一陣の砂嵐となった。
 その中でも、半竜人の微動だにしない。瞬く間に足元は砂で埋もれ、その眼前には、砂の壁が聳える。
 先に、オーギュストが打ち込んだ。砂の壁を穿って、半竜神の喉元へ剣先が伸びる。
 しかし、予期していたのだろう、半竜人は仰け反って避ける。強靭で柔軟な腰は、90度以上曲がってもバランスを崩さず、次に、元の体勢に戻る反動すら利用して、凄まじい速さの突き入れた。
 右肩に鮮血がしぶく。咄嗟に、剣の射程圏外まで後退した。
 半竜人は、左足で一蹴り、右足で一蹴り、砂の壁を割って前へ出る。
 小刻みにバックステップをしながら、オーギュストは足元の小石を蹴り上げる。
 が、半竜人は避けもしない。肩や眉間に小石が当たるが、肌に切り傷一つ生じさせられない。
「無様ね――」
 爽快に、パールが笑い上げる。
「剣術でも魔術でも負けて、最後は子供の石遊び。ああっはははは」
 それに、オーギュストも小さく鼻を鳴らした。
「ふん、お前は何も分かっちゃいない」
「この期に及んで、負け惜しみかしら?」
「どんなに膨大な知識や経験を集めようが、『知恵』に変えられなくては意味がない」
「え?」
 パールが細い眉を寄せて、眉間に縦皺を刻む。
 オーギュストはニヤリと口の端を上げると、肩に折れたウィンドソードを担ぐ。それから、徐に刃に息を吹きかけて、音を奏で始めた。
「馬鹿な、その程度の音術で、半竜人の精神を錯乱できる訳がない!」
 強気に言い放ったパールだったが、半竜人は、くらくらと目眩を起こして、その場に膝を落としてしまう。
「な、……なに!?」
 すぐに、パールは黒瞳に魔力を込める。そして、半竜人の体に、幾つかの煌めきを確認する。
「金属片?」
 呟いた瞬間、オーギュストの持つ、折れたウィンドソードを凝視した。
「そうか……。あの砂塵の中に刃の欠片を混ぜていたのね……」
「そう。間接では無理でも、直接体に響かせれば効果絶大だろ?」
「ちっ、陳腐なトリックを……でもね、そんな一時凌ぎ、何時まで保[も]つかしら?」
「理解して頂けないか、フフ。自分で考える事の難しさを、そして、俺がオーディンじゃなく、オーギュスト・ディーンを名乗っている訳を!」
 オーギュストはウィンドソードを天へ突き上げた。
 パールはそれを勝ち誇ったポーズと見る。血の出るほど、唇を噛み締めて、背後の壁画が睨む。
「即座に答えを見つけなさい。百の頭脳が、伊達でない事を証明しなさい!」
 懸命に叫ぶ。と、100個の顔がうめき合い、こちらも奇怪に共鳴する。
「もうすぐよ。もうすぐ完璧な答えを見つけるわ。ふふ」
「無駄だ。もう時間がない」
 落ち着いた声で、オーギュストが言う。
「何を言うの。アンタの能力では、半竜人の鋼の肉体を斬れないわ!」
「お前、まだ勘違いしているだろう?」
「え……?」
「刃笛がこいつを狂わしたんじゃない。小石で刃の欠片を叩いて鳴らしたんだ。だからほらもう音術が解けていく」
「なっ……!?」
 確かに、半竜人が動き始めている。半竜人が動き出せば、直ちにオーギュストを瞬殺するだろう。パールはオーギュストの真意が分からず、もう一度睨み付け、その動向を備[つぶさ]に観察する。
「……エンジェルナイト。何故ここに」
 何時の間に来たのだ、と心が囁く。オーギュストの剣先の延長線上に、同士討ちした筈のエンジェルナイトがいた。
「そう、刃笛でこいつを呼んだ。折角の素材、もったいない事はしない。今から、面白いものを見せてやる」
 不敵に言うと、オーギュストの瞳が、神々しいまでに赤輝した。
 エンジェルナイトを、まるでダイヤモンドダストのような、淡い銀光の粒子が包み込む。それは、天井の割目から降り注ぎ、その奥には真昼の月が銀色に輝いている。
「エンジェルナイトを生贄に捧げる!」
 オーギュストが高らかに宣言する。と、三体のエンジェルナイトが、次第に溶けていく。
「闇に囚われし、穢れし堕天使達よ。今、我が神聖なる盟約を授けん。古き偽りの衣を捨て、新しき姿として甦れ!!」
 ウィンドソードの折れた部分に、七色に輝く魔法陣が浮かび上がった。そして、姿を失い、光の塊となったエンジェルナイトが、そこに吸い込まれていく。否、だけではない。この空間の全ての光、さらに先の戦いで散乱した精霊の全てが、そこへ集結していく。
 光の濁流の中、魔法陣に、神々しいまでの白い羽を持つ、天使が清らかに立つ。エンジェルナイトとは違い、何処までも儚げで美しい。その天使が羽ばたいて、真っ直ぐに舞い上がる。途端に、その姿は薄らいで、一本の光の柱となった。
 眩いフレアが弱まっていく。
 オーギュストの右手に、天使の羽とその長い髪を模したような鍔、剣身が青白く輝く諸刃の剣が、出現していた。
「まさか……」
「絶対神剣『エンジェリックブレイド』の誕生だ」
 パールは狼狽し、思考を混乱させた。
 オ―ギュストは、赤い眼光の奥に、憐憫の情を滲ませて半竜人を見据える。
「哀れな木偶人形よ……安らかに眠れ……」
 一閃、エンジェリックブレイドを振り落とす。
 青白い閃光が、鋭い刃となって、空気を切り裂き走る。その衝撃に、パールの黒い髪が靡く。
 半竜人は動く事ができない。音速の刃を避ける余裕はない。三日月刀で受けようとも、刀ごと斬られる。壁画の百の頭脳が、多数の選択肢を想定し、その全ての結末を正確に読み切る。そして、分析の結果、最適な行動はただ死ぬ事だと結論付けた。
――さすがに、結論は早いなぁ……
 人間の脳では、半竜人ほど早く計算できない。選択肢の試行も制限される。それでも、知恵に基く直感で、余計な試行を省き、最終的な結論へといきなり飛ぶ。理屈は後から考えればいい、そう割り切ってしまえる曖昧さも人間らしさだろう。
 衝撃波が、電光石火に半竜人を粉砕した。
 それから、オーギュストは手首を返して、列柱空間へエンジェリックブレイドを向ける。
「逃げたか……」
 だが、もう壁画とパールの姿はない。
「はぁ……」
 オーギュストはその場に崩れるように膝を折った。そして、血の気がなく、氷のように冷たくなった手を見る。
「……情けない」
 真っ青な唇をガタガタと震わせて、苦い呟きを吐く。


【エリプス】
 ブルボンホテルの1階ロビーは、プールを囲むように、『コ』の字型をしていている。揺れ輝く水面越しに、商店街の賑やかな喧騒が覗けて、やや幻想的な別空間に居るような錯覚を抱かせる。
 午後の一時、ミカエラは寛[くつろ]いでいる。カッシーの戦いから二週間近くが過ぎて、ようやくミカエラも半日の休暇を得る事ができた。全くあの騒ぎがなんだったのか、と思うほど静かに、紅茶の香りに癒されながら、ゆっくりと読書を楽しんでいる。
 そこへ、親友であるベアトリックスが訪ねてきて、再会を喜んで、時間の経過を忘れてしまう。
「へえ? 辞めるの……」
「ええ……」
 ベアトリックスは小さく頷くと、紅茶を少量口に含んだ。
「だって、少佐に昇進すると思っていたわ」
「うーん、少佐には成れるだろうけど、たぶん左遷ね……シデの動きを把握し切れなかったから……」
「そう……」
 気まずい空気が、二人の間に漂う。陣営を違えたのだから、こういう立場になる事もあるだろう、と覚悟はしていた。だが、いざ迎えると言葉が思いつかない。
「で、どうするの?」
「帰国して、結婚でもしようかな……」
「へ、ええ?」
 今日二度目の驚きで、ミカエラは眼を丸くする。
「だって、あなた……」
「なんか疲れちゃったの……」
 ベアトリックスは寂しげに微笑む。

 その別館では、ティルローズとローズマリーが再会を果たしていた。赤煉瓦造りの重厚な建物で、二人の居るテラスからは、自然の小さな沢をイメージした庭が広がっている。
「大変でしたね――」
「……」
 ローズマリーが優しく気遣うが、ティルローズは視線を庭の花へと向けている。
「さすがね、ティル。こんなに早く念願を適えるなんて。私なんかじゃ、とても出来はしなかったでしょう。お父様も喜んでいらっしゃるわ」
「何もしなかった……」
「え?」
「私はただ居ただけよ……」
「そんな事はないわ。立派よ」
 何も知らないくせに、と思おうが、それを口に出す気力がない。ティルローズは気鬱な顔をして、下唇を噛む。
 セリム1世やオーギュストなどは、まさに吟遊詩人が謳うような英雄に相応しい戦いをした。
 何故私はここにいるのだろうか?
 戦闘中、ずっと違和感が苛[さいな]まれた。
――自分を特別だと思っていた……
 自問すれば否定し切れない。
 まだ少女だった頃、
――美しい姉にも、可愛らしい妹にも、武人としての才能はない……。では、カール大帝の偉大なる武の伝統は消えて無くなるのだろうか?
――そんな事があるのか?
――あっていいのだろうか?
――否、いい訳がない!
――歴史がそんな事を許す筈がない。では、どうなるのか?
――そうだ! 自分にこそ、その才能が受け継がれているのかもしれない……
――何かの契機{きっかけ}で、その才能が開花する可能性を否定し切れない……
――カール大帝の直系として、至高の剣を受け継いでいるのは、きっと自分なのだ!
 と漠然と自惚れて、剣を佩き、男装して、聖騎士の真似事をするようになった。
 そんな少女時代の幻想を、未だに捨てきれぬとは、笑いを通り越して情けなさ過ぎる。
 比べれば、
――ギュスは凄い……なのに私は……
 震えるしか能がない。気付いてしまえば、ちっぽけな女でしかなかった。皇女という言葉に何の重みもなかった。
――カール大帝の偉大な血の流れは、父の代で失われたのだ……
 そう思うと、何より辛し、自分の存在そのものが稀薄なったように思えた。
――ギュスはカール大帝のようになるのね……
 そして、思い詰めて行けば、「ギュスと自分が釣り合うのか?」と云う疑問に出交[でくわ]す。もっと言えば、「ギュスに自分が必要なのだろうか?」と不安に心が凍りつく。
 現に、オーギュストは今ここに居ない。一緒に居て、抱き締めて欲しいのに、一人で行ってしまった。
――きっと邪魔なのだろう……
 口では安全のためと言っていたが怪しいものである。一人かどうかも猜疑{うたが}わしい。今頃、アフロディースなどと馬鹿にしているのかもしれない。
 ティルローズの心が闇に囚われようとしている時、のんきな声がした。
「本当に立派だわ。これでサリスの伝統が受け継がれていくのね。もう何も心配要らないわ」
 ローズマリーは静かに紅茶を飲むと、ホッとやわらかく息を吐いた。
「伝統? 心配?」
「ええ、私も『自分が男でさえあれば……』と責めた時期があったわ。でも、不甲斐ない私に代わって、ティルが立派に役目を果たしてくれました。これからのサリスを頼みますよ」
「……お姉さまはこれから?」
「折角身軽に成れたのだから、いろんな事を見てみようと思うの。でも、初めはメルちゃんに会いたいわ」
 屈託のない明るい笑顔で答える。本気で生まれ変わったと思っているようで、その顔と声は何処までも清々しい。
「しかし、メルはホーランド……」
「ええ、陸路は大変そうだから。水路で行くの。調度、ペルレスが大運河を戦艦で行くそうだから、それに乗せてもらって、ホーランドへ行こうと思っているの」
「危険です」
 咄嗟に、ティルローズが叫ぶ。
「分かっているわ。でも、もう、もしも私が死んでも何も変わらないわ。しっかり者のティルがいるのだから。いえ、シデ大公妃様」
 ローズマリーは改めて姿勢を正し、軽く礼をしてから、はしゃぐように笑った。その顔は、心から誇らしげである。
 瞬間、ティルローズはガツンと頭を叩かれた想いがした。
――そうか。サリスの伝統は私が守らなければならないのだ……!
 小さな決意が産声を上げた。





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Date:2011/11/16
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