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□ ほんの短い夏《序章中編》 □

――1――

 ――1――
 勝宝8年、夏。
……
………
『泣くな。武士の子であろう……』
 薄い靄の向こうから、女の厳しい声が聞こえてくる。
『はい……』
 今度は、幼い声が聞こえた。
 ああ夢だ、と鷹佐は虚ろながらも気付く。
 夏草の中に、旅衣装の女性が倒れている。骸骨のように頬の肉は薄く、異常に眼だけが大きい。その眼が、瞬きすらなく、傍らの子供を睨んでいる。子供は、わんわんと泣きながら、あふれ出る涙を腕で拭っている。
『よいか、必ず我が仇を討つのじゃ!!』
『母上、こ、こわいよ……』
 子供は震えて、後ずさりしたが、素早くその腕を掴まれた。子供はもがくが、ピクリとも動かない。
『我が無念をはらすのじゃ!!』
『……うん』
『この母に生まれし者は、この母のために死ね!!』
 まるで呪い言葉のように地の底から響く声がした。
『うわぁ、た、助けて……ぇ』
 そして、子供は、一筋の光さえない闇の中へ、すさまじい力で引きずり込まれていく。
………
……
「うおぉぉぉ!」
 絶叫とともに、鷹佐が目を覚ました。しかし、体がピクリとも動かない。それで、軽いパニックを起こしそうになる。
「うっ! ……はぁ」
次第に頭が回りだし、寝袋の中という状況を把握できるようになると、全身から力が抜けていく。
「また同じ夢か……」
 苦々しい声で呟くと、器用に腕を畳んで首元の寝袋の紐をほどいた。と同時に、冷た過ぎる空気が流れ込み、忽ち、全身にあふれた汗を凍り付かせる。
「うううう……」
 凍てつく寒さに骨まで震える。もう寝ぼけている暇はない。ジッとしていては凍死するだけであろう。
 鷹佐は寝袋から這い出た。
 天井まで詰まれた荷箱に手をかけて、むっくと立ち上がる。童子のように伸びた髪が、天井にふれる。
 ここは狭い船室の中である。
 荒い波に、船内は常に上下左右に激しく揺れている。荷崩しそうな音、冷たい海水に木材が軋む音、氷の塊が船底にぶつかる音が、地獄からの誘いのように、絶え間なく鳴り響いていた。
「今日も派手に鳴っているなぁ」
 頼りないほど薄い船板が、生死を分けている。そんな極限の恐怖も、長い旅の中で、すっかり慣れてしまっていた。
 調査船は、大陸を北へ進み、細い海峡を越えて、海氷の隙間を縫うように進んでいた。
 鷹佐は、毛皮の外套を羽織って、甲板に出てきた。外は、まばゆい白い光にあふれている。この北の最果ての地では、この時期太陽が沈まない。
「うむ? まだ当直の時間じゃないだろう。眠れる時に、しっかり眠っておけよ」
 副隊長の石堀隼人助が、鷹佐を見つけて声をかけてきた。
「わしは女房の添い寝がないと眠れんがな」
 よく冗談を言って場を和ませていた。隊の兄貴分的存在であり、決して出しゃばることなく、まさに、縁の下の力持ち型の男であろう。
「いいところに来た」
 隊長の榊造酒之丞が、気さくに手招きしている。若き秀才であり、熱い行動家である。
「見ろ」
 前方を指差す。そこには、草木どころか雪ひとつない殺風景な入り江があった。
「本当に雪がないぞ」
 石堀隼人助が、身を乗り出して叫ぶ。
「東西の海から遠過ぎて、空から水分が無くなっているのだ。古文書の通りだ!」
 抑え切れない高揚が、言葉の端々から感じ取れた。
「あれがツルガイ超大河で、その背後の山がキーマリン霊山だ。どれも古文書の通りだ」
 思わず同じ言葉を繰り返し、激しく髪をかき乱した。
「世界の中心まであと一歩だぞ!」


 久宝2年3月。
 鷹佐は、座敷で一人瞑目していた。隅々まで目が行き届き、一切の穢れもない屋敷であった。その鋭いまでの清潔感が、鷹佐に榊造酒之丞を思い出させていた。
「お待たせいたしました――」
 障子が開く音ともに、浅く礼をする。
「わたくしが、榊の妻です」
 顔を上げると、清楚な女性が上座に座っていた。女は榊麻由美といった。
「上妻鷹佐と申します」
 噂にたがわぬ美人だ、と短い挨拶を交わして思った。
 決して、その美しさを鼻にかけることはなく、物言い立ち居も、ごく控え目である。顔のつくりは地味な方だろうが、長い月日、己を厳しく律してきた内面が滲み出て、まさに名刀のような美を感じさせていた。
「あの人は、わたくしの実家に伝わる古文書を目にしてから、すっかり取り付かれてしまいました」
 麻由美は、鷹佐が差し出した夫の遺品をしみじみと眺めながら呟いた。
 麻由美の実家である大藤家は、由緒正しい将棋の家元である。特に麻由美の祖父大藤宗玉の強さは、尋常ではなく、名人襲位以来一度の敗北も知らず、神と称えられるほどの人物である。だが同時に、比類なき人嫌いとしても有名であり、公式の対局以外で家の外に出ることはないし、まして他人と会話することもなかった。
「それで北の最果てに、神代都市の遺跡はあったのですか?」
「はい」
「それはさぞや本望だったでしょう」
 麻由美の瞳に、うっすらと光るものが見えた。

 榊造酒之丞は、都髄一の秀才と評され、東雲館の塾頭であった。そんな彼が、突如、世界の中心を目指すことに取り付かれた。
 西の大陸には、神々の時代があった。
 神話によれば、天より降臨した神々は、9つの都市を築いて繁栄を極めた、という。
 しかし、大陸には、神々の誕生より前から存在した、巨大な大地の裂け目が南北に走っていた。そこに、北から冷気が、南から熱気が流れ込み、膨大な霧を作り出した。大峡谷をあふれ出た霧は、忽ち大陸を覆い尽くした。光を遮り、大地を腐らせ、空気を毒気に変えた。その後、毒気は魔物を生み出し、ついには神々の時代を終わらせてしまった、というのが神話の概要である。
 滅びた神代都市には世界の真理が残されている、と伝えられている。大陸への調査隊は古来何度も出ていたが、毒気と魔物に阻まれて、未だ世界の中心に到達した者はいない。
 榊造酒之丞の工夫は、大陸を東から西へ横断するのではなく、北から回り込むというものであった。

 鷹佐は、長い航海を語る。
「白夜が始まって間もなく、海氷が後退して雪の大地との間に、一筋の航路が生じました。我々は苦しい航海を続け、雪のない入り江をついに発見致しました」
 言いながら、今では懐かしい苦難の航海をしみじみと思い出す。
「古文書の通りですね」
 麻由美は、万感の思いを込めて、頷いた。
――やはり夫婦、同じことを言う。
 鷹佐は微かに相好を崩す。
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Date:2012/04/25
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* まとめteみた.【――1――】

――1――勝宝8年、夏。……………『泣くな。武士の子であろう……』薄い靄の向こうから、女の厳しい声が聞こえてくる。『はい……』今度は、幼い声が聞こえた。ああ夢だ、と鷹佐は虚ろながらも気付く。夏草の中に、旅衣装の女性が倒れている。骸骨のように頬の肉は薄く、...
2012/04/25 【まとめwoネタ速suru
 
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