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□ ほんの短い夏《序章中編》 □

――6――

――6――
 久宝2年3月。
「ここにおいででしたか?」
 息を切らせて、麻由美が小屋に入ってきた。それから、素早く視線を左右に揺らした。
「お一人ですか?」
「ええ、もちろん」
「それは退屈でしょう――」
 麻由美は眉を開いて、優しく微笑んだ。
「知らぬ人ばかり息苦しいかもしれませんが、このような場所では、風邪をお引きになりますぞ。まだこの辺は冷えます。ささ、子供たちに物語でもしてやって下さい」
 言いながら、一歩足を引いて道を譲った。
「造酒之丞殿の最期を思い出しておりました」
 鷹佐はまっすぐに麻由美を見つめて、不意に囁いた。
「え?」
 突然の言葉に、思わず顔から笑顔が消えた。それから、はっとしたように鷹佐を見つめて、そうでしたか、と寂しく微笑んだ。
「勇敢でしたか?」
「ええ、当然です。それに比べて、それがしは女にうつつを抜かしておりました」
「またご冗談を」
 口元に手の甲を当てて、短く笑う。感傷は雷のように一瞬で消えて、一家を仕切る女主の顔に戻っている。
そして、足元を提灯で照らした。
「足元に気を付けて下さい」
「恐れ入ります」
 鷹佐は目礼してその前を通り過ぎて、外に出た。その後に麻由美も続いたが、鷹佐の方を気にし過ぎたのだろうか、自分の方が段に躓いてしまう。
「あっ」
「大丈夫ですか?」
 よろけたが、鷹佐がしっかりと胸で受け止めていた。
 麻由美は鷹佐の胸に顔を伏せる格好となっていた。忽ち、顔に恥じらいの表情が浮かぶ。すぐに顔を上げて、身体を離そうとする。
「いたッ」
 瞬時に、足首に痛みが走った。思わず顔を顰めている。その時、鷹佐が優しく背中に手をまわしていた。
「無理をなさらず」
 麻由美には、とても甘いささやきに聞こえた。頭にカッと血が上るのが分かる。分かるのはそれだけで、頭が真っ白になり、どう対処していいのか、全く思考できない。
「足を挫かれたかもしれません。身体を預けてください」
 鷹佐の言葉が、右の耳から左の耳に抜けていく。
「……はい」
 気が付けば素直に頷いていた。そして、身体から力を抜き、その胸にまた顔を伏せている。鼻腔を鷹佐の匂いが満たす。只々頼もしく思えて、安らぎを感じた。
「あ」
 と、ふわりと体が浮かんだ。鷹佐が脚の裏に手を差し入れて、抱き上げている。
「そのような……」
 驚きに、鷹佐の顔を見上げる。狼狽えた瞳に映った顔は、窮めて涼しいものだった。邪さを微塵も感じない。年長者として、ここで取り乱しては、逆にはしたなく思えた。
――この若者にとって、この程度のことは何でもないことなのだろう。
 そう思った刹那、初めて周囲を気にした。竹藪の谷底は真っ暗である。まさに二人だけの世界だった。
 胸が高鳴った。
重くないか、と問いかけようとして、止めた。代わりに、鷹佐が歩きやすいようにと、その首に手をまわす。
「行きます」
「はい」
 鷹佐はしっかりした足取りで、歩き始めた。その声から淫らさを見出すことはできない。まさに弱者を守る庇護者というべきものだった。
――この程度とはどういうことであろうか?
 鷹佐の肩に顔を伏せて、麻由美はつい先ほどの自分の思考に疑問符を抱いた。人間を運ぶことなのか、それとも、女性の扱いの方だろうか……。
 目を横に動かして、ちらりと間近の鷹佐の顔を見遣る。ため息が出るほどに、美しかった。思わず、時の流れも忘れて魅入ってしまった。
「着きました、はは」
 鷹佐は寄り道することなく、谷を上り切った。裏庭の井戸の傍らに下ろす時には、さすがに大きく息を吐いた。
「も、申し訳ございません……」
 麻由美は顔を伏せた。不思議にも、身体が離れている方が、気恥ずかしい。
「いえ」
 鷹佐は笑う。そして、懐から手拭いを取り出すと、水に浸した。
「じ、自分でします」
 麻由美は慌てて手拭いを毟るように取る。
「そうですか、よく冷やして下さい」
「は、はい、ありがとうございます……」
 頷く。鷹佐の手拭いは、胸の前でねじ切れんばかりに絞られている。
「上妻様、上妻様」
 台所から、下女の呼ぶ声がした。
 鷹佐は振り返り、麻由美は、咄嗟に、着物の裾で素足を隠す。
「ここでしたか。皆様がお話の続きを聞きたいそうです」
「分かりました」
 鷹佐が室内の灯りの中へと歩く。
 麻由美は夢うつつというような表情で、鷹佐の後姿を見送った。そして、これで終わり、と安堵する一方、どこか物足りなさを感じていた。

 鷹佐は台所で一杯水を飲んだ。平静を装っていたが、内心は心臓が破れそうな興奮を覚えていた。
――もう少しで、造酒之丞殿の御新造に手を出すところであった……。
 麻由美は、鷹佐が抱いた賛嘆の心を見抜いたのかもしれない。女とは元来男のそういった目付きを見逃さないものである。
 はたして、肌の触れ合いを許したのは、受容だったのか嘲笑だったか……。
「ふふ……」
 長い異国ぐらいで感が鈍っている、と鷹佐は自嘲した。
――それにしても……。
 因縁はいつまでも付きまとうものだ、と思い悩んだ。


 勝宝8年、夏。
 榊造酒之丞の痕跡を追って、鷹佐は、ケレブリアンとともに地下深くまで潜った。そして、思金の前に立った時、その光景に恐懼した。
「何だ、これは?」
 榊造酒之丞は、漆黒の巨大な柱に取り込まれていた。もはや生命体ではない。乾き切った肌からは、無数の管が突き出て柱に繋がっている。顔色は灰色となり、目が虚ろに赤く染まっている。
「その声は、鷹佐か……」
 声は口からではなく、思金から聞こえている。そして、抑揚のない平坦な声で、微妙に雑音が含まれている。
「造酒之丞様!」
 鷹佐が駆け出そうとする。
「止せ、近づくな。お前も取り込まれるぞ!」
 榊造酒之丞だった声が、必死に制する。
「こ、こんな事になる筈じゃなかったのだ……。わしを許してくれ……」
 声に感情はない。平坦な音の連続である。しかし、鷹佐の琴線を震わせる。
「造酒之丞様!!」
 泣きながら叫ぶ。艱難辛苦を乗り越えて、ここまで来て、最期がこれであろうか……。「こっちへ来い」
 ケレブリアンが、泣き崩れる鷹佐を引っ張って行く。柱の裏側に回り込み、床のタイルを一枚はがした。小さな縦穴がある。
 穴の中はとても狭い。元々人が入るようになっていない。複雑に配線が入り乱れ、配管が網のように四方に走っている。
 二人は重なるようにして、中に入った。
「空っぽだった思金は、あの男の知能を使って動き出した。動き出したならば、貪欲に知識を求める。自己学習を繰り返して、勝手に完全復活してしまうだろう。その前に、暗号を解いて、思金を停止させる」
「暗号なんて、……知らない」
 鷹佐は頭を抱える。
「あの男の知識が暗号となっているのだ。今この場所では、ボーヤにしか解けない」
「解けなかったら?」
「お前も私もいずれ取り込まれる」
「そんなぁ……」
「私もそんなことになりたくない。だから、頑張れ」
 ケレブリアンは、魅力的に片目を閉じてみせる。
「大丈夫、私がついている」
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Date:2012/04/30
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