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□ ほんの短い夏《序章後編》 □

ほんの短い夏《序章後編》

ほんの短い夏《序章後編》


 ――1――
 久宝2年、3月。
 三月も半ばを過ぎ、北国の地にも、急に春めいた陽気が訪れた。寒気の中にけなげに咲いた梅は散り、代わりに、桃の花の蕾が、可憐な美しさを内に潜めて色付いている。しかし、まだ本物の春にほど遠く、油断すると、また冬に戻ったような寒い日が続く。
 この日は、特に空気が冷たかった。大きな杉の木の隙間から降り注ぐ、きらめくような日の光も、今にも凍り付きそうである。
 凍ええる石畳の上に、野袴に草鞋をはき、蓑と笠をつけた、旅姿の鷹佐がいた。
「ここは変わらん……」
 杉の大木の根元に、草に隠れた小さな石仏があり、その前で、鷹佐が瞠目して呟く。まるで時の流れに忘れ去られた場所のようだった。


……
………
 正化14年、初夏。
 幼い鷹佐が、石仏の前で泣いていた。
「母上……」
 石仏の横に、女性が横たわり、弱い息を吐いていた。猛々しく伸びる若草の中で、病的に白く頬の削げた顔を上げて、泣きじゃくる鷹佐を見上げた。もはや時間がない――痩せて生気を失った顔に、焦りの色が滲んでいる。
「泣くでない。あなたも武士の子であろう……」
 母は言う。いな、言うというよりも、無力な唇の間から、魂の音が、漏れているようであった。
「はい……」
 鷹佐が頷くと、母は瞬きすらせず、言葉を続けた。
「我が最後を……お伝えするのです」
「……」
 最後という言葉に、幼い鷹佐の胸が激しく締め付けられた。
 それから、母は、最後の力を振り絞り、鷹佐の腕に病んで細った指を食い込ませる。
「いいですね。都に上り、立派な武士になるのですよ」
「はい……」
 よく意味もわからず鷹佐が頷くと、母は執念が尽きたらしく、指から急激に力が消え、顔から険が失われていった。
「母上!」
 鷹佐が絶叫する。
「北岡……高秀……さまぁ……」
 しかし、母にその声は届いていない。はるか遠い過去へと意識を飛ばしている。眼前の幼い鷹佐に男の顔を重ねて、至福の笑みを浮かべて、恍惚とした声で男の名を呼んだ。
 そして、草むらの中に、花びらが散るように垂れ落ち、永遠の沈黙を迎えた。
………
……

 久宝2年、3月。
 街道の脇に丸く開けたところがあり、石造りの巨大な鳥居がある。鳥居には、鳴鬼神社と彫ってある。そこから、長い階段が椀型の山の頂へと伸びている。階段は、白い霧に包まれて、石板の表面をうっすらと濡らしていた。
 鷹佐は、深く笠をかぶって階段を上っていく。上から、浅葱色の袴をはいた若い神官が数人下りてきた。
「……」
 互いに無言で会釈して、すれ違う。
 不意に、神官の一人が振り返った
「あれは?」
「おい、鵜飼、どうした?」
 年長の神官が不審そうに問う。
「いえ」
 鵜飼と呼ばれた若い神官は、首を振ってから、また階段を下り始める。
 鷹佐は、足音が再び聞こえ始めると、立ち止まり振り返った。
「鵜飼左馬之助かぁ……」
 笠を僅かに上げて、ぼそりと呟いた。瞳にわずかに懐かしさが過ったが、すぐに消え去ってしまう。今は、気付かれなかった事に、ホッとするばかりである。
 また、前を向く。白い霧の向こうに、赤い楼門が見えていた。
「白い世界か……」
 石段を登れば登るほどに、白い霧は深くなっていく。


 ――2――
 勝宝8年。
 見渡す限り、白い世界だった。空も白く、大地も白い、自分の影さえも白い。
 遥か天空で、鈍い閃光が煌めいた。その残光が、天と地の接線を一筋浮かび上がらせている。それが遥か遠いのか、すぐ手が届くところなのか、判然としない。
 鷹佐は当て所もなく歩いていた。歩き始めたばかりなのか、膨大な時間を歩き続けているのか、疲れているのか元気なのか、何も分からない。
「……」
 分かるのは、この広大な世界に、一人だけ存在しているということだった。次第に考えることさえ億劫になってきた。
――オースケ
 その時、名を呼ぶ声が聞こえた。それは自分の内側から聞こえるようであり、宇宙の彼方から聞こえるようである。
――こっちよ
 鷹佐は声に導かれて歩き出す。
 その境目ははっきりしない。気付いた時には、足元に草があった。膝まで高さの草が、風になびいている。顔上げた時、鷹佐は広大な草原の中に立っていることに気付いた。
「オースケ、こっちだよ」
 いつの間にか、前方に細い木が一本立っている。その傍らに、白いワンピースの少女がいた。
「ふふ」
「おい」
 少女は笑い、背を向けて走り出した。鷹佐はその後を追う。次第に木は増えていく。高原の林となり、間もなく森となる。
「こっちこっち」
 少女は木々の間をくるくる回りながら、鷹佐から逃げていく。森はますます深くなっていた。
「おい、待て」
 大きな木と木の間を抜けたとき、まばゆい閃光で目がかすんだ。そして、目の機能が回復した時、鷹佐の前に、きれいな芝生と白く優雅な異国風の館が建っていた。
「これは何だ……」
 鷹佐は芝生の庭を横切り、御影石の階段を上って、ガラス窓を開いて室内に入る。
「ようこそ、オースケ」
 少女が、にっこりと笑っている。
「耳長族の衣装もよく似合うね」
「君は誰だ?」
「あなたが来るのをずっと待っていたの」
 少女は鷹佐の腕にしがみ付いてきた。妹が兄に甘えるようである。
「ねえねえ、遊びましょう」
「遊ぶって、どうやって」
「ふふ、ここでは望めば、なんでも現れるのよ。ほら見て」
 少女の顔が向いた方を見ると、食卓の上に、豪華な料理が並べてあった。
「いつの間に……」
「ここじゃ、時間を気にする必要はないの」
「さあ、永遠に楽しみましょう」
「永遠って……そうかここが夢界なのか」
 鷹佐は改めて、周囲を見渡した。精一杯注意して観察したが、現実との違いを見つけられない。
「夢界って何?」
 少女は顎に人差し指を当てて、首をかしげる。
「元の世界に戻る方法はないのか?」
「ここから帰るの? どうして?」
 少女は目を丸くして、心底驚いている。
「どうしてって……」
 エルフ族の男どもに騙されて、この夢界に閉じ込められたなど、この少女に説明してもしようがない。
「外の世界は危険がいっぱいで、辛いことや哀しいことばかり。オースケなら、分かるでしょ」
「……」
 鷹佐の心が、金縛りのように動かなくなった。指先がじりじりと焼けるように痛む。
「早くはやく、さあ遊びましょう」
 少女は鷹佐の手を、子犬のようにうれしそうに引っ張る。


 ――4――
 久宝2年3月。
 手水舎で身を清めて、また、左右に灯籠が連な参道を歩く。蓮池にかかる橋の手前で左手に折れると、大きな杉の木に囲まれて神楽殿がある。
 桁行3間、梁間3間の大きさで、入母屋の銅瓦葺きの屋根を載せている。全体的に黒を基調とし、高欄などを朱色で彩られている。
 杉の木が高く空を遮っているために、その場は暗く影っている。その寂寞とした空気に触れた瞬間から、世間とは隔絶した神々しさを改めて覚った。
 鷹佐は、神楽殿の裏側の館に入って行った。館の中は、時が止まったように静かだった。
 居間の襖の前で、鷹佐は跪き中へ声をかけた。
「失礼いたします」
「入られよ」
 鷹佐は襖を上げて、膝で立って中に入った。そして、改めて正座すると深々と礼をした。
「祭主様。お久しゅうございます」
「久しぶりですね」
 鳴鬼神社の祭主は、名取竜子という淑女である。
 その神秘的な美貌は天女の化身と、神楽の舞いの美しさは、神々の心まで虜にすると噂されるほどで、特に、絵画は当代髄一と評価されている。長く北国一帯の人々から、篤い尊敬を集めていた。
「あなたを待っていましたよ」
 竜子は筆をおいた。
 髪は切下げ髪で、小袖の上に白の千早を着て、紅の切袴を穿いている。
「絵を描いておいででしたか?」
「ええ、御覧なさい」
 鷹佐は膝でにじり寄って、そっと覗きこんだ。そこに、鷹佐の見知った顔が並んでいる。
「中央に立っている少女は、祭主様ですね。それに、将棋盤の前で薄い頭を掻いているのは小原藍堂様で、勝ち誇って扇を仰いでいる少年は、大藤宗玉様ですか?」
「ええ、そうです。そして、わたくしの隣にあなたがいます」
 人差し指で指す。確かに猫を抱いているのは鷹佐自身である。
――ああ、みんないるなぁ……。
 鷹佐は自分の周りに並ぶ顔を懐かしく見た。
 紅爪のカランロス
 青きループタイのルィンミア、
 黒鷲使いのソロンヴォルン、
 金角のマララス、銀角のケレブラスの兄弟、
 鋭敏な葉のマエガラス、
 隠し砦の領主ハロストヒア、
王殺しの息子ダガラニオン、
狩人王フェロサラン、
投剣士マゴルハド、
老練な放浪者クルランディア、
 歌って踊れる指揮者リンゴン、
そして、黄金英雄マルサリオン。
 皆、強敵だった。
「立派になりましたね」
 竜子は、目を細めている。
「祭主様のおかげです――」
 鷹佐は恭しく頭を下げる。
「行き倒れ同然だった拙者を拾って頂き、かつ、大樹様(大将軍の異称。虚空蔵寺紀彰のこと)の小姓へ推薦頂きました。過分な引き立て、心より感謝申し上げ致します」
「わたくしは、待っていたのですよ――」
 竜子は、水ように静かに言う。
「あなたが、一人前の男になるのを」
「御意」
 今の鷹佐には、すべてが理解できていた。
「生き残るために、騙し、裏切り、時には手を組み、ありとあらゆることをやり、そして、学びました」


 ――5――
 勝宝8年。
 砂浜に波が打ちつける。
 褐色のエルフが、禍々しいまでの闘気を発している。紅爪のカランロスである。黒いマントを翻して、右手をすっと構えると、人差し指の赤い爪が、妖しく光っている。
「けりをつけようぜ。カランロス」
「人間の小娘風情が生意気な」
「宝象国の魔道具を舐めんなよ!」
 啖呵を切ったのは、青きループタイのルィンミアである。
 宝象国出身の、目力のある大きな瞳が特徴的な女性魔術士である。宝象国人は一般的に小柄であるために、彼女も幼く見られがちであったが、紛れもなく熟練の戦士である。
 異名の由来は、金糸銀糸で刺繍した舞踏用のタイトなロングドレスに、青い宝石のループタイをしているためである。
 ルィンミアは、首から、そのループタイを取り外した。紐の結び目を外すと、紐がまっすぐに伸び、青い宝石の飾りが足元へ滑り落ちていく。
「喰らえッ!」
 頭上で一回転させて、高速で振り下ろす。青い宝石には大量の重力子が封じられていて、巨大なハンマーを打ち下ろしたように、砂浜が大きく陥没していく。
「見えた。切れろ!」
 ルィンミアの全身の骨が軋む。だが、押し潰されながらも懸命に耐え、右手の爪を振り抜く。砂浜に赤い閃光が走り、二人の間に舞い上がった波の飛沫を切り裂いた。
 カチンッ!
 赤い閃光が巨大な重力の中心である青い宝石を打ち抜き、忽ち粉々にする。しかし、力尽きたカランロスが砂浜に崩れ落ちる。
「まさか、魔族四天王の俺が……」
 口から血を吐きながら、声にならない声を絞り出し、息が途切れた。
 一方、眼前で、四散していく青い欠片を見て、ルィンミアは愕然としていた。
「相打ちかなぁ……」
 その目が時代に焦点を失い、喉から赤い鮮血を吹き出すと膝からゆっくりと崩れ落ちた。
「ルィンミア!」
 そこへ、鷹佐が駆けつけた。砂の中に埋もれたルィンミアを抱き起す。
「無茶しやがってッ!」
「これを……」
 懐から震えて、マッジクカードを取り出した。
「これは?」
「13枚集めれば、ここから出られる……」
「……そんな大事なもの」
「いいか、私はお前のために死んでいくのだ。絶対にそれを忘れるなの――」
 まるで噛み付くような勢いで、囁く。それから、ふわりと力が抜けていった。
「人間の意地を見せてやれ……よ」
「ルィンミア!!」
 鷹佐が絶叫する中、ルィンミアが死んでいく。
 その光景を、見つめる6個の冷たい瞳があった。
「カランロスが死んだようだな」
「フフフ、奴は魔族四天王の中でも最弱」
「人間ごときに負けるとは魔族の面汚しよ」
 三人の魔族が、砂浜を見下ろす崖の上で笑いあげていた。
……
………
……
 黄金の鎧をまとったマルサリオンが、鷹佐の前に立っていた。
「オースケよ。戦う前に一つ言っておく。この魔王と戦う前に、魔族四天王をすべて倒す必要があると思っているようだが、奴らは反乱を起こしたので余が始末した」
「な、何だって!?」
「そして、奴らが人質にしていた少女はすでに解放しておいた。今頃は、アトリエに戻って絵を描いているぞ。クックック、心置きなくかかってこい」
「ふ、上等だ。俺も一つだけ言っておく。この世界に、俺の愛を引き裂いた、宿命のライバルがいたような気がしたが気のせいだったぜ」
「そうか」
「いくぞ!」
「さあ来い!」
 マルサリオンは、やや斜に構え、ぶらりと手を下げて立つ。一見隙だらけのようだが、自然体で、無限の柔軟さがあった。
 鷹佐は必死の形相で手刀が打ち出す。
「遅い、遅過ぎるぞ!」
 マルサリオンが苦も無く払いのけた。
 吹き飛ばされた鷹佐は、どうにか倒れずに踏ん張ったが、そこへマルサリオンの黄金の籠手が迫った。
「ぐがっ」
「これが人間の心臓か――」
 マルサリオンの手が鷹佐の左胸を貫いて、心臓を掴んでいた。
「いい鼓動を打つ、くっくっく」

 その頃、少女は真っ白なアトリエの中で、赤い絵の具を取り出すと、白いキャンバスに拳ほどの大きな塊を描き始めた。
『オースケ、諦めないで』
 描かれた心臓が、キャンバスの中で動き出す。

 突然、瞳孔が開いていた鷹佐の目に、光が復活した。
「なに!?」
 鷹佐の手刀がマルサリオンの腕を切断した。
「馬鹿な、人間にこんな芸当ができるはずがない!」
「ぬわぁあああ!」
 鷹佐は、渾身の一撃を大上段から打ち落とす。
「そんなものが当たるものか!」
 マルサリオンは、簡単に、残った左腕でそれを掴んだ。
「こんな物を仕込んでおったか、ふふ」
 掴んだ手を眼前に引き寄せると、鷹佐の指の間に、透明の円月輪が仕込まれていた。
「う、がぁッ!」
 鷹佐の技を見破った瞬間、腹部に激しい衝撃が走った。
「蘇嶽流十字斬!」
 鷹佐の回し蹴りがきれいにマルサリオンの腹を切り裂いていた。
「無念、遅過ぎて、油断した……」
 マルサリオンが苦悶の表情で倒れていく。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ……」
 鷹佐は精根尽き果て、仰向けに倒れた。
 その時、天が裂けて、光り輝く天使が舞い降りてくる。
「13枚のマジックカードが揃いました。願いを叶えなさい」
 神々しい声で、天使が告げる。
「そんなの知るかぁ……」
「……」
 天使は機械的にじっと待っている。
 このゲームでは、13人の想像力がマジックカードに宿り、その組み合わせで奇跡を起こすことができた。しかし、鷹佐の精神の針は振り切れていて、全く頭が働ない。
「願い。どうでもいいよ。分かんねえよ」
「……」
 天使はピクリとも動かない。千年でも二千年でも、このまま待ち続けるつもりだろう。
「じゃ……そうだな。猫の言葉が分かりたい……」
 根負けした鷹佐が、半ば冗談で呟いた。その次の瞬間、鷹佐の意識は途切れた。
「了承しました。このゲームは終了いたします」

 鷹佐が目覚めると、泉に一人浮かんでいた。目の上を多数の青い蝶が舞い、それに導かれて岸まで流されていく。ふらふらしながらも岸に上がる。大地も木々もクリスタルように輝いている。幻想的な森だった。
「これは……」
 振り返って、水面を覗き込むと、何体もの白骨が湖底に沈んでいた。
「終わった……」
 その場に座り込み、疲れ切った声をもらした。


 ――6――
 日が暮れて、境内では、五穀豊穣を祈る祭りが始まっていた。茅の松明に火をつけて、勇壮に振り回す。幾つもの炎の輪が、威風堂々とした2階建ての楼門などを浮かび上がらせていた。

「素晴らしい」
 竜子が恍惚とした表情で手を叩いている。
 練習用の舞台に、鷹佐が立っていた。大陸風の舞楽衣装で、赤い袍の右肩を脱ぎ、それを腰に巻き、金色の鉾を持っていた。
「これほど見事な舞楽を見たことはありません」
「恐れ入ります」
「麗しき姿に、勇ましき立ち居振る舞い。まさに男の中の男であろう」
 どんなに言葉を重ねても、褒めたりないという雰囲気である。
「……」
 鷹佐は舞台を下りて、竜子の前に進む。竜子は銚子を取り上げて鷹佐に酒を注いだ。鷹佐は一口で飲み干した。
「なんと立派な」
 竜子は目を細める。
「ここを出て、出府する時は、まだ水しか飲めぬ小僧であった」
「祭主様のおかげでございます」
 竜子も盃を手に取る。鷹佐は、それを酒で満たした。
「幼きあなたを拾い、雅な舞を教え、武家としての道を開き、そして、夢界であなたの命を救いました。すべては、今のあなたに会うため――」
 穏やかに微笑すると、まるで夢を見ているような虚ろな声で語る。
「今のあなたを作ったのは、わたくしです」
「御意、委細承知」
「どれほどこの時を待ちわびたか……」
 盃の酒を僅かに吸ってから、体を滑らせて、鷹佐の胸に身を投げ出した。
「さあ、抱いてくりゃれぇ……」
 湿った声で告げる。そして、顎を上げて、瞼を閉じた。鷹佐の唇が触れると、激しく貪るように応じた。
「ああ……ンっ、ンうっ、んんん」
 竜子の身体は、まるで少女のようにわなわなと震えていた。瞳は、感動に光り輝いている。
「ムチュ……、チュッ」
 二人は、荒々しく口を吸いあう。その縺れ合う姿は、欲望に忠実な野獣のようであり、唾液をすすりあう音は、色欲に狂う人の断末魔のようであった。もはや前戯など不必要であることは一目瞭然であろう。
然ももどかしげに帯を解き、何の躊躇いもなく小袖の襟を開く。それから、自ら進んで膝の裏を掴んで、脚を高く振り上げた。理性も、人としての矜持も、何もない。
 柔らかい黒い恥毛の茂みに続いて、濡れた女の裂け目がある。雪肌の太腿と色の境目はなく、とても年を重ねた者のものとは思えない。まるで薄い唇のようで、襞の間は、少女のように、桜色に濡れ光っている。
 鷹佐も袍を剥ぎ、袴を脱ぎ捨てると、己の分身を、熱く蒸れた膣口へと押し込んでいく。
「ひッ……あぁぁあぁ……」
 竜子は、それだけで、恥も外聞もなく喘ぐ。
 それは圧倒的迫力で、膣壷を満たし尽くす。今まで欠けていた物を填めたような満足感があり、絶対的な支配力を秘めていた。
 かり首は的確に女の急所を掻き、まさに仕立てられた剣と鞘のように、ぴったりと合致した。
「これ……これが欲しかったのぉ……」
 甘美な悦びに、竜子は顔を蕩けさせた。
 挿入で秘肉を抉られると、快美な渦が巻き起こり、長い孤独の日々で、凍てついた心が溶けていくようだった。
「ああんっ…だ、だめぇ……すごっ……すごい……こ、壊れちゃう……」
 肉に狂う。
竜子は、ようやく報われたと歓喜している。
「もう……もうダメ、もうダメ……よ」
 一突き毎に、目の前が白く濁り、軽い眩暈を起こしていく。深く侵入されるたびに、身体中を痺れるような感触が駆け回り、神経を灼き爛れさせていく。
「よおぅ…よぉ……」
 口は、だらしなくパクパクと開き、そこから涎すら零れていた。
「うっ、うっ、あぅわ……」
 鷹佐は、その雫を舌で掬い上げて、きつく抱き締めてやる。竜子の燃える裸体が、肌に心地よい温かさを伝えてくる。
「あっ、あっ、あっ……」
 動きに従って、短い喘ぎを上げ続ける。
「おーすけ……ああ……おーすけ」
 鷹佐の名を呼び度に、いよいよ感極まっていく。
下半身で繋がったまま、熱い視線で鷹佐の瞳を射抜く。そして、子犬のように甘ったるく鼻を鳴らして、再び唇を求めた。
「うう、うんん」
 舌先を出して、淫らに絡み合わせる。唾液と唾液が熱い息とともに混じりあい、それが唇の端から、ぬるぬると零れ落ちていく。
「うぐぐぅん」
それを、躊躇なく、甘く喉を鳴らしながら溜飲する。
「じゅる、じゅるるぅ……はぁはぁ」
 口の周りに残る最後の一滴までも舐め尽くし、竜子は、荒々しく肩で息をする。
 鷹佐は、そんな破廉恥な女を膝の上に乗せて、向かい合いながら、下からしゃくり上げてやった。竜子の綺麗なお椀型の乳ぶさが、突き上げに合わせて、つややかに揺れていく。
「ああ……ヘン…変になっちゃう……」
 竜子の手が鷹佐の頭を抱く。
「ああ、……もうダメ……」
 あの清楚な口から卑猥な吐息をもらすと、糸の切れた人形のように、後ろに凭れていく。
 それを鷹佐は、支えながらゆっくりと、白い布団の上に倒していく。そして、上から覆い被さり、細く滑らかな首筋に舌を這わせていく。
「うああん……うん……」
 その間も、下半身では粘膜を固い熱棒で、情熱的に抉られ続けていた。竜子は、みだらに、その長い脚を腰に巻きつけていく。
「あっ、ああっ、あ……あたし……あ、あたし……」
 竜子は舌足らずに「あたし」と連呼して、極限まで昂っていく。
「このまま中に……ちょ、頂戴……」
 まるで娼婦のように、潤んだ瞳で媚びる。
「……ああ」
 視界が、艶やかな桃色に染まっていく。まるで雲の上を歩いているように、ふわふわと気持ちがいい。自分が快楽の虜だと自覚する。そして、もうそれ以外何も考えられなかった。
 しんと静まった神聖な空間に、ふしだらな息遣いだけが響き渡っていた。
「アアア……うううッ!!」
 そして、爪先を突っ張らせ、背中をそり、呑み込んだ男根を締め付け、美しい肢体を痙攣させながら絶叫した。
「もっともっと!!」
 竜子の蓄積された欲望は、一度の絶頂では満たされなかった。
 それから、二人は延々と体位を変えながら、交わり続けた。
 そして、いつの間にか、むせ返るような淫臭に満ちた部屋に、朝陽が差し込み始めていた。

格子窓からまばゆい朝日が差し込む中、竜子は鷹佐に雄々しく組み伏せられて、顔中を汗で濡らしながら、喜悦にむせている。
「覚えておきなさい……」
 乾いた液体でパリパリになった口で、呟き始める。
「わたくしは、お前のためにだけ生き、そして、お前のためだけに死んでいくのです。それを決して忘れてはいけません」
「御意」
 その情念のこもった声が、鷹佐の心に青い刻印となって刻み込まれていく。


 ――7――
 濃い朝霧で、石畳の参道が霞んでいる。
 三日続く祭礼の二日目で、参道に物売りの屋台が並んでいる。昼になれば、屋台や奉納神楽を目当てに近郷から人が集まってにぎやかになるだろう。だが、早朝の今は、人通りはまだない。
 赤い頭巾をかぶった飴売り、天秤で岡持ちを担いだ、煮しめこんにゃく売りやするめ屋が、忙しそうに準備を行っていた。
 旅衣装の鷹佐は、屋台を避けて、参道の奥の菖蒲池にまわった。季節になれば、水面に紫色の花を幻想的に浮かび上がらせる。
「……」
 ふいに、鷹佐は刀の鯉口をそっと切る。背後から近づく人物に、殺気を感じ取っていた。
「上妻鷹佐!」
 太く威圧するような声で、呼びかけられた。振り返ると、若い神官が、鋭い眼光で鷹佐を睨んでいた。
「左馬か?」
 鷹佐は微笑を浮かべて、幼馴染の名を久しぶりに呼んだ。
 鵜飼左馬之助、この若い神官の名である。母親を亡くし鳴鬼神社に拾われた鷹佐と一緒に、神楽の修業をした旧友である。
 歴代神官を務める家系の嫡男で、幼いころから神楽に非凡な才覚を示していた。しかし、突然現れた鷹佐と席次を争うようになり、ついにその後塵を拝するようになると、予期しなかった挫折感に、屈折した感情を抱くようになった。しかし、その負の感情を処理する前に、鷹佐は上池塾に入り、虚空蔵寺紀彰の小姓となって去って行った。
「ここで何をしている?」
 語気を強めて詰め寄る。
「……」
 鷹佐の胸に、振り切るべきか、迷いが生じていた。
「何をしていると聞いている!」
 左馬之助は、鷹佐の逡巡を素早く見抜いて、しつこい口調になった。
「似合うじゃないか、左馬」
「ここにもうお前の居場所はないぞ」
「知っているよ」
 鷹佐は微笑する。
「じゃ、何をしに来た」
 今にも掴みかかろうとしている。
「用件は済んだ。帰るところだ」
「帰る? どこへ」
 左馬之助は鼻で笑う。
「母の里が東国にある」
「二度と戻って来るな!」
「そのつもりだ」
 涼しい顔で応じする鷹佐に、左馬之助は、忌々しげに顔を顰めた。
 その時、「鵜飼殿、大変です」と慌てて巫女が駆け寄ってくる。
「祭主様が……」
 巫女は動揺で声が震えている。左馬之助が不安に眉を曇らせた。
「どうしたのだ?」
「祭主様がお亡くなりになっておられます」
「な、なに!?」
 今度は左馬之助が声を震わせた。すっかり頭から鷹佐のことが消えて、夢中で駆け出していた。
「……」
 鷹佐は、ゆっくりと左足を引いてから、くるりと背を向けた。
 これですべて終わった、と鷹佐は思った。竜子は自ら命を絶ったのだろう。望んだこととはいえ、胸に空虚さが忍び込んでくる。振り向きたい気持ちを抑えて、鷹佐は歩き続けた。足元で、しゃりしゃりと砂利が鳴っていた。

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Date:2012/12/28
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