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□ 幻想の嵐≪続エリーシア戦記≫ □

第七章 驟雨の幻想

第七章 驟雨の幻想


 アウエルシュエット州の夏は、セリアよりも早く訪れている。
 早朝、一人道場の中に佇む。汗が床に滴り、微かに汗のにおいが鼻を刺激した。
 格子窓から、黄金色の光が、幾本かの斜めの筋となって室内に入り込み、細かな埃を照らし出している。その光の筋を横切って、出口へ向かう。
 外に出ると、陽は思ったよりも高かった。忽ち、むっとする暑さが下から襲ってくる。もう石畳からは、焦げたような熱気が揺らぐように立ち上っている。
 この日は、領内を視察する予定になっていた。前領主が残した事業を検証するためである。
 一つ目は、川である。
 土手の上から、州一の暴れ川を眺める。
 川の中に砂洲があり、水は蛇行して流れている。砂洲には緑が茂り、その淵の小石が流れに洗われて、激しい音を轟かせている。
 日差しが強いために、繁みの影はより黒く、そして、波に砕ける光は、より白く輝いている。その光と影を乗せて、川は悠然と海へと流れていく。
「この場所に堰を設けます」
 若い家臣が、説明する。
「堰と簡単に言うが、この川幅をどうやってせき止める?」
 率直な疑問を口にする。
「大量の石を乗せた小舟を並べて、一斉に沈めます。その後は、人海戦術で、石を川の中へ運び込みます」
「ふーむ」
 今一、想像できない。
「堰が出来ましたならば、この水門より水をこのように張り巡らした水路に引き込み、この辺り一帯は見事な農地となりましょう」
 絵図を広げて、この家臣は、熱心に説明を行う。何代にもわたる悲願らしい。
「分かった。検討しよう」
 そうは言ったが、表情はさえない。この家臣は自信満々のようだが、相当な難工事だということは分かる。
 二つ目は、山中の巨大な人工湖である。
「神威帝の時代に作られました」
 恭しく、老年の家臣が言う。
「何のために?」
「水門を開いて、一挙に山を崩し、金を採掘するためでございます」
「金……」
 しばし絶句した。そんなことのために、山を崩す必要性をとても感じない。
「こつこつ掘ってはいけないのか?」
「山の中では手間も時間もかかります。しかし、麓ならば楽です」
「なるほど」
 さすが神威帝である。開いた口がふさがらない。
 しかし、この事業を承認すれば、先ほどの川の堰はどうなるのだろうか。大量の土砂で、農地どころの騒ぎではないだろう、と自問する。
 三つ目は、州都郊外の巨大な犬舎と広大な広場である。
「約10万匹います」
「バカだろう!」
 即座に叫んでいた。
「前領主があまりにも犬好きで、保護しているうちに、勝手に繁殖して、このようなことになりました」
 エサ代だけで、半端ない金額になる。少しめまいがした。とりあえず、この犬たちを真っ先に如何にかしなければならない。しかし、今は何も名案が浮かばない。

 日が沈んだ頃、政庁の道場に戻った。木刀を手に取った時、慌ただしくセリアから使者が到着した。
「何と!」
 書簡には、ユリウス1世が倒れた、と書いてあった。
「あの巨人が?」
 俄かには信じられない。どう見ても、殺しも死にそうにない。しかし、読み続けると、毒の可能性があると示唆してあった。
「……」
 急に、胸を締め付けるような不安がつのる。
とにかく、セリア行きを家臣に命じた。
 翌日、第二報が届く。
「何だ?」
 セリアに戒厳令が敷かれた、と書いてある。
 軍、警察、役所などの有能な若手が一斉に蜂起して、政府を糾弾しているらしい。
「そんなことが可能であろうか?」
 この書簡を鵜呑みしていいものだろうか、と悩む。とても信じられない。
「できるとすれば……」
 ラグナの顔が浮かんだ。彼なら、エッダの若者たちを一つにまとめ上げることができるかもしれない。しかし、動機がない。あれほど法に拘っていた男が、こんな無法を行うはずがない。
 第三報は、深夜に届いた。
「何ぞ!!」
 思わず立ち上がっていた。
 アーカス王国軍が、セリアに侵攻して、カール7世に退位を迫っている、と書いてある。
 事実ならば、オルテガ=ディーン家当主レアル3世による皇位簒奪である。
 一連の動きに、驚愕するばかりである。
 あまりに手際が良い。青写真を描いた者は、相当頭が切れるに違いない。しかし、レアル3世は、父レアル2世ほどの才覚はなく、凡庸な性格と一般に評価されている。
「いったい誰が……?」
 すぐにまたラグナの顔が浮かぶ。だが、彼が簒奪に加勢する意味はない。疑問は深まるばかりだった。
 その後も、主だった家臣を集めて、寝ずに新たな情報を待つ。そんな時に、侍女が、「領内の知人からのようです」と手紙を持ってきた。
 こんな時に、と思いながら、手紙を開く。
「……なっ!」
 ある女性の名に、目は釘付けになった。
「……あの……なのか……俺を……滅ぼそうと……が……ぐぅ!」
 表情は蒼白となり、そのしなやかで屈強な身体が、バランスを失ってよろめく。そして、その場に膝を付くと、口を抑えた。
「将軍!!」
 家臣たちが叫ぶ声が、すごく遠くで聞こえた。

 夜明け前の教会の扉を開く。まるで悲鳴のような音が、石とガラスでできた室内にこだまする。
 月明かりが、扉から室内に射し込み、自分の影が長く伸びている。その先に、女神像の前に、女性の姿があった。
「……あたしたちは、敵同士にすらなることが出来なかった……」
「沙月……なのか?」
 問いながらも、瞳は潤み、声は掠れていく。
「ええ、そうよ」
 女神像の前の声は間違いなく、あの沙月である。
「君を守れなかった。僕を許してほしい……」
「バカね、そんなことどうでもいいのよ」
 声は笑っているが、感情はとても乾いているように思えた。
「でも、許せない事が一つあるの」
「なに?」
 縋るような気持ちで問う。
「貴方が私を哀れむ事だけは許せない。私と貴方は何があろうとも対等、絶対に。そして、常に貴方の心の中心に、私が居続ける。それが愛情であろうと憎しみであろうとも」
 月の光が彼女を捉えた。あの愛らしい笑顔は何一つ変わっていない。だが、目には狂気の色が滲んでいる。
「僕を殺しに来たのか?」
「ええ、そうよ。ラグナが貴方の殺し方を教えてくれたの」
 右手にアゾット剣がある。
「ラグナ……?」
 心が嵐のように乱れて、何も思考がまとまらない。ただ涙だけが次々に溢れてくる。
「そうかぁ、二人が決めたのなら、きっと僕が悪いんだね」
「はあ……何言ってるの。ばぁかじゃない。そんなの当たり前じゃないの。正しいのは、いつもあたし!」
 沙月は昔のままの口調だった。根拠もなく偉そうに、その胸を叩いている。
――その自信は、僕への甘えだよね?
 この瞬間、楽天的に振る舞う彼女がいたから、自分はこの無情な世界を歩いて来られたのだ、と実感する。
――僕を愛してくれた!
――僕に居場所をくれた!
――勇気を与えてくれた!
 心で叫び上げる。
 彼女は、何時でも何処でも誰とでも幸せになれただろう。しかし、シン・ハルバルズと言う少年は、もし彼女が居なければ、どこかの路地裏で、膝を抱えて泣いていたことだろう。
 心が、彼女への感謝でいっぱいになる。今この勇気を君に返そう。
「いいもんだな、沙月の理不尽な言動は。いつも僕を優しい気持ちにさせる」
「気持ち悪いこと言うな。あんたは追い詰められているの。さあ、命乞いしてみなさいよ」
 女神像に向かって、長椅子が何列も並んでいる。その間を、一歩一歩、まるで隔たれた時間の空白を埋めるように、沙月の元へと進んで行く。
「もうこんな命はいらない。沙月と一緒に居られないのなら。生きていも仕方がない」
「……何言ってんのよ……今更どうなるというのよ……」
 沙月も、次第に、涙で声がかすれていく。
「もう一度やり直そう。あの時に戻って、あの時出来なかった、二人で何処か遠くに行こうよ。もうこの世界に繋ぎとめるものはない筈だ」
 ようやく沙月の前に立った。とても長いようで、一瞬だったような気がする。
「もう泣く事はない」
 そして、右手を伸ばして、沙月の頬に触れる。その指を沙月の涙が濡らした。
「……相変わらず間抜けな顔ね」
「そうそう」
 こんなに嬉しいことはない。
「……寄るな! 触るな! 近づくな!」
「やっと出たね」
 それを合図に、沙月はアゾット剣を落として、二人の体が、ふぅと寄り添った。
「ん……」
 抱き合う二人の唇と唇が触れ合う。
 舌が沙月の柔らかな唇を割り、それを沙月の舌が迎え入れた。互いの舌が絡み合い、そこから甘美の感情が溢れ出てくる。
「あ……」
 沙月の懐かしい味が、においがした。そして、『もう二度と失いたくない』という想いが、胸に満ちていく。
 そして、唇が離れた時、自然に、極々自然に、魔法の言葉を囁く。
「愛している!」
 沙月が、腕の中で溶けていく。
 全身の力が抜けると、その身を全て預けてくれた。心のわだかまりが消えて行く。そして、彼女の魂を感じる。想いが、一つに結ばれていく。
『もう何も考えられない。ただこの人と一緒にいたい』
 その共通の想いで満たされていく。狂おしいほどの熱情が、二人の胸を焦がしていく。
「あたしも愛している」
 再び二人は唇を重ねた。
 沙月は全てを脱ぎ捨てると、女神エリース像の前で横たわる。
「きて……」
 沙月は、右手を取ると、自分の波打つ胸へと誘った。
「はぁ……ぁ」
 無骨な手が柔らかな乳ぶさを包み込む。手からじんわりと暖かさが染み込んでくる。
 沙月は小さく声をもらしている。
 指が優しいタッチで動くたびに、乳ぶさが微妙に変形するたびに、全身を反応させている。
「気持ちイイ……!」
「僕も、だ」
 たったこれだけの行為で、二人の官能は燃え上がってしまった。
 可愛い喘ぎとともに、沙月の頬が熱く火照り、朱に染まっていく。きっと自分も同じだろう。
「あ……はぁ……ん」
 右の乳ぶさを揉みながら、左の乳ぶさへと口を運ぶ。その動作を感じて、沙月は頭をそっと包み込むように抱く。
 すでに乳首は硬く尖っていた。
 夢中で、口に含み、舌で舐め上げ、絡め、弾く。
「はぁ……ぁ」
 沙月の腰がよじれ、すらりと伸びた脚がもじもじと切なそうに擦れる。
 乳首から離れ、体を下にずらしていく。沙そして、月の太腿を割って、秘唇を覗く。
 そこはもう、ぱっくりと開き、淫靡な香りを醸し出して、トロリとした粘っこい蜜をとめどなく垂れ落としている。
「……はずかしい」
 沙月は、折り曲げた人差し指を噛む。
「でも、ああ……嬉しい……」
 幸福感と期待感が顔を鮮やかに彩っている。
 一刻も早く、彼女を至福へと導いてやりたかった。だから、少し荒々しく、舌で秘唇を舐め上げ、クリトリスを弾いた。
「だっ…だめっ…い…あぁああっ!!」
 最初の絶頂を迎える。
 その上に覆いかぶさりながら、耳元で優しくささやく。
「いくよ」
 素直に、うん、と頷いた。
 己の分身で膣口を弄る。そうしただけで、先が蜜でぐっちょりと濡れた。
「も、もう……焦らさないで……」
 荒い息で途切れ途切れになりながらも、とろけた瞳で、沙月は言った。
「ああ」
 頷いて、一気に貫く。
「ひっ…ぐっ…!!」
 沙月の身体が仰け反る。
「あっ…あぁん……す…すごっ…くっ…イイィ!!」
 二人は、素晴らしい一体感に酔い痴れた。互いの体温がそれぞれの凍り付いていた心を解かし尽くすようだった。
「すっ…すごいっ…だめぇっ…もう…もう…いっちゃう!!」
 沙月は、力なく開いた唇から、だらしなく涎が零れている。
「もっ…もうぉっ…こ…壊れちゃう!!」
 ただただ夢中だった。夢中で腰を動かしている。より深く、より強く撃ちこむ。それだけを考えていた。
 その激しさに、沙月の腰が浮き上がり、ブリッジしたようになる。それから、ぴくぴくと小刻みに跳ね出した。
「愛している!」
 もう一度強く言った。
「あたしも…愛してる!」
 唇と唇がピッタリと濃厚に重なり合う。二人の唾液が混じり合い、それを互いに呑み下した。その間も、下半身は互いの粘膜を刺激し合っている。
「いっ…いっしょに…あああっ!」
 二人は上り詰めていく。
「っ!!!」
「!!!」
 それは身体や精神までもが融合していくようであった。そして、二人は至福の夢の中へと落ちて行く。
 どのくらい眠っただろうか、浅い眠りから目覚める。
 もう一度あの温もりを求めて、沙月に手を伸ばす。その時、その身体が、異様に熱い事に気付く。
「……これは!?」
 沙月の裸体には、無数の棘が巻きついている。しかも、尋常ではないことに、その棘は半透明である。
「これは……?」
 この棘は沙月の生命力を吸って、成長しているようだった。
「……どうやら…裏切りを見透かされていたようね……こんなモノ仕掛けられていたなんて……」
 熱にうなされながら、沙月は囁いた。
「何もしゃべるな。すぐに助ける」
「もう無理よ……」
 沙月は疲れきった顔で笑った。その間も棘は沙月の命を縮めていく。必死の想いで、沙月を抱き締めた。その時、新たな生命力に反応して、新たな芽が沙月の身体に発芽した。慌てて体を離す。
「もしかして、俺の命で発動するトラップなのか。……エルフの魔術か?」
「……ラグナが…仕込んでいたのよ……」
「ラグナ……こんなことをするのか?」
「……これは戦いなのよ…奇麗事じゃないわ……」
「ラグナが……」
 目から涙が滝のように零れる。
「泣かないで……奇蹟はあるんでしょ。あたし待っているから……未来で……待っているから……もう一度……あい…そして……」
 みるみる沙月の顔から生気が薄れていく。
 それを成す術なく見守りながら、ただ泣きじゃくった。子供のように泣き続けた。沙月はそんな姿を切なげに見上げた。
「……約束して……決して……自ら……命を絶たないと……」
「……ああ」
 涙が止まらない。この時代、自害した者はエリースの加護を得る事ができず、転生できないと考えられていた。
「……いい子ね」
 沙月の腕が弱々しく、頭を撫でる。そして、女神エリースなど遥かに凌ぐ慈愛に満ちた微笑みをくれた。
「……シンの力で…私達のような不幸を……止めてね……」
「……ああ」
 震える手で、沙月の手を取る。
「……もう一度……抱…い…て……」
 そして、沙月はそっと瞳を閉じた。
 視界を暗闇が遮る。沙月、沙月、沙月、何度も何度も名を呼ぶ。もう、それ以外何もできなかった。
 もう二度とあの温もりを感じることはないのだ。
 もう二度とこの温もりを伝えることはないのだ。
 永遠に失われたもののあまりの大きさに、その痛みを認識することができない。ただ自分の存在が薄くなったことは分かる。薄く霞んで、このまま空気に溶けていくのかもしれない。そうならば、きっと楽なのだろう。
――なんだ、まだ何かある?
 空っぽの体を探ると、最深部に小さな光があった。迂闊に手を伸ばして、その正体に慄く。
 それは、どこまでも純粋な『怒り』だった。
それに触れた瞬間、物欲、食欲、出世欲、睡眠欲、肉欲など、あらゆる願望が消えた。ただ一つ、怒りだけがこの肉体を支配する。細胞の一つ一つが炎のように燃え、血が滾り、脳が沸騰する。全身が不可思議な力で漲っていく。
「ラグナ!」
 地の底まで響く、呪いの叫びだった。
「なぜ彼女を復讐の道具にした。俺を殺したければ、その剣を抜けばいい、それだけで、俺たちならいいはずだ」
 沙月を抱いて、バルコニーに出る。
「もうすぐ太陽が沈む。ラグナ、これは貴様だ」
 ドネール湾に沈む夕陽で、二人は真っ赤に染まっていた。


 翌日、セリアから世界に向けて、重大な発表があった。
「世界の歪みを正し、権威を一つ所に治め直す」
 と、ラグナは宣言した。
 つまり、脆弱なサリス皇帝を廃して、現在、絶大な富と武力を誇るオルテガ=ディーンが至尊の冠をその頭上に頂くと言うことだろう。
「これによって争いの源を絶つ」
 と宣言は続く。
 そして、その賛同者が発表された。
 セリア社交界の主のような女傑、セレブレッゼ男爵夫人。
 名将の誉れ高い武人ジョー・マクギャヴァン将軍。
 聖人として名高い、エリース教大司教サーレック。
 そして、レアル3世従兄弟、アーカス王カルロス5世とカイマルク王国王太子アレクサンドル6世。
 錚々たる面々である。
 クーデターは成功すると世界は思った。しかし、不確定ながら、ティルローズが一人セリアを脱出したという情報が流れると、形勢はまだ流動的という判断が支配的となった。多くの者が、この状況をじっと静観する。


「……」
 その数日後の夜、セリア北西の森の中に佇む古城にいた。テラスから、望遠鏡で、セリアの方角を眺める。
 松明の列が、象のように鈍足に近付いてくる。
「ようやくここに気付いたか」
 ここは、ディーン一族のみが知る避難所である。セリアの宮殿から、地下通路を通って市内の学園に抜け、そこから水路を使ってここへ逃げられるようになっていた。
 ラグナが知っていれば、最初から兵を置いていただろうが、愚鈍なレアル3世は、ティルローズの姿が消えてから、ようやく思い出したらしい。
 追手の観察を続ける。服は、あの日以来、黒いスーツにしている。この闇の中では、向こうから気付かれることはないだろう。
「あれは……」
 やっと追手を判別できた。
「巨人兵団」
 全員が、2メートルを超える大男で、全身を最新式鎧で固め、強力な武器を装備している。スピノザ=ディーン家がその財力をかけて、作り上げた最強の部隊である。
「ついに、スピノザ=ディーン家も味方に組み入れたか……」
 敵の正体が分かった以上、もはや偵察の必要はない。城の中へ入っていく。
 実際には、城と言うほどのものではない。剣のような岩の上と下に建物があるだけである。上には謁見の間があり、長い階段を間にして、下には馬小屋や倉庫などがある。それだけである。
 謁見の間に入ると、僅かに青い石材の部屋の中に、赤い絨毯が一筋敷かれている。その先で、一人怯える女性がいた。
「だれ?」
 玉座のティルローズが誰何する。
「わたくしを殺しに来たのですか?」
 鈴のような声が、装飾もなく、窓もない部屋によく響く。
 足下まで進んで、恭しく跪く。
「御迎いに参上致しました」
「セリアには戻りません。戻るぐらいなら……」
 身を焼くような悔しさに、言葉を詰まらせている。
「伏して言上奉ります。臣を信じ、一旦、アウエルシュエットへお引き下さい」
「わたくしと一緒に戦ってくるというのか?」
 声に驚愕と、少し興奮が含まれている。
「元より。臣は、命ある限り、忠節を尽くします」
 一段と深く頭を下げます。
「感謝するぞ。シン・ハルバルズ将軍」
 ふいに、涙声となった。少し気が弛んだのだろう。
 そこへ、護衛のセシル・クワントが階段を駆け昇ってきた。
「敵は巨人兵団です」
「な、なに!?」
 狼狽したセシルの声に、今度はティルローズが不安に押し潰された声をもらす。膝が震えているのだろう、ガタガタと彼女の靴が鳴っている。
「しばし、時間を頂きたい。敵を追い払って御覧に入れます」
「一人で、か?」
「無論」
 断言すると、横のセシルを見る。
「貴公は、ティルローズ様の傍に」
「はい」
 セシルも半信半疑な顔で答えている。
「勝利を我が君へ」
 誓いの言葉述べてから、立ち上がり、踵を返す。
 ゆっくりと赤い絨毯の上を歩く。途中で懐から一冊の魔道書を取り出した。ページを開いて、呪文を詠唱する。
「オン・カカカ・ビザンマエイ・ソワカ」
 足元に青白い魔法陣が浮かんだ。
 同時に、目の前の扉が、突き破られる。見上げるほどの大男たちが、十数人、乱入してきた。
「お一人ですか? シン殿?」
 兜の奥から、くぐもった声が聞こえる。
「……」
 もはや答える必要もない。無言で眼光を鋭くする。
 それを脅えと取ったのだろう、巨人たちは低い声で笑った。
 手を翳す。
 そこに魔法陣から、刀を浮かび上がってきた。
「でぇえええい」
 正面の敵が、濁声とともにグレードソードで切り込んでくる。
 刀を掴み、斬る。
 一瞬の差で、巨人を袈裟切りにした。そして、鎧で刃毀れした刀を捨てる。その時には二本目の刀が浮かんでいた。この魔法陣は、イメージした武器を無尽蔵に召喚できる。
 再び、掴む。
 左から馬上用の巨大な槍が向かってくる。攻め合いは分が悪い。一旦横に払う。
 槍先と刀の刃で火花が散った。
 槍が肩をかすめていく。その時、左手には、斧が召喚されていた。魔法陣の浮力を失うと同時に、重力に任せて振り下ろす。
「ぎぃい!」
 巨人の踏み込んだ足を切断した。そして、伸びた首を、欠けた刀で突き刺す。
「丸腰になったぞ! 囲め!」
 奥から指揮官の声が響く。
 しかし、すでに眼前には召喚した薙刀がある。それを乱雑に振り回して四方を威嚇した。それでも、不用意に近づいた巨人の腕を何本か切った。
 瞬時に体勢を整え直すと、物干し竿のような長刀を召喚した。そして、一番近い巨人を袈裟切りする。
 それを待っていたように、背後から棍棒を持った巨人が迫る。
「小癪な!」
 背に盾を召喚した。巨人は、大声とともにそれを大振りで打ち飛ばす。
 その腕を掴んだ。右手にはボウガンがある。ゼロ距離射撃で、目を射抜いた。
「ぐががが」
 苦しむ巨人を手前に引き倒すと、同時に、数本の槍が、その体を貫く。
 残りの矢を乱雑に打ち散らばせる。そして、槍を召喚して、一番怯んでいる巨人を衝いた。
「輪を乱すな。ゆっくり追い込んでいけ」
 指揮官の声は冷静である。
 再び長刀を構える。
――困った……。
 巨人たちがあまりに大きいので、囲む人数に制限がある。だから、一人ずつ冷静に対処すればよいと判断していたが、さすがに、この巨人の戦士たちに、二度同じ技は通用しないだろう。
 徐々に、策が尽きていく。
「そろそろ、降伏の時ではないか?」
 指揮官が、こちらの心情を見透かして、不敵に笑っている。
 やるしかない、と思った。失敗すれば……死ぬだけだ、と内心で苦笑した。それが僅かな口元の緩みとなったのだろう。
「何を笑うか、エッダの四剣士よ!」
 指揮官が、グレードソードを抜き、そして、洗練された動作で構える。よく鍛え抜かれているのが分かる。
「覚えておけ、ディーンに敗北はない!」
 こちらも、長刀を正眼に構えて、対峙した。
「ならば俺が、伝説を終わらせよう」
 指揮官の目が僅かに動く。
 左右から巨人が切り込む。当然の策であろう。
――ここだ。ここが正念場だ!
 精神を研ぎ澄ました。
 そして、袈裟切りを放つ。
「おお?」
「どういうことだ?」
 巨人たちが、おののきの声を上げて、首を竦めて退く。
「お前は正眼に構えたままだった。なのに、左右の者を同時に斬った……有り得ん!」
 指揮官は蒼褪めている。図体は常識を逸脱しているが、頭は理性的なようだった。
「同時に二本以上の刀が存在した。これは、多重次元屈折……」
 その鼻から口にかけて微かな震えが走っていた。初めて聞く単語である。やはり彼は知的である。
「これがディーンの剣だ!」
 目を見開いた。凄まじい殺気を放ち、周囲を威圧する。
「敵はディーンだ。被害を厭うな。挑み続けろ。必ず打倒せ!」
 もはや余裕を失い、血相を変えて、指揮官が厳命する。
「おお!」
 それに応じて、巨人たちが、勇ましく次々に打ち込んでくる。
「……」
 正眼の構えのまま、じっと指揮官を睨み続ける。しかし、左右に無数に血飛沫が舞い上がっていく。
 睨み合った指揮官の目が、小魚のように蠢く。血の凍る恐怖に慄然としているのだろう。
彼の目には、きっと、袈裟切りを繰り返す影が、幾重にも重なって見えている筈だった。
「ば、化け物!!」
 血迷った顔で、大上段に振り上げる。もう周り立つ者は誰もいない。
 ゆっくりと顔の横に長刀を立てる。
「でえええい!!」
「きぃえええええ!」
 打ち合う。
 縦に一本閃光が走り、同時に、横にも閃光が駆け抜けた。
 巨人の指揮官は剣を振り上げたまま、その鍛え上げられた肉体を、十字に切り刻まれて死んだ。
「ヴァルハラに土産話ができたな。これが、ディーンの剣『神威十字剣』だ!」
 無言の亡骸を跨ぎ、階段に出た。
「おっ、シンだ! 出てきたぞ」
 階下の将兵が慌ただしく叫ぶ。降伏したと思っているらしく、顔に嘲笑の色が浮かんでいる。階段に、巨人の頭を二、三個蹴り落としてやった。
「ぎゃぁああ!」
 戦慄の悲鳴が折り重なり、極め付けの不協和音となった。思わず耳を塞ぎたくなる。
「打って、名を高めよ!」
 指揮官が威勢よく言う。そして、命令した者とされた者が、しばらく無言で見つめ合う。
「早く行かんか!」
 舌打ちして、怒鳴る。蹴る動作まで加えた。
 それで、ようやく数名の兵たちが、階段を上り始めた。
 その前に、壁際に立つ大型の花瓶を三つ蹴り落とす。慌てて、兵たちが、階段から逃げ出す。
 それから、天井へ伸びる紐を引く。大型の羽が回り始めたて、大量の埃を舞い落した。
「放てェ!」
 階下で矢が放たれたが、風が下降して、矢は失速する。
「おのれぇ!」
 歯軋りする指揮官の横で、兵たちが次々に倒れていく。割れた花瓶から、霧のようなガスが発生している。
「ど、ど、ど、毒ガスか……」
 甲高い声を震わせて、ついに指揮官も倒れた。
「やれやれ、昔の人は勤勉だな。俺には無理かも」
 小さく呟いて、謁見の間に戻る。そして、再びティルローズの前に跪いた。
「御見苦しいものをお見せ致し、真に申し訳ございません」
 顔を伏せて、恭しく言う。
「貴方は何者ですか?」
 恐怖に震える声で問う。大きく吸って吐く、その呼吸音だけで、訝しがる心が伝わってくる。
「臣は、ディーンの末裔です」
「何が目的ですか?」
「ディーンの栄光のため、ディーンの主たる君に忠節を捧げます」
「怖くはないのですか?」
「懐かしい感情です。ディーンたるを自覚した時捨てました」
「……」
「改めて、伏して言上奉ります――」
 やや顔を上げて、ティルローズへ顔を垣間見せた。
「この世のすべての女性には、何時如何なる時も、一緒に死ぬゆく男が一人ぐらいはいるものでございます。覗き見ましたところ、どうやら、その席が偶然空いているようでしたので、僭越ながら、立候補した次第でございます」
 神妙に言い終えてから、ふっと微笑んだ。
 それに、やっとティルローズも、相好を崩した。
「どうやら、貴方を勘違いしていたようです。シン・ハルバルズ=ディーン将軍」
 口の端を上げて、小さく頷く。それから、裏口を手で指す。
「さあ、搦手門に馬を用意しております。お急ぎを」
 言葉に、やや緊張を含めて促す。
「はい」
 ティルローズは素直に頷いて、玉座より立ち上がった。


 数日後の深夜、アウエルシュエットのホテルのバーにいた。この最上階は、ティルローズの仮の宮殿としている。
 予め、進路上の村々に金を配り、携帯食と馬を用意されていた。それを乗り継いで、湖から海までエリーシア中原を横断した。おそらく最速の記録だろう。
 このホテルは、借り切っているので、他に客はいない。カウンターに一人座り、バーテンに注文する。
「ウォッカマティーニをステアでなくシェイクで」
「かしこまりました」
「ちょっと待ってくれ」
 バーテンを呼び止める。
「大きなシャンパングラスで」
 細かな指示をした。
「同じものを」
 バーテンの背が5センチは伸びただろう。
 ティルローズが横に座る。
「眠れないの?」
「最近は寝ません」
「そう。夢が怖いのね……」
 見透かされたようで、嫌な気分になった。何とか誤魔化したいと思う。
「いえ、勝つ算段をしていますから」
「勝てるの?」
 到着後、早速、州兵を集めている。また、ティルーズには、駆け参じるように、と近隣の貴族たちに書簡を送ってもらっている。
 しかし、どちらも芳しくない。
 ティルローズには、何とか、「スピノザ=ディーン家を中立の立場にして欲しい」と懇願した。これを彼女は強い覚悟で承諾した。
「北から、カイマルク王国軍が迫っているそうね?」
 声にもう不安の色はない。ただ純粋な好奇心を感じさせた。
「人生を生き抜くヒント言うものは――」
 ウォッカマティーニを一息に飲み干す。
「そこここにあるものなのです」
「どうしたらそれが見えるの?」
「あるがままに世界を受け入れるのです」
 ティルローズを静かに見つめる。
「面白いわね」
 とても優雅に笑っている。

 翌日、ティルローズの言葉通り、北の国境にカイマルク王国軍が姿を現した。
 家臣たちには、予め籠城策を伝えている。そのように皆が働いている。しかし、深夜、騎兵を率いて密かに出陣した。
 野営するカイマルク王国軍を高台から眺める。
「さすが堂々たる布陣ですな」
 秋月が言う。
「これでもまだ第一陣だ」
 斥候の報告では、後方に、第二陣、第三陣と続いているらしい。
「しかし、さすがに長旅で兵馬は疲れていることでしょう」
「その通りだ」
 時に、秋月は、わざとらしい会話をする。しかし、それに乗ると、不思議と気分はいよいよ高揚する。
 口に咥える動作をする。
 それを合図に、暗闇を何かが動く気配がした。地を蹴る音、早い息遣い。それらが波のように闇の下を進む。
「犬だ!」
「そんなの自分で追っ払え!」
「か、数が!」
「どうした!?」
 闇の向こうから、混乱した声が聞こえてくる。
「長年のエサ代ぐらいの活躍はしろよ」
 思わず、手綱を握る手に力がこもる。
 犬笛に操らせて、犬を敵陣へ突入させた。高が犬である。並みの戦士でも、一匹一匹ならどうにでもなるだろう。だが、今回は数が尋常ではない。10万匹である。それが雪崩のように押し寄せているのだ。
 松明が倒れて、火の手が上がった。
 刀を抜いて、天に翳す。
「蹂躙せよ!!」
 振り下ろして、騎馬を走らせる。坂を一気に下りて、犬たちを追い抜き、混乱する敵陣の中に切り込む。まず、群がる犬に剣を奮う立派な騎士を見つけ、すれ違いざまにその首を切り落とした。
「シン・ハルバルズ=ディーン、見参!」
 勇ましく名乗る。
「命の惜しくない者は立ち会え!!」
 予想外の夜襲を受けて、カイマルク王国軍は恐慌状態となった。次々に、武器を捨てて、闇の奥へと逃げ出していく。
「えいえいおーーーッ!!!」
 燃える天幕を背景に、勝鬨を上げた。
 しかし、翌日には、敗走した第一陣は、第二陣と第三人と合流して、より強大になって戻って来る。
 今度は斥候を先行させて、細心の注意を払いながら国境を越えてきた。奇襲をかける隙はない。
 だから、兵を安全な所まで退避させた。
「狼煙を上げろ」
 カイマルク王国軍が、山麓に厳重な陣を敷いた時、狼煙を上げる。
 山中の人工湖の水門が、数十年の時を得てようやく動き出す。
 大量の水が、狭い地下水路を勢いよく流れる。その圧力は、地下水路の地盤を壊す。大地が揺れて、轟音と共に地滑りを引き起こした。
 カイマルク王国軍は、大量の土砂の下敷きとなって消滅した。
「秋月、東へ向かうぞ!」
「御意」
 それを見届けると、全軍を率いて、アウエルシュエットを出立した。

 セリアとサイアを結ぶ街道を、『大街道』と呼ぶ。『北廻り大街道』、『中央大街道』、『南廻り大街道』の三つが北から順に平行に並んでいる。
 中央大街道をまっすぐ東に進む。途中で、各地の貴族たちが次々に集まってくる。何より、ガノム遠征軍が、ほぼそのまま参加してきた。
「オブライエン将軍、ヤンセン将軍、ルーベンス将軍、メツェルダー将軍、よく来て下さった」
 一人ひとりの手を両手で強く握って、感謝の心を伝える。
 こうして、タラに到着した時には、1万2千の軍勢になっていた。

「反乱軍がセリアを出ました!」
 敵の数は約5万、と斥候が報告する。本陣には、各将軍が集まっていた。
「左翼に、マクギャヴァン将軍、1万5千」
 本陣にどよめきが起こる。サリス随一の猛将である。その浅黒い肌と強い眼力の顔を思い出して、皆身震いしているようだった。
「中央に、ラグナ・ロックハートの5千5百」
 その名に、胸が高鳴った。
 しかし、と思う。
「ラグナともあろう者が、たった5千強しか集められんとは……哀れだな」
「我ら本陣の直轄兵は、1千2百です」
 秋月が冷静な声で言う。これがアウエルシュエット州兵のすべてである。さらに、秋月は続ける。
「バクダッシュかドゴールのどちらかを残していれば、もう少し多かったでしょう」
「ゲームと言うのは――」
 秋月を見遣って嘯く。
「途中で後悔した方が負けるものだ。常に手持ちの駒で何ができるか考え続けよ」
「御意」
 秋月は仰々しく頭を下げた。将兵の不満を代弁して、不満の空気を抜いてくれたのだろう。感謝の言葉もない。
「右翼にアーカス王国軍2万」
 全員が唸った。アーカス王国軍には、最強の騎馬軍団がある。これに、自由に活躍されては到底勝てない。
「北か……」
 小さく呟いて、秋月を顧みた。彼は無言で小さく頷いた。
「ぬははは」
 意味深な笑いが零れる。
「しかし――」
 その時、将軍の一人が、不安な声をもらす。
「スピノザ=ディーン家の動きが気になります。南から背後に回られれば、我々は全滅を免れませんぞ」
「その時は、その時だ」
 一笑に付す。
「俺はティルローズ様を信じると決めた。そのティルーズ様が、『中立にさせる』と約束された。ならば、信じ抜くだけだろう」
「そのぉ…失敗すれば……?」
 将軍の一人が恐るおそる問う。
「ははは~は」
 下手な役者のように、下からせり上がるように笑う。それだけで何も答えない。
 そして、床几を倒して、すっくと立ち上がる。左右に並ぶ将軍たちの前を進んで、天幕の外へ出た。
 眼下に、戦いの準備を行う将兵を見渡す。
「ディーンとは!」
 声の限り叫ぶ。
「常勝不敗の理である。幾多の戦いの末に一度の敗北もない」
「おお!」
 多くの将兵が歓声を上げる。
「ここにディーンが一人いる。このオーディン旗がその証である」
 自分の胸を拳で叩く。そして、黒地に銀で2羽の鴉を描いたオーディン旗を指差す。
「敵陣にあるか?」
 一段と高い声で隅々まで問う。一斉に将兵たちは首を振る。
「すでに勝利は約束されているのだ。闘神オーディンよ、御照覧あれ!」
 両手を強く天へ突き上がた。
「オーディン旗の下に参じた勇者たちの戦いを! 何れヴァルハラに招かれる英雄の姿を!!」
「おお!」
 雄叫びは、大地を揺らすように轟く。
「ヴァルハラで再会しようぞ!!」
「然り!」
 主従の命の盟約はかわされた。

 戦いは、大地を削る水音で始まる。
 北を流れる川を、堰き止めて、溢れさせた。
 水は、わずかに低い東側の大地を滲むように侵食する。まず、北東に位置していたアーカス王国軍の陣地が水浸しとなった。自慢の騎馬が傷つくことを恐れて、戦場から少し下がる。
 それを合図に、『ヤンセン将軍』の部隊約1千を前進させた。
 中央、ラグナの本陣前に、此れ見よがしに布陣する。
 忽ち、反撃が始まった。ラグナ軍の士気は高く、一目散に殺到する。しかし、川の濁流で戦場は狭まり、一度に多くの兵が動ける空間はない。ラグナ軍は、戦場のど真ん中で交通渋滞を引き起こしている。
 だが、兵力差は5倍である。着実にヤンセンとその部下の命を削っている。だから、彼らの命がある間に、左翼のマクギャヴァン軍を破らなければならない。
「戦力はほぼ互角!」
 刀を抜いて叫ぶ。
 嘘である。数は明らかに少ない。さらに、マクギャヴァンは緻密な戦術を用いて、魚の鱗のように各部隊を配置して、厚みのある布陣である。
「武勇の誉れたる英雄たちよ、今こそその名を高めよ!」
 刀を振り下ろした。
 無数の矢が空を舞う。
 一方、戦場の南端で、騎兵同士がぶつかり合った。
 どちらも迂回作戦を選択して、出会い頭の乱戦である。しかし、数は敵の方が2倍以上多い。
「持ち堪えよ」
 増援を求める伝令を怒鳴る。
 その時、敵陣に動きがあった。
 マクギャヴァン将軍は、隙なく配置された各部隊を巧みに前後させて、一部隊に負担がかからないように工夫していた。
「命ある限り前進せよ!!」
 満を持して、直参の騎兵を率いて前へ出た。
 下知に従い、異様な昂揚感に包まれた騎兵が突き進む。
 柵から放たれた矢が、ある騎兵の胸を貫く。だが、その騎兵は倒れない。また数本の矢が刺さる。だが、死なない。なおも前進を続ける。
 その正気とは思えぬ戦いぶりに、敵兵は動揺したのだろう。反撃が一瞬緩む。
 その隙に、先鋒が陣に取り付いた。
 騎馬の前脚で敵兵を蹴り、後足で踏み潰す。すぐに左右から槍が伸びるが、それらを払って、敵兵の喉を衝く。
「突き破れ!」
「むざむざ突破されるな!」
 小さい戦局だが激戦である。侵す方、侵される方、どちらも必死である。
「引け!」
 覚悟していたが、損害が多い。ついに攻勢を諦めて、騎兵を一旦引く。
 敵の一部が追ってきた。敵の総大将の姿に釣られたのだろう。しかし、騎兵には追いつける筈がない。
「正念場だ!」
 彼らが冷静になる前に、有効手を打つしかない。槍部隊を二手に分けて、敵の突出した部隊の左右に進めた。そして、騎兵を反転させて三方から攻撃する。
 忽ち、釣り上げられた敵部隊は壊滅し、敗走する。
「追え!」
 敵の空いた空間へ騎兵を突進させた。
 攻守逆転、今度はこちらの騎兵が三方から包囲される。騎兵の防御力は低い。もたもたすれば、全滅するだろう。
「今だ。押し出せ!!」
 しかし、敵の防御線の部隊は横を向いて、その柔らかな脇腹を晒している。黒い槍の柱が動き出し、一斉に地に伏して、そこから、せり上がるように衝く。総力で、槍衾を叩き付けた。
 これに耐えられる筈がない。防御線がついに崩壊した。一方、騎兵は、混乱する敵陣の中を突破し、その背面で反転する。
 前後からの挟撃体制が完成した。
 雪崩を打ったように、マクギャヴァン軍が南へと移動を開始する。まだ健在な騎兵と合流するつもりなのだろう。しかし、劣勢の時に大将が不用意に動けば、それを将兵は逃走と判断するものである。
 まるで蜘蛛の子を散らすように、兵士たちが秩序なく敗走していく。
「マクギャヴァン将軍、打ち取ったり!!」
 どこかで雑兵が叫ぶ。
「マクギャヴァン将軍が戦死なされぞ!」
 今度は悲鳴が、敗軍に伝播する。
 マクギャヴァン軍は壊走して、その姿を戦場から消した。
 混戦に勝利し、部隊を素早く再編する。軍を二つに分けて、正面と敵左翼のあった場所から、ラグナ本軍へ、十字砲火を浴びせる。
「矢を放ち続けろ!」
 弓隊に繰り返し攻撃を命じる。
 しかし、ラグナは軍を集結させて、小さくまとまり、守りを固めている。その不屈の精神はさすがとしか言いようがない。部下たちもよくつき従っている。
「このままでは、先に矢が尽きます」
 秋月が、無感情に報告する。だからと言って、今さら攻撃を止めるわけにはいかない。敵も苦しいのだ。執拗な十字砲火に身を晒しながらの戦いは、さぞ心身を疲労させることだろう。
「気合いだ!」
 こんな事しか言えない、自分が情けない。が、反省している暇はない。
 幸運にも、こちらの矢が尽き果てる前に、ラグナ軍の前線兵の体力が尽きたようだった。
 めっきり矢の応戦が減り、並べたシールドに乱れが生じている。
「押し出せ!」
 再び槍衾を形成する。
 無数の矢が転がる戦場を槍兵の遅い脚で駆ける。思ったほどの反撃はなく、その攻撃が届いた。
 槍先とシールドがぶつかり、甲高い音が断続的に鳴り響く。そして、シールドの隙間が幾つか生じている。
「集結せよ」
 刀を掲げて、叫ぶ。
 反応よく騎兵が集まった。勝利を目前に士気が高い。
「突撃せよ!!」
 紡錘形の騎馬軍団が、整然とかける。目標はシールドの穴である。
 もはや疾走する騎馬を止められる者はいない。紙にインクが染み滲むように、ラグナ軍の中に騎兵が侵食していく。もうラグナ軍に前も後ろもなく、秩序を失って、兵士は単独で戦っている
「ラグナ……」
 刹那、雑兵に打たれる彼を思った。
 しかし先鋒から、「本陣に敵大将の姿なし
」という報告が入る。どうやら、逸早く脱出したようだった。
「……そうか」
 胸の片隅に、安堵の気持ちがある。
 しかし、大将が逃げても、ラグナ軍の兵士は戦い続ける。まさにラグナを逃がす、そのためだけに命を捨てている。
 知と泥に汚れた若い兵士の顔が幾つか見えた。皆、懸命に闘っている。
――なぜ、俺はあそこにいないのだろうか……?
 疲れた心身で、ふと思う。
「水を飲まれよ!」
 怒鳴るような声で、秋月が水筒を差し出してきた。
「おお」
 層を鷹揚に受け取り、一気に胃袋へそそぐ。体に沁み渡り、活力が復活していく。
「勝利の前祝いですな」
「バカを言うな」
「はっ」
「終局は近いぞ。気合いを入れろ」
「御意」
 秋月が力強く頷いた。
 小一時間の激戦のあと、ようやくラグナ軍は壊走した。
 しかし、追撃はできない。無傷のアーカス王国軍が残っている。
 軍を再編しつつ、彼らの動きを監視した。
 半日後にようやく結論が出た。
 アーカス王国軍は、戦場を離脱したが、セリア方面に向かわず、東南のアーカスへと退いていく。
 彼らも一枚岩ではなかったようだった。
「セリアへ」
 全軍を整列させると、進軍を命じた。
「ディーン万歳!」
「ディーン栄光を!」
 歓呼の声は鳴りやまない。


 夜明け前、男の姿がエッダの森にあった。
 エッダの森には池がある。その池の中には三日月形に小島が並び、それを橋が繋いでいる。その一つの島で、男は鎧を脱ぎ捨て、血の付いた体を池の水で洗っていた。
「今夜は上弦の月か、なかなか綺麗だな」
 池の中に腰まで浸かっている男に、近づき声をかける。
「そうかな、僕は満月の方が好きだ」
 岸に立つ影に、親しげに水の中の男は答えた。
「お前は何でも完璧が好きなんだよ。よいしょ」
 岸から手を差し伸ばして、水の中から男を引き揚げる。
「そう言えば、昔、流星群を見に行った時も、こんな月だったな」
「ふぅ、そうだな。星を観に行ったことがあったな」
「そう言えば、あの時もここが集合場所じゃなかったか?」
「そうそう、ここでジャンが、山の沢に幽霊が出るって話したら、君はびびって『本当に行くのかよ?』って一番後ろからついてきたよな?」
 二人は岸に並んで立ち、月と星空と水面を鑑賞しながら、雑談を続ける。
「要らん事を覚えている。だが、その沢で白い物が見えた時、一番騒いだのは、お前だった」
「そうかな?」
「そうだよ」
「だが、最高だったのは、リュックのダイブだな」
「あれは傑作だった。あいつは結構悪乗りする癖がある」
「だな。だいたい妖魔が降って来るなんて言い出したのも……いや違う……あの時の中心は君だった。君が一番乗り気だった」
「そうだったかな?」
「そうだった。君はああいう迷信を信じ込むところがある」
「お前だって、『妖魔退治は剣士の嗜み』とか言って、のりのりだったぞ」
「そうだったか?」
「そうだよ」
「でも、綺麗だったな。あんなに星を綺麗だと思ったことはない」
「……君は星空より、森の中ばかり見ていた気がするが?」
「カップルを初めに見つけたのはお前だ。だが」
「「ジャンのダッシュは素晴らしかった」」
「くっ、ははは」
「ふっ、ははは」
「あの時は楽しかった」
「全くだ」
「じゃ、そろそろ始めようか」
「そうだな」
 月明かりの中、二人の男が対峙する。そして、しばしの沈黙の後、二つの影に二つの閃光が走り、そして、一方がゆっくりと倒れていく。
 その夜、きれいな星空に、優しい雨が降った。


~終わり~
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Date:2013/02/08
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Thema:18禁・官能小説
Janre:アダルト

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