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□ エリーシア戦記73 □

第73章 余韻嫋嫋

第73章 余韻嫋嫋


【神聖紀1235年7月初旬】
 ソルトハーゲン街道――。
 ソルトハーゲン要塞に対して、サリス軍は、要塞から西2キロほど離れた尾根の上に、要塞を見下ろす付け城を築城していた。
 石の上に柱を立てて、そこに石壁の描かれた幕を張る。また、建物はすべて組み立て式になっていて、狭いながらも、手早く簡単に快適な空間を揃えて、多数の兵を収納することができた。
 こうして、オーギュストの到着とともに、突如、巨城が山の上に出現して、籠城兵に心理的な圧力を与えた。
 オーギュストは、八角形の白い部屋にいる。 
 雪のように眩い漆喰の壁に囲まれて、鏡のように光沢を放つ大理石の床の上に立つ。頭上には、何本もの綱を束ねた束がある。その束から赤や青など七色の太い綱が、八方の壁へたわんで伸び、途中、解れて、幾つにも枝分かれし、また交差し、また途切れ、まるで蜘蛛の巣のような複雑な模様を描いている。そして、それぞれの分岐点や交差点には、短冊が垂れ下がっている。
 赤い糸を、人差し指でそっとなぞる。
「王都アルテブルグで火災発生……」
 短冊を読み、分かれ道を左へ進む。
「少年は少女を救うことができた――」
……
………
 日が落ちても、王政府軍と叛徒軍との小規模な市街戦が尚も続いていた。各所で火災が発生する。しかし、消火する者はいない。市民たちは我先にと逃げまどい、叛徒兵は暴力と略奪を繰り返す。
「あるぞ、あるぞ、宝石がこんなにあるぞ」
「奪え、奪え、奪っても尽きやしねえ!」
「おい、次の家に行くぞ!」
「ちょっと待て、もう一つぐらい持てる。あれ、コートが引っ掛かった」
「さっさとしろよ」
「火が、火が――ぎゃあ!」
 奪った毛皮や宝石類の重さで、身動き出来ずに、火と煙に飲み込まれる兵が続出する有様であった。
 エリーシア中原随一と評された光の都は、一夜で、見るも無残な姿となり果てた。
 火は、忽ち山の手地域にも広がる。貴族や上級官僚たちが逃亡して空き家になっていたために火の回りは早い。炎が闇を鮮やかに焦がし、黒煙が夜空にとぐろを巻く。
 栄華を窮めたジークフリード・フォン・キュンメル邸も、滅びの運命には逆らえなかった。館は瞬く間に炎に包まれて、貴重な絵画や象牙の彫刻を、砂金が風に舞い散るように夥しい火の粉に変えて、夜空に捲き上げていく。
 ヴォルフ・ルポが、窓ガラス越しに室内を覗くと、フィネ・ソルータが床に倒れていた。
「フィネ!」
 名を呼ぶと同時に、ガラスに体をぶつける。轟音と共に、炎が噴き出した。
「ぐぅっ!」
 肉を焼く熱風に、たじろぎそうになる。しかし、ぐっと奥歯を噛み締め、顔を腕で庇い、火を恐れる生物の本能に逆らいつつ、夢中でフィネに炎の中に飛び込んだ。
「大丈夫か?」
「ゴホン、ゴホン……」
 フィネは、苦しげに咳き込みながら頷く。
「遅くなってごめんね」
 ヴォルフは、フィネを抱きかかえて外へ出る。
 そして翌日、叛乱軍の拠点となっている大聖堂で、フィネを寝覚める。
「ヴォルフ、ヴォルフなのね。またあなたに会えるなんて……」
「もう大丈夫だ。俺が一生守ってやる」
 二人は泣きじゃくりながら、強く抱き合う。
………
……
 オーギュストは短冊をもぎ取る。そして、再び細い赤い糸を指先で辿る。
「焼け残った教会で、女神に永遠の愛を誓う若い二人。ささやかな祝宴。噂には尾鰭がつく、付かせる……」
 糸に貼られたメモを剥ぎ取り、指を進め、新たな短冊に至る。
「偉業の達成、権力の奪取、そして、美しい妻。男の嫉妬は恐ろしい……」
 低い声で、一人ぼそぼそと呟く。
「さて、要塞の中の男は、今、どんな気分か?」
「申し上げます――」
 その時、白い壁の向こうから声が響いた。
「陛下、謁見の準備が整いました」
 即座に、周りから糸も短冊も、白い壁さえも消えさる。そこは水色のタイルで囲まれた四角い空間である。そして、白い陶器の浴槽の中に、一人浸っていた。
「分かった」
 大きな水音を波立てて、立ち上がり、壁にかかっているガウンを手に取る。

 ゆったりとした黒いローブを翻して、オーギュストは謁見室に入った。まだ髪が少し濡れている。
 右手側にロックハート将軍と直属の武将(ベアール、ハポン、ウラキ)が、左手側に幕僚の『ベアトリックス』と『ルイーゼ』などが、そして、背後に警護の『ライラ』などが控えている。
 玉座に座る。そして、サイドテーブルの紅茶を口に運ぶ。透き通った茜色から果実のような香りが漂い、滑らかな口当たりから心地よい渋みとほのかな甘みを感じた。
 老司祭が進み出て、恭しく礼をした。
「ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じ上げます」
「司祭、ご苦労でした」
 ベアトリックスが労いの言葉をかける。
「恐れ入ります」
 この老司祭は深々と頭を下げた。
 彼はカイマルクの者で、ソルトハーゲン要塞への使者を命じられていた。
「要塞の様子はどうでしたか?」
「要塞司令官は、アルテブルグの三分の一が焼失したことに驚き、叛乱軍に対して、激しい怒りを抱いておりました」
 持参させた書簡には、アルテブルグの惨状を虚実織り交ぜて書いてあった。
「特に、ヴォルフ・ルポを簒奪者と罵り、絶対に許さんと声を荒げられました」
 オーギュストが手を加えるまでもなく、ヴォルフ・ルポと歌姫フィネ・ソルータの二人が挙げた挙式は、瞬く間に、皇帝即位式という誤報となって広がっていた。そういう暴挙を多くの人々が、時代が、求めていた証であろう。
「さらに、陛下の『アルテブルグを救え』とのお言葉に心より感服しておりました」
「では?」
「はい、ソルトハーゲン要塞司令官『ルートガー・ナースホルン』は、休戦に承諾致しました」
「それは重畳」
 ロックハートが、大きな声を発する。途端に室内の張り詰めていた緊張感が弛んだ。
「条件は?」
 冷静だが、ややぶっきら棒な声で、ルイーゼが質す。
「はい、まず、先の三条件を承諾する代わりに、アルティガルドの覇権を認めること」
「ほう」
 ルイーゼの頬が微かに引き攣る。瞳に不快感と嘲笑の感情が混じった濁った色が滲む。
「また、アルテブルグへ進言する軍を、決して追撃しないこと」
 オーギュストは、干しぶどうを摘まみつつ、ベアトリックスに頷いて見せる。
「分かりました。褒美の目録を受け取られよ」
 ホッとした表情に嬉しさ上乗せして、早々に、老司祭は下がっていく。
「ルートガー・ナースホルンも、天下取りの好機に気付いた様子で」
 足音が遠のくと、ロックハート将軍が、自慢の髭を撫でながら呟く。
「あるいは――」
 オーギュストも口元を緩めた。
「野心ではなく、愛情かもしれんぞ」
「では、かの歌姫は傾国の美女ですな」
 そして、堰を切ったように、ロックハートが、猥談に興じる無邪気な子供のように笑い声を上げた。
「ロマンティストでいらっしゃること」
 ベアトリックスが、チクリと刺すように告げる。
「ロマンがなくて、こんな面倒なことをやっていられるか」
「御意」
 男どもが一斉に気勢をあげた。
「伏して言上奉ります!」
 神妙な面持ちでルイーゼが発言する
「存念があれば申してみよ」
 オーギュストは干しぶどうを皿に戻し、口元を引き締めた。
「されば」
 と、場の空気が再び張り詰める。
「何卒、追撃のご命令をお与え下さい」
「控えよ、ルイーゼ」
 ベアトリックスが険しい声で制する。
 それでも、ルイーゼの口は止まらない。烈火のごとく言葉が紡ぎ出される。
「ルートガー・ナースホルンに、アルテブルグの混乱を治める能力はありません。これ以上の被害を防ぐには、陛下のご威光を知らしめる他ありません!」
 彼女もアルティガルド出身である。この戦禍に、人一倍心を痛めている。
「止めよ!」
 ついに、ベアトリックスが声を荒げる。
「我が軍が、迂闊に敵国に踏み入れば、どんな状況に陥るか」
「しかし……」
 アルティガルド奥深くに入り込んだとき、正面の叛乱軍だけでなく、周囲の民衆が尽く敵となれば、最悪、カイマルクへの退路を断たれる恐れがある。さらに、手を結んだルートガー・ナースホルンが反旗を翻す可能性も否定できない。
「我が軍が侵攻する条件は、もう一つの街道『ホークブルグ街道』を攻略し、二つの補給路を確保した時。これは貴女の意見だったはず」
 二つの街道を抑えれば、一度に補給路を断たれる心配はなくなる。それが、参謀たちの一致した考えである。
「……はい」
「もうよい」
 オーギュストが二人の間に割って入る。
「見苦しい振る舞い、ご容赦下さい」
 ルイーゼが一旦礼をして、身体の向きを上座から正面に戻した。
「ベアトリックスは、すぐに起請文を用意しろ」
 空気が落ち着くと、オーギュストが新たな命令を矢継ぎ早に伝え始める。
「はい」
「ロックハートは、それをもって要塞に赴け」
「御意……」
「そのまま我が軍の包囲網を抜けるまで同行しろ」
「なっ……」
 要するに人質である。ロックハートは、顔を真っ青にして口髭をピリピリと震わせる。背負い込んだ身の危険に、すっかり黙り込んでしまった。
「ルイーゼは、小規模な騎兵部隊を幾つか編成して、ホークブルグ要塞の補給路を攪乱しろ」
「はい」
「ここは放棄する。諸将は、カイマルクまで戻って、北辺の諸軍と合流し、軍勢を再編しろ」
「心得ました」
「陛下は?」
 静かに、ベアトリックスが問う。
「俺はのんびり釣りでもするさ。銀をエサにして」
「銀をエサにしてのんびりできますか?」
「銀で釣れるものなんて小物ばかりさ」
 簡単に応えて、オーギュストは立ち上がった。


【7月中旬】
 ヴァンフリートの北の森――。
 ソルトハーゲン要塞を出たルートガー・ナースホルンの軍勢が、街道を東へ進軍する。それを森の中から鋭い眼光で見詰める者たちがいた。
「申し上げます」
「苦しゅうない」
「ルートガー・ナースホルンが、ヴァンフリートを通過」
「ご苦労」
 斥候の報告に、キャンバス生地で覆われたテントの中から声が返ってくる。
「わたくしは初めから分かっておりました」
 ゆったりと垂れ下がった幕を捲って、砂漠の民の衣装を着た女性が出てくる。
人々が跪き、女性の次の声を、耳をすまして待つ。
「しかし、ルートガー・ナースホルン如き小物に、アルテブルグ奪還は不可能」
「はい」
 瞳を輝かせて、人々は聞き入る。
「我らが戦うべきは、奴を背後から操るサリスのディーンです」
「ご尤も」
 一斉に声が上がった。
「しかし、未だサリス軍は動きません」
 テントの中、紫色のテーブルクロスにおかれたカードを捲る。
「パープル……限り無き欲望の色」
 また一枚めくる。
「悠久の時告げる光……シルバー」
 その時、シルクハットをかぶった男が、けたたましい声を上げて立ち上がる。
「銀だ。山麓にフェルゼンズィート銀鉱山がある!」
「流石だわ」
「恐縮です」
「おお」
 周りから感嘆の声が上がった。
 この集う人々には、それぞれマジックカードが与えられている。その人物の長所を伸ばして、特殊なスキルを得ることができた。彼の場合は、『シルクハットのクイズ通』のカードで、雑学が人一倍豊富になった。
 女性は大きく頷く。
「貴方たち1024人は、わたくしの占いによって、国中から選ばれた救国の英雄です。それぞれのスキルを駆使して、サリスの暴君を打ち破り、この国を救うのです」
「はっ、御心のままに」
 人々は額を地面につけて、決意を新たにする。


 フェルゼンズィート銀鉱山――。
 ソルトハーゲン要塞の北東、ウェーデル山脈の麓、深い渓谷の奥にフェルゼンズィート銀鉱山はある。王家の直轄領であり、石垣がきれいに整備されて、古いがどっしりとした建物が並んでいる。
 オーギュストは未明にここを奇襲し、代官所を占拠すると、蔵から、大量の銀の運び出しを始めた。
 しかし、宵の口になって、救国軍を名乗る軍勢が、突然街に火を放った。
「報告致します。『存在感のない特攻野郎』が門を突破、大通りでは、『12月の復讐者』がモミの木を振り回して交戦中。『炎上達人の鉄砲玉』が代官所を燃やしましたが、すでにもぬけの殻でした」
 報告するのは、『自由すぎる遊撃手』という能力者である。
「さらに、『噂好きのスカウト』が、坑道に逃げたという目撃情報を得ています」
「すぐに追手を!」
 次々に飛び込む情報に、『好青年の策謀家』が、緊張感を漲らせて進言する。
 しかし、占い師の女性は、落ち着いて、カードを一枚引く。それを選ばれた救国の戦士たちは、固唾をのんで待つ。いつもの光景である。
「噓吐きのカード……」
 そして、もう一枚引く。
「非情……」
 はっとして顔を上げる。
「ディーンは一筋縄ではいかぬ策士。また部下を囮にする事も厭わぬ卑劣漢」
「では、坑道に逃げた者たちは囮?」
「ならば、ディーンは何処に?」
 さらに、もう一枚カードを引く。『欲張り』のカードが出た。
「底知れぬ貪欲さ……そうか、輸送中の銀とともに奴はいる」
「おお」
 感嘆の声が上がった。
「全軍をもって荷駄を追え。『先導する司令塔』よ」
「御意」
 満を持して、最も統率力に優れた男に攻撃を命じた。
 間もなく先陣を切る『堅実派の切り込み隊長』が、銀を運ぶ小荷駄部隊の背中を捉えた。
 しかし、小荷駄は、岩場へと逃げ込む。
「これは……」
 その岩場を前にして、『古代戦史通の格闘家』が唸った。
「知っているのか?」
「八門金鎖の陣!」
「何だ、ぞれは?」
 陣中に動揺が走った。
「驚・休・生・死・杜・景・傷・開の八つの門から成る伝説の軍師が編み出した陣形だ」
「バカな!」「
「どうしてそのようなものがここに!?」
「万事休すか……」
 一々陣中が騒がしい。
「心配するな。『傷門』『休門』『驚門』から攻めれば傷付き、『杜門』『死門』から入れば死ぬ。だが、『生門』『開門』『景門』から攻めれば有利だ」
「おお」
 熱く語る薀蓄に、再び陣中に活気が戻る。
――私は自分の運命を信じる!
 女占い師は、カードを引く。そして、見ることなく頭上に掲げた。
「おお、幸運だ!」
 いよいよ戦士たちの魂が昂ぶる。
「突入せよ!」
「おお」
意気揚々と『無殺のエース』『陽動の狙撃手』などを先頭にして、岩場になだれ込んでいった。
 千人の戦士の雄叫びが岩に反響して、天に打つ雷鳴のように、大地を穿つ地響きのように勇ましく轟いた。
「勝ったぞ、この戦い!」
 アリーセ・アーケ・フォン・ハルテンベルクは、顔を赤く輝かせ、固く勝利を確信する。思わず飛び出した勝利宣言と同時に、四肢がガタガタと震えて、心臓がきつく凝結する。
「え?」
 その時、パーンという甲高く乾いた音が、足元で一つ鳴る。どうしてか分からないが、途端に、胸の中に、煽られた焔のように不安が広がった。
「ま、まさか!?」
 次々に岩が沈んでいく。そして、堅いはずの地面が、砂時計の砂のように滑らかに落ちていく。
「……」
 強烈な衝撃がアリーセを襲った。驚愕のあまりに、目を鈴のように見開き、その視線をぽっかりと空いた大穴に釘付けにする。
「……」
 声もなく喘ぐように呼吸する。
 縦穴は、深く暗く、まるで天空に輝く星星までも吸い干してしまいそうだった。
――何とかしなければ……。
 勝利が、希望が、積み上げた努力が、地の底へ呑み込まれてしまう。しかし、思考しようとする意志や熱意さえも、その禍々しい穴は忽ち奪ってしまう。
「絵に描いたようなガッカリだな」
 場違いな、明るい声がした。
 首を動かす力はなく、瞳だけを動かして、その男を捉えた。
「敗者を咎めるのは趣味じゃないが、あまりにイイ表情をするもんだから、少し話をしたくなった」
 オーギュストが、ゆっくりと近付く。
「初めまして、フロイライン・ハルテンベルク」
「おのれェ!」
「待て」
 アリーセの制止も聞かず、傍らにいた『攻撃重視の護衛者』が駆け出す。
「天誅!」
 そして、雄叫びとともに打ち込む。
 オーギュストは左足を踏み出し、左手に持った鞘に収めたままの剣で受け止める。それから、肘を張り、剣を逆さまにすることで、相手の剣を捩じるようにいなす。さらに、踏み出した左足を軸に、時計回りに回転しながら、真下に剣を抜き、相手の背後に回り込むと、一閃、袈裟斬りにした。そして、何事もなかったように正面を向き、頭上に翳した鞘に、下から剣を治めていく。
「そ……」
 アリーセは膝から崩れ落ちた。
 アリーセの目には、オーギュストはただまっすぐに歩いて来て、途中で肩がぶつかりそうになった者をくるりと軽やかに避けただけのように見えた。それで、最強の護衛者がオーギュストの背後で倒れているのだ。全く摩訶不思議な光景である。
「フロイラインの健闘を称えて、一つ、必勝の戦術を教えてやろう」
「ん……?」
「それは敵に多くの無駄情報を与えて、無意味な思考を強いることだ」
「なぁ……」
 喋りながら、無造作に側まで寄る。
「それは理性を乱す。一旦乱れれば、人は自らの成功体験に固執する」
 どうだ、と顔を覗く。
「幼稚な罠でも見落としてしまうだろう?」
「……嘘よ」
「おかげで、アルティガルドの危険人物を未然に一網打尽にできた。感謝する」
 オーギュストは腰を下ろす。蹲踞の姿勢でアリーセと視線を合わせようとするが、アリーセはさらに俯いてしまい、その瞳にオーギュストの姿は映らない。
「わ、わたくしの占いが外れるなんて……」
 焦った手付きで、カードを広げる。
「そんなことは――」
「有り得ないか?」
 オーギュストが穏やかに囁く。
「そうよ!」
 アリーセは、逆上して、感情を爆発させる。
 その叫び声を、オーギュストは然も楽しそうに聞いた。
「実はそれ、俺の物なんだ。返してもらうぞ」
 そして、笑顔で告げると掌を上にして右手を差しだす。と、カードたちが、吸い寄せられるように自ら跳ねて、オーギュストの掌の上にきれいに積み重なっていく。
「い、いやぁあああ!」
 アリーセは、両手で頬を抑えて、身の毛もよだつような声で絶叫する。
「か、返して、あ、あたしの能力、未来を知る力……」
「そんなものは初めからない。カードは俺の部下が操作していた」
「ち、違う……。あたしには未来が見える。本当に見えたの!」
 やれやれとため息をついて、オーギュストが立ち上がる。その足に、アリーセは「返して」と縋り付き、泣きじゃくった。
「こ、怖い。未来が見えない。お、お、恐ろしい……耐えられないわ」
「もう耐える必要はない。ご苦労だった」
 オーギュストは冷淡に蹴り飛ばし、倒れた脇を通り過ぎていく。その足元を黒い猫が追う。
「きゃぁああああ!」
 アリーセは悶えるように髪を掻きむしって、猿のような奇声で絶叫する。
 その耳元で、甘く囁く声がした。
「貴方は素晴らしいわ。よくあんなバラバラの連中をまとめて、ここまで戦えたわ。感心しちゃう」
「……」
「もう一度、バカな連中を集めてみない。今度は大貴族の連中よ」
「……嫌、未来の分からない私なんて、誰も相手にしてくれない。誰も私の話を聞かない……」
「未来なら、上帝陛下に聞けばいいのよ。いくらでも教えて下さるわ」
「……」
 その瞬間、アリーセの涙が止まった。
「これからは、陛下の勅を下々に伝える役割を担えばいいのよ」
「……国を売れと言うの?」
「もう王を殺しちゃったじゃない」
「ひぃぃぃい」
 悲鳴を上げて、身を震わす。
「占い師の仮面なんて捨てちゃいなさい」
「捨てる?」
 訝しげに問い掛ける。
「素顔のハルテンベルク子爵家令嬢に戻ればいいのよ」
「でも……」
「誰も伯爵令嬢が下賤な占い師だなんて信じていないわ」
 はっと息をのむ。
「行方不明のアリーセ・アーケ・フォン・ハルテンベルクを騙った女は死んだの。ただそれだけ」
「それだけ……」
 呪文のように言葉を繰り返す。
「そう。それに、サリス帝国が、対等の交渉相手とみなしてあげる」
「……」
 ゆっくりと生唾を飲み込む。
「誰もが貴方を一目置くわよ」
「そんなことができるの?」
 アリーセは虚ろな顔を上げた。
「ええ、陛下に身も心も捧げるのです。そうすれば、貴方に未来を教えて下さるわ」
 月明かりの下、香子は親切そうな笑顔を称えて、優しく甘く囁き続ける。


【7月下旬】
 王都アルテブルグ――。
 シャインヒューゲル宮殿に入城した叛乱軍は、直ちに臨時政府を立ち上げた。
 臨時政府を率いているのは、『ロマン・ベルント・プラッツ(66章参照)』である。
 長い顔に、横に細長いメガネをして、知的な顔立ちをしていた。元は建築家で、温和な印象に反して、現場を取り仕切る逞しさも併せ持っていた。
 反政府運動の契機となった『メーベルワーゲン大会』(67章参照)で頭角を現し、その後、モンベルの森に潜伏(68章参照)、そして、『ヴァンフリートの蜂起』(71章参照)に参加すると、『均田制』『税免除』『綱紀粛正』『人材登用』などの政策作成に携わった。
 この朝、何度目かの閣僚会議が開かれたが、会議用円卓には空席が目立っていた。
「ヴォルフ・ルポはまた欠席か?」
 ロマンが不機嫌に問う。
 ヴォルフは、叛乱軍の総司令官であり、形式上臨時政府の首班である。しかし、火の中から救った幼馴染と勝手に結婚式を挙げて以来、公の場に顔を出したことはない。
「困った奴だ……」
 暗い顔で、深いため息を落とす。
 臨時政府は問題が山積みである。
 灰燼に帰した市街では、未だ火災は収まっておらず、至る所から、毒蛇が鎌首をもたげたような黒煙を上げ続けている。
 激しい市街戦の最中に、国王が行方不明(ロマンたちの臨時政府の公式見解)になったために、行政の権限が失われ、組織を受け継ぐことが出来なかった。さらに、市民感情も最悪な状況にあり、積極的な協力も期待できない。また、流通も崩壊したために、農村から食糧を集めることが出来ず、市民も兵士も餓え始めていた。略奪と暴力事件も後を絶たない。取り締まろうとしても、脱走兵が続出して軍組織の維持に四苦八苦している有様である。
 治安は悪化し、衛生は劣化するばかりだったが、有効な手を打つこともできずに、無為に時間ばかりが過ぎていく。
「兎に角、火を消し、宿舎を建てよう。それが急務だ」
「……ですな」
 ロマンの提案にも、彼が任命した閣僚たちの反応は冷たい。
「降伏勧告に対するジークフリード・フォン・キュンメルからの返事は?」
「相変わらず、何もない。もう死んだのではないのか?」
 終始、両手で額を抑えている男が、自身一ミリも期待していない楽観的な意見をテーブルの表面に向けて呟く。
「有り得る。王軍の中でも責任問題は挙がっていることだろう」
 ロマンが精一杯声を張って肯定的な意見を発する。少しでも場の空気を、否、自分自身を鼓舞したかった。
「兎に角――」
 ここ数日で、何度この言葉を呟いたことか、とロマンは思わず内心で自嘲した。
「兎に角、軍事的なことは、偵察に出た部隊が戻り次第、ヴォルフに決断してもらおう」
「だな……」
 誰ともなくため息交じりに承諾の声が上がった。誰もが疲れている。

 その頃、ヴォルフ・ルポに代わって、軍の指揮を執っていたのが、ロマンの片腕『ヴェロニカ・ロジーナ・ベルタ』である。
 腰まである明るめの茶髪を、仕事の邪魔にならないように後で丸く束ねている。そして、意外に柔和な顔立ちを耳の前の髪を長く垂らすことで、また、知的だが鋭利過ぎる眼差しを縁の太いメガネをかけることで隠している。
 彼女は、信頼のできる者たちを集めて、パトロール部隊を編成し、連日、市内の巡回にあたっていたが、その部隊の内部でも、日々些細なことから争いが絶えなかった。
「騒ぐな!」
 城門近くの広場で、取っ組み合いをしている部下たちを一喝する。
「見苦しい振る舞いをするな。市民たちが見ているぞ」
「しかし……」
 不平たらたらの顔を並べて、部下たちは敬礼する。
 ここに居る者たちは、略奪などに参加していない。だが、まじめな性格ゆえに、自軍が行った蛮行に心を痛めて、肉体的にも精神的に限界を疾うに越えていた。
 それはヴェロニカもよく分かっている。
 さらに、そんな状況でも、責務を全うしようと現場に集まってくれたことに感謝の言葉もない。が、今は強い態度で綱紀を引き締める以外に対処方法が思いつかなかった。
「コイツが時間に遅れた!」
「仕事が溜まって、こっちは飯も食っていないんだ!」
「言い訳など聞かん」
 ヴェロニカは誰よりも大きな声で怒鳴る。
「男ならさっさとパンツを脱いで、己の分身の威厳で勝負しろ!」
 この言葉で、全員が、寝起きに水を浴びせられたように呆気にとられた顔になった。そして、互いの股間の膨らみをしばらく眺め合い、慰めるような優しい視線を交差させてから、一度大きく頷き合った。
「悪かったな」
「涙を拭けよ」
「お前こそ」
 男たちは和解した。
 部隊の騒ぎがひと段落した時、一騎の赤毛の駿馬が城門へ向かっていく。
「ま、まさか……」
 ヴェロニカは駆け寄る。
「何処へ行くつもり?」
「やあ」
 騎上で、ヴォルフが無邪気に微笑む。その背には、フィネが乗っていた。
「彼女も救い出せたし、ここを出ていくのさ」
「バカなこと言わないで」
 予想外の言葉に、思わず、裏返った声で叫んでいた。
「ここに居たら、モンベルの森の時と同じになっちまう。ロマンのオッサンによろしくな」
「何処に行くと言うの?」
 冷たい汗が滲み出た。
「まずはあの令嬢気取りの占い師と合流する。その後は、フィネと一緒に国を出るさ。二人なら、何処ででも何とか生きていける」
 呑気な回答に、ヴェロニカは持病の頭痛が再発した。
「貴方は軍の総司令官でしょう。我々を見捨てるつもりなの?」
「冗談じゃないぜ――」
 ヴェロニカは懸命に諭すが、そんな気持ちを逆撫でするように、ヴォルフは鼻で笑った。
「俺に、そんな力も義務もない」
「無責任なこと言わないで、アルテブルグを陥落させたのは、間違いなく貴方の才能よ」
「あれは、占いの教祖様とその弟子たちの仕事だ」
 熱のない声で、半笑いに答えた。
「で……?」
 ヴェロニカは憮然とした声で問う。そして、肘を抱くように腕を組み、眼鏡の奥で蔑むような冷たい視線を向けた。
「俺は好き勝手に言っていればよかった。後はあいつ等が、部下を手際よく動かして、何でも実現させてくれた」
「そう……」
 怒りを鎮めるようと、一度、髪をかき上げた。
 建設現場の主任をしている頃から、こういう輩をよく見てきた。
――誰も彼もが無責任で、自分の都合ばかり言い立てる!
 こちらが作業全体を見渡して意見しているのに、一つも聞こうともせず、適当な仕事をやりっ放しで、中途で逃げ出す。後は稚拙な言い訳ばかり。
――手直しのために何度徹夜したことか……。
 走馬灯のように、苦い想い出が甦る。
 しかし、ヴォルフは、そんなヴェロニカの感情の揺れに気付かず、無配慮な言葉を紡ぎ続ける。
「そんな有能な中間管理職を皆引きつれて、あの占い女は出て行ったんだ。もう終わりだよ」
「終わりって……」
 不服そうに、ヴェロニカは眉を寄せた。
「革命ごっこはもう終わり」
「……」
 もはや怒る気力もわいてこない。長年の仲間としての絆や友誼が、足の裏から大地へ流れ出てしまった気分だった。
「ヴェロニカさんは、どうする気ですか?」
 突然、鈴の鳴るような声で、フィネが訊ねる。
「私は戦うわよ。改革は始まったばかりよ」
「そう……」
 ヴェロニカの力強い信念を聞いて、フィネは、不安そうに俯いた。
「あんたも逃げた方がいいぜ。捕まったら、市民からどんな復讐されるか分からないぜ」
「……」
 ヴェロニカは、堪らず言葉を失った。
 そうなのだ!
 いつの間にか、ヴェロニカたちは善ではなくなっている。どうしてこうなったのか、振り返っても分からない。
「降伏するなら、サリスの方がいいぜ。あんたなら、絶対に歓迎されるぞ」
「……もう黙れ」
 無意識に、腰の剣を掴んでいた。敵前逃亡は極刑である。
「大変だァ!」
 その時、物見塔から声がした。そして、続けて驚愕の事実を告げられた。
「城壁の外に敵が現れた!」
 ついに、王国正規軍がその威風堂々とした姿をアルテブルグの城外に現した。
「まさか……?」
 その場の誰もが、霹靂のように打たれた。「もう来たのか、危ない、危ない、急ぐぞ」
「それじゃ、ヴェロニカさん、お元気で」
 ヴォルフは馬の腹に蹴りを入れて、フィネは短く別れの挨拶をした。
「副官、続け!」
「はっ」
 一方のヴェロニカは、副官とともに塔の上へ走っていた。
「これは……」
 柵から身を乗り出すと、美しいまでに足並みのそろった軍勢が、太鼓を轟かせ、ラッパを吹き鳴らして進軍してくるのが見えた。
 その組織力に美さえも感じて、思わずため息が出た。
「偵察部隊は?」
 見張りの兵に問い質す。ヴェロニカの心が麻のように乱れている。
「とっくに、定期連絡は途切れていますよ」
 戸惑う兵に代わって、追いかけてきた副官が答える。
「なぜ報告しない」
「聞かないから」
 まったく会話にならない。
「……」
 その無責任な回答に、閉口してしまう。
「私は火災現場にいて、ずっと徹夜だったんだ」
 副官は、強い口調で自分の事情を語る。
 ヴェロニカは、喉まで出かかった『言い訳はいい』という言葉を腹にぐっと飲み込んで、まず緊急を要する用件を告げた。
「兎に角、城門を閉ざせ」
「私に言っているのか?」
 副官は、当たり前のように、当惑した顔を返す。
「他に誰がいる!?」
「やり方を知りません」
「知っている奴を探せ!」
「どこに居るんですか、それ?」
 出口のないイライラばかりが募る。
「そんなこと知ってる真面目な野郎はとっくに死んだし、知ってそうな利口な奴は、金目の物をもって、とっくに逃げ出しているよ」
 先ほどの見張りの兵士が、地べたに座り込んで、たばこに火を付けながら、不健康な笑いを浮かべて呟く。
「もういい!」
 最後まで聞かずに、ヴェロニカは歩き出していた。しかし、何処に向かうべきなのか、彼女自身さっぱり分かっていなかった。


 フェルゼンズィート銀鉱山――。
 鉱山街を見下ろす尾根の上に古い修道院が建つ。一見すると外観は質素だったが、銀で栄えた町らしく、山頂まで石造りの大階段が整備され、内装は凝り、大小の女神像が庭や廊下に所狭しと並んでいる。全体的に忙しない印象を与えている。
 そこにオーギュストは滞在している。
 アルティガルド王国の貨幣の元である銀を完全に掌握できれば、経済もサリスが飲み込んでしまうだろう。故に速やかな支配体制の確立は重要ではあったが、辺境とはいえ敵国深く入り込んでいることに、危惧する声も大きかった。
 しかし、一向に、オーギュストは立ち退こうとしない。
 戦力的には、北から間道を抜けて下りてきたロードレス神国の先遣隊と合流したために足りている。しかし、アリーセを慕って追ってきた彼女の部下との間で、断続的に小競り合いが繰り返されていた。
 彼らは皆、10年後20年後のアルティガルドを背負って立つ逸材だった。それらを選別して、救国の英雄という名声と資質を伸ばすマジックカードという希望を与えて、一つの罠に誘い込み一網打尽にした。当分、アルティガルドの復興は遅れることだろう。
「ここから東に延びる坑道は、ここ数年産出量が減っております」
 連日、ロードレス神国の幹部とともに地図を囲んで、技師たちに坑道を解説させている。
「もう要らん、埋めよ」
「御意」
 ロードレス人がバツ印を記す。
「西の立坑は老朽化が激しく……」
「建て直せ」
「御意」
「しっかり正確に記録しろよ」
「はい」
 ロードレス神国の者たちは嬉々として働いている。オーギュストの言葉の端端から感じられる、この地をロードレス神国に割譲しようとする意志に、今にも小躍りしそうであった。福祉政策、医療費、災害対策など民衆救済への期待に胸が膨らむ。
「他の者に任せたら、すぐに貪欲なミカエラや腹黒のクリスティーあたりに独占されてしまうからな」
「はい!」
「ここは、ユリアちゃんの鼻紙代にするんだから」
「……ああ、はい」
 ふわりと全員が頷いた。ああ、銀の紙なら、さぞ立派にツーっとできるだろうと思う。
 
 こうして銀の私物化に忙しいオーギュストと対照的に、親衛隊には時間的に余裕があった。
 修道院の庭に縄を張り、エリース湖の聖水をまいて浄めると、ロードレス神国軍の剣士との対抗戦を始めた。
 内陸の夏は蒸し暑い。そして、太陽はまるで親の仇を前にしたように容赦なくて照りつけて、庭を覆った芝生を煎るようであり、その有り余る力は、反射して周囲の建物を白く煌めかせている。
 本館と鐘楼の間に、雑木が小暗い森のように繁り、そこからセミの鳴き声がうるさく響いている。
 周りに音はしない。皆、ランの試合を見学しようと縄の前に並んでいる。
 ランは八双に構えた。相手の動きに合わせて、どうにでも対応できるように、四肢は柔らかくしなやかに保たれている。
 相手の顔に、焦りの色が滲み始める。
「ッ!?」
「はっ!」
 ランは誘うように爪先を進める。相手が不用意に剣を上げた。その隙を見逃さず、ランは打ち込む。しかし、左肩を直撃する寸前に、木剣を立てたまま受け止められた。
 カーン!
 甲高い音ともに、激しい火花が散る。そして、その衝撃で、相手の右手が木剣から剥がれた。
 ランは上段から、再度、打ち込む。
 しかし、相手も非凡であった。骨まで痺れるような衝撃に耐えて、弾かれた木剣を左手一本で制御し、流れるように横から、ランの胴を払う。風をまくような起死回生の一撃ではあったが、残念なことに、ランのシャツをかすめるに留まった。そして、一方のランの剣先は、ぴたりと相手の額を捉えている。
「参りました」
「これまで」
 ランは剣を治めて、一礼すると縄の外に出た。自然と拍手が起こっていた。その声を背中で聞いて、足早に室内に入った。
 日の照り渡る外と比べると、室内は薄暗かった。その暗がりの中で、銀の装飾品が微かに光っている。
 途中で、アンと会った。顔色が悪かった。白々しく「どうかした?」と聞くと「何でもない」と髪を捌きながら答えた。
 アンは夜伽に“敢えて”呼び出されていない。オーギュストの悪戯なのは明らかで、自分との関係を秘したことと合わせて、アンがどのような化学反応を起こすのか、想像すると心がざわりと騒いだ。
 浴室に入る。――と言っても、質素な漆喰の壁に微温湯の入った樽があるだけで、入り口に扉さえない。
「まいったなぁ……」
 鏡の前に立ち、ぼそりと呟く。上半身の白い無地のシャツは、胸元が丸く濡れて透けている。この冷や汗の量が、苦戦の証であろう。
「はぁ……」
 大きく息を吐いてから、軍服の黒革のベルトを外し、細身のズボンを下ろす。すぐに、無骨な黒い生地の影から、きれいな白いレースフリルが現れる。さらに下ろすと、引き締まって白桃のような小尻がすべて露わになった。そして、割目には、紐が通り、陰部は大粒の真珠が連なっている。
 ランは片脚を樽の縁に乗せて、桶で微温湯を汲んで、無毛の股間部を洗い始める。思わず指先で真珠を弄り、比べて小粒なクリトリスを捏ねてしまう。
「あ……」
 思わず、うっとりと瞳を閉じて甘い吐息を吐く。
 その時、壁から人の気配を感じた。
「だれ?」
 ランは慌ててズボンを戻すと険しく誰何する。
「誰かいるの?」
 それは確認ではなく、警告であり、脅しのようなものであった。
「そうかぁ……」
 しばらくの沈黙ののち、急にランの表情が和らいでいく。そして、ずっしりと肩を落とした。
 一度入り口に視線を配ってから、そっと壁に手を添え、徐に押す。そこは、どんでんがえしの隠し回転扉となっていて、素早く壁の中に身を進める。そこは一面豪華なタイル張りの部屋で、壁の一部はマジックミラーになっていて、先ほどの浴室が丸見えになっている。
 ここは修道院といっても、銀取引に訪れた要人が遊ぶためのもので、こういう悪趣味なカラクリがそこここに隠してある。
 隠し部屋の中では、オーギュストが白い陶器の浴槽の中に寝そべって、目を閉じ、宙に浮かべた指を、線をなぞるように動かしていた。
「あ……」
 ランは声をかけるタイミングを逸して、ぐるりと室内を見渡す。
「あら? いらっしゃらないわ」
「流石の早業だわ」
「そうね」
 壁の向こうから声が漏れ聞こえてきた。振り返ると、マジックミラー越しに部下の少女たちが見えた。
 一人は聖騎士の娘シルヴィ。
 一人は神官の妹カミーユ。
 一人は大司教の姪ロクサンヌ。
 一人は大法官の孫テレーズ。
 一人はハーフエルフの末裔ミルフィーヌ。
 皆、元気よく服を脱いで、気持ち良さそうに水浴びを始めている。全員サリス中から選りすぐった才色兼備で、まだ身体に幼さを残しているが、いずれは正統派の美女になるのは間違いないだろう。
「ジークフリードは、ルートガー・ナースホルンを暗殺するだろうか、それとも逆か?」
 オーギュストは、天井を見つめながら呟く。
「え?」
「それとも、新たな人物がアルテブルグに現れるかも。その可能性が高い人物とは?」
「え?」
 浴槽の縁に乗せた頭を回して、ランを見詰める。
「覗きか?」
「なっ……!」
 心臓が強く打った。そして、全身がカッと痛いほどに火照る。
「ち、違います。偶然見えたんです」
 真っ赤な顔に口を尖らせて、まるでタコのように反論する。
「それで誰だと思う?」
「え?」
 オーギュストは、寛いだ声で問う。そして、チーズを挟んだ干し白いちじくをかじり、ワイングラスを傾けた。
「アルテブルグをまとめる者は?」
「ヴォルフ・ルポ……」
 真っ白に霞んだ頭で、思わず知っている名前を挙げた。
「奴はもうじき死ぬ、俺に傾城の歌姫を献上して、ね」
「……」
 ランは、苦労して生唾を一つ飲み込んだ。
「レズ癖がついたか?」
「ち、違います!」
 顔から火を噴きそうな勢いで、必死に否定する。
 オーギュストは静かに指を一本口の前に立てた。それに、ランは慌てて口を両手でふさぎ、ちらりと振り返って、マジックミラーを見た。
「踏み込みが浅かった――」
 気が付いた時、オーギュストが耳元でささやいていた。その淡々とした声が、室内にこだまする。
「……」
 ランは黙って、唇をかんだ。
「以前のお前なら、剣は払われる前に、鋭く踏み込んで相手の頭を叩いていただろう。だが、踏み込みが浅いから、反撃の余地を与えてしまった。しかし、逆に踏み込みが浅いために、剣先が当たらなかった」
「反省しています……」
「気持ちが入っていないからだ。剣より気になるものがあるのか?」
「あ、ありませんよ」
 瞳を泳がせながら答える。
「フィネ・ソルータの穴を舐めさせてやるぞ。それともエルフの少女の方がいいか?」
「ああ……」
 ランの瞳が虚ろに揺らぎ、背後のオーギュストへ弱弱しくしなだれていく。
……
………
「ああ……あぁっ」
 手錠を嵌められてベッドの上にいる。
「はぁ……あん」
 裸体を晒しているだけで、すでに発情していた。
 形よく盛り上がった乳ぶさも、引き締まった腰の括れも、そこから艶々と魅惑的な曲線を描く尻と太腿も、悶えるようによじれた細く長い脚も、全てが曝け出されている。隠しているのは、両の目だけ。黒い布を巻かれて、何も見えない。
「助けて……ダメになっちゃう」
 甘ったるい声で、猫のように媚びる。
「ヘンになっちゃう……ゆるして……」
 秘唇をすっかりと濡れた汁を捲き散らすように尻をゆする。
「早く、弄ってくれないとおかしくなっちゃうよ」
 涙声で懇願する。こんな娼婦のような声で、卑猥な言葉を紡ぐことにも、もはや何一つ違和感はない。この後に待っている強烈な快楽を想えば、羞恥心など微塵の妨げにもならない。
「イきたい。イかせてください。お願いぃだからぁ」
 さらに激しく腰を振り立てる。
「あああン」
 その痴態にようやく合格点が与えられた。
 秘唇に舌腹が這い、ねっとりと溢れた蜜を舐め取っていく。思わず、甲高い嬉々とした喘ぎ声を上げた。
「ふぁ~ああ~ぁん」
 その瞬間、だらしなく弛んだ上下の口から淫靡な音が発せられる。上の口から痴女の伸び切った喘ぎ、下は、熱い潮を吹きもらす水音。どちらも人として、許し難い失態であろう。
「ああん、気持ちイイ~ぃ」
 その己を貶める感触が、さらなる官能をもたらす。
「そこ、そこぉイイ」
 舌の動きは、荒々しさがなく、優しさに満ちている。蜜をすする際も、情熱の音楽を奏でているようである。
「すごい、すごいわ!」
 けたたましく歓喜の声を上げて、絶頂へ登って行く。
「もうぉ、もお、いっちゃうぅうぅうう!!」
 裸体を膠着されて、ピリピリと筋肉を震えさせた。
「綺麗だわ。姐御」
 官能の炎で、空焚き鍋のように危うく昂ぶっていた心に、突然冷や水を浴びせられる。
 細く冷たい指先が、黒布を取り外す。
「貴女!」
 股間から覗いているのは、逆上せた香子の顔である。
「な、な、な、な、なんで!?」
「大師匠からご褒美なんですぅ」
 語尾を伸ばす幼い口調で答える。
「そ、そ、そ、そ、そんなの聞いていないぃよぉ!?」
 慌てて、頭の上から声を出す。
「やわらか~い、姐御の胸」
 梅に顔を埋めて、鼻の穴を広げて匂いを嗅ぐ。
「や、やめて」
「小さく固くてかわいい」
 懸命な抗議の声も耳に届かず、ギンギンに尖った乳首に自分の乳首を擦れさせる。
「も、もおやめなさい。私たち女同士よ」
「そこがいいんじゃないですかぁ」
「ほら、姐御のあそこも嬉しそうにひくひくしてますよぉ」
 ぷっつりと飛び出たクリトリスを、愛おしそうに突っつく。
「やっ、やめてぇーっ!」
 心の底から絶叫するが、そんなことに構わず無情にも、香子の指が膣穴へと潜り込んでいく。
「だ、だめぇ、だめええええ!」
 しかし、敏感になった膣肉は、極彩色の悦楽をランにもたらし、立て続けに絶頂へ誘っていく。
「さあ、今度はあたしの番ですよ」
 香子は、ランの顔の上に跨って、感慨深い表情で腰を下ろしていく。
「はあ……あ……はぁ」
 唇が触れた瞬間、香子はねじ切れるほどに強く、両腕で自分の体を抱きしめる。
「あっ、ぁっ、ああああん」
 そして、蕩けるような至福の表情を天井へ向け、感極まった声をもらし、さらに、尻を小刻みに震わせた。
 プシュウ!
 香子の割目から、ランの口へ小水が注がれる。
「ああ、姐御があたしのを……」
 香子は、小柄な裸体を、しなやかに仰け反らして悶絶する。
「ああ……あ~~~~」
 これを切っ掛けに、ランの理性の針が振り切れた。
「この~ぉ、お前も飲めェ!!」
 ランは香子を押し倒すと、唇を押し付けた。
 ぐちゅ、くちゅ、ぢゅちゅ、
「ああん、姐御ぉ」
 しかし、逆に香子の舌が暴れ出して、ラン口の中を貪るように犯し始めた。
「ううぐ……ひぃいっ!」
 苦しさに、身を起こして逃れる。しかし、香子の上で四つ這いになった瞬間、背後からオーギュストが男根を打ち込んできた。
「い、いきなり、ふ、深い……ああ、あン」
 鯉のように丸く口を開いて、激しく喘ぐ。
「す、すてき……」
 腰をぶつけられるたびに、揺れる乳ぶさをうっとりした瞳で、香子が見詰める。そして、まるで宝石でも扱うように、大切そうに乳首を摘まんだ。
「きゃあ、アン」
 ランは我慢できずに、腕を折って、香子の上に崩れた。
「好きですぅ」
 香子は狂おしそうにランの頭を抱いて、再び熱烈な口付をした。
「うぐぅううんんん!」
 上と下の口を犯されて、強烈な絶頂を迎える。
 男根を抜かれると、ボトリと情けなく尻が落ちる。余韻に脳が痺れ、息は荒く、四肢はびくびくと若鮎のように痙攣している。
 そして、オーギュストは、香子の脚を掴んで、失禁したように濡れた秘裂へ、ランの愛液にまみれた男根を押し込んでいく。
「ひぃ」
 香子が短い悲鳴を上げて、険しく眉間を寄せた。
「あんた?」
 ランが乱れた呼吸の中に、驚きと戸惑いの表情を見せた。
「う、うれしい。姐御の中にあった物があたしの中に入っている。これで、あたしたち本物の姉妹ですね」
 目尻に涙を浮かべながら、香子は微笑んでいる。
「あんたってやつは……」
 ランは、もはや苦笑するしかなかった。
「とことんヘンタイだ――はあっ、あ~~~ン」
 そして、再び、ランの膣肉をオーギュストが蹂躙し始める。
「姐御、一緒にぃ」
「ええ、いっしょにイキましょう」
 ランと香子は、親密に唇を重ねる。
 その後、二人は、そろって跪いて男根をきれいに掃除し、尻を並べて、挿入をねだった。いつまでも淫靡な競演を続けた。
 ………
 ……
「ご覧」
 オーギュストがマジックミラーへ視線を導く。
 少女たちが、無邪気に汗を流している。
 優等生でリーダー格のシルヴィは、着痩せするタイプのようで十分に胸や尻が膨らんでいる。
 長い黒髪を桶に浸して丁寧に洗っているカミーユは、慎み深く落ち着いた雰囲気だったが、まだ胸も尻が青い蕾のように堅く、くびれもまだ浅い。
 ロクサンヌは、豪奢な黄金の巻き髪に、服の上からも分かる豊満な肉体をしているが、齢のわりにやや毛が濃いようだった。
 テレーズは、赤毛のショートカットと大きな瞳が特徴的な妹分で、まだまだやんちゃ盛りと言う印象だったが、意外と発育は早い。
 ミルフィーヌは華奢だが、全く無駄な脂肪のない美しい裸体をしている。肌理の細かい肌が白く透き通るようで、乳首は桜色に輝いている。
「こんなに女がいるのに、お前が一番美しい」
「そんな……あん、汚い……」
 まだ汗を拭いていない脇を、ねっとりと舐め上げられた。
「この俺様が、時間と手間をかけて幼いころから磨き上げてきた(注意;嘘です)。この身体の何処に穢れがあろうか」
 ふくよかな乳ぶさを鷲掴みして、揉みほぐされる。汗に蒸されたシャツに蜘蛛の巣のような皺が寄った。
「この胸の張りも、腰の括れも――」
 脇腹から腰へ、手が滑る。
「尻の締まりも――」
 そして、尻を撫でる。
「どんな体位も熟せるボディバランスの良さ、エビ反りに絶叫もできる柔軟さ、弾力のある肉体、そして、誰も早く長く腰を振り続けられる体力。俺がトレーニングを組んできた(注意;真っ赤な嘘です)」
――ああ……そうか……。
 ランは徐に瞳を閉じた。
――ボクは剣じゃなくてセックスの修業をしてきたんだ……。
 すべてはこの色事の天才が仕組んだことなのだ。ずっとずっと以前、それこそ知り合った直後から、快楽の糸を張り巡らしていたのだ。自分のような美しいだけの小娘がかなうはずがなかった、と思う。
「いや……あぁン」
 そして、乳ぶさが揺れるたびに、甘く鼻を鳴らす。
「お前をお披露目する時が待ち遠しい」
「はぁん」
 耳を舐められる。もはや腰に力が入らない。
「アフロディースの世代に代わって、新世界三大美女と称えられるだろう」
「そんな…こと…ない……」
 迸るような熱に脳が痺れる。
 一人は、アルティガルド王ヴィルヘルム1世が他人にその姿を見せることさえ厭わしいとしたヴィヴィアン貴妃。一人は、オルレラン公国を滅びに導いた故ナバール男爵夫人ソフィア。そして、アフロディース・レヴィの三人を世界三大美女を呼ぶ。
「美顔、美乳、美くびれ、美尻、美脚の5拍子揃っている。メルローズの気品ある美と対照的な躍動的で健康的な美だ。垂涎の的となろう」
 汗を舐め取るように、首筋を舌が這う。そして、戦闘服のスラックス越しに、固い一物を感じる。
 脳裏でアフロディースとメルローズの美しい顔がぐるぐると渦巻く。華やかな後宮の女たちが、憧憬の眼差しで、または忸怩たる表情で跪く姿が浮かんだ時、頭の中が真っ白に爆ぜた。
「はぅおんっ、おおんっ、ほぉおんッ!」
 猛り狂う駿馬の嘶きのように声を張り上げる。そして、尻の割目を堅い塊に擦り付ける。
境界線のような布の感触が邪魔でしょうがない。
「いやぁ、いやあっ、はずれないよ~ぉ」
 軍服のパンツの釦を外そうとするが、焦りのせいで上手く指を動かせない。ついに、釦をむしり取った。そして、躊躇なく引き下ろすと、剥き出しになった白く丸い尻を突き出す。
「もお、もぉ、おかしくなっち……ゃう……」
 指先で秘唇を捲って開き、情熱的な吐息とともに懇願した。
「分かった。分かった」
 オーギュストは言葉を二度繰り返して、腰を打ちつける。
「ひぁん、イイッ!」
 入れられただけで、軽く達する。
 揺れる視界の中、マジックミラーに自分を慕う部下たちの日常の姿があった。
「……シルヴィ、カミーユ、ロクサンヌ、テレーズ、ミルフィーヌ……」
――ごめんなさい。貴方たちの隊長は変態なの……。でも、とっても気落ちイイのッ!
 ランは自ら尻を振って、マジックミラーの鏡面に爪を立てた。
「あおぉっ……、ひぃン!」
 防音設備だから聞こえる筈はないが、剣士の直感が反応したのだろう、一斉に少女たちがこちらを見る。
「ふぉっ! おおん、おおっ、おおぉオおン」
 短く呻き、一瞬女体を硬直させた後、総身をさざ波のように痙攣させる。
「イ……っひ」
 オーギュストは膝の裏に手を入れて、一気に持ち上げた。太い肉棒を飲み込んだ膣穴が、少女たちの架空の視線の先にある。
「ひっ……ぐぅぅ……う」
 快楽の電流に喉が唸る。そして、顔中の筋肉が弛み切った恍惚の表情を浮かべて、瞳をうっとりと濡らし、だらしなく開いた口からは涎を垂らしていた。
「ヒグぅうぅうぅうン!」
 蛙のように無様な格好でマジックミラーに張り付いて、喘ぎ声をうねらせながら、全身をおののかせて昇天する。
「達したか?」
「スぅ…ゴぉ…くぅ…イぃ…きぃ…ましゅちゃ……」
「よかったか?」
「さ、さいこ…こぉ……でえしゅ……」
 微かに笑い含んだオーギュストの声に、法楽の陶酔に溺れた声で答える。

 数日後、フェルゼンズィートの郊外にある白樺に囲まれた高原の小さな湖に、小さなボートが浮かんでいた。湖面を渡ってくる涼しげな風に、ゆっくりと流れている。
 オーギュストは、眩く煌めく木漏れ日に目を細めた。ボートの上に寝そべり、片方の足を水面に沈めている。
「ああ、いい風だ。涼しくて心地いい。ほら、口も使う」
「あ、はい」
 開いた足の間では、女が膝をつき、尻を高く掲げ、きゅっと背中を弓反りにしていた。そして、震える手で怒張の根元をそっと握っている。
「でも……」
 やり方が分からず戸惑っている。今までに無理やり口の中に押し込まれたことはあったが、きちんと奉仕したことはない。
「俺の女がフェラのやり方も知らんのか?」
「御免なさい」
「教えてやるから、すぐマスターしろ」
「はい、よろしくご指導ご鞭撻をお願いいたします」
 丁寧に頼む。
「まずは先っぽをね――」
 オーギュストは、口唇奉仕の説明しながら、足を水面から上げる。足首に結ばれた紐を引っ張るとワインボトルが浮かんできた。蓋を歯で取り、冷えた酒を口の中に流し込む。
「はい」
 オーギュストの指示に素直に頷くと、可憐な唇を肉棒の先に運び、舌先を徐に伸ばす。
 チロ……。
「ああ……」
 微かに先端が触れた。
「ううん……」
 鼻を鳴らして、チロチロと舌先を徐々に動かしていく。
 レロレロク……。
 恥ずかしそうに頬を朱に染めて、拳のような亀頭を舐め回す。次第に、油を塗ったようにキラキラと光り輝き出した。
「ん……んぅ」
 奉仕を始めると、不思議と恥ずかしさは消えて、行為に没頭していく。
 チュクチュ……。
 張り出した鰓の裏側に舌を這わせた。それから、太幹を上下になぞり続ける。
「ああ……ン」
 うっとりした顔で、甘い喘ぎ声をもらす。
 この頃になると、もう圧倒的な男の匂いにすっかり酔っている。
「ん……んむぅ」
 亀頭の上に顔を運び、大きく口を開いて丸呑みにする。そして、薄い唇でカリ首を浅く咥えて、ゆっくりと下へずらしていく。
「うぐぐぐ……ぐっ」
 肉塊が喉の奥をつく。堪らず、眉間に深いしわを寄せて、獣のような呻き声を淫靡に発した。
ジュチュ、チュっ……。
 そこから、唇を窄めて、頬を凹ませてゆっくりと引き抜いていく。

「まったく……」
 ランの背後で声がした。慌てて振り返ると三白眼のアンが立っている。
「貴女の妹分、感じ悪いわね……」
 低い声で呟く。
「そ、そう……」
 裏返りそうな声を抑えて、ランは必死に平静を装うとする。ボートの上で睦み合っている二人を見詰めながら、自分に置き換えて妄想していた。
「でも――」
 そんなランの様子に気付かずに、アンは苦い声で囀り続ける。
「うん?」
 ランは曖昧に相槌を打つ。
「陛下はフェラの後でキスするのは嫌いだから、あのまま放置されるわ」
 続けて口が「いい気味」と動いていたが、音にはならなかった。
「貴女に言ってもしょうがないわね」
 アンは口の端を上げて苦笑した。
 ランは、こんな綺麗な娘がこんな表情をするのだ、と内心で吃驚している。そして、もっと別の貌も見てみたい、と不埒な好奇心に魂が震える。
「ええ、そうなの?」
「ふん」
 アンは腕を組むと、一度鼻を鳴らした。
「それより――」
「ええ?」
 戸惑うランに、顎で白樺の林の向こうの道を指した。
「早くして、作戦開始よ」
「お、おお」
 疲れた馬が、男女二人を乗せてのろのろと進んでいた。

 日が暮れるのを待ってから、ヴォルフ・ルポは、フィネを乗せた馬を慎重に引いて、白樺の林の中の坂道を下りていく。
「占い屋さ~ん」
 その姿を見つけた時、両肩にずっしりと積み重なった疲れが一気に吹き飛んだ。そして、まるで子供のように陽気に呼びかけて、大きく手を振る。
「早かったわね」
 吊り橋の前で、アリーセが立っていた。占い師の神秘的な異国風の衣装ではなく、ハルテンベルク子爵家の紋章の入った軽鎧をまとっている。
「子爵夫人様――」
 フィネは、ヴォルフの手を借りて馬を下りると、アリーセの前で、足を揃えて綺麗に立った。
「はじめまして、フィネと申します」
 両手でスカートの裾を軽く持ち上げて、膝を折り、さらに、腰を曲げて頭を深々と下げて丁寧に挨拶した。
「ごきげんよう、歌姫」
 アリーセも、貴族風の優美な挨拶を返す。
 ヴォルフは、苦笑いして、二人の美女のやり取りを見た。そして、ことさら庶民的な口調で語りかける。
「兵隊が見えないようだが?」
「ここじゃ目に付きやすいから、こっちに来て」
「ああ」
「はい」
 そして、三人は湖上に架けられた吊り橋を渡る。先には小島がある。
 揺れる桟橋の上で、フィネは、ヴォルフに聞こえないように配慮しながら、アリーセに耳打ちした。
「口に歯磨き粉がついてますよ」
「ああ、ありがとう」
 慌てて指先で拭う。
「いえ……?」
 その仕草に、フィネは軽く違和感を抱く。
 小島は、土の部分よりも大木のゴツゴツした根の方が、面積が大きい。簡素な桟橋に数隻のボートが繋いであり、張り出した枝の下に、質素な小屋があった。
「こっちよ」
 アリーセは、甲冑をカチカチと鳴らして、跳ねて、木の根を超える。
「……っ」
 その際、アリーセのスカートが捲れた。
 ヴォルフは、一瞬で頭が沸騰した。下着の生地が見当たらず、二つの豊かな膨らみが丸見えだった。
――下着を着ていないのか……!
 慌てて視線を上に向けて、「立派な木だなぁ」と不自然に囁いた。
「どうしたの?」
 アリーセが振り返る。その額に、汗が一つ垂れ落ちている。
「さっきまで泳いでいたの」
 爽やかに微笑んで、聞かれる前に告げる。
「ああ、だから」
 ヴォルフは大袈裟に反応した。理屈が合っているかはこの際どうでもよかった。
「さあ来て」
「はい、暑いからですね」
「そうなのよ」
 フィネはぼんやりとした不安に立ち止まり、少し離れたヴォルフの背に語りかける。
「おかしくない?」
 兵がいない。雰囲気が変。それだけじゃないような気がした。
「何が?」
 まだ頭がふらふらしていた。さらに、気まずさもあり、フィネの顔を見ることもできない。素っ気なく答えて、フィネを残してアリーセに従っていく。
「よくこんな所知っていましたね?」
「ここ静かだから、別荘があったのよ」
「なるほどですね」
 二人の他愛のない会話を聞いて、その瞬間、フィネははっと気が付いた。確かに静かなのだ。
――もしかして……。
 素早く頭を振って確認すると、思った通り、湖に水鳥がいない。
――待って!
 と叫ぼうとしたが、いきなり背後から口を塞がれた。同時に、小屋の中から、木の上から、水の中から兵士が現れて、ぐるりと取り囲んでいく。
「どういう事だ?」
「……」
 ヴォルフはアリーセを睨んだが、枝の影に隠れて、その表情が全く見えない。
「フィネ!」
 血相を変えて、フィネの元へ向かおうとする。それに、アリーセは剣を抜いた。
「動かないで!」
「裏切ったな!」
 しかし、ヴォルフの動きも早い。素早く背中ら黒い砲を取り出すと、アリーセの顔へその先端を向ける。
「ひぃ!」
 その威力を知っているだけに、アリーセも蒼白となって伏せた。
「フィネ!!」
 ヴォルフは引き金を引かずに、フィネの元へ駆けた。フィネも背後から口を塞いだ者の手を噛んで逃げ出している。
「フィネ……」
「ヴォルフ……」
 互いの名を呼びあい、二人は包囲網の中央で抱き合う。
「だらしがない」
 その時、小屋の奥から、ため息交じりの声がした。
「お前たちは、こんな子供を捉えることもできないのか?」
 月明かりの下に、オーギュストが現れた。
「当たれぇ!」
 その圧倒的な存在感に、ヴォルフはその人物を確かめる間もなく引き金を引いている。
 バン!
 その破壊的な爆音に、兵士たちは一斉に身を屈めた。しかし、オーギュストは表情一つ変えずに立っている。
「この距離なら当たらんよ」
 白と黒のツートンカラーの丸い水銀の人形をジャグリングしながら、一歩一歩と近付く。
「この距離なら五分五分だが、俺の魔法の方が早いぞ、どうする?」
「はぁはぁ……」
 迫り来る死の予感に、ヴォルフの呼吸が荒く乱れていく。
「女を置いて、失せろ。命だけは助けてやる」
 勝利を確信した声で、冷淡に告げる。
「うるせえ!!」
 カッと逆上して、震える腕で筒を構える。
「ヴォルフ、落ち着いて!」
 その時、フィネが叫んだ。その声で、ヴォルフの暴走がぴたりと止まる。
「フィネ、頼む。歌ってくれ……」
「はい」
 はち切れんばかりの緊張感の中、必死の声で依頼する。それを受けて、フィネは本を取り出して、高く美しい声で歌い始めた。
「あ~ぁ♪」
 神秘的な歌声が、湖面の上の涼やかな空気を震わし、生命力にあふれた大木の葉々を振らし、満天の星空までも轟いて、星々をそのリズムに合わせて煌めかせる。
「これはっ」
 オーギュストの表情が変わった。
 追いつめられたヴォルフの血走った目が、青い宝石のように静まっている。そして、殺気を緑色に輝く炎に変えて、至高の域まで集中力を高めている。
――この歌は、精神に作用する支援魔法。……だけではない?
 オーギュストが支配していたこの場の精霊たちが、歌声に聞きほれて支配を離れてしまった。遅ればせながら『拙い』と判断し、全身に緊張を漲らせる。
 バーン!
 ヴォルフが引き金を引く。無数の火花が顔の前で飛び、黒い煙が四方に拡散する。
 オーギュストも、ジャグリングしていた水銀の人形を投げる。
 黒い筒を飛び出た弾丸は、空気の壁を突き破って波紋を描きなら突き進む。
 ドン!
 水銀の人形と正面からぶつかり、重い液体の金属を弾き、四方八方に跡形もなく吹き飛ばす。
 パーン!
 すぐに二つ目の人形と当る。凹型に押し込み、ついにはドーナツ状に突き破った。
 ポトン!
 三つ目の表面を侵し、波立たせ、球形を乱すが、水銀の張力に捉まり、そして、復元力によって球体内部に包みこまれて、ついにその凶暴な突進を終えた。
「ああ!」
 一方、死の因果の発信元であるヴォルフは、水銀の破片が顔に突き刺さって、激痛に蹲ってしまっている。
「痛い、痛いッ、フィネ、ふぃね……」
「大丈夫、ヴォルフ!」
 慌てて、フィネが駆け寄る。
「危ない、危ない――」
 オーギュストが大きく息を吐いた。
「いいコンボだった。条件がもう少し整っていれば俺をも倒せたかもし――止せ!」
「ッ!」
 涙を振り払って、フィネが黒い筒を持つ。オーギュストは慌てて手を伸ばして制したが間に合わなかった。
 フィネの前で、ボン、と大きな音がして、その華奢な身体が後方へ弾き飛ばされた。
「……ちぃ」
 先端の口を四つ目の水銀の人形が塞いでいて、暴発したのだ。遠くから眺めても、フィネとヴォルフが絶命しているのが分かる。
 オーギュストは、舌打ちをして、踵で地面を蹴った。
「勿体無いことをした……」
 目を閉じて苦々しく呟くと、アリーセを見遣る。
「この男の首はお前にやる」
「はい」
「旧主の仇を討ったアルティガルド随一の忠臣として、再び、救国軍の旗を掲げよ」
「御意」
 アリーセは恭しく跪いた。
「陛下の有難き御配慮、身に余る光栄にございます。身命を賭して、御心に添い奉り、アルティガルド全土に、陛下のご威光を知らしめてご覧に入れます」
 オーギュストは、アリーセの言葉に特に感じるものもなく、「おお」と大きく頷いて吊り橋へ歩き出した。
「女神エリースの加護があらんことを……」
 アリーセは立ち上がり、ヴォルフとフィネの傍らに寄り、真摯に祈りを捧げた。
「そんな顔で見ないでくれよ。誰も運命には逆らえないのだから」
 さっぱりした表情で囁く。
「……ない!」
 それから、銃と歌の本がなくなっていることに気付いて、驚きの声を上げた。



【アルティガルド側登場人物】
●ヴォルフ・ルポ
〔金髪のウルフヘアー。新宮殿建設の作業員だった。『鉄砲』を持つ〕
●キョーコ・キザシ
〔ワ国人女性。サリスのスパイ〕
●フィネ・ソルータ
〔歌姫。『シヴァの歌集』を持つ〕
●ヴェロニカ・ロジーナ・フォン・ベルタ
〔ビルフィンガー建設の主任。革命家〕
●ロマン・ベルント・フォン・プラッツ
〔建築家。組織のリーダー〕
●アリーセ・アーケ・フォン・ハルテンベルク
〔名門子爵家の生き残り。母方は王室。伝説の武器を求めている〕

◎エドガー・ワッツ
〔ジークフリードの要請を断り、獄死〕
◎ヘルミーネ・ザマー
〔准将、ジークフリードの腹心〕
◎ゴットフリート・ブルムベア
〔中将、ジークフリードの腹心。ハルテンベルク子爵家討伐の司令官〕
◎ルートガー・ナースホルン
〔少将、ジークフリードの腹心。ハルテンベルク子爵家討伐の副司令官〕



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Date:2014/04/01
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Thema:18禁・官能小説
Janre:アダルト

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