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第74章 百尺竿頭

第74章 百尺竿頭


【神聖紀1235年8月初旬】
 ヒューゲルランド州――
 ソルトハーゲン要塞の開城により、カイマルク方面の国境地域は、サリス軍の支配下に収まった。
 関所や役所にはサリスの国旗が翻り、宿場にはサリス兵が溢れ、街道には小荷駄が忙しなく行き交い、そして、村々の辻には憲兵が厳めしく睨みを利かせている。
 山々から聞こえているタガの外れた蝉の鳴き声さえも、そのけたたましい号令と統制された足音で打ち消されている。
「休むな、進め!」
「ふう……」
 急峻な坂に兵士たちの足が止まってしまう。石畳の道幅は約3mで、500mほどを一気に昇っている。
 遅れる行軍に、刻々と高くなる太陽。昼前と言うのに、容赦ない日差しが軍帽を焼き、石畳に照り返して帽子の内側も蒸す。将兵たちは、顔中にびっしょりと汗をかき、顎先から大粒の玉を滴り落としている。
「もう一息だ」
 オーギュストが愛馬の首をさすって励ます。愛馬は大きく嘶き、熱い息を長く吐いて、重い脚を前へ進めた。
「おお」
 ふいに見飽きた石肌が消えて、視界に、燃え盛る炎のように、雄々しく生い茂る大木が入ってきた。峠の頂に立つ、この大木こそが州境を表している。
「やれやれ、ようやくヒューゲルランド州か」
 枝の下の濃い影の中で、オーギュストは兜を脱いで、タオルで顔と首を拭った。
 小高い峠からは、豊富な水量を誇り、青々としたフリーズ大河がよく見渡せた。
 対岸を、黒い竹林が物々しく蠢いている。フリーズ大河の北岸を侵攻している【パーシヴァル・ロックハート】の一部隊である。さらに、視線を上流に動かせば、入江に築かれた三基の船渠(ドック)で、【アポロニア・フォン・カーン】の指揮の元、双胴船の工作艦が整備を行っているのが見えた。
「さて――」
 オーギュストは、水筒をあおった。
「ヒューゲルランド州は、多少は涼しいといいが……」
 口を腕で拭いながら、苦々しく顔を顰めた。

 ヒューゲルランド州は、アルティガルド南西に位置する。北に『フリーズ大河』を臨み、西に『セブリ山脈』を仰ぎ、南に『モンベルの森』を抱えている。州内はほぼ全域が丘陵地帯で、際立って高い山はないかわりに、凸凹と起伏に富んだ地形をしている。多数の尾根と谷がうねり、干上がった池の跡が窪地となりあちこちに点在している。その里ごとに小領主がおり、尾根ごとに小さいながらも堅牢な城を構えている。
 その一人に、【フリッシュ男爵】がいる。
 上帝軍幕僚筆頭【ベアトリックス・シャルロッテ・フォン・バイエルライン】の実父であり、その居城【モントズィヘル城】は彼女の故郷である。
 大河の流れの変化で取り残された三日月湖を中心に豊潤な農地が広がり、かつ、三日月湖を運河として利用し、交易で大きな富を築いている。
 フリッシュ男爵は、侵攻するサリス軍に呼応して、旗幟を鮮明にした。直ちに城を出て、州境の砦を攻略すると、そこへサリス軍の先遣部隊(500)を導き入れた。
 州牧【キルヒホフ男爵】は、すぐにそれぞれの城に対して、二つの“対の城”を建設して対抗した。
 彼は色白で気品に満ちた顔と体つきをしているが、士官学校出身であり、軍事に長けている。また、代々州牧を務める名門として、周囲からの人望もあつい。
 キルヒホフ男爵の対応の早さに、フリッシュ男爵は、居城モントズィヘル城に籠城すると、サリス軍に救援を要請した。
 この要請に応じて、オーギュストは自ら直属軍を率いて、フリーズ大河南岸地域へ乗り出した。

 昼過ぎ、先遣隊が予め用意していた滝の傍の館に野営する。滝の高さは60mあり、七段からなる巨石を段々に流れ落ちることから【七滝】と名づけられている。
「暑いッ! 暑いッ! 暑いッ!」
 オーギュストは無意味に喚きながら、服を脱ぎ散らして、用意されていた部屋に入るとパンツ一枚で寝転がってしまった。
「眠ってしまわれたと……?」
 主任参謀の【ヤン・ドレイクハーブン】は、秘書官の前で、途方に暮れている。
 前線からの連絡とアルテブルグの変化など、報告しなければならないことが多々あるのだが……。
「だが、しかし……」
 未練たっぷりに秘書の肩ごしに奥の方を見遣ると、無情にも黒光りする鉄の扉は固く閉ざされている。
「お起きになられるまで、そちらでお待ちください」
「はぁ……」
 機械的な声に促されて、渋々とヤンは振り返る。
 奥に会議用の長いテーブルとホワイトボードがあり、親衛隊が警備などの打ち合わせを非効率的に行っている。その手前には長椅子が並んでいて、謁見を待つ人々が、緊張した面持ちで、ぶつぶつと文言を繰り返し練習しながら待っている。
 秘書の手が指していたのは、左の壁側に設けられている個室である。滝を一望でき、柔らかそうなソファーが置かれている。
「じゃ、いの一番に知らせてくださいね」
「畏まりました。コーヒーをどうぞ」
「あ、ありがとう」
 秘書が事務的に頭を下げると、秘書室の隣のカフェカウンターからコーヒーを受け取り個室に向かった。
「ふう……」
 疲れたため息を落とす。

 大きく枝を張った大木を天幕で囲み、枝にバケツを吊り下げる。そのバケツの底に刺さったナイフを抜くと、水が勢いよく噴き零れ出た。
「ひあぁ!」
 【ラン・ローラ・ベル】は冷水を熱く火照った肌に浴びて、思わず悲鳴を上げて飛び跳ねてしまった。滝の水は、予想以上に冷たく、他の女性士官たちも同様の声を上げている。
「はぁ~あ、お湯が使いたい……」
 愚痴を零しながら、脇や胸の谷間、そして、股間など匂いが残りそうなところを手早く洗う。
 それから、乗馬服の軍服から、涼しい薄手の白いシャツと黒いタイトスカートに着替える。新調された平時用の夏の制服である。それでも、動きやすさを重視して、両サイドに深いスリットが入っている。
 女性士官専用の屯所になっている礼拝所に向かい、入り口でクラッカーを数枚貰う。扉を開くと、女神像の前に、【アン・ツェーイ】が濡れ髪から微かに湯気を昇らせて一人座っている。
「あ~ら、顧問様ともあろうお方が、どうしてこんな下々が集う穢れた場所に居らっしゃるのかしら?」
 尻を大きく左右に振って(モンローウォークのような感じ)歩き、ランが刺々しい声で話かける。
 しかし、さすがに礼拝堂を穢れた場所と言ったのは拙く、他の女性士官たちがランをじっと睨んでいる。
「……」
 チクチクと視線の針に突かれて、内心しくじったと悔みながらも、戦いの火蓋を切った以上、最早後には引けない。
「キッ……!」
さあ、とばかりに、きつくアンを睨みつけた。
「……」
 然るに、アンは一瞥もしない。ただテーブルの上にずらりと並んだお菓子を貪るように食べている。
 マンゴーのチーズタルト、夏のフルーツケーキ、マカロン、スコーン、マドレーヌ……などなど。
 それらを手掴みで口の中に放り込み、むしゃむしゃと飲み物の如く呑み込む。
「ッ……!」
 漂う甘く蕩ける香に、ランは、たまらず生唾を飲み込んでしまった。
 その喉の音が聞こえたのか、アンが顔を上げる。そして、徐に、口の周りの甘い蜜をペロリと舐め取る。
「何?」
 無機質な物体を見るような瞳をして、生気のない声で問う。
「だ、か、ら、顧問様の居場所は総司令部でしょ?」
 力強く一歩前に歩見出し、腕組みして斜に構えて、ランも怯まず答えた。
「別に関係ないでしょ……」
 対してアンは、ランなど眼中にないと言わんばかりに視線を外し、覇気のない声で呟きながら、食べかけてのケーキを残して立ち上がった。
「よかったら、食べて」
「結構よ――」
 反射的に拒絶したが、胃がちくちくと痛いほど烈しく苦情を申し立ててくる。それでも、鉄の仮面で感情を隠して、冷淡な微笑みを浮かべてみせた。
「ぼく達には、このクラッカーがあるので」
「そう」
 アンは一度髪を払って、そのまま振り返らずに歩き去った。
――澄ましやがって、おのれぇ!
 その姿が扉の向うに消えると、ランは手の中のクラッカーを握りつぶした。
――甘いお菓子が、自分だけの特権だと思うなよ!
 耳まで裂いた口から鋭い牙を覗かせる。――私だって、私だって!
 心に忍ばせた憎悪がはち切れんばかりに膨らんでいく。
「申し上げます」
 そこへ、新兵の部下が駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
 部下の声に、ランは盛大に首を振って向き直す。遠心力を利用して髪で一旦顔を隠し、再び現した時には、涼風のように爽やかな笑顔となっている。そして、鈴のように澄んだ声で応じてみせる。
「はっ――」
 新兵は、何も察せず、恭しく敬礼する。
「近隣の村人たちが、暑気払いにと酒樽と肴を持参いたしました。如何取り扱いましょう」
「ふーん、殊勝じゃない」
 ランは、大きく鼻を鳴らした。

 総司令部に入ると、ランは、個室で滝を眺めながらのんびりとコーヒーを飲むヤンを見つける。
「ちょっと待って」
 謁見申請用の書類とペンを手渡そうとする秘書官を手で制して、ヤンの元へ向かう。
「参謀なんて偉そうにしているわりに暇そうね」
 いきなり、皮肉たっぷりに声をかける。
「やあ、君も仕事を部下にまかせっきりでいいのかい?」
 一度顔を横に動かして、目で会議室を指した。
「いいのよ。あいつ等は会議が趣味なんだから」
 ランは、そう悪ぶれもなく言い放ち、髪の毛をさらりと後ろに払う。
「……?」
 その時、その仕草に妙に女っぽさを感じて、ヤンは細やかな違和感を抱く。
「それで、それ何?」
 そんなヤンの機微に全く気付かず、ランは、テーブルの上に積み上げられた書類の山を顎で指す。
「ああ、前線からの連絡とか」
「ピンチなの?」
「いや、早朝の戦いで、うちの先遣部隊が“対の城”を攻略したし、フリッシュ男爵が敵の先陣と思われる部隊を撃退した。そろそろ首も届く」
「いいんじゃない?」
「うん、近くはね。でも、遠くは色々ごちゃごちゃしているよ」
 丸秘と書かれた書類をヤンは手に取る。パラパラとページを捲ると、アルテブルグの情勢がびっしりと書かれている。

 アルテブルグを制して、アルティガルド王を自称した【ヴォルフ・ルポ】は、ソルトハーゲン要塞司令官【ルートガー・ナースホルン】の強襲を受けて敗走、後に山中にて恋人【フィネ・ソルータ】とともに自害した。
 しかし、ルートガーは、祝勝会にて、盟友である【ジークフリード・フォン・キュンメル】と【ヘルミーネ・ザマー】の二人に毒殺された。
 これで再びジークフリードの権力が復活するかと思われたが、だがしかし、ロイド州から帰還した精鋭軍の将兵は、そんな彼らに愛想を尽かして、次々に翻意していく。

「ふーん」
 ランは、ひと唸りして、コーヒーを飲み干す。話はまだ続いたのだが、その唸り声でヤンはランが飽きているのを察した。気を利かせて、話題を転じる。
「それで君の方は?」
「ああ、部下がその辺の農民から酒を貰ったから、その報告に来た」
「酒?」
「そう酒樽を幾つも。肴もたっぷり」
 途端にヤンの顔色が変わった。
「すぐに陛下に進言しなければ!」
 大きな声を出して立ち上がったが、鉄の扉を見遣って、悔しげに舌打ちをする。
「ぼくが何とかしてあげるよ」
「え?」
 ランは軽やかにウィンクする。
「実は、ぼく、女なんだ」

 男子禁制のオーギュストの私的空間に、女性の親衛隊隊員と秘書官は入れることが許されている。
 鉄の扉を越えると、暗く狭い廊下が続く。
 その突当りは、遥か彼方で、小さな光を放っている。一見して今日中に辿り着けそうにない。
 廊下に“呪”がかかっている。
 特殊なカードを持っていなければ、あの小さな光を目指して、永遠に、この闇の中をただ真っ直ぐに歩き続けることになる。
「これは要らないッと」
 ランは秘書官から渡されたゴールドカードを胸ポケットに仕舞うとキラキラと輝くプラチナカードを首にかける。
途端に、左手に『謁見用の広間』とその『控えの間』と『護衛の待機室』、右手に『寝室』と『書斎』、奥に『水回り』が現れた。
「失礼しまぁ~す」
 ランが間延びした声を発しながら書斎に入る。窓のない厚い壁に囲まれた部屋は、水を打ったように静まり返って、誰一人いないように感じられた。
「だれもいませんか~ぁ?」
 わざとらしく誰何する。
 一面に足首まで沈み込むワインレッドのカーペットが敷かれている。大きな机には、ドンペリなどの高級酒と分厚い魔導書が置かれていた。
「エリートぶってやる参謀君が、至急進言したいことがあるそうで~す」
 泥棒猫のように、ゆっくりと歩を進めると、奥の寝室にベッドが垣間見える。
「寝てますか?」
 探るように問いかけると、その時、そのベッドから光る小さな物体が投げられた。
「コイン?」
 一瞬背筋が凍るが、絨毯の上に散らばっているのはただの金貨である。
「ふんっ、こんな格好させて、男ってホント、バカよね」
 ランは眉を寄せて苦笑すると、悪戯っぽく舌を出す。そして、躊躇いなくスカートをたくし上げて、引き締まった脚を顕にした。
 それから徐に屈んで、両手を絨毯の上に着いた。パンパンに張ったタイトスカートの尻を掲げ、背筋をぐっと猫のように反らし、さらに顔をぐっと落とす。まさに獣のような姿勢である。
「あぐぅ」
 変に作った声を出して、絨毯に半ば埋もれた金貨を口で咥える。
 それから、四つ這いのまま尻を左右に振りながら、次の、その次の金貨を咥えて、徐々に寝室のベッドの方へと近付いて行く。
「お利口さんなワンコだ」
「うわ、うばん……」
 口いっぱいに頬張って、何やら呻く。そして、ベッドの傍らに到着すると、ぺたりと腰を落として坐り、両掌にたくさんの金貨を吐き出した。
「大金持ちだな」
 オーギュストは、ベッドに横臥して、上機嫌に片目を細める。
「あたしはこんなに安くありません」
「じゃ何が欲しい?」
「お腹いっぱいのケーキ」
「もう少しの辛抱だ」
 得意そうに胸を張るランの頭を、オーギュストは優しく撫でてやる。
「ふふ」
 ランは、満悦そうに瞳を閉じ、頬を朱に染めてはにかんだ。
 その時、ふいにオーギュストの髪の毛を摘まんだ指が止まる。
「シャワーを浴びたのか?」
「うん」
 子犬のように頷く。
「そのままの方がよかったのに」
 オーギュストの指が、髪をすき、耳をそっと触り、頬から顎へとふわりと流れるようになぞる。
「男ってホント、バカよね……」
 目尻を微かに火照らせ、湿り気のある声で囁く。
「もう一度汗だくにしてやろうか?」
「うん」
 弾むように頷く。
 脳裏に、薄暗い密室の中、熱帯夜に汗だくになりながら睦み合う二人を思い浮かべている。それだけで、軽く恍惚の感情が昂ぶる。
 両手をベッドの端について、身を乗り出しかけた時に、不意にオーギュストが視線を外して書斎や浴室の扉を見た。
「あ、今、別の女のことを考えたでしょう?」
「誰もいないなぁと思って」
「仕事でしょ」
 吐き捨てるように言った。その時偶然、頭の片隅にあった、頼まれ事を辛うじて思い出すことができた。
「そう言えば、お酒が届いた」
「誰から?」
「さぁ、その辺のおっさん」
「そうか」
 こんないい加減な報告でも、オーギュストは納得したように頷く。そして、白いシーツをはねのけて起き上がると、中腰状態のランの背後に素早く回り込んだ。
「え? いきなりバック?」
「時間がない。敵が攻めてくる」
「て、敵襲?」
 あわてて、顔をくるりと回す。
「大丈夫、ここに居るのは歴戦の精鋭ばかりだ。全員気付いている」
 オーギュストは口の端を上げる。そして、タイトスカートの生地を捲り、その薄い尻を丸く撫でた。
「あ、あ~ン」
「なんだもう濡れているじゃないか?」
 シルクの白いショーツの染みを指先で衝く。
「ふふ、そんなわけないでしょ。ちゃんと拭いたもん」
「シャワーの後の拭き忘れにしては、真水じゃないな?」
「ふふ、じゃ何で、でしょう。名探偵さん?」
 あっさりと観念して自白する。
「そんなによちよち歩きが感じるのか?」
「さあ、どうでしょう」
 ランは首を捻って後ろを向く。
 その半開きの唇を、オーギュストは噛み付くようにキスをして、舌を激しく絡ませて、ずるずると音を立てて吸い上げた。


 激しい夕立が小一時間ほど続いた。
 ヒューゲルランド州独特の凸凹とした地形を利用して、丘の影に姿を潜め、窪地を縫うように、キルヒホフ男爵が率いる小領主連合軍が駆け抜けていく。
「はっ!」
 キルヒホフ男爵は、愛馬の腹を鐙で蹴って、一気に間道の坂を登った。乗馬服はずっくりと濡れて、重く吊り下がっている。
「止まれ!」
 手綱を引いて、愛馬を棹立ちにした。
「……どうだ?」
 水の滴る兜を荒い息とともに揺らし、濡れた顔を手袋で拭う。目を張り裂けんばかりに見開いて、丘の下、盆地の底を見遣った。否応なしに緊張が高まり、思わず上擦った声をもらしていた。
「取った! 我々の勝ちだ!」
薄れていく雨霧の向こうに、七滝のサリス軍野営地が見えた。堪らず、雄叫びを上げていた。
「ヒューゲルランドの騎士たちよ。狙うは大将首。他の者には目もくれるな。吶喊せよ!!」
 キルヒホフ男爵の左右には、付き従うヒューゲルランド州の騎士たちが並ぶ。彼らに熱く語りかけて、愛馬に鞭を入れた。
「うおおおお!」
裂帛の気合とともに、騎兵が雪崩の如く坂を駆け下り、その後に、歩兵も続く。
 湿った空気が顔を叩き、体に纏った雨粒が後方へと飛び去って行く。疾走感が、血を滾らせ、戦いの匂いに頭も酒を浴びたように痺れていく。
 不意に浮き上がるような感覚があり、視界が水平となった。前方には、無防備な敵本陣が、もう手の届くところに見えてくる。
「槍先に偽皇帝の冠を引っ掛けてやれ!」
 愛馬の尻に最後の一撃を与えると、鞭を捨てて、戦闘態勢を整える。
 その時不意に、銀色の光が一閃キルヒホフ男爵の目の端を掠める。
「な、何?」
 目を顰めて細くなった視界に、右の尾根の影から、シールドを並べて黒い槍を翳した集団が滑るように現れた。
「迂回しろ」
 無駄な戦闘を避けるべく、左へ、軍勢の舵を切る。
「えーい、ここはなんと狭いのだ」
 先頭を駆け、敵側面へ回り込むように巧みに軍勢を導いたが、予想以上に敵守備陣の幅があった。眼前に左の丘が迫っている。進路に無理があり、陣形も乱れてしまった。しかし、止まる訳にはいかない。脚を止めた騎兵は、敵の良い標的になる。
「是非もなし――」
 やむを得なかった。剣を翳して、全騎兵に集結を促す。
「このまま中央突破を図る。全騎士よ、名誉の限り突撃せよ!」
「おお!」
 キルヒホフ男爵の剣が振り下ろされると、騎士たちが、一丸となって銀色の壁へ突進する。
 一方、命じたキルヒホフ男爵は、愛馬を急停止させた。両脇を最後尾の騎士が駆け抜けていく。
「命を惜しむな。名こそ惜しめ!」
 その背に、激しく檄を飛ばす。
 敵歩兵の壁に、騎兵が錐の如く激突する。雨に濡れた大地に、鋼の匂いが撒き散らされた。
 一方、サリス軍は突破されぬように、歩兵がぎゅっと密集し、厚みを増した。当然、幅が縮まる。
「敵の側面を迂回する。我に続け」
 やや遅れて到着した歩兵部隊に振り返り、キルヒホフ男爵は新たな命令を与える。
「おお」
 手柄の予感に、歩兵たちが湧き立った。
 一方で、大将であるキルヒホフ男爵の頭には不安が過っていた。
――思惑通りであり、この一手のように思える。しかし、一度踏み込めば、もう後戻りはできない……。
 激しく頭を振った。
――事ここに至って、今さら弱気などあり得ない!
「進め、進め、勝利は目の前ぞ!」
 自らも鼓舞するように叫んだ。
 敵歩兵の側面を掠める瞬間、再び、敵本陣をその視界に捉える。緊張は極限まで高まり、口から心臓が飛び出すようだった。
「なっ!?」
 だが、今度は左の尾根から新たな敵歩兵の壁が出現した。
「押せ!」
 狂気に似た感情で、頭が揺らぐ。
「敵の数、決して多くないぞ!」
 突き破れば勝ちである。しかし、自身は敵中のまん真ん中にいる。ひしひしと死の恐怖と一族滅亡の不安が戦意の裏側に忍び寄る。
「騎士たちはまだか?」
 一度、確認のために振り返る。黒い槍の林が右往左往と揺れている。騎士たちは乱戦状態のようだが、まだまだサリス軍の戦列は厚い。
 その時、真新しい鬨の声が轟き、騎馬の足音に大地が震えた。
 サリス軍の騎兵が右側面から襲ってくる。
「真ん前と真横……」
 まさに、十字砲火である。
 手元には迎え撃つべき騎兵は一騎もなく、返り討ちにするべき長槍兵もいない。
「もはやこれまでか……」
 絶体絶命である。完璧な敗北感に、鎧に包まれた体が鉛のように重くなっていく。
「逃げろ!」
 言うより早く、武器を捨てて、駆け出していた。

 時を僅かに遡る。
「敵の指揮官は、紋章から十中八九、キルヒホフ男爵でしょう」
「ああ」
 ベアトリックスの言葉に、オーギュストが低く頷く。
「結構。一番厄介な輩が、のこのこ出てきてくれた」
「はい、他にも主だった騎士は、顔をそろえているようです」
 オーギュストは立ち上がった
「騎兵は予定通りS字型に進撃して、敵を側面から蹴散らせ。歩兵の予備兵力も出せ。乱れた敵を押し潰せ。敵の騎士等を一網打尽にせよ」
「御意」
 オーギュストの命令が、直ちに伝令によって伝えられる。
「斉射三連!」
 第2陣を指揮する【コンラート・ウラキ】将軍が命じる。
 一斉に天へ向けて矢が放たれた。空気を切り裂く無数の音が周囲の山々に反響して幾重にも鳴り渡る。
 大鳥の影のような黒い塊が、味方の兵の頭上を飛び越えて、眼前の敵兵に舞い降りていく。
 突進してくる敵兵が、意表を突かれて、隊列を乱した。それでも勇敢な戦士たちは前進を止めない。
「おりゃおりゃ!」
 隙間なく並んだシールドに肉薄して剣や槍で力任せに叩く。鉄と鉄のぶつかる甲高い音が鳴り響き、激しい火花が散る。
「……ううっ」
 その圧力に、堪らず、シールドの壁が半歩後退する。
「槍、構え!」
 その時、ウラキの精悍な声が飛び、シールドの壁の裏側に槍衾が形成された。
「衝け!」
 一斉槍が突き出されて、敵の先頭集団が血に染まる。
「跳ね返せ!」
 そして、怯んだ敵兵をシールドの壁が押し戻す。
 思わぬ強い反撃によって、攻め手は棒立ちになった。
 その時、その側面へ、【エステバン・イケル・デ・ハポン】将軍の騎兵が攻撃を開始した。
「各々、手柄を上げよ」
 まず馬上から矢を放ち、間合いが詰まって来ると、弓を槍に持ち替えて、高い位置から突き刺し、さらに、騎馬で蹴り踏み倒す。
 蹂躙!
 まさにその言葉に相応しい戦果を次々に上げていく。
「おお、あれこそ男爵ぞ! 打ち取って手柄とせよ!」
 敵の司令官が、一騎で逃げ出した。
「敗残兵に目をくれるな!」
 執拗に追撃する。
「このまま【ウーゴ・ド・ベアール】将軍の第一陣(重装歩兵)の横を迂回して、敵騎兵を包囲殲滅する。続け!」
「おお!」
 騎兵は、敵の進路を逆に、S字に進路を取り、最初に突撃を敢行した敵騎兵へ襲いかかっていく。

 無防備な脇腹を突かれて、ヒューゲルランド州の騎士たちは混乱状態となった。それまで優位に戦いっていただけに、反動も大きい。
「怯むな。陣形を再編しろ」
 必死に年長の騎士が叱咤激励を繰り返す。
「持ち場を死守しろ。男爵が敵本陣に飛び込むまで持ちこたえろ――あ???」
 しかし、その視線の端に、逃げる大将の姿を捉えた。
「男爵、お待ちを……」
 ぼろぼろと騎士たちは戦意を喪失して、戦線を離脱し始めた。
 戦いは決した。

 オーギュストは、敗走するヒューゲルランド連合軍を平行追撃して、キルヒホフ男爵の本拠地に迫った。
 堅牢な山城である。周囲を沼に囲まれた台地の上にあり、複数の郭を段々に配してあった。
 しかし、如何に工夫を凝らした防御設備も、逃げ込む兵のために城門さえ閉ざすことができない。忽ち、サリス兵が三郭を占拠、さらに勢いに乗って二郭も奪う。
 一段と高い一郭に籠城したキルヒホフ男爵だったが、従う兵は100人足らずに減っていた。
「士官学校を出て、尉官として軍務に携わっていた頃は、比較的有能であったろう。今、不遜にも州牧の地位を与えられながら、一切の功もなく、部下達への責任もはたせなかった。ただ一つできることがあるとすれば、この命尽きるまで、アルティガルドの武人として生き、そして、死んでいく事のみ」
 キルヒホフは、こう叫ぶと、火の粉の舞う塔の中で、一人でも多く道連れにしようと戦い続けた。
「お前まで逝ったかァ……」
 だが、時間とともに従う兵も一人減り、二人減り、最後には5人だけとなった。さらに、キルヒホフ自身も、足に矢を受けて、動く事すら儘ならなくなった。
 キルヒホフは塔の最上階に登ると、そこを最後の場所と決める。
「生きてはアルティガルド王国の臣。死してはアルティガルド王国の鬼となろう」
 そして、取り囲むサリス軍の目の前で、剣を咥えて塔から飛び降りた。
 一夜明けて、キルヒホフ城が炎上し落城したことが知れ渡り、他の諸領主たちは、続々とモントズィヘル城に出頭して降伏した。
 こうして、サリス軍は、ヒューゲルランド州を制圧した。


【8月中旬】
 メーベルワーゲン城――
 進軍を続けるオーギュストは、【ホークブルグ街道】に至り、かつて反王国運動(メーベルワーゲン大会)の狼煙の上がった地【メーベルワーゲン城】で、サイア方面軍の【アレックス・フェリペ・デ・オルテガ】、【クラウス・フォン・アウツシュタイン】両将軍との合流を果たした。
 天空にそそり立つ入道雲が赤々と燃えるように染まっている。太陽が沈みゆく西の空は、黄金色に光り輝き、逆に、東の空は薄い紫色に霞んでいく。
 足下には凹凸とした城下町の屋根が黒く翳り、街を貫く運河が、空を映して鮮やかな彩りで浮かび上がっている。比べれば、零れる町の灯はあまりにも貧弱に揺れていた。
 サイアから運ばれてきた物資は、ここで水運に積み替えられる。古くから、交易上の中継都市として、栄えてきた。城は、街道沿いの岩山の上のあり、9層の主塔を東西南北4つの塔で囲み、それらを城館で繋いでいる。
 オーギュストは、一郭の御殿で、両将軍と夕食をとる。
 赤ワインで緒戦の勝利を祝って乾杯し、ガーリックトースト、くるみのパンを摘まんだ。
 そして、夏野菜のラタトゥユとグリーンアスパラのクリームスープを軽く食し、それからメインの牛フィレ肉とフォアグラのステーキと牛ほほ肉の赤ワイン煮込みを堪能し、デザートにキウイのピューレかかったヨーグルトムースを、そして、最後にハーブティーを頂いた。
「要塞の降伏に反発して逃走した軍勢、ヒューゲルランド州から落ち延びた軍勢、さらに、フリーズ大河南岸の諸領主が【フリート】の街に集結しております」
 アウツシュタインが告げる。
 フリートとは、アルティガルド王国中央部の中心都市ヴァンフリートの南岸の街のことである。
 オーギュストは、ティーカップを置きながら満足げに頷く。
「予定通りだ」
「はい――」
 アレックスが大きく頷く。
「あとは、ロックハート将軍が北岸をアルテブルグまで侵攻すれば、この戦争も終わりです」
「そうだな」
 言った方も、聞いた方にも、言葉の中に熱がない。それほど単純に運ばないことは分かり切っている。どんな反撃の手が生み出されるか、不謹慎ながらも、興味深く待っている状態である。
「そう言えば、歌姫の【フィネ・ソルータ】が死んだとか?」
 アウツシュタインが問う。
「ああ、惜しいことをした」
 オーギュストが地団駄を踏まんばかりに心底悔しがる。
「それは勿体無い」
 アウツシュタインも掌中の玉を失ったように落胆した。
「しかし、敵国の女には、くれぐれも注意して頂かねばなりませんぞ。アルテブルグを奪還した【ルートガー・ナースホルン】は、女に殺されたと言うではありませんか」
 不快感をあらわして、アレックスが釘をさす。

 古来より、『歴史は稀にそれに相応しくない者に運命を握らせる』という。
 ソルトハーゲン要塞司令官だったルートガーは、サリス軍と和睦後、アルテブルグへ強行して、叛乱軍を一掃した。
 もしアルティガルド王国が存命できるのなら、彼こそが、勲功第一となる筈だったろう。
 しかし、実力以上の功績に、彼はすっかり舞い上がってしまった。
 フリーズ大河河口付近にいた【ジークフリード・フォン・キュンメル】とロイド州に遠征から帰還した【ヘルミーネ・ザマー】が帰還してくると、彼は何の警戒もなく温かく迎え入れた。
「だからな、俺はこう言ってやったんだ」
 ぐっと酒を煽る。
「『ディーン、俺と組め』ってね」
「さすがですな、将軍」
「将軍は止せ」
「え?」
「英雄と呼べ」
「さあ、豪傑様、もう一杯」
 そして、連日、祝宴を催すと、自身の手柄話を延々と繰り返し話し聞かせた。自身の保身どころか、権力基盤の確保などにも、全く気にも留めていなかった。
 その席上で、ジークフリード閥の盟友であるヘルミーネ・ザマーによって、毒を盛られて殺されてしまう。今度は彼女が歴史の運命を握った……筈だった。
 しかし、この祖国の未曾有危機の中で、尚もコップの中で権力争いを続けるジークフリードとその一派に対して、軍人たちが、ほとほと嫌気がさしてしまった。
 宮廷内でクーデターが起こり、ジークフリード・フォン・キュンメルは、宮廷の『宝』を抱えてエリース湖上へ逃走した。

「分かっている。私利私欲で始めた戦争だ。ならばこそ――」
 思わずオーギュストは苦笑してしまう。
「ならばこそ勝たねば、世界中の物笑いとなろう。両名のさらなる健闘に期待する」
「御意!」
 両将軍が踵を鳴らして、勇ましく敬礼する。武人として、最も高揚する瞬間であろう。勝利の暁には必ずこの場面が絵画のモチーフになることだろう、と酔い掛けた瞬間、子供が言い訳するように小さくて早い口調の声が漏れ聞こえてくる。
「一人だけにする、人質に手を出すのは」
「……」
 オーギュストは、視線を横に外して、口元を手で隠しながらさらりと言い除ける。これに両将軍は、挙げた手を下げるタイミングを完全に失ってしまった。
 見かねて、横から声が入る。
「では――」
 上帝軍幕僚の【ルイーゼ・イェーガー】がこの軍議を締める。ベアトリックスがヒューゲルランド州の統治のために残留しているので、このルイーゼが、オーギュスト側近の筆頭となる。
「両将軍は、明日の朝、フリートの包囲を」
「……御意」
 二度目の返答は、些か締りに欠けていた。

 オーギュストは、城内は暑苦しいと、城下町の円形闘技場に閨房を移した。
 すり鉢の底の競技場には、模擬水戦用に水を張ることができた。この夜、水面に映った満月を、風のままに、特殊な双胴船がゆっくりと進んで砕いて行く。
 広いデッキの上には、白地のテント生地で屋根と壁を覆った四角錐の寝所があり、淡い暖色の光を透かして、円形闘技場の石材で囲まれた暗闇の中に仄かに浮かんでいる。
 デッキには他に、グリルとガーデンテーブルがあり、屋外でバーベキューを行った形跡もある。
 寝所の中には、天蓋付きのベッドとジャグジーがあり、その頭上では、シーリングファンが静かに回っている。
 ベッドの傍らには、美しい少女がいた。
 一人目は、控え目に目を伏せいている。
 青いカチューシャで髪を抑え、銀縁の眼鏡をかけている。地味目な顔立ちで、肩から胸にかけて曲線はほっそりとして青りんごのような印象を与えてくる。
 二人目は、平然とした表情で、その大きな瞳を臆することなく見開いている。そして時折、きょろきょろと好奇心に促されて周りを見回している。
 髪をツインテールにして、赤いリボンで結んでいる。目鼻立ちのはっきりした派手な美貌で、白桃のような膨らみに桃の花びらを思わせる乳首がまた美しい。脚はほっそりとしていながら、白く、むちむちと見るからに柔らかそうである。
 三人目は、背筋を伸ばし、慎ましい顔立ちを威嚇的に凛々しく引き締めて、しっかりとオーギュストを見据えている。
 切れ長で理知的な瞳、涼しげな眉、通った鼻筋、口元の形も小さく整っている。
 長身ですばらしく形のいい脚をしているが、胸は精々Bカップ止まりで、尻もまだまだ硬さが残っている。また、磁器のようにきめ細やかな肌に、腰まである艶々の黒髪が、より清楚さを強調している。
 四人目は、恥じらって、微かにはにかんでいる。
 卵型の小さな顔に、ボーイッシュなショートカット。しかし、その肉体はグラマラスで、胸元は深い谷を刻み、スズメバチのように括れた腰から急激に尻肉が膨らんでいる。
 降伏したフリーズ大河南岸の領主は、息子や弟、それに娘や妹や妻を人質に差し出してきた。代わりに、オーギュストは、領地安堵の朱印状を渡した。
 この人質の中から、まず一般常識テストでより分け、次に顔でふるいにかけ、それから、腹部に少しでも脂肪がある者を排除した。残った者の中から、最後に、乳輪が小さく、色素が薄い者を選抜した。こうして、オーギュストの好みに適ったのが、この四人である。
「さすがアルティガルドだ。4人も残るとは、あははは」
 オーギュストが闊達に笑う。

 その頃、
「異常なし」
 ランとその部下たちが、円形闘技場のゆったりと曲がった廊下を、ランタン片手に見回りしている。
 5番ゲートと書かれた通路を覗くと、無人の客席越しに、双胴船の灯りが垣間見えた。先程から、虫が光に引き寄せられるように、その存在が気になって仕方ない。
「ここも異常なし……ふあぁ」
 しばし黙視した後、また歩き出す。単調な仕事に、部下たちから思わず欠伸が出た。
 と、突然、4番ゲートで人影を見付ける。
「うわぁ、だ、誰です?」
 部下の一人が、狼狽の声を上げて、ランタンを掲げて誰何する。
 闇の中の影が振り返る。その不明瞭な動きだけで、ランはその人物が誰か分かってしまう。その途端、咄嗟に柱の陰に身を隠した。
「これは失礼しました」
 ランタンの灯りで顔を確認すると、部下たちは、謝罪の言葉を述べながら慌てて敬礼する。
「アン顧問殿、こんな所でどうなさいましたか?」
「トイレよ」
「重ね重ね、失礼致しました」
 アンは客席の下や通路のゴミ箱も調べるように指示した後、大きくハイヒールの踵を鳴らして、コンコースの奥のトイレへ向かっていく。
 ランは「お前たちは行け」と部下たちに無言のまま指で合図を送り、そのまま見回りを続けさせた。そして、自分は猫の足のように静かにアンを尾行する。
 アンは、トイレの洗面台の前でじっと佇んでいる。しかし、よく見れば肩が震えて、まさに毒蛇のような殺気をその背に漂わせていた。
「あんな!」
 ついに怒りの感情を噴火させた。マグマのような威勢で、胸の勲章を引き千切ると床のタイルに投げつける。見事な金細工が細かく砕けた。
「小娘にッ!」
 それでも収まらず、腰の剣も肩の参謀飾緒も叩き付けた。
「忌々しい!」
 余ほど興奮していたのだろう、腕を振った反動で、よろめいて転倒しそうになる。
「ひぃあ!」
 辛うじて、洗面台に手をついて支えた。
「はぁはぁ……」
 しかし、怪我の功名というやつで、逆上せ切った頭を、どうにか急冷することができた。
「無様ね……」
 鏡に映った、赤鬼の如く、燃えるように赤く火照った顔を見て、堪らず自嘲する。そして、大きく息を吐くと、トイレの個室へと入っていく。そして、間もなく微かな嗚咽の声が漏れ始めた。
――え?
 扉の前に立ち止まったランの耳に、はっきりと、啜り泣きに混じって、甘く熱っぽい息遣いが聞こえてくる。
「あ、いい、ぁああン……」
 ランの胸がドキリと荒々しく高鳴る。それは、紛れもなく、気持ちよさと切なさの絡まり合った乙女の喘ぎである。
――あのアンがこんな所で始めるなんて……。
 心臓の鼓動は破裂寸前である。
 錆びの目立つドアノブを恐るおそる回すと、安物の蝶番が忽ち悲鳴を上げる。扉はのろのろと開いて行く。頭に大量の血が上っているせいか、時間がゆっくり流れているように感じられた。
「ああ……ン」
 塗装の剥げた扉の陰から、便座に腰かけて、白いシャツに無数の皺を寄るほど強く巨乳の胸を揉み、スカートの中に手を突っ込んだ美少女が現れた。
 人形のように整った容貌は蕩けて、陶然とした目付きでうっとりと悦に入っている。バラの蕾のような可憐な唇からは、哀切な吐息を断続的に零れている。
「きゃっ!」
「御免なさい」
 二人の目が合う。刹那の沈黙の後、アンは悲鳴を上げ、ランは慌てて謝罪の言葉とともに扉を閉めた。
「……」
 吹けば飛ぶような薄い板を挟んで、二人は石造のように固まってしまう。
「うわあああん」
 その静寂を破って、アンがうおんうおんと恥も外聞もなく泣きじゃくり始めた。
「アンッ!」
 ランは躊躇いなく素早く扉を開き直す。その胸にアンが飛び込んだ。
「辛かったのね?」
「辛いのつらいの……」
 鼻をすすりながら喚く。
 ランの瞳が忽ち潤んで、トイレの風景も歪んで滲んだモザイク画のようになった。
「分かってる、分かっているよ」
「うん、ありがとう、ありがとう」
 ランはアンの身体を強く抱き締める。理由は分からない。理屈も知らない。意味も全く理解できない。ただしかし、二人は共感した。
「うんうん、アン……」
「うんうん、ラン……」
 滴が次々と流れ落ちる顔で何度も名前を呼びあい、何度も頷きあう。
 しばらく泣きあった後で、ランはアンのシャツの釦を留めてやり、アンは自分のスカートのベルトを締め直す。
「あたしだけ……ずっと呼んでくれないの……」
「うん」
 少し落ち着いたのか、アンはゆっくりと語り出す。それにランは優しく頷いた。
「あたしだけ、アルテブルグ入城用の新しい衣装が支給されなかったの……」
「うん」
「きっと、きっと、あたしに飽きたんだわ」
「そんなことないって。だってアンとってもきれいだもん」
「うん……」
 ずずーっと鼻をすする。
「小娘が4人も……」
「アンが一番だって」
「うん」
 袖で口元の涎を拭く。
「でも、だから、もしかしたら、死んだあの歌姫に替えて、あたしを賞品にしようとしているのよ、絶対そうよ。だって、あたし……」
 再び感極まって、鼻水が出てきた。
「考え過ぎよ」
 ランが爽やかに微笑む。その裏で段々心が冷めていく。
「ね、ねえ、ねえ!」
 突然、目を剥いて、アンがランの両肩を掴んだ。
「な、何?」
「お願いがあるの、聞いてくれる?」
「な、何よ?」
 拙いと思いながらも、勢いに押されて聞いてしまった。
 だが、そこで突然アンは黙り込んで俯いてしまう。
「言いなさいよ」
 いい加減面倒になってくる。
「あたしたちのセックスを見ていてほしいの」
「え?」
 意表過ぎて、魂の抜けた声をもらす。
「部屋の片隅に立っていてくれればいいの。そして、さっきみたいにあたしを見てくれればいいのよ。あ~ぁ友達に見られて、恥ずかしさに喘ぐあたし――」
 妙案を思いついて、アンの表情がぱっと晴れてくる。
「趣向を凝らせば、きっと悦んでくださるわ」
「誰が?」
 ランの片頬がぴりぴりと引き攣る。

 深夜になる。
 アンの読み通り、オーギュストは二人を招き入れた。
 四人の美少女は自己紹介の後、研修を受けるために別室へ移動した。それと入れ替わりで、二人は寝室へ入った。もうアンは感泣のために顔を手で覆っている。
 そして、許しを得たアンは、ランの見守る中で、小躍りして裸体を曝け出し、惜しげもなく双臀を捧げた。
 余りのアンの感激ぶりに、一時的にランも「アンよかったね」と感慨にふけった。
 しかし、
――どうしてこうなった、どうしてこうなった!
「あっ、うぅぅ、あううう」
 気が付けば、ランの眼前では、アンが四つ這いで尻をオーギュストから犯されて、獣の咆哮を上げている。
「うぉぉん、うおおん!」
――無様過ぎるぞ、アン……。
 肉欲をむき出しに、醜態をさらしている。
 対立することはあっても、ランは凛としたアンの美しさを内心で認めていた。オーギュストに手折られても、素直に納得できた。しかし、今の彼女には決定的に品も美も欠けていた。
 どうせならば、酒場の踊り子のように妖艶に振る舞えばいいのに……と、思わずにいられない。第一に、友人に見られて恥じらう計画はどうなったのか。
――ぼくならば……。
 アンの膣穴を出入りする逞しい男根を見詰めながら、何時しか考え始めていた。
 もっと濡らすだろう……。
 もっと締め付けるだろう……。
 もっと腰を振り立てるだろう……。
 何度も褒められて、頭を撫でてくれた。
「ぁ……ん」
 ランは目尻を赤く染めて、恍惚と喘いだ。
 身体の奥で官能の火がともっている。
――…熱い……熱い……。
 次第に頭は熱に魘されていく。
 ミニスカートのスリットから手を差し込み、太股の内側に指を進めれば、その湿った熱気に指先が痺れる。
――濡れてる……。
 躊躇いながらも、シルクのショーツにできたシミに爪先を宛がう。生地を挟んでも、ぷっくり芽吹いたクリトリスの形がはっきりと感じ取れた。
「ひぁ…あん」
 爪でクリトリスを掻き、円を描くように秘唇をなぞる。瞬く間に、甘ったるく鳴きはじめていた。
 一つの快楽が、次のより大きな快楽を求め始める。抑え切れない衝動に駆られて、女の割れ目に沿って指を上下させていく。そして、次第に速さと激しさを増していく。
「…はぁ…ああん、うん…もう…入んない……っ」
 生地の存在を失念したのか、焦った手付きで、ショーツを掻き毟った。
 つるりと桃の皮と剥くように、汁気をすったショーツを脇に寄せると、
「あっ、あーっ」
 指で直接秘唇に触れた。じれったさから開放され、かつ、生の感触に、満足げな表情を浮かべて、艶やかに喘ぐ。
 ふとオーギュストと目が合った。それだけで、軽く気をやった。
「ああ……ん」
 もうアンは気を失っている。四肢を投げ出して、枕に突っ伏している。だが、秘唇に白い物はない。
――情けない奴!
 自分の役割を全うできなかったアンを内心でなじる。
――ぼくなら、ぼくなら、ぼくなら……。
 呪文のように何度も心で呟く。
「来い」
「うん」
 弾かれたように動きだしていた。
 上体を折り、サイドボードに手を置く。そして、腰を反らせて尻を掲げる。
「はやくぅ」
 それから、ミニスカートを捲り上げて、ストッキングとショーツを同時に摺り下ろした。開かれた媚肉から雌の匂いが溢れ出て、熱い滴をぼたぼたと垂れしている。
「あっ、うぅぅ、あううう!」
 濡れ切った膣穴に、極太のものがみっちり嵌まると、手足に快美な電流が流れ、それを合図に、アン同様に野獣の雄叫びを上げた。

「うう……」
 アンが目覚めた。どのくらい気を失っていたのか分からない。まだぼんやりとする頭を振り、うっすらとする視界に目をこする。次第にはっきりとする思考と視界、そこに異様な光景が飛び込んでくる。
 異質なランがいた。
 オーギュストは部屋の中央の椅子に座り、手には銀色に鈍く光る鎖を持っていた。その鎖の先にランがいる。一糸まとわぬ姿で、首に赤い首輪をして、その首輪と鎖が繋がっている。そして、両手を床について、調教馬のようにぐるぐるとオーギュストの周りを歩かされている。
「ああ……」
 立ち止まろうとするランに、オーギュストの手の鞭がピシッと白い尻を打つ。
「ああっ、ごめんなさい、ゆるしてください……」
「ほら、キリキリ歩け」
「はい……でも……」
 ランは尻を小刻みに揺らす。
「もう限界なのか?」
「はい、申し訳ございません。ラン……オ…オシッコ……もれてしまいます。どうかさせてください」
「よかろう」
「ああ、ありがとうございます……」
「ただし」
 鞭が観葉植物を指す。
「はい畏まりました」
 ランはもう二三歩這って進み、観葉植物の所で片脚を上げた。その時、鞭が鳴る。
「あ~あ、でてるぅ」
 それを合図に勢いよく、小水が吹き出し、放物線を描いて観葉植物の根に降り注ぐ。
 アンの胸がちくりと痛んだ。
――……墜ちてる。
 首輪に繋がれ、男の所有物として命ぜられるままに従う。牝奴隷の名に相応しく、まさしく男へ身も心も捧げている。
「あ、あたしも……」
 アンは心の底から、ランを羨ましいと思った。そして、慌てて立ち上がろうとして、腰に力が入らず、ベッドから落ちてしまう。しかし、意に介さず、そのまま這って、ランの横に並んだ。
 重たげに垂れた乳ぶさを揺らし、甘えるように豊かな尻を振る。
 僅かに縮れた襞から、サーモンピンクの柔肉が覗いている。乾いた秘唇の上に、すでに、新たな熱い蜜を溢れ出して、周囲の繊細な毛を抱き込んで張り付かせている。
「ああ、あなたもこうなってしまったのね……ごめんなさい」
 アンは頬を床に着けて、配慮が足りなかったと痛切に嘆く。この魔窟に、ランのような美女を入れればどうなるのか、分かり切っていたのだが、正直自分のことで頭がいっぱいだった。
「いいのよ。仕方ないの。運命だったのよ」
「うん、あたしもよ」
 二人は、互いの顔を映した熱い涙を流す。
「二人で奴隷としてお使いしましょう」
「うん」
「どうだ――」
 床に這う二人の遥か高みから声がした。
「お前たちもめでたく竿姉妹になったことだし、誓いのキスでもしてみろ」
「はい」
 二人は素直に返事して、唇を重ね、舌を絡ませ、唾液を吸い合った。
 羞恥心と快楽……今夜の二人のテーマだった。それを遙かに凌駕する隷属の被虐……。屈服した奴隷の表情が互いの瞳の中にいる。
「……」
「……」
 二つの美貌に影はない。単純な、たった一つだけの、セックスにのめり込んだメスの悦びだけに輝いている。そして、競うように捧げた尻をくねらせて、甘ったるい声で媚びる。
「早くぅ……どうか……ぼくの三つの穴を使ってぇ……」
「あたし~のぉ…胸と尻でぇ……ご奉仕させて下さいぃ……」
 ランは剣術で鍛えた肉体に自信がある。上の口で咥えれば首を、下の口では腰を、まるで別の生き物のように蠢動させることができる。
 一方、アンはスタイルが自慢である。色白で、乳ぶさも尻も、つきたての餅のように瑞々しく豊かに膨らんでいる。
「んぅ!」
「ひぁぁッ!」
 オーギュストは、右で張り出した白い双臀を、左でランの引き締まった双臀を弄り、その割れ目に指を嵌めていく。途端に、二匹のメスは快楽の声をあげた。
くちゅちゅ、ぴちゅちゅ。
 そして、下半身の女の口が、あからさまに性の法悦を叫び上げる。
「ひっぃいーーーん」
「ひょううーーーん」
 二つの頭から抜けるような恥音が共鳴すると、秘穴から激しい水飛沫が吹き上げた。
 ぶちゅーっ、ぐちゅーッ、ぐしゅしゅーっ、ぶしゃーっ!
「ランの方が飛んだぞ。褒美だ」
 オーギュストは、ランのマグマのように熱くなった膣肉を抉るように、その隠微な穴に男根をねじ込んでいく。
「くぅぅ……ああああっ!」
 ランが盛大に吠える。
「もう気をやったのね。かわいい」
 アンは火を噴かんばかりに火照った頬へ舌を這わせ、浮かび上がった汗の玉を舐め取る。そして、掌の中にすっぽりと収まる毬のような胸を揉む。
「次だ」
 10回ほど叩き付けた後、今度はアンに入れた。
「あああああっ!」
 ずずっ、ずにゅにゅ、と濡れ切った膣肉に男根が埋まっていく。アンは大きく息を吐いた。全身に衝撃が走り、頭の中にまで響き渡った。
「あ、あぁン、オマンコをいいッ!」
 膣襞は蠢き、逃がすまいと締り、更なる奥部へと誘い込んでいく。
「イイイイイイっ! クううううううっ!」
 そして、鍾乳洞のようなに神秘に満ちた穴の最深部を二度三度と突かれた時、女の悦びに満ちた奇声を発して達した。
「アンも可愛いよ」
――こんなに気持ち良さそうな顔されたら何も言えないや。よかったね、アン。
 今度はランがアンの美しい乳ぶさを揉み、その固く尖った蕾を舐め吸った。
「ひッ……あぁぁあぁ、うっ、うっ、あぅわ、ひィッ!」
 イキ癖のついたアンは、何度も立て続けに絶頂を迎えていく。
「あぁっ……!?」
 しかし、その歓喜の喘ぎが突然途絶えた。「ああぁぁぁぁぁっっ!!」
 不満と不安の混ざった顔を向けた瞬間、喜悦に震えるランの声が轟いた。
「あっ、あっ、あっ、……んーーーーッ、駄目っ、また、またイッちゃう、またイッちゃうッ……」
 二人とも感度がいい。ランは狭くよく絡みつき、アンは蠢き吸い付いてくる。オーギュストは二人の膣襞の感触を味わい尽くす。
「あっ、ああっ、あくっあぅんっあああぁぁっ……!」
 ランを横向きに寝かせて片脚を持ち上げた。
「すごい……こんな風なんだ」
 ランの膣穴にずぶずぶと出入りする肉塊を、アンが食い入るように見詰める。
「いやぁああ……」
 気恥ずかしさにランが悶える。
――でも……、もし……?
 そして、与えられる官能の刺激に従って、次第に、裸体を弓なりに反らしていく。
「ランはこの姿勢が一番魅力的だ」
 オーギュストが、激しく攻め立てながら囁く。
「……」
 アンは息をのんだ。
 確かに、股関節が柔らかいから脚は高く上がり、反った腹部にはコブのような腹筋が浮き出て、尻の筋肉はゴム毬のように盛り上がっている。そして、胸の膨らみはこぢんまりと弾み、この場合は大きな胸が垂れて揺れるよりも、はるかにバランスよく感じられた。
「ああ、あああァァァァ……し、死んじゃうぅぅぅッ!」
 天井のシーリングファンが逆回転するのでは思えるほど激しく嗚咽し、ランは狂ったように痙攣し続ける。
――でも……、もしも……?
 そして、オーギュストが離れても体はガタガタと震えて、腰を何度も何度も跳ね躍らせ、大きく開いた股間から潮を捲き散らした。
「ラン、とても素敵よ。貴方は本当にセックスするために生まれてきたのね」
 アンは、恍惚とした表情で、ランを見詰めて呟く。
「陛下、今度は私を…一番似合う格好で犯してください」
 そして、切々と乞い願う。
「そうだな」
 オーギュストは短く考慮してから、アンの両足を荒々しく掴んでひっくり返し、仰向けにした。そして、白雪の桃尻を両腕で持ち上げて、膝の上に抱え込む。
「ああ……ン」
 アンは、自然と腕を立てて、上体を浮かし起こした。首を後ろに仰け反り、真昼の満月のように白く丸い豊潤な二つの膨らみを突き出す格好となった。
「あっ、ああっ、あくっあぅんっあああぁぁっ……! いいっ、オマンコ、気持ちいいっ!!」
そして、オーギュストの眼前で、ゼリーのようにぶるぶると揺らす。
「いやっ、あひっ、ひぎぃぃっ……!!」
 激しさを増す攻めに、支え切れずに腕が折れて、頭が床に落ちる。
「……あたし、またイって、イってしまいますぅ……っ! ああっあっあああああああぁぁぁっっ!!」
 そのままオーギュストは足を両肩の上に載せて、腰を叩き付け続ける。
 柔らかな尻肉が、衝撃で弾み、波紋のように揺れて、魅惑的な巨乳は大きく円を描いて蠢き続ける。
「アン、素敵よ……なんて淫乱な身体なの。男を悦ばせるために生まれてきたのね」
 ランが起き上がって、オーギュストの乳首を舐めながら猥褻な感想をもらす。
「はい」
 そして、オーギュストに促さるまま、ランの貌の上に腰を下ろした。
「ぅううぅっっ……あっ、あぁ――――――――――――――――――っっ!!!!!」
 それまで魂が蕩けたような声でよがっていたアンだったが、いきなり顔を塞がれて、くぐもった呻き声に変わった。
「いっあっああっあひっあくっあぎゅぅあきゅぅぅんっ!!! ひぃぃぃぃんっっっ!!! あ――――――――――――――――――――――っっ!!!!」
 と、今度は、ランが腕を胸の前で交差させて、烈しく裸体を捩じらせて、断末魔の悲鳴をあげる。
 アンは、セピアに色付く可憐なすぼまりを舌先で抉り、それから、紅玉のような肉の蕾を唇で啄む。
――でも……もしもよ?
ランは、火口のように大きく開いた膣穴から、間欠泉のように膨大な潮を吐き出した。そして、がっくりと頭を後ろに落として、白目を剥いて失神した。
「…………ぁ……」
「……ぅ…………」
 汗と涎と涙に汚れた美貌を重ね、恍惚と至福に満ちた寝息を立てている。
「淫乱な小娘たちですね――」
 不意に別の女の声がした。
「女三人集まれば姦しい、と言いますが、この子らは二人でも十分姦しいですね、ふふ」
「戻ったか?」
「はい」
「首尾は?」
「上々です」
――でも……もしも、この状況に厭きられたら……。
「そうか、風呂に入るぞ」
「喜んで」
――もっと刺激を、もっともっと過激なシチュエーションを考え出さないと、今度はぼくが捨てられてしまう……かもしれない……?


 フリート――
 城壁の上には、短い間隔でずらりと篝火が並んでいる。城外から見れば暗夜に赤い光で綾を織ったように美しいが、その現場は怒号と悲鳴の飛び交う阿鼻叫喚の修羅場である。
「薪を絶やすな」
「何処にある?」
「家を壊せ!」
 守備兵は炎を絶やさぬように、神経質なほど気を配っている。
 それは、少しでも闇に飲み込まれれば、その場所には二度と日は差さない、という強迫観念に縛られているようであった。
 街の中心に位置するフリート政庁も、夜通し灯が燈されている。その単調な淡い光は、大河の深淵に全て吸い込まれていくが、その水面さえ照らし出すことができない。ゴーゴーと不気味な水音だけが、漆黒の闇から轟いていた。
 朝から続く軍議は、蛙鳴蝉噪して、まだ終わらない。
「打って出るなど論外です」
 出撃すれば、お前たちは逃げ散るつもりだろう、と思わず口を滑らせそうになった。
「兎も角、ここに居れば安全です。このフリートは、北にフリーズ大河を天然の堀とし、南には三つの稜堡がある。稜堡は、相互に守り合って、決して突破されない」
 一人の壮年の大尉が、掠れた声で言う。ほつれたオールバックの髪が、彼の疲労を物語っていた。
 彼は、降伏して開城したホークブルグ要塞から逃げてきた士官の一人で、軍関係者の中では上位者の方である。バラバラな兵士の再編成などで、精神をすり減らしていた。
 会議場には、フリーズ大河南岸の諸領主たちが顔を並べている。中には男爵の爵位を持つ者もいる。
 多くの者たちは、土のように顔色が悪い。まさに猫に囲まれた鼠のように、絶えずオドオドとして、意味もなく頭を横に振り続けている。
「籠城と言っても、武器や兵糧の備蓄はあるのか?」
 生気のある声がした。
 怖いもの知らずの若い騎士が立って発言する。彼は素行が悪いことで知られ、山賊まがいの盗みをすることで知られている。
 恬として恥じるようすもなく、大尉ではなく初老の冴えない下級官吏に問う。声にも顔にも、略奪者としての好奇心が滲んでいる。
「書類上はありますが、……確認はしていません」
「はっきりせんな」
 後ろ首に手をやり、薄ら笑いを浮かべる。
「何分、叛乱軍が、荒らしまくりましたから……」
 ここヴァンフリートは、【ロマン・ベルント・フォン・プラッツ】などが蜂起した場所であり、上、中級官吏は、殺されるか逃亡している。また、若手の有能な官吏は、叛乱に加わり、その行方は未だに分からない。
「ですから、皆さんの家臣と物資をお貸し願いたい」
 大尉は、単刀直入に用件を告げる。もはや相手の心情を斟酌する余裕はない。
「しかしなぁ……」
「困ったなぁ……」
「損害が出ても保証はないのだろう?」
「主とともに戦いたいと言う彼らなりの忠義もある訳だし……」
 はっきり言って、この場に、積極的に自分の財産を提供しようとする者は誰もいない。
「……」
 大尉は舌打ちをした。戦うべき敵は城外に居るというのに、ここに集まった者たちは、弱い立場の自分を叩くばかりで、それで溜飲を下げて満足している。
――俺は何をしているのだ……。
 いい加減、王への忠誠心も、戦士の矜持も色褪せてしまいそうだった。
「堂々巡りだな……」
「兎に角、問題は援軍だよ。アルテブルグの軍勢は何時来るのだ?」
「今現在、王国軍に、助けに来るだけの余力があるのか?」
「アルテブルグの新しい情報はないのか?」
 将兵は敗戦の連続に疲れ切り、領主たちは自己保身を優先し、残っている官吏は無能ばかり。彼らをまとめられる者は、ここには誰もない。
――事ここに極まった……。
 大尉の心に空虚な穴が広がっていく。
 その時、俄かに廊下が騒がしくなった。
「失礼する」
 豪勢な彫刻が施された扉が開いて、3人の女性が入ってきた。
「私は、【アリーセ・アーケ・フォン・ハルテンベルク】である」
 壇上に立ち、活気あふれる声で名を告げる。
「ハルテンベルク子爵家の……?」
「死んだと噂に聞いたが……?」
 蜂の巣を突いたように、会議室がざわめく。
「メーベルワーゲン大会の後、私の偽物が暗躍したようだが、叛乱軍に参加して死んだのはそっちの方だ。私は常に王国の側にあり、その行動は祖国への奉仕にほかならない」
 先制して噂を否定し、自身の正当性を口早に主張する。
「おお真にアリーセ様だ。ご無事で何より。取り乱して申し訳ありません」
 顔見知りの老領主が進み出て、恭しく首を垂れる。
「構わぬ」
 その威厳に、誰もが納得してしまった。否、まさに藁をも掴む思いだったのだろう。この場の誰もが、導いてくれるリーダーを心から欲していた。
「私は【ヴェロニカ・ロジーナ・フォン・ベルタ】と申します。顔を見知った者もいると思いますが……アルテブルグから逃げて参りました」
 次に前に出たのが、ヴェロニカである。一斉にどよめきが起こった。反逆者とはいえ、待ちに待ったアルテブルグからの生存者である。
「アルテブルグで窮地にあるところを子爵夫人に、お助けいただきました」
 誰かが、『よく生き延びられたものだ』と言われる前に早々に解説する。
 その言葉を待って、最後の一人【猪野香子】が一礼する。余談だが、実際に助け出したのは彼女である。
「アルテブルグは混乱の極みにあります」
 香子が端的に告げる。
「故に援軍の可能性はない」
 そして、アリーセが結論部を受け持って、きっぱりと言い切り、ゆっくりと室内を見回す。それから、さらに強く言い放った。
「幼いヴィルヘルム2世陛下も御崩御なされました」
「なっ……」
 その瞬間、まるで雷が落ちたように全員の思考と行動が止まった。会議室は水を打ったように静まり、まさに時の流れさえも破壊されたようだった。
 しばらくの沈黙の後、ガタガタとその場に崩れ落ちる者が現れ、あちらこちらから、せせり泣く声も漏れ始める。
「もはや籠城に、意味はない。命を無駄に捨てるようなものだ。今はいち早く国家の再生を急ぐべきだ」
 アリーセが、油紙に火が付いたようにぺらぺらと喋り続ける。
「再生?」
「そう先ず新たな王に立って頂く」
「王とは?」
「先代ヴィルヘルム1世陛下の末子シャルロット王女様だ」
 香子が、手際よく、眠った幼女を抱きかかえて戻ってきた。
 このシャルロットは、かつてヴィルヘルム1世がオーギュストに下賜したグィネビィア妃の娘である。
「そして、サリスと和平を締結するのだ」
「しかし、サリス軍は、交渉の使者どころか、投降者さえ受け入れない……」
 すぐに、この世の終わりと言わんばかりに意気消沈した反論の声が何処からともなく聞こえてくる。
「ここに来る前!」
 アリーセは、この日、最大の声を出す。
「すでに私はサリスのディーンと交渉してきた。明日の朝、ディーン、否、ディーン上帝陛下と直接会談を行う!」
「これがその証拠です」
 アリーセの声に合わせて、香子が誓約書を高々と頭上に掲げる。
「おお!」
 その瞬間、癇癪玉を噛み潰したような衝撃が会議室を走り抜けた。
 誰もが、「これがアルティガルド王家に繋がる子爵家の威光と言うものだろうか」と囁き合い、まじまじと壇上の美女を眺める。
「今こそ、ここにいる全員の力が必要だ」
「我々の……?」
 目を丸くして互いの顔を見合わせた。こんなちんけな顔をした者に何ができるか、と訝しがる。
「このフリートの戦力が残っているうちに、出来るだけ有利な条件を勝ち取る」
 アリーセは、突然の成り行きに唖然としている大尉を見た。
「君たちが戦力温存してくれたおかげだ。感謝する」
「……」
 これに、大尉は何も返答できなかった。疲労から頭が痺れて上手く思考がまとまらない。只々、もう彼女にすべて任せて一刻も早く楽になりたかった。
 そして、誰ともなく『子爵夫人を支持する』という声が上がり、次第に声は重なり、大きな拍手の渦となった。
「シャルロット女王万歳!」
 熱い熱気に包まれつつ、夜明け前に、会議は幕を下ろした。


 数日後、サリス軍の兵士が、無抵抗に城門を潜っていく。
 すべてのアルティガルド将兵は武装解除され、官庁、軍、そして港湾施設など町の重要拠点は、サリス軍によって占拠された。
 降伏した領主たちは、一旦、街外れの修道院に監禁された。期待していた領土安堵の朱印状は与えられず、すべてアリーセに一任されている。
「騙された!」
 その待遇が、ハルテンベルク子爵家の陪臣扱いだったことに憤慨して、領地へ脱出を試みようとした者もいたが、尽く捉えられた。そして、街の中心地で五つの道が交差する“五辻の広場”で公開処刑された。
 残った者たちは、完全に戦意を喪失して、渋々と人質を差し出すことに了承する。
 全てが綺麗に片付くと、オーギュストはフリートに入城を果たし、鐘楼と“王の間”のある政庁の別館に入った。
 白い壁と床の広々とした空間に、豪勢なシャンデリアが吊り下がっている。そして、上座には、黄金の天蓋に赤いカーテンがたわわに垂れて、宝石の散らばる玉座がある。
「大義である」
「恐悦至極に存じ上げます」
 玉座の前で、アリーセは恭しく跪き、畏まっている。
 フリートを無傷で落とせたことは大きく、この功績により、アリーセは侯爵に陞爵した。
「ただ――」
「うむ?」
「ただ、卒爾ながら、多数の市民がヴァンへ逃亡したために渡瀬舟が足りません……」
 アリーセが神妙に詫びる。
「……」
 オーギュストは黙って、駆け付けたばかりのベアトリックスを見た。
「橋の資材は?」
「ご懸念には及びません」
 ベアトリックスが平然と答える。
「それは重畳」
 オーギュストは口辺に笑みを漂わせた。
「はい」
「成功すれば、お前の父親も伯爵だ」
「はっ、有難き幸せ」
 ベアトリックスが、凛とした姿勢で一礼する。
「しかし、この戦争、ここまで順風満帆ならば、ロックハートがアルテブルグに到着する可能性も高かろうな。そうなれば、無用となろうよ」
「無事到着しましょうか?」
 今度はアウツシュタイン将軍が問う。手柄欲しさに、うずうずしている目である。
「その方が楽だ。もうこの暑さにはウンザリしている」
 のどかな笑いが起きた。
「兎に角、ロックハートの方には、ヤンを送っている。如才ない男だ。すぐに詳細で正確で客観的な報告を寄越すだろう」
「御意」
「それまで、兵には十分な休息を与えよ」
 これで軍議は終わりという雰囲気が漂い始めた時、そこへ、セリアから緊急連絡が届く。
「申し上げます――
 ルイーゼが跪く。
「刀根殿より急使です」
「また吉報ですかな?」
 アレックス将軍が、軽い口調でもらす。
「アルテブルグを脱出しましたジークフリード・フォン・キュンメルの率いる水軍が……」
「ほう、ついに捕捉したか?」
 オーギュストの顔に微かに興味がわく。
「ルブラン湾のガブリ島(71章参照)を占拠しました」
「……」
 唖然とし過ぎて、オーギュストは開いた口を閉め忘れている。
「確か、あそこにはフリオ様が居られた筈」
 見かねて、ベアトリックスが問い質す。
「ブリュースト港湾総督待遇予備役特別顧問フリオ様とブリュースト要塞防衛司令官代理補佐並マックス殿は……その……、刀根殿の報告によれば……人質に取られたという事です」
 ようやくルイーゼは、気まずい報告を終えて一息つく。
「え?」
 オーギュストが明後日の方向を見て、すっ頓狂な声で問い返す。
「え?」
 ルイーゼが返答に迷い、救い求めて、踊る瞳でベアトリックスを見遣る。
「え?」
 ベアトリックスが、首を傾げて、聞いてなかったという顔で両将軍を見る。
「え?」
「え?」
 アレックスとアウツシュタインの両将軍が、一旦顔を見合わせて、それからベアトリックスの視線に気付かないふりをして、飲み物を用意していた秘書官たちを見る。
「え?」
 突然注目されて秘書官が、ミスを犯したと思い縮こまり、その責任を押し付けるように顔を扉近くの二人の衛兵に向ける。
「え?」
 衛兵たちは戸惑い、きょとんとしながら取り敢えず役割である扉を開ける。
「にゃ?」
 赤い絨毯の上で寝ていた三毛猫が、不思議そうに鳴いてから悠然と毛を舐め始めた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
 廊下から生温い風が吹き込んできた。広間に長い沈黙が流れて、天蓋のカーテンがこすれる音だけが木霊する。
「け、計算通りだ……」
 オーギュストが抑揚のない声で告げる。


【8月下旬】
 ティーアガルテン州――
 その頃、ロックハートは、悠然と進撃して、ヴァンフリートの隣州【ティーアガルテン州】に至っていた。そこへ、前方に放っていた斥候が、「統制のとれた軍勢を発見した」と報告してくる。
「何処の軍隊でしょう?」
「軍が湧いて出てくる訳がない。ロイドから帰還したアルティガルド王国軍だろう。しかし、ここに出てくるか……」
 緊張で顔を強張らせた副官に、ロックハートは至って冷静に答える。しかし、心の中には、不安と焦りが渦を巻いて、平穏な思考を竜巻のように荒らし回っている。事前の予測では、残った王国正規兵は、組織だった行動をできず、アルテブルグに籠城すると思われていたからだ。
「うーむ……」
 はたして、これは出会い頭の戦いであろうか……。
 それとも待ち伏せされたのか……。
 そもそも長期戦と急戦、どちらを選択すべきか……。
 どちらにしても、手柄の独占はなくなったかァ……。
 ロックハートは大いに悩み、腕組みしたまま石膏のように固まった。
「申し上げます――」
 その時、敵の騎兵が突進してきたと幕僚たちが慌て出す。
「な、何?」
 その果断な用兵に思わず息が止まる。
「全軍臨戦態勢! 急げ!!」
 慌てて命令を下す。
「はっ」
 副官と幕僚たちが、よく訓練されており、手際よく走り回り、大声で指示を与えていく。
 しかし、間に合わない。
 ロックハート軍の先頭集団に向かって、敵騎乗から矢が放たれた。
 シールドで固めることができず、歩兵がバタバタと射抜かれて、防御線を整えることができない。
「先手を取られたか……」
 ロックハートは悔しそうに踵で地面を蹴った。
 しかし、アルティガルド軍の速攻は終わらない。隊列の乱れた箇所に、そのまま切り込んで大きな損害を与えてくる。
「増援しろ、急げ」
 ロックハートは、いきなり境地に立ったが、それが逆に彼の集中力を高めていく。無駄に狼狽せず、すぐに本陣から救援の騎兵を差し向けた。
 だがそれが到着する前に、敵騎兵は退却を始める。
「勝ち逃げさせるな、追え!」
 一方的に味方の兵が打ち取られて、救援の指揮官も頭に血が上っている。騎馬に鞭を入れて、激しく追撃しようとする。
 しかし、その瞬間左側面から伏兵が襲いかかってきた。皆、機動的な軽装の黒衣装をきている。特殊部隊のようで、ナイフを主な武器としていた。
「醜態を見せるな、鎮まれ。敵は少ないぞ。各個に対処しろ」
 出足を止められて、慌てて迎撃体勢へと切り替える。だが、ここでも敵の対応は早い。直ちに、敵伏兵は、彼らの前を掠めて、右の方角の森の中へと離脱していく。
「負傷兵は置いて行く。敵の主力を見失うな!」
 兵の損傷は少なかった。損失は時間の遅れぐらいだったろう。後れを取り戻そうと、全速で駆ける。
 その時、逃げていた敵騎兵が急反転してきた。
「あっ!」
 指揮官は、血管が凍り付いたように愕然として、馬上でぶるぶると身震いする。
 敵の見事な退却を見て、少しでも点数を稼ごうと狩ることばかり考えていた。不甲斐ない事に、敵の反撃を全く予測していなかった。
 もう眼前に敵が迫っている。驚きのあまりに声を出すことさえできない。
「ぐがっ!」
 その塞がった喉に息が通ったのは、胸を槍で抉られて、絶命の呻きの時であった。
「引け引け」
 真っ先に指揮官を失って、残った士官たちが個々の判断で早々に退却を命じる。
 しかし、逆に背後から追撃を受けて、壊滅的打撃を受けてしまった。
「展開が早い。指揮官の意志を感じる……」
 本陣に次々に劣勢の報告が届く。ロックハートは、霞のように広がる不安に思わず唸った。
「止むを得ない」
 敵の司令官の力量を認め、己の敗北を受け入れて、全軍の後退を決意した。
「第二陣のルートヴィヒ・フォン・ディアンに連絡『我敵と遭遇せり』と」
「はい」
「急げ、昨夜駐留した小城に戻るぞ」
 ロックハート軍の破竹の進撃は終焉を迎え、敵中に孤立した厳しい籠城戦へと突入する。


続く
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Date:2014/12/05
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Thema:官能小説
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