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□ エリーシア戦記76 □

第76章 時節到来

第76章 時節到来


【神聖紀1235年9月、アルティガルド王国クラーニヒ州】
 鶴ヶ原――。
 ウェーデル山脈を仰ぎ、広大な草原が一筆書きのように北へ伸びている。一面緑鮮やかな牧草が広がるが、やや色彩に乏しい印象である。
 かつてこの地には、鶴の首のように曲がりくねった大河が流れていた。河川改修により大河は南を迂回するようになり、風景は一変して南北に細長い草原となった。今では、地名にその名残があるだけである。
 東に、『ツヴェルフ・ヴァッサーファル(十二滝)』と言う大規模な河岸段丘があり、西に『ヴァルヌス(胡桃)』山地と呼ばれる、ウェーデル山脈からの尾根がなだらかに続く。北端はウェーデリア山脈の麓の街『ヴァインフルス(柳の川)』に続き、南には『フリーズ大河』が流れている。

 存在感のあった夏の雲は、細切れとなり薄く広がって高く昇っている。その広々として澄み渡った空を、涼しい風が吹き抜けて、葉の先が少し枯れた草花を軽やかに揺らしている。
 朝、露に濡れた草を踏みしめて、進む集団がある。
 つばの広い羽付きの帽子をかぶり、旅用の外套をまとっている。ある者は背に竪琴を背負い、またある者はギターを背負う。腰には剣の代わりに角笛を差す者もいる。一見して、旅の吟遊詩人であり、五人ほどが一列に並んで進んでいた。
「そこぉ、止まれ!」
 突然、渋い声が飛ぶ。
 吟遊詩人たちの進行方向に、十騎ほどの小規模な騎馬部隊がいた。
「両手を頭の後ろに組んで、跪け!」
 槍を翳して、馬上から警告を発する。
 一斉に、吟遊詩人たちが背後へ走り出した。
「不審者ども、待てェ」
 慌てて腹を蹴って、馬を走らす。
「何処に行った?」
 しかし、葦の茂みに邪魔されて、吟遊詩人たちの姿を見失ってしまう。
「小隊長殿、あれを!?」
「うっ!!」
 その時、堤防跡の裏側から、アルティガルド軍の騎兵部隊が現れた。
「おのれェ、罠だったかァ」
 歯軋りしながらも、地形、敵の数、味方の士気など冷静に分析する。
「やむを得ん。一撃したのち速やかに後退する」
 そして、戦闘を決断すると、槍を空に突き上げた。その両脇に、部下の騎兵が一列に並んでいく。
「突撃せよ!」
 サリス軍騎兵が突進する。
「V字に整列!」
 その蹄の音に、アルティガルド騎兵部隊が、一瞬、隊列を乱すが、すぐに臨戦態勢を整えていく。
「突撃っ!」
 両軍のパトロール部隊が、思わぬ遭遇戦を開始した。
「敵の増援が来ます」
「こちらも至急援軍を要請しろ」
 救援を呼ぶ喇叭を鳴らして、互いに周辺から友軍を集める。忽ち戦いの規模は10倍ほどになっていった。
「よし」
 葦の茂みの中で、吟遊詩人たちが小さく頷き合う。そして、身を屈めたまま再び南へと進み始めた。


 フュンフフルト――。
 フリーズ大河に並行して、深く掘り込まれた運河がある。運河の水は、北東から流れてくる小川から引き込んでいる。小川と水路と運河で囲まれた中に『フュンフフルト(五つの瀬)』の街があり、古くからの物資の築産地として、水運を利用した交易の街として栄えてきた。
 運河の高い石垣の上には豪華な商店が並び、石垣の隙間に、水面まで石段が下りている。
 毎日、たくさんの船が運河を出入りし、船荷が威勢のいい人夫たちによって、手際よく石段を上り商店へ運ばれる。そして、うなぎの寝床のような土間を抜けて、メインストリートに面した店先に並べられた。そこから周辺の村々へと拡散していくのだ。
 また、街の東端の運河の出入り口付近には、政府が管理する五つの蔵があり、米・麦・大豆・小豆・菜種などが船着き場から石畳の坂を登って運び込まれている。
 メインストリートの北側は町家が入り組む。その中心に五差路があり、小路の先に、男女の修道院、大聖堂、神殿、教会墓地などが五つ、小川や水路沿いに並んでいる。
 また、小川を越えた北には、円形の古墳があり、地道な発掘調査が行われている。その施設にサリス軍の本隊が駐留し、総大将たるオーギュストは、並んだ五つの教会の中央を宿泊場所としている。


 日が暮れていく――。
 吟遊詩人たちは、廃れた水車小屋に隠れて、
フュンフの街を、厳しい目付きで監視していた。
 遺跡発掘現場では、柵と濠を巡らし、高台に本陣が置かれて、まさに砦のようである。無数の人の声や馬の嘶きが常に轟いて、咽返るような熱気に溢れている。
 現在、運河に商船はなく、サリス軍の輸送船で埋め尽くされている。そして、巨大な蔵群は、サリス兵によって厳重に警備されていた。
 木戸からは、途切れることなく籠を背負った物売りが出てくる。朝、ナスやカボチャなど採れたての野菜を籠は入れて、町筋を売り歩いた近隣の農婦たちである。
 一人の農婦が、水車小屋の手前で靴紐が切れてしまう。「やれやれ、ついてないよ」と呟きながら、街道を歩く列から独り離れて、水車小屋の軒下に腰を下ろした。
 のんびりと汗を拭いて、紫色に染まった空を見上げる。
「明日は雨だわ……」
「否、明日は嵐だ」
「……」
 背後の崩れかけた壁から声が返ってきた。それに農婦は眉一つ動かさず、顔を伏せて、紐を取り替えはじめる。
「ディーンは?」
「インスティンクト教会」
「本陣ではないのだな?」
「一日中、地元の商人や地主から饗応を受けている。本陣との移動もない」
「警備は?」
「人員は多く厳重」
「……」
 思いの外、沈黙が長い。影の中で、革の手袋の捩れる音が滲むように漏れ聞こえる。緊張に耐えきれず、農婦が口を開いた。
「侵入は不可能ではないが、暗殺は無……」
「判断は私がする」
「はっ」
 冷徹な声で言葉を遮られて、農婦は畏まって頷く。
「ご苦労だった」
 声の主は、以前のまま冷静である。
「はっ、ご武運を」
 農婦は顔を上げると、何事もなく街道へ戻り、振り返ることなく歩き去った。
「第一目標であるディーンの首は諦め、第二目標である大橋の破壊を優先する」
「御意」
 影の中で、冷徹な声が低く轟き合う。

 日が沈み、街道に人の姿が消えた。
 黒装束の一団が警備の灯りを避けながら、音もなく川岸を駆け抜けていく。次第に、サリス軍が架けた大橋が目の前に迫ってきた。
 その時!
 予期せぬ異様な物音が轟いた。思わず、近くの草陰に身を潜める。
 おお!
 大河の暁闇が音を立てて崩れていき、大橋の上空に幾筋もの火箭が噴き上がった。
「やられた……」
 無意識に、拳を地面に叩き付けていた。
 轟音と共に大橋が燃え上がり、夜空の星々を燻すようにもうもうと煙を昇らせている。そして、堤の上に並んだサリス兵たちが一斉に歓声を上げている。
 転瞬、黒装束の一団は、任務に臨む顔に戻っている。
「お前は、将軍に報告せよ。残りは私とともに街に潜伏する」
「と言うことは?」
「ディーンの首を狙う!」
「御意」
 すぐに、その存在は闇の中に溶けていった。


「見よ、この光を!」
 炎に照らし出されて、【アレックス・フェリペ・デ・オルテガ】将軍が、堤防の上に建てられた物見台の上から演説している。
「今、古来より我々人類を分断していた、龍の如き闇が切り裂かれた。このような光景は、神々の時代にも聞いたことはない」
「如何にも!」
 河川敷に集まった兵士たちが、熱狂的に歓声を上げた。
「なぜ達成できたのだ?」
 アレックス将軍は手すりから身を乗り出し、熱気の渦の中に、過激な言葉を放り込む。
「我々の行為が正義であるからだ」
 拳で手すりを叩いて、きっぱりと言い放った。
「天下統一の偉業を妨げる者こそ、人類の敵であり、この美しい世界に巣食う害虫である。これを駆除するのは誰か?」
「俺だ」
「私たちだ」
「その通りだ」
「我々しかいない」
 次々に勇ましい声が上がる。
「サリスの精鋭たちよ。選ばれしエリートたちよ。人類史上最も崇高な理想を実現するために奮起せよ!」
「おお!」
「兵士たちよ、今こそ怒れ!」
「反統一主義者を滅ぼせ!」
「その怒りを炎と変えよ!」
「然り!」
「女神エリースも御照覧あれ。この怒りの炎によって、御敵を滅ぼしましょう」
「サリス帝国、万歳!」
 興奮の儀式は続く。


 インスティンクト教会――
「アレックスもよくやる」
 四重奏の演奏が流れる中で、オーギュストは微笑み、その口へグラスを運ぶ。教会の広間で、幕僚たちと夕食を済ませて、食後に地元のワインを嗜んでいた。
 正式の夜会ではあるが、引きずるほどに長いダークブランのフード付きナイトローブを羽織り、中に白い木綿の胴着を着て、しっかりと足をホールドしたサンダルを履いた、とてもラフな格好をしている。
「はい、兵たちも喜んでいましょう」
 傍らに座る、幕僚本部長の【ベアトリックス・シャルロッテ・フォン・フリッシュ】が応える。
 彼女の隣には、同じアルティガルド出身者の戦術部長【ルイーゼ・イェーガー】と鎮守直廊の一人【マルティナ・フォン・アウツシュタイン】のが座っている。
 彼女等の軍服は、詰襟に、金釦が三個横に並んだ肋骨服で、金モールの刺繍がふんだんに施されている。
 そこから意識的にやや隙間を広げて、
 従軍魔術師の【ライ・ダーライア】と警備部長【ライラ・シデリウス】、鎮守直廊の一人【キーラ・ゼーダーシュトレーム】のフェルディア人が座る。
 彼女等の軍服はセリア風のデザインが強く、詰襟に前身頃に釦が縦二列に並び、飾り紐やエポーレット等の装飾がみられる。
 また、大きく空いて、特殊顧問【アン・ツェーイ】が、親衛隊の新人研修生を引率して参加している。
 また、この反対側には、
 特別護衛官【ラン・ローラ・ベル】が座っている。
 ランは、着慣れないジュストコールとジレという貴族衣装に馴染めず、かつ、テーブルマナーに悪戦苦闘している。折角の『牛肉の赤ワイン煮』や鏡のように輝く『チョコレートケーキ』も、その美味をほとんど感じ取れずにいた。
 彼女をこの席に座らせたのは、隣の女性への牽制であろう。
 微妙な距離感で、陞爵した【アリーセ・アーケ・フォン・ハルテンベルク】伯爵夫人が、雅な衣装に身を包み、優雅が手付きで食を楽しんでいる。
 公式にランをカーン公爵家の末裔と認めることで、アリーセの席を一つ下げているのだ。
 その隣に、【ルートヴィヒ・フォン・ディアン】子爵と親衛隊長【ナン・ディアン】男爵(戦後叙爵予定)の兄弟が座る。続いて、ブラオプフール城攻略の功により授爵した【ヴェロニカ・ロジーナ・フォン・ベルタ】准男爵夫人がいる。
「しかし、勿体無いですね」
 ナン・ディアンが弾んだ声で呟く。貴族の列に入れてもらい、如何にも浮かれた気分を隠し切れないという雰囲気である。
「お前は貧乏性だな」
「畏れ入ります」
 オーギュストは軽快に笑い、ナンはおどけて頭を掻いた。
「あんな急造の橋など、もう数日しかもたんよ――」
 言葉の途中で、ちらりとベアトリックスを見る。彼女は素知らぬ顔でワイングラスを傾けていた。ちなみに、彼女の指揮で、大橋は建設された。
「どうせ壊れるなら、キャンプファイヤーにした方が有意義だ」
「雄大なフォークダンスができますね」
 ナンはテーブルの下で音を立ててステップを踏み、手をつなぐ仕草をして無邪気に笑う。
「橋の構造に欠点はなく――」
 その道化た空気を吹き払うように、ベアトリックスが、凛とした声をワインの風味を醸しながら放った。
「施工に何の支障もなく、建材には最良の物が揃っています。もうしばらく耐えられましょうが――」
 ゆっくりとグラスを置き、縁を指先で拭うと垂れた前髪を耳に掛ける。
「問題は警備です。あの前代未聞の長大な橋の、空前絶後の広大な全域を守るのは容易ではないでしょう。今夜も工作員が橋桁まで迫っていたかもしれません……」
「……」
 警備を担当するライラがすぅーと顔を上げた。と、その唇が動く前に、オーギュストが口を挟む。
「万が一にもそうなっては、全軍の士気にかかわる訳だ。故に、この演出なのだ」
「なるほど」
 オーギュストはナンの方に顔を向けて、まるで教師のように丁寧な口調で語る。対して、ナンは大袈裟な芝居のように手を叩いて頷く。
 その時、ベアトリックスの部下が、静かに彼女にメモを渡す。
「さて――」
 オーギュストは、椅子に深く凭れた。
「見つかったのか?」
「はい」
 ベアトリックスとルイーゼが、同時に立ち上がり、背筋を伸ばす。
「まず、ご覧ください」
 そして、テーブルの上に広げられた近隣の地図を差し棒でさしながら説明を始めた。
 ここ『フュンフフルト』から王都『アルテブルグ』に向かうには、幾つかルートがある。
 一つは、フリーズ大河沿いに東に向かい、沿岸地域を北上する。平坦であり栄えた街が幾つもあり旅し易いが、距離は長くなり、かつ、守りが堅い城塞都市などもあり、進軍には適さないだろう。
 一つは、北東の河岸段丘の街道を進む。アルテブルグへ最短ルートであるが、先の内乱の際に、全ての軍勢がこの街道を通ったために、石畳は荒れ、橋は壊れ、井戸は毒され、略奪により町は荒廃したままになっている。
 一つは、西のウェーデル山脈の尾根を通って、北の『ヴァイデバッハ(柳の小川)』の街に至る。ここからアルテブルグまで運河がある。
 運河は浅く、幅も狭い。底の平らな小舟を、両岸から人夫が曳いて進む形式である。
 物資の運搬には適しているが、尾根の道は蛇のように蛇行し、起伏も激しい。さらに小領主が乱立していて、人間関係も複雑である。
 そして、最後の一つは、北の鶴ヶ原をまっすぐに抜ける道である。大規模な農地開発の計画はあったが、戦乱で無期延期となり、茫洋な大地は虚しく牧草地となっている。
「鶴ヶ原での偵察の結果、シュナイダー将軍は、本陣を、この『横島(ザイテインゼル)』に置いている事が分かりました」
 ベアトリックスが鶴ヶ原のほぼ中央を指す。
「横島(ザイテインゼル)は、三角柱を倒したような形状で、北側にゆっくりと傾斜し、南側は絶壁です。つまりジャンプ台のような感じです」
 掌の上の空気を、まるで粘土のように捏ねまわして、その形状を必死に伝えようとしている。
「ここは見渡す限り平原の中で、唯一の障害物――」
 ルイーゼ・イェーガーが続ける。
「鶴ヶ原を主戦場と想定するならば、ここに陣を敷くのは当然と言えるでしょう。ただし、背後には小川というか用水路が流れています。農地化のために大地から水を抜くためでしょう」
「所謂、『背水の陣』ですね――」
 二人に負けていられない、という気持ちなのだろう。もう一人の幕僚であるアンが物知り顔で言う。
 その言葉に誰も反応しない。一瞬で空気が冷え切ってしまう。
「これは由々しき事態ですぞ。逃げ場のない敵兵は死力を尽くして戦うはず」
 この沈黙を破ったのはナンである。今度はあからさまに舌打ちが起こり、「これだから親衛隊世代は……」という囁きが、どこからか、もれ聞こえてくる。
 見かねて、兄のルートヴィヒが口を開いた。
「シュナイダーは自らとその本隊を囮にして、我が軍を草原に引き込み、少数で戦線を支えつつ、別働隊を西のヴァルヌス山岳地帯に迂回させて、背後のこの街を攻略するつもり、と思われます」
「そんな所だろう」
 オーギュストが呟き、時計を見た。
 その時、奥の扉が開く。甲冑姿の【クラウス・フォン・アウツシュタイン】将軍が入室してきた。
「上帝陛下、我が軍勢、出陣の準備が整いました」
 右手に剣を握り、左手に兜抱えて、マント翻して跪く。
「諸君、名残惜しいがキャンプは終わりだ」
 オーギュストが口を拭い立ち上がる。全員が背筋を伸ばして、その手を膝の上に乗せる。
「陰の中に潜んでいた敵が、ようやくその影を動かした。その思惑が見えた今、今度はこちらから機先を制する。アウツシュタイン将軍」
「はっ」
「兵に一日分だけの兵糧を持たせて、直ちに出陣せよ。敵の出城を攻略し、『ベーアブルク』要塞攻撃の下ごしらえしろ。余も夜明け頃には合流する」
「承知致しました!」
 アウツシュタイン将軍が、武人らしい堂々たる声で答えた。


 その頃、教会の礼拝堂では、主任参謀【ヤン・ドレイクハーブン】と情報参謀【刀根小次郎】の二人が、人質の面接を行っている。
 純白の壁の上に黒く塗られた太い梁が架かり、高窓から差し込む赤い炎の光に妖しげに浮かび上がっている。また、女神像の上の聖なるステンドグラスも、兵士たちの沸き上がる歓声で割れんばかりに揺れている。
 そんな外の喧騒とは関係なく、礼拝堂は水を打ったように静まり返っている。
 女神像を背にして、ヤンと小次郎の二人が、折り畳み式の簡易的な机に向かい、書類に目を通している。
「ゴホン、埃っぽいなぁ」
 先程から、小次郎がヤンを、ちらりちらりと訝しげに垣間見えている。軍務だから、誇り高い参謀飾緒のある軍服を着用するのが自然なのだが、ヤンは堂々と貴族服を着てきた。
 不意に視線が合うと、迷いのない眼差しで「何だ?」と返されて、その度に、咳払いして誤魔化している。
 そこへ、十代半ばの少女と幼い少年が案内されてきた。真っ直ぐに女神像を見上げて、左右に長椅子が整然と並ぶ通路を歩く。長椅子の手すりに握りこぶし位の羊の彫刻が施されて、少年はそれに気を取られながら正面の長椅子に腰を下ろした。
【マンドリーコヴァ】家の御新造【バルボラ】さん。と末子【オスカル】君だね」
「はい」
 マンドリーコヴァ家は、ヴァルヌス山地の小領主の一つである。
 当主の【オレク・ファン・マンドリーコヴァ】は、サリス帝国に恭順することを決め、嫡男【オト】の若妻バルボラと息子のオスカルを人質として送った。二人は義理の姉弟である。
「お城は立派らしいね」
「はい、城から眺める滝は素晴らしく、風光明媚な郷です」
 バルボラが答える。飾り気のないおさげが儚げで、まだ幼さを残す顔立ちは地味だが、はつらつとした明るい笑顔を見せる。
 ヤンと小次郎は、二人に幾つか質問して、本人かどうか確認した。特に問題は見つからず、書類にサインする。これで今度、この義姉弟は、別々の長屋で暮らすことになるだろう。
「何かとご不自由でしょうが、何か必要なものがあれば、遠慮なく申し出て下さい」
「はい」
 立ち上がり、バルボラは改めて頭を下げる。
「どうぞ、義父と夫を宜しくお願い致します」
 揺れるおさげが健気である。
「畏まりました」
 ヤンは、頬を緩めて優しく答えた。
「この境遇にも、恨み言一つ言わんとは……」
 二人の背中を見送りながら、小次郎が呟く。
「夫は幸せ者だな」
「真に」
 ヤンは頷きならが、婚約者との新しい生活を想像していた。自分は決して、【アンナ・デ・ナバール】を不幸にしない、と固く決意する。
 二人とすれ違いで、ナンが入ってくる。
「出陣だ」
 短いが、緊張感溢れる言葉を告げる。
「何処に?」
「ベーアブルク要塞都市」
「難攻不落だな」
 石垣の高さは25メートル越え、ゆるやかな傾斜で始まり、徐々に勾配が急になっていく。パズルのような連続枡形虎口は、高い塔に囲まれた狭い通路を六度も直角に曲がる。
 まるで宇宙にでも行けそうな塔郡と高石垣は、見る者を圧倒する。そして、迷宮ばりの入り組んだ縄張りは、最高の防御力を誇る。まさにアルティガルド最大級の超巨大城郭であり、城塞建築の最高峰と言えよう。
 また、フリーズ大河北部でエリース湖沿岸地域の軍事的中心地であり、サリス方面戦線を後方から支えている。
「親衛隊が一番乗りだ」
 ナンが勇んで言う。
「そんな事にはならんよ」
 ヤンが苦笑いしながら、書類にペンを走らす。
「夜会に出たんだ?」
 小次郎が、ナンの丈の長い貴族服の裾を引っ張って問う。
「ああ、一足先に男爵様だ」
「立派だな……、お父さんとお母さんが」
「そんな負け惜しみは、聞き飽きたよ」
 ナンが腰に手を当てて背中を反らして高らかに笑う。
「俺も今度の戦争の後に、爵位とお手付き美女を拝領するんだ」
「立派なお姉さんがいて羨ましいよ」
「ヤー、蛍コンビだ」
 ヤンが半笑いで突っ込んで、小次郎とナンが陽気にハイタッチした。
「で、(お前なら)誰を貰うよ?」
 ナンが問う。
 あの小さくて可愛い娘、あの長身の美形、などと親衛隊の新人の顔を思い浮かべて、幾つか指を折る。と、小次郎はにやけた顔をして、禁断の名前を挙げる。
「やっぱりここは、アリーセ・アーケ・フォン・ハルテンベルク伯爵夫人でしょう」
「無理むり――」
 ナンが盛大に顔の前で手を振った。
「どうして、同じアルティガルド出身だぜ」
「お茶の飲み方も知れないくせに」
 と澄まし顔で、小次郎の白湯を勝手に飲む。
「じゃ、ヴェロニカ・ロジーナ・フォン・ベルタで我慢するか」
「ロマン・ベルント・フォン・プラッツみたいに踏み台にされるぞ」
「そう、じゃ……ねえ」
 小次郎が首を傾げて考え込んだ。やはり歌姫フィネ・ソルータが死亡したのは惜しい。
「素直にアンにしとけ」
「アンねぇ――」
 今度は腕組して、盛大に唸って見せる。
「言葉攻めとか凄そうじゃん」
「いっひひひ」
 二人は卑猥に引き笑いする。
「まあ、ランよりはマシだがな」
「そうだな」
 その時、忙しなく走っていたヤンのペンがぴたりと止まった。
「どうして?」
 反射的に顔を上げて真顔で問うと、二人は同時にヤンを見遣った。
「そりゃ……」
「色気ねえじゃん」
「うん」
「早朝からランニング、朝飯前に素振り100回とか、休みの日にも、剣術の稽古の相手とかさせられそうじゃん」
「そうそう」
「その点、アンなら、あのFカップ巨乳を揺らしながら嫌味言うぐらいだろう」
「乳が揺れてりゃ、こちとら文句はねえよ」
「だな」
 二人は、互い讃えるようにハイタッチした。
 一方、ヤンは喉をさすった。胸の中虫が這いずり回るような不快感を覚え、シャツを破って掻き毟りたい、そんな衝動に苦しんでいる。
「今頃、新人いびりしているんだろうなぁ」
「まぁ確率的に、99パーセントと100の間ぐらいだな」
「いっひひひ」
 噂話に花を咲かせる二人を横目に、ヤンは口元を押さえながら、手荒く2~3ページをまとめて捲った。

「シルヴィ、一緒に堕ちましょう」
「ああン」
 暗く狭い倉庫で、アンは白いセーラーカラーの軍服を着た少女を抱き締めている。
 先程の夜会に、親衛隊の新人研修組を代表して参加していた、【シルヴィ・ド・クレーザー】である。聖騎士の娘で、絵に描いたような優等生タイプであり、研修組のリーダーを自主的に務めている。
 背はほぼ同じで、アンの肩に顔を埋めている。そして、誘われるままに顎を上げると、乾いた唇と唇を重ねていく。
「下の唇でもキスがしたいわ」
 アンがせびる。
「ダメです……」
「だって、これが最後になるかもしれないのよ……」
「大丈夫……アン様の実力なら……」
「実力や努力が報われないのが、戦争よ……」
「そんなこと仰らないで……」
 シルヴィは、悲しそうに瞳を潤ませた。
 もう一度、アンは口付けをする。今度は小さな唇の上を舌先で舐めて、しっとりと濡らしていく。
「じゃ、パンツを交換しましょう」
「ふふ、ええ」
 悪戯する幼女のように瞳を輝かせ合った。
 二人はスカートの中に手を入れて、ショーツを脱ぐ。そして、互いに胸の前に運ぶ。
「ふふ、もう濡れてる」
「アン様も」
 二人は互いのショーツの染みを見せ合い、お互いの愛情を確かめ合うと、然もうれしそうに微笑み合った。
「これを私だと思って」
「はい、いつでも、アン様のぬくもりを感じていますわ」
「いやらしい子」
「ふふ」
 ショーツを交換すると、情熱に酔いしれた赤い顔を俯かせ、小さなショーツに足首を通す。そして、まるでその肌触りを堪能するかのように、ゆっくりと足の肌を滑らせて穿いていく。
「もう行くわ」
「ええ」
 名残惜しそうに啄むようにキスをして、二人は倉庫を出た。

「遅くなりました」
 小さな中庭をぐるりと回って、シルヴィはロッカールームに入る。
「お前たちは戦闘に参加することはない。戦場の雰囲気を感じていればいい」
「はい」
 出陣の命令に、研修組は動揺を隠せずにいた。その前に、ランが現れて、声をかけている。
「演習通りにやれば問題ない」
「はい」
 その言葉に、少女たちは、皆、笑顔を取り戻す。
 それを見届けて、ランは着替えを始めた。
 真珠のティアラ、イヤリング、ネックレスを千切るように外し、肘上丈の手袋を口で抜き取り、パンプスを放り飛ばして、蘭をイメージした淡いオレンジ色のイブニングドレスを脱ぎさった。
 次に、サスペンダー付きのホットパンツを穿き、鉄底の戦闘用ブーツを履き、臍の出た丈短のタンクトップを着た。
 それから、背中のホルダーに剣鉈を、太ももに投げナイフを、足首にサバイバルナイフを、サスペンダーにダガーを納め、サーベル用のベルトを臍の下に巻いた。
 最後に、髪を縛ってまとめ、額当て、肩当て、胸当て、草摺、ガントレット、脛当てなど取り付けていく。
「ナイフホルダーのベルトはちゃんと締めるように、キツイからってだらしなくぶら下げない。それから、暑いからって、胸元の釦を外さないように」
「はい」
「軍服のアレンジを個性だと思っている人もいるようだけど、ただ見苦しいだけだから。そんなことで目立っても手柄には繋がらないから」
「はい」
「規律とかウザイと思っている娘もいるだろうけど」
「……」
「お洒落な服で気分が盛り上がれば、軽く十人は斬り倒せるという娘もいるだろうけど、どうでもいいから!」
 腰に手を当て、ブーツの踵で床を踏み叩く。
「上帝陛下の御心が、貴方たちの服装の乱れに少しでも気を取られ、些かでも気分を害されたならば、万単位で人が死ぬ!」
「……」
「上帝陛下に身も心も捧げよ」
「はい」
「別命あるまで待機」
「はい」
 颯爽とランは控室を出る。

「あの人……」
 赤毛のショートカットの少女(テレーズ)が、躊躇いがちに口を開いた。
「少し丸くなられましたよね?」
「ええ、わたくしもそう感じていましたの」
 隣の豪奢な黄金の巻き髪の少女(ロクサンヌ)が、ニコリとほほ笑む。
「前はギスギスとして、少し怒りっぽい感じでしたのに」
 そこへ、黒髪の長身の二人組(カミーユとヴェラ)が近付いてきた。
「剣もお強いですし、アドバイスも的確ですし、何より、上帝陛下にその才能を幼少のころに見出されて、薫陶よろしきを得ていらっしゃる」
「ホント、頼れるって感じですね」
「お姉さまってお呼びしたいわ」
 少女たちは、自然とランを憧憬の目で見るようになっていた。
「あっ、お忘れになった……」
 青いカチューシャに銀縁の眼鏡をかけた少女(ウルリーケ)が、プラチナのパスカードを拾い上げる。
「まだ間に合います……追い駆けましょう!」
 ツインテールに赤いリボンをした少女(メヒティルト)が、促して、二人で廊下に出て行こうとする。
「お待ちなさい」
 壁に飾られた小さな女神エリース像に、聖騎士式の祈りを捧げていたシルヴィが、慌てて立ち上がった。
「待機命令中です」
 そして、リーダーとして、きっぱりと制止する。
「すぐに戻ります」
「古より、千里の堤も蟻の穴から崩れる、と言います。勝手な行動は許しません」
「でも、今なら間に合います」
「急がないと行ってしまわれますわ」
「我々に与えられている命令は、武装を済ませて、ここに待機することです」
「……」
「言いたいことがあるなら仰い」
「ならば言わせてもらいますけど、聖騎士のご家系かもしれませんが、堅すぎませんか?」
「戦場では臨機応変も大切な筈」
 二人が反論し、対して、シルヴィも一歩も引かない。忽ち、険悪な雰囲気になった。
「これからは魔力を感じる。とても大事なものだろう」
 ハーフエルフの末裔らしい華奢で、肌理の細かい白く透き通るような肌をした少女(ミルフィーヌ)が、人間離れした美貌を硬くして間に入った。
「……」
 シルヴィは、口を真一文字に結んでしばらく考える。
「分かりました。私が行きます。貴方たちは絶対に此処を動かないように」
 そう言って、プラチナのパスカードを強引に奪い取った。
「どうして貴女が?」
 他からも声が上がる。
「何故なら、私はマジックアイテムの管理を、親衛隊隊長より任されているからです」
「……」
「マジックアイテムと分かった以上、その処置を最優先に行います。方々、依存はありませんね」
「……はい」
 少女たちは渋々と頷く。
 それを見届けて、シルヴィは、さっと廊下に出た。
「もういらっしゃらない……」
 しかし、廊下を見渡しても、影すら見当たらない。「急がないと間に合わない」という指摘を思い出して、彼女は唇を噛んだ。
「よし」
 一度、背後のロッカールームの扉を見返してから、固く決心して、前のめりの強い歩調で廊下を進み始めた。

 小さな中庭に面した簡素な廊下を早足で歩く。
「あれ、こんな所に扉があったかしら?」
 渡り廊下の途中に、見たことのない扉を発見する。前に通った時には確かになかった。
「……ッ」
 好奇心に誘われて、思わず手を伸ばしてしまう。
 爪の先が触れただけで、いとも簡単に、そのモダンな植物柄の黒鉄の扉が開いてしまう。
「うっ」
 慌てて戻そうとして、手を伸ばし、階段を一段降りた。
 一歩入って、空気ががらりと変わった。赤い壁と床に金の手摺と照明がとても艶やかで美しい。
「さっさと降りて来い」
 思わず見惚れていると、階下から、高圧的な声がした。鎮守直廊三人衆の一人『サンドラ』がいる。
「あ、いえ、私は……いえ、小官は……」
「さっさとしろ」
「はい」
 キレのいい返事をして、階段を転ぶように駆け下りていく。
「よし、入れ」
 プラチナのパスカードを確認して、背後の黒鉄の扉を指差す。
「はっ、はい……」
 入室すると、目の前にシャンデリアが飛び込んでくる。左右に優雅に曲がった階段があり、そこを降りていくと貴賓室前のロビーラウンジで、モダンな赤いラウンジチェアが並んでいる。
 2フロア吹き抜けの開放的な空間で、天井と柱には金箔が貼られて、シャンデリアの光に淡く輝いている。壁には絵画と鏡が交互に飾られて、不思議な奥行きを感じられた。
 地上部分と地下で、これほど世界観が変わる造りに、嫌悪感を通り越して、むしろ清々しさを感じた。爪に火を灯すような生活の中で、僅かでもお布施し続けてきた、敬虔な信者たちも納得するに違いないだろうと思う。
「誰もいないのかしら……あっ!?」
 急に、ラウンジチェアで寝ていた黒猫が起き出して、背筋を伸ばして欠伸をした。そして、馴れ馴れしく近付いてきて、ぐるぐると足元を回り出す。しばらくして、飽きたのか、また元のラウンジチェアに戻り、首を後足が掻き始めた。
 重い扉を開いて、貴賓室に入る。ウォークインクロゼットと洗面室に挟まれた短いが狭い通路の先に、リビングルームがある。
「……っします」
 緊張してうまく言葉を紡げない。
 リビングルームは、華やかな色彩のインテリアに囲まれている。奥に、革張りの重厚なチェアと広いライティングデスクがあり、オーギュストが肘をついて座っていた。
 その前に、ランが畏まって立っている。
「失くすか、普通?」
「すいません……」
「通路には呪が施されている、と何度も言ってあるだろ?」
「はい……」
「蜘蛛の巣に引っ掛かった蝶を取るのは、結構面倒なんだ。分かるよな?」
「申し訳ありません……」
 ランは、不承不承に謝罪している。
「でも――」
 しかし、ついに不満を抑え切れなくなり、蛇口から水がもれるように、蚊の鳴くような小さな声で呟いてしまった。
「戦闘配備中に突然呼び出すから……」
「あ?」
 恫喝するように聞き返した。
「折角武装したのに……」
 それに臆せず、ランは蟠っていた不満をブツブツと囁く。白銀に輝く鎧も剣やナイフなどの武器も、どれも外している。
「武装?」
 オーギュストは、然も不思議そうに訊ねた。
「なんで、そんな格好している?」
「出陣って言ったじゃん!」
 さらに柳眉を逆立てる。
「お前は、戦場に出る必要なんてないぞ」
「何で?」
「留守番だから」
「なにそれ」
 意味が分からず、素で目を白黒させる。
「俺の寵愛一番手は、女主として仮皇宮を守る義務がある」
「そんなの聞いたこと……」
「あるさ……たぶん」
「……」
 ランはしばし口を噤み、俯いた。
「それって……」
 耳を真っ赤にして、今にも消えそうな声でささやく。
「ぼくが一番可愛いってこと?」
「ああ」
 即答に、ランは「へへ」とはにかんだ。
「納得したところで、罰は幾つだ?」
「十回……です」
 オーギュストは椅子を引き、無言で膝を叩いた。それに俯いたまま、ランは歩を進める。机を迂回して傍らに立つと、佩いていた剣を机の側面に立て掛けて、ショートパンツを膝まで摺り下ろす。黒い革のホットパンツに、白いショーツがよく映えていた。
「失礼します」
 ランは、オーギュストの膝に肘を乗せて、剥き出しの尻を高く掲げる。
 オーギュストはゆっくりと尻を撫で回してから、ピシャリと叩いた。
「一つ……」
 ランが告げる。
 ピシャリ、
「二つ……」
 またピシャリ、
「三つ……」
 またまたピシャリ、
「四つ……」
 自ら回数を数える。
「ひっ」
 少女は短く悲鳴を上げて、口を手で抑えた。
 再びピシャリ、
「五つ……」
 肩幅が広く、筋肉質の背中を小刻みに震わす。そして、引き締まり吊り上がった堅い尻を左右にゆすって、最近うっすらと付き始めたマシュマロのような柔肉を揺らす。
「ん……あ……んああ……」
 揺らしながら、陶然とした目付きで、愉悦の喘ぎをもらしていた。
「で、お前は誰だ?」
 不意にオーギュストが、壁の影から、この異様な光景を覗く少女を見た。
「ッ……」
 少女は思わず後退りして躓き、その場に尻餅をついてしまう。
「……」
 蛇に睨まれた蛙というのは、こう言う事なのだろう。小指一本動かせない。
「シルヴィ!」
 一方、ランは、深い谷底に堕ちたような絶望感に満ちた声で、少女の名を呼んだ。
「どうして貴女が……?」
 驚きに目を見張り、眼球を微動させて、哀哭混じりに問いかける。
「し、し…親衛隊のシルヴィ・ド・クレーザーです。忘れ物をお届けに……」
 咄嗟に口を突いて出た。突然、この切迫した状況に遭遇し頭が真っ白になっている。――にも拘わらず、はっきりと来訪の目的を報告できた。報連相など日頃の鍛錬のたまものだ、と心の片隅で、不思議なぐらい冷静に、まるで他人事のように思う。
「ああ、聖騎士の娘か。夜会にもいたな」
「はい……」
「優秀らしいな」
「そのような……」
「サリスの誇りだとアンが言っていた」
「畏れ入ります」
 アンの名前を聞いて、胸がほっこりと暖まる。
「これからも文武に励め、アンも喜ぶ」
「畏まりました。一日も早く上帝陛下の御役に立てますよう、サリスの聖騎士の名に恥じぬよう、アン様のご期待に応えられますよう、一生懸命精進致します」
 この異様な雰囲気の中でも、再び立派に口上を述べることができた。もはや謁見の作法はマスターしたと言えるだろう。シルヴィは一つ階段を上り、自分が大人になったと確信した。
「大義、一つまいろう」
「お流れ頂戴致します」
 オーギュストは、机の端に置かれたティーカップを左手でひっくり返して酒を注いだ。常に右手は、丸くランの尻を撫で回している。
「いやっ、いやぁああん!」
 まるで無いもののように、頭上で普通に会話が行われている。まさに飼い猫以下の扱いである。これに恐怖して、肺の中の空気を全部吐き出して、盛大に絶叫した。
「見ないでェ!!」
 この世の終わりとばかりに、ランは切なげに叫ぶ。そして、机の下に身体を隠して、手足を竦めてすすり泣いた。
「さっき如何して呼んだか、訊いたな?」
 オーギュストが、丸まったランを見下ろして、低い声で語り始める。
「いい服を着て、美味い物を食って、香りのいい酒を飲み、頭のいい女に囲まれていると、俺の中のオスがへたるんだ。覚醒させるには、女を嬲るのが一番」
「……」
 ランは、ただ亀のように丸まって返事しない。
「しかし、出陣の準備でみんな忙しくて――」
 あのアンでさえせわしい、と笑い混じりに付け加えた。
「暇そうなのは、お前だけだった。よもやこんな余興まで加わるとは。俺はとことんついている。否、持っているのはお前の方か」
 オーギュストは、あははは、と声を上げて笑う。
 片や、ランは「こっちへ来い」と背中をゆすられても、頑なに動かない。
「お前はいつも面白いな」
 嘲笑すると、ランの尻の割れ目に指を這わせる。忽ち、背中の筋肉から力が抜けていった。
「いやっ、触らないで!」
 精一杯、喉を絞って、金切り声をあげる。だが、言葉とは裏腹に、蜜壺から淫水が溢れてきて、秘裂を這う指がまるで泳ぐようにみえる。
“びちゃびちゃ”
 と卑猥な水音が机の下にこだまする。
「むうぅ、うぐぅ……」
 溢れ出す喘ぎ声を、白い歯で指を噛んで耐えてみる。
「小娘、そこで見ていろ」
「…ぁ、はぃ…」
 一瞥してシルヴィを目で殺すと、その圧倒的な力で、ランを抱え上げる。その安住の巣を暴かれたランは、ただ子猫のように震えていた。その膝の上にランを載せる。所謂、背面座位である。
「便利だろ?」
 ランの長い足を左右に大きく開かせて、その肩越しに、再びオーギュストはシルヴィを見る。
「尻を叩くだけで、こんなに濡れる」
「え……?」
「これがメスというものだ」
「はぁぃ……」
 ゴクリと音を立てて、生唾を一つ飲み込んで頷く。
 その瞬間、ランはヒィィと仰け反った。雨に打たれたようにすっかり潤った花びらに、オーギュストのペニスが当たっているのだ。
「そんな悦ぶなよ、あの子が見ているぞ」
 耳たぶを噛み、後ろから乳ぶさを揺するように揉みながら指弾する。
「シルヴィ、こんなランを、み、見ないで!」
 しかし、またもあべこべに、淫水が滝のように落ちてしまう。
「お前は本当に見られるのが好きだな」
「ちっ、ふぅっ……うん、んんn」
 ランは歯を食い縛って、身をよじり、鼻を鳴らして否定する。しかし、オーギュストの詰りは終わらない。
「ここには、ストリップ小屋があるらしい。どうだ、出てみるか?」
「いッ、いやっ、絶対に嫌ッ!!」
 烈しく首を振り、くねくねと回すように腰を蠢かせる。途端に、周囲に淫水の飛沫が飛び散り、床が穢されていった。
“女とは下腹部をこんな風に動かすことができるものなの”
 シルヴィは、その見慣れない腰の動きに只々動顛した。
「嫌、ばれちゃう……」
 ランは泣き喚く。
「まさかランが躍っているとは、誰も思いもしないさ」
「歯並びとか、ホクロからばれちゃう……」
「じゃ、仮面を着ければいい」
“そんなこと……できるわけない……”
 脳裏に、たくさんの下品な男たちの前で股を開く己の破廉恥な姿を妄想して、ランの身体が痙攣し始めた。
「ひいぃ、イクぅ、イッちゃううぅぅぅ」
 限界とばかりに昂ぶった声を上げた。そして、髪を掻きむしり、膝をがたがたと揺らしながら、腰が砕けて落ちていく。
「ランちゃん、いくぞ」
 淫水で、オーギュストの分身はまるで蜜をかけたように濡れ光っている。それを、秘密の口がぱくりと飲み込んでいく。
 シルヴィは、顔を手で覆った。しかし、指の間から、しっかりとその潤んだ瞳を覗かせている。
“信じられない”
 先程まで股間には一筋の割れ目があるだけだった。そこにぽっかりと穴が空いたかと思うと、巨大な肉の塊を吸い込んでいく。
“どうなっているの?”
 その肉塊は、ランの細い腰とほぼ変わらない大きさのように思えた。それがすっぽりと納まっていく。
「さけっ、さけちゃうぅぅ!」
 ランの奇声に、甘ったるい音色が加わった。
“ぬちゃずちゃ”
 と、肉ずれのする音が響く。
「あン…ああん、感じちゃう……」
 牝肉を抉られる感触に、ランは酔い痴れて、喜悦に貌を蕩けさせた。
「そんな、うれしそうな顔をして」
「ええ、うれしい。うれしいの――」
 卑猥な言葉を吐き散らす。
「オチンチンが~ぁキモチいいのぉ~」
 もはや目の前のシルヴィの姿も目に入っていない。自分の脳の中に、自身で造り出した悦楽の世界にすっかり溺れてしまった。
「すてきぃ、すてき~ぃ~~」
 両足を大きく開いて、一心不乱に腰を振り立てる。まさに痴女である。
「なっ、なっちゃう、変になっちゃう……身体中がオマンコになっちゃう~~ぅ」
 背後のオーギュストの方へ凭れ倒れ、白い喉を仰け反らせると白目を剥いた。
「あぅうぅ、あうあぅぅ、イクぅぅぅー!!」
 何やら不明瞭な、獣の呻くような声を繰り返し吹き上げていたが、突然、はっきりとした声で絶頂を告げた。
 登りつめた直後、朦朧とした顔で、ランは荒々しく肩を揺すり、胸を激しく上下させて息をする。
 おいで――
 その時、オーギュストがシルヴィを手招きする。シルヴィは、ふらふらと、まるで操り人形のように近付いて行く。彼女自身、ふわふわと雲の上にいるようで、全く歩いている実感はない。
「ふふ、こんなんなんですね♪」
 男女の性器が繋がった場所に顔を寄せて、恍惚と囁く。
「アン様が仰ってました。ラン様はセックスの天才だって、セックスをするために生まれてきたんだって。本当だったんですね」
「ほらよ」
 不意にオーギュストが下から突き上げると、接合部から熱い蜜が噴き出して、シルヴィの顔を濡らす。
「ひぃッ!?」
 ランは短い悲鳴を上げた。眼下に、少女の顔があり、視線は完全に股間を睨んでいる。
「い、いや、いや、いや……」
 血管が凍り付きように蒼褪め、血潮が逆流したようにカッと熱く汗を吹き出す。
「もう抜くの……」
 幼女のように、足をばたつかせる。偶然、シルヴィを思いっきり蹴り倒してしまった。
「た、助けてぇ……」
 ランは机に手をついて立ち上がろうとする。しかし、オーギュスもすぐに追いかけて、ぴったりと腰を掴んで離さない。ランは前屈みで尻を突き出す格好となっている。
「もう挿入させない」
 細い腰を掴まれながらも、強靭な足腰を使って、尻を前後左右に激しく振り続ける。
「無駄だ」
「ふぅ、あああん」
 その秘密の牝穴を、一撃で打ち抜かれる。
 ぞわぞわと白い背中を、甘美な衝撃が駆け抜けていく。わなわなと尻から肩までを波打たせて、まるで身体全体で受け入れて、五臓六腑の全てで味わっているようにみえる。
「お前は難しいことを考えず、ただセックスのことだけを考えていればいいんだ」
「うんうんうん……」
 脳にすんなりとこの言葉が染み込む。狂ったように頭を上下させて、従順に頷き続ければ、心の奥深く、文字が刻印されたようなイメージが浮かんだ。
「素直で宜しい。褒美だ」
“ずにゅ……ずずず!”
 細腰をがっちりと掴んで、壊さんばかりに衝きまくる。
「~~~~~~ッッ!」
 世も末とばかり、絶望の声を上げた。
「ふかっ、いいぃ、いいぃぃ!」
 膣奥まで蹂躙される。
“にゅちゃ、にゅちゃ”
 と湧き出る泉をかき回す水音が響き、
“パンパン”
 と肉と肉が派手にぶつかる。
「奥までっ、はぁっ、あっ、んんっ……」
 身体の芯を貫く衝撃に、ぷるぷるっと胸の膨らみが弾む。
「あぁあぁぁ、あ、ああ~ん」
 涎を垂らしながら身悶え、白目を剥いて啼き喚く。
「くるぅ、くるっちゃうーぅ」
 脳天まで衝撃が轟き、脳裏に「発狂」の2文字が思い浮かんだ。その途端、壮絶な醜態を示しつつ断末魔の声を上げた。
「ひぃいい、んいいっ、おおぉいいっ、いいやぁあっ、またくるぅぅぅ……」
 更なる絶頂の予兆に、よがり泣いた。
「ステキです、ランお姉さま」
 ランの撒き散らし滴の水たまりに蹲っていたシルヴィがむくっと顔を上げる。その水たまりの淫臭に、すっかり中毒となって自我を失った貌をしている。
 上体を起こし膝で立つ。シルヴィは、軍服のスカートを脱ぎ捨てて、白いショーツを摺り下ろした。透明の粘液が、すぅーと糸を引いている。そして、自ら胸を揉み、二人の繋がった結合部へ顔を近付けていく。
「勃起している」
「なっ、なに!?」
 剥き出しのクリトリスに舌を伸ばした。
「ああぁ、死ぬ、死んじゃう……」
 舌先がクリトリスに触れた瞬間、ランは悲鳴混じりの悦声を放った。そして、腰を弾ませ、夥しく太ももを痙攣させながら、水柱がシャンパンのように噴き出た。
「ああぁぁぁ」
 この失態に、ランは悍ましいほどの快感を抱き、めまいし、気が遠のいていく。
「アアー」
 シルヴィは、聖水を顔に浴びながら、恍惚の笑みを口元に浮かべていた。


 ザイテインゼルの本陣――
 夜、アルティガルド軍総司令部は、慌ただしさを増していた。
「申し上げます」
 若い士官が息を切らせて飛び込んで来て膝をつく。
「サリス軍の橋が燃えております」
「うむ、観測を続けよ」
「はい」
 副官の声に、勇ましく士官が飛び出ていく。
「……」
 シュナイダーは無言で腕を組む。
「潜入させた者どもから報告は?」
「未だに」
「……」
 眉間に深い皺を刻んだ。
「帰還かなわずとも、成功したとみてよろしいのでは?」
 副官がそっと耳打ちをする。
「……」
 シュナイダーは、まだ動かない。
 そこに『サリス軍本隊動く』の報が入る。
「将軍、彼らの死を無駄にできませんぞ。ご決断を」
「尤もだ!」
 腕組みを解くと、刺すように眼光を鋭くする。
「敵は浮足立っている。速攻を仕掛ける」
「はっ」
 集まった幕僚たちが、気勢を上げた。


 ベーアブルク要塞――。
 翌昼頃、オーギュストの軍旗がベーアブルク要塞の城下に翻った。
 アウツシュタイン将軍の軍勢は、闇夜を疾風の如く進軍し、百人ほどが守る出城を夜襲した。軽く一蹴した手際は、見事と言えよう。
 これに対して、要塞の軍司令部は狼狽した。
「この要塞が陥落すれば、サリス戦線を維持できなくなる」
「ここから王都アルテブルグまでの沿岸地域は人口密集地であり、もはや辺境ではない。
各街が蹂躙されてしまうぞ」
 口髭が立派で頭の禿げた男たちは、胸の勲章をジャラジャラと鳴らしながら、真っ青な顔を寄せ集めた。そして、出した結論は、防備を固めて援軍を待つ、という平凡な物であった。
 城下の水門を閉じて堀に水を貯え、木製の橋を落とし、通路にバリケードを築き、城門の裏に瓦礫を積み上げた。
「敵は徹底抗戦の構えです」
「要塞の防衛力は完璧です」
「……」
 ベアトリックスとルイーゼが騎馬を走らせて、オーギュストの騎馬の傍らに寄せる。
「予定通りです」
「上帝陛下、ご指示を」
「よし」
 そして、オーギュストは馬上で大きく頷くと、掌を開いて上げ、それをくるりと返した。
「全軍転進!」
 ルイーゼが吠え、ベアトリックスが部下を集めた。
 サリス軍は、監視と連絡用に僅かなサイア兵を残して、フュンフフルトへ戻り始めた。


 フュンフフルト――。
 夕刻、雲が低くたれこめて、妙に蒸し暑い。
「放てぇ!」
 草陰に潜み、静かに接近すると、アルティガルド軍が、サリス軍の陣へ攻撃を仕掛ける。
 無数の矢が本陣の中に吸い込まれた。反撃はない。
「突撃ッ!」
 若い少尉が剣を抜く。
「やああ!」
 喊声を上げて、歩兵が草むらを飛び出す。
 彼らは全身の防具を黒く塗り、槍を翳して緩やかな坂を駆け登る。
 目の前に、簡易な柵がある。
「押し倒せ」
 足を止めず、歩士たちが肩でぶつかる。そして、両手で掴んで、力の限り押す。次第に、土に差し込まれた杭が、ぐらぐらと揺らぎ出した。
「放てェ!」
「ぐがっ」
 そこへ、2列目の柵から矢が放たれた。
 無数の将兵が無抵抗に的となる。
「伏せよ」
 後方にいた中尉の命により、今度は柵にロープを結びつけて這いながら引く。
「進め!」
 丸太が大きな音を立てて倒れ、土煙が舞い上がった。再び、歩兵が駆け出す。
「あっ」
 盛り土を越えた先に、深い堀があった。
 落ちた歩兵に、容赦なく長槍が伸びる。
「怯むな、梯子で堀を登れ」
「衝け、衝け、突き落せ!」
「援護射撃を行え」
 沈みいく日の中で、互いの士官たちの声が、地獄の底のように暗い堀を挟んで飛び交う。

 奇襲は、完全に読まれていた。サリス軍は狼狽し成す術なく総崩れになる筈だったが、逆に、アルティガルド軍が出鼻を挫かれて統制を乱している。万全の態勢で待ち受けていたサリス軍の前に、アルティガルド軍は攻めあぐねていた。
「先行部隊を一旦後退させよ」
 シュナイダー将軍が命じる。
“橋を焼かれて、士気が下がっていると思っていたが……罠か?”
 眉間に険しい皺を作る。
「陣形を再編。その後に総攻撃を再開する」
 そして、新たに三つの部隊を繰り出して、三か所を同時に攻撃し始めた。
「司令部の弓隊を右翼へ」
「補給後、左翼へ」
「休むな、右翼へ走れ」
 シュナイダーは攻撃に緩急をつけて、守備の乱れを誘う。防御線が長くなれば、何処かに手薄な場所が現れる。そこを速やかに見付け出し、戦力を集中させようというのだ。

「負傷兵を下がらせろ、兵を補充せい」
「矢を持って来い」
「歩くな、走れ」
 サリス軍は柵と濠で守られているとはいえ、如何せん戦力が少ない。休む暇なく駆け回り、防御のほつれを如何にか塞いでいる。
「アンバー中尉戦死、第二小隊は壊滅しつつあり」
「ここが正念場だ。2倍闘え」
「はっ」
 サリス軍士官が叫ぶ。

 戦況は、数で勝る攻城側に傾いている。
 シュナイダーは金の懐中時計を取り出す。
“まだ、余裕はあるな……”
 敵援軍の到着までに攻め落とせると判断して、さらに予備戦力の投入を指示した。
「もう少しだ。敵の反応は鈍っているぞ。視力の限りに攻め続けよ!」
 シュナイダーの叱咤激励が飛ぶ。

 その時、サリス軍の援軍が到着する。
「数は?」
「千弱」
「指揮官は?」
 物見から戻った兵が、跪き、肩で息をしながら報告する。そして、敵の名を問われると、演出を意図したわけではないだろうが、一呼吸をおいてから声を張った。
「二羽の鴉の紋章。ディーンの旗が見えました」
「なんと!?」
 忽ち、司令部が蜂の巣を突いたような状態になった。
「さすがに速いですね」
 副官がシュナイダーに耳打ちをする。
「拙いなぁ……」
「はぁ?」
“敵の進軍が速過ぎる……。予め準備していたか、罠やもしれん“
 背中に回した拳を強く握る。
「すぐに伝騎を走らせ、前線部隊の指揮官に我が命令を徹底させよ。急げ!」
 シュナイダーが血を吐くように叫喚した。

「あれは、間違いない!」
 オーギュストの旗を見た前線の中隊長の中尉が、忽ち血相を変える。持っていた地図を投げ捨てて、一歩二歩と前に出た。
「総員、突撃せよ! この戦争の元凶を打ち取れェ!!」
 部下に命令しながら、最前線へともう歩き出していた。
 同時刻、その隣の部隊でも、鼎の沸くような騒ぎになっている。
「ディーンだ…ディーンが来たんだ……」
 中隊長の中尉が、武者震いをしながら、二歩三歩と後退した。
「備えよ…、備えよ……」
 そして、震える声で、2度同じ言葉を吐いた。

 馬上のオーギュストが指を指す。
「騎馬隊、泥棒の猫のように割り込め」
 オーギュストの命令で、騎兵が突進を始める。敵の前進する部隊と、その場に密集する部隊の間に楔を打ち込む。程無く、アルティガルド軍の前線は分断された。

 アルティガルド軍の前線は千切れた。最も血気盛んに突出した先端は、孤立を余儀なくされた。
「構うな。前へ、前へ!」
「もうここまでだ……。友軍との連携を保て」
 そこでも、指揮官たちが相反する判断を下す。

 それをオーギュストは見逃さない。
「弓隊、狙い討て」
 その兵士たちの熱気の段差を、弓隊に狙撃させて、くっきりとした溝を作った。
「槍隊、根こそぎ狩り尽くせ」
 さらに、本体から切り離されたアメーバの欠片に向かって、槍衾をぶつける。
 まさに瞬殺。
 薄いアルティガルド軍の陣形を一撃で突き破り、さらにその屍を踏み越えて前進し続ける。
 逃げる兵が、その後方の部隊に合流しようとする。
「弓隊、持てる矢を空にせよ」

 兵と兵が交差して、陣形が混乱した僅かな刹那に、その頭上に矢が降り注ぐ。対処のしようもなく、将兵が射抜かれていった。
「そら見たことか……」
 最初に防備を固めるように指示した中尉が、軽率な同僚たちを糾弾するように呟く。
「援軍を要請しろ」
 しかし、そう命じた時には、右も左もサリス軍で包囲されていた。

「前線の一角が崩壊していきます」
「……」
 報告を聞いて、シュナイダーは憮然と爪を噛んだ。
“若い士官たちを掌の上で弄ぶか……”
 そこへ、新たな報告が入る。
「申し上げます。東を迂回する部隊あり」
「何!?」
 副官が声を上げる。
「旗はアレックス将軍」
 アーカス騎兵の迅速さは、ここアルティガルドでも評判である。
「ここまでのようだな」
 シュナイダーは決断し、幕僚たちを集める。そして、冷静な声で告げた。
「当初の作戦通り、このまま敵を草原の奥へ引き込む」
「はっ」
 即座に副官が切れの良い声で返事する。
“罠を仕掛けているのは、何もお前だけではない!”
 それに頷き、シュナイダーは踵を変えた。

「深追いの必要なし」
 アルティガルドの撤退が始まり、オーギュストはそれを追撃しなかった。未明からの強行軍で将兵の疲労も激しい。
 こうして、『フュンフフルトの戦い』は総力戦とならずに終わる。


 インスティンクト教会――。
 深夜、オーギュストが寝室に戻ってきた。
 藍色の絨毯に、青い壁、薄い紫の天井、そして、天蓋付きのベッドの中に白い裸体が横たわっている。
 全身に散らばるキスマークは、白いキャンパスに描かれた桜のように美しい。特に乳ぶさと内腿は満開である。また、どろりと流れて冷め固まった白い液体は、氷河のようであり、四散した白点は雪のようでもある。
「ん……」
 オーギュストは、彼女の髪を摘まんで、その先で鼻をくすぐる。
「何?」
 薄眼を開いて、夢心地の表情で呟く。
「よく眠れたかい?」
「……うん」
 恨めしそうに呻く。
「なんか……寒い……」
 シーツはじゅっくりと濡れ、かつての大洪水の激しさを物語っている。
「お腹すいたぁ~」
 シーツを被り、身体を丸めながら囁く。
「あっ!」
 突然、大きく瞳を開けて、手足を延ばす。
「いっ……たい……」
 腰裏と内腿が凄い筋肉痛である。普段使わない筋肉を、有り得ない使い方をした証である。
「今何時? 何があったの?」
 上体を跳ね起こそうとした時、オーギュストが頭を優しく抱いて、耳を甘噛みする。
「何でもないよ。お前はセックスの事だけ考えていればいい」
「うん」
 筋肉痛が筆舌に尽くし難い充実感となって心身を満たしている。気が付けば、オーギュストを見詰める瞳は潤み、口元がだらしなく緩んで、恍惚の笑みを浮かべていた。そして、その胸に力なく枝垂れかかりながら、飴を与えられて幼女のように頷く。


 同時刻、ヤン、ナン、小次郎の三人が、教会の地下に降りていく。
「領収書に会議代と書いて、ああ、金額と日付は書かなくていいから」
「……」
 無骨な石の柱と巨大なアーチが天井を支えている。奥にステージがあり、顔の小さく脚の長い女が、ポールダンスを披露している。
 元々は、町の有力者や旅の富裕層が利用する高級クラブであり、仮面舞踏会やギャンブル、さらに修道女による売春も行われていた。
 赤いビロードのカーテンに仕切られた奥で、
三人は、ふわふわのソファーに凭れる。
「兄上も溜飲を下げられていた」
「先の戦いでシュナイダーが取った作戦と似ているからな」
 敵の砦を強襲すると見せ掛け、防御を固めさせる。その動きを封じ込めた後、全軍で反転して、援軍を叩く――。
 これは先日のティーアガルテン州での戦い(第75章参照)で、ルートヴィヒとヤンの二人が破れた、シュナイダー将軍の策である。
「上帝陛下のご配慮だろうよ」
「倍返しだ!」
「……」
 言った方も、聞いた方も、恥ずかしく俯いてしまう。
「シュナイダーも、これで終わりだな」
「いやいや、どうして。草原のど真ん中に陣取って、爪を研いでいる」
「負けたのに?」
「意外と損失は少なかったようだ。あの状況でよくやるよ」
「それにしても、士官の戦死率が高いな」
「ああ、アルティガルドの特徴だな」
 いつの間にか、ヤンが講師役となっている。
 そこへ、山盛りのミートボールパスタと麦酒が運ばれてきた。
「お、こんな笑顔のきれいな美人がこんな所にいたのか?」
 小次郎が、エプロン姿の若い修道女に興味をそそられた。
「大尉殿、冗談はお止め下さいよ。近くの修道会に頼み込んで、ようやく手伝いに来てくれたシスターなのですから」
 年長の修道女が笑う。
 ナンは麦酒を飲んで、自ら口を塞いだ。自分たちが膨大なお金を落とす存在とはいえ、この街の住人にとって厄介者であることは間違いない。それだけに居心地が悪い。
「おいおい、あざといぞ」
 ナンが口の周りを白くして、苦笑する。
「何が?」
「そんな古い手口じゃ口説けやしないさ」
「俺は…そんなんじゃないぞ」
 憮然として、さらに麦酒を煽った。
「名前は?」
「はい、【イレナ・ビーノヴァー】と申します」
「出身は?」
 軽く笑った後に、気さくにヤンが訊ねる。
 確かに笑った顔が魅力的だった。だが、決して顔の造形が完璧だとは言えない。オーギュストの周りにはもっと美しいパーツを持つ女性はいる。しかし、いそいそと働く顔が、どんな美人よりも美しくと感じられた。素の状態よりも、何らかの役割を演じている方が輝くタイプなのだろう、と思う。
“天性の女優かもしれない”
 見る角度によって、乙女のようであり娼婦のようでもある。きっと祈る姿はもっと美しいのだろう、と空想する。
「ヴァルヌス山地のマンドリーコヴァ村です」
 ヤンはその偶然に驚く。
「いい所らしいね?」
 横から、ナンが問う。
「貧しい村ですよ。でも、丘に咲く白い木蘭がとてもきれいなのです」
「そう」
 そう言えば、マンドリーコヴァ家の若妻は木蘭のように可憐だった、とその顔を思い浮かべる。
「マンドリーコヴァ村は美人の産地らしいな」
 ナンが、にやにやしながらヤンの肩を叩いた。

「あーっ」
 全身を舐め回した唾液が乾いて行く。
「ああーん」
 女が声を上げて、腰を捻った。
 男は女の足を抱いて、腰を叩き付け、懸命に出し入れしている。
「くるうぅ」
「狂ってしまえ」
 女の腰が弾むと、男はうっと唸って放出した。
 深夜、男を残して、女がベッドからそっと這い出た。そして、黒いベールを頭からすっぽり被ると、元もなく『上げ下げ窓』から外に出て、庭を風のように横切り、塀を軽々と飛び越えて別の長屋に向かう。
 トイレの窓の下で虫の鳴き真似をすると、僅かに雨戸が動く。
「新たな指令です」
「わたくしは何を?」
「同じく人質になっているブラオプフール未亡人にこれを渡してほしいので」
「分かりました」
 手紙を手渡すと、瞬きする間に、黒いベールの女は夜陰に消えていた。
 トイレを出た、リネンのナイトシャツ姿の女性は、長い廊下を歩き、ある部屋の前で立ち止まる。そして、左右をぎこちなく確認した後に、そっと手紙を扉の隙間に差し込んで、一目散に走り去った。
 翌朝、ブラオプフール未亡人が、オーギュストへ面会を申し出た。


 秘書官に導かれて、貴賓室へ向かう。
 紅い壁に黄金の装飾が眩い。朝だというのに、全く落ち着かない空間である。
 オーギュストは、左手奥にいた。白いテーブルクロスの正方形のテーブルに一人で座り、その前のソファーに、女性たちが並んで座っている。全員が、肌も顕な巻きワンピース姿であった。また、壁際には大理石のテーブルの上に、たくさんの料理が並んで、酒も氷で冷やされている。
 何もかもが艶めかしく、とても聖域の地下とは思えなかった。禁欲と清貧を唱える女神の館の下で、このような営みがあったことに軽く目眩を覚えた。
 オーギュストは、朝食のフレンチトーストを食べていた。
 ナイフを入れると表面はカリカリで中はプリンのように柔らかく、ふんわりとシナモンの香りが漂った。そして、口に含めば、卵、牛乳、バニラエッセンスなどが絶妙に調和した見事な風味が口の中に広がる。
「それで?」
「はい」
 目じりが切れ上がった瞳で、オーギュストを静かに見詰めている。
「俺に仕えるというのだな?」
「はい」
 ブラオプフール未亡人は、はっきりとした声で返事する。この声で、城内の兵士を鼓舞し、城外のサイア兵を一喝した、と思うと興味深い。
「生きる……生きる覚悟がなければ疾うに舌を噛んでおります。もはや、するもしないもございません」
「どういう気持ちの変化だ?」
「わたくしは囚われの身です。煮て食おう焼いて食おうと全ては上帝陛下の御心のままに」
 神妙に、均整のとれた瓜実顔を伏せる。
「よい覚悟だ――」
 オーギュストは、苦いコーヒーを一気に飲み干す。
「彼女たちは分かるか?」
 そして、侍る女たちを紹介し始めた。
「腰振りアリーセは知っているな。ああ、中イキ派だ。隣は、クリ派の汁ダクヴェロニカ。こっちはベテラン組。ポルチオ派ハードファッカーのサンドラとGスポ派のキーラだ。二人ともイク時にドロドロの軟体になって纏わり付いてきてなかなか気持ちいい。で、連続早イキのアン。こう見えて節操がない。気を付けろ。そして彼女が、性器でもアナルでも、喉の奥でもイケるセックスの申し子、天才ランだ。覚えておけ」
「よろしくお願いたします」
 独特の案内をされた先輩たちへ、形式的に挨拶する。
「ケイン」
 その後、筆頭秘書官を呼び、彼女に夜伽の準備させるように命じた。
「宜しいのですか?」
 アンが怪訝そうに問う。
「貞淑な未亡人が、敵に寝返るとは思えません」
「俺の甲斐性、とは思わんのか?」
「い、いえ……」
 思わず言葉に詰まる。
「念のために、私が監視しましょうか?」
 続いて、ヴェロニカが進言する。彼女を降伏された責任がある。
「まあいいさ」
 オーギュストは、両肘をついて顔の前で手を組む。そして、じっと射抜くようにヴェロニカを見た。
「それより、寝て股を広げろ」
 自分に向けて張り巡らされた罠を思うと、独りでに口の端が歪む。昂ぶる興奮を抑え切れない。
「はい、喜んで」
 ヴェロニカは言われた通りに、テーブルの上に寝そべり、膝の裏側を支えて、脚を大きく開いた。
 ウェストはきゅっと引き締まり、そこからしっかりと尻が張り出し、そして、ムッチリした肉感的な太腿が左右に広がる。
 戦乱の影響で荒れていた肌も、すっかり回復して、美しい白い肌を輝かせている。
 次に、大胆に胸も肌蹴る。ピンク色の乳輪を乗せた柔らかい美巨乳がプルプルと揺れていた。
 バランスのとれた美しい裸体を晒して、眼鏡の奥から、挑発的な視線を繰り出す。顔も身体も瑞々しい美しさとエロスに溢れていた。
「ヴェロニカの……」
 明るい茶髪の海藻が繁茂する底に、二枚貝が口をもう開いている。
「淫らでこらえ性のない、牝奴隷のはしたない牝穴を、たっぷり可愛がってください」
 ヴェロニカは火照った顔で艶やかに囀る。囀ると、アワビのように、黒ずんだ肉の畝が蠢き、濡れ光る薄桃色の粘膜が息づきひきつく。
「おいおい気分出しすぎだろ。びちょびちょじゃないか?」
「アア……申し訳ありません。ヴェロニカのオ……オマンコが濡れてぬれて……、どうぞなめて慰めて下さいまし……」
 こんな痴語を声にするだけで、ヴェロニカは、その意志の強そうな眉を八の字に垂れ下がらせ、威圧的な目尻を赤く染め、知的な瞳の焦点を狂わせ、美しい鼻の下を伸び切らせ、また、色っぽい唇から舌先をこぼれ出て、涎の滴を垂らしている。
 オーギュストが新鮮な貝肉へキスをする。
「ああっ、そこっ、そこがいいっよぉ」
 テーブルクロスを握りしめて、首を仰け反らせて、ふしだらな声を張り上げた。
「かっ、噛んでください」
 貝の殻から飛び出した桜色の真珠に、唇が微かに触れた瞬間、思わず口走っていた。
 オーギュストは、その要求通りに、クリトリスを軽く歯で挟む。
「ひっぃいい!」
 旺盛に身悶えて、飛沫を巻き散らかす。性感の塊を弄ばれれば、忽ち、汁気たっぷりの体質が目を覚ました。止め処なく潮汁が溢れ出して、テーブルクロスを濡らす。
“ジュ、ジュウ、ジュジューズッ”
 オーギュストは、まるで深海の熱水噴出孔のような秘穴に舌を差し込み、音を立てて啜り舐めた。
「ひぁ、ひぁあ、あ、アアン」
 その水音に合わせて、まるで合唱のようにヴェロニカが一オクターブ高い声で喘ぎまくる。しかし、何時までも潮は止まらず、大洪水となってオーギュストの喉を侵していく。
「い、イクッ!」
 ついに、さらに一段高い声で絶叫すると、殻を閉じていく貝柱のように、ぐっと手足を硬直させて、きつくオーギュストの顔を挟み込んだ。
“ふぅー”
 オーギュストは口を腕で拭う。そして、絶頂の余韻で朦朧とするヴェロニカの身体を折り畳んで、両足を両肩に乗せ、屈曲位で繋がった。
「いいっ! いいっ! ……っ、また、キちゃう、いっちゃう、ダメ、いっ、いくぅううん」
 信じられないほど激しく、腰を打ち付ける。
 ゴム毬のように尻肉が押し潰されて、強烈にバウンドして跳ね上がった。それを再び上から猛烈に叩き付ける。今にもテーブルが壊れそうな勢いである。それでも、ピストンし続けると、ヴェロニカはきゅっと反り返った足先をリズミカルに泳がせて、立て続けの絶頂に、全身を痙攣させて喘ぎまくった。
「うっ!」
 突然、オーギュストがペニスを抜く。そして、ぽっかりと空いた穴に指を差し込んで、濃厚な汁を掻き出した。
「ひっひゃああ~~~」
 ヴェロニカは、蛤のように潮を吹きながら、魂の抜けるような悲鳴を上げる。
 そして、再びペニスを挿入される。
「こ、壊れる、オマンコがこわれちゃう……」
 狂気に満ちた攻めに、ヴェロニカは弱弱しく泣きじゃくった。
「おい、どうした?」
 頭上でオーギュストが叱咤する。
「ランなら、この倍は耐えるぞ」
 突然、名前を出されて、ランは息をのんだ。
――またやっちゃった……。
 そして、自分の指が、股間を弄っていることに気付く。あてて、指を引き抜こうと頭では思うが、指先が名残惜し過ぎて、手を動かすまでに至らない。
“でも止まらない……”
 羞恥に瞳を揺らしながら、横を見ると、アンは自慢のFカップの胸を揉んでいるし、向かいでは、アリーセが固く尖った乳首を指の腹で転がしている。
“自分だけじゃなかった……”
 ホッとすると、大胆に指先をアナルへと動かす。
「キィーツ、もう、死んじゃーうっ……」
 片や、ヴェロニカは、オーギュストの声には答えず、白目を剥いて悶絶している。そして、そのまま口を開いて、息が止まったように喘ぎも止み、ビクック、ビククッ、と全身を痙攣された。


 その頃、ブラオプフール未亡人は、侍女たちに身体を念入りに洗われた。
「身長162。胸81。腰57。尻88。陥没乳首」
 そして、胸、腰、尻だけでなく全身をくまなく測定されると耳まで真っ赤になった。
 胸は小さいが、身体が薄く華奢な分尻が大きく綺麗である。また、小粒な突起がかわいらしい。
「処女膜無し、ポリープなし、……痔もなし」
 さらに、健康診断として、性器や尻の穴にまで指を入れられると涙が滲んでしまう。
 ひと段落したところで、警備が雑談に興じるのが目に入った。
「ある時、フリオ様が奥様に、『俺は4人の男をコキュ(寝取られ男)にしたことがある』と自慢したそうよ」
「へーえ、本当に?」
「そしたら、『あら、凄い。私は一人しかしてないわ』と奥様が答えて」
「あら、まぁ」
「フリオ様は、『へえ?』と絶句されたそうよ」
「ふふふ」
 一瞬のすきを見つけて、地下への階段を下りる。
「ここは……?」
 とある部屋を覗く。石で囲まれた竃のような密閉空間であり、もれ出る空気は、汗やら体臭やらでムッと咽返るようである。
 天井から裸体の女が吊り下がっている。
 蓬髪の下で、アイマスクをつけ、玉口枷(ボールギャグ)をかまされている。また、乳首にはクリップで鈴が着き、股間には、縄が褌のように回されていた。さらに、三角木馬に跨って、胸や尻などに無数の鞭の傷跡があった。
「ヴェロニカさん、聞こえて?」
「ううう……」
「酷い……」
 ブラオプフール未亡人は、旧友の無残な姿に言葉に詰まった。二人はともに、地方の小領主階級出身であり、寄宿学校の先輩後輩であり、また、遠い縁者でもある。
「うぐぐ……」
 ヴェロニカは彼女に気付いて、小さく頷いた。
「時は来たわ!」
 それに気持ちを強くすると、耳元で、小さいがしっかりとした声で告げる。
 徹底抗戦を決意していたブラオプフール未亡人が降伏を決意した理由は、散々に脅迫された伯父からの説得もあるが、一番はヴェロニカから手紙であった。
 時を待て!
 ヴェロニカはそう説いていた。夫の仇を討つため、領地を守るため、王国への忠誠のため、祖国への献身のために、屈辱を噛み締めて受け入れた。捕囚の辱しめにも耐えてきた。そして、今、その反撃のチャンスがようやく訪れている。
 ブラオプフール未亡人が、ヴェロニカの頬にそっと触れた時、
“ゴーン、ゴーーン、ゴゴーン”
「え?」
 出陣を知らせる鐘が鳴り響いた。


 昼過ぎ――。
 オーギュストは、アリーセをともなって、教会の宝物庫を散策している。
 大き目のフードを腰まで垂らし、ダークブランのローブの裾を、床の上を辷らせながら歩いている。その傍らに、極々薄い紫のエンパイアドレスを着たアリーセが付き従う。落ち着いたシフォンの生地は光の加減ではピンクにも見えて、気品とかわいらしさをバランスよく同居させている。
「ルイとカタリナだな」
 オーギュストの足が、一枚の絵で止まった。
「偉大な家族です」
 アリーセが瞳を輝かせる。
 二人が鑑賞しているのは、仲睦まじい家族の絵である。夫婦が手を取り合い、その足元に四兄弟がいる(第66章参照)。
 夫は、8代皇帝アレクサンドル5世の次男ルイ。妻は5代アルティガルド王レオポルド3世の娘カタリナ。
 如何にも勝気そうな少女が、10代皇帝カール4世の皇后ルイーザ。ローズマリー、ティルローズ、メルローズの曾祖母である。
 姉の裾を引っ張っている体格のいい少年が、
9代サイア王アンリー6世。カレンの曽祖父である。
 姉兄と少し離れて斜に構えているのが、9代アルティガルド王フェルディナント2世。マルガレータの曽祖父である。
 そして、揺りかごの中の乳児が、ハーキュリーズ。ランの高祖父、アポロニアの曽祖父である。
 世界は一度、この家族によって作り変えられたと言っても過言ではない。
「ややあざとい構図だな――」
 苦笑いで、オーギュストが批評する。
「ルイーザとアンリーは生涯仲が良かったから並べて、フェルディナントは二人と少し距離を取り、ハーキュリーズは蚊帳の外だ」
「でも、フェルディナント大王(フェルディナント2世)の孤高の天才と言うイメージがよく表れています」
「天才というが、大粛清と大敗北のイメージが強いが、な」
 外国人の一般的意見である。
 これに用意され、多少手あかのついた言葉を返す。
「確かに、鬼神と恐れられる一方、国内統一に苦心され、身一つで逃げ出されたこともあります。ただ、そこから復活を遂げられ、今日のアルティガルドの基礎を築かれました。最も尊敬すべき偉人です」
 憧憬に、アリーセは声を上擦らせている。
「お前は、王位を乗っ取られたフリードリヒの系譜だと聞いていたが?」
 片眉を上げて問う。
「はい、わたくしは、7代フリードリヒ2世の末裔であり、ハルテンベルク家は、ホーエンルーウェ公爵の係累です。しかし、赫々たる業績は認めるべきです――。それから、お前は止めて頂けますか?」
「ほお」
 オーギュストは、癪に障ったようで口の端を歪ませる。
「俺の女が、他の男をほめるのは好かん」
 そう言って、背後からアリーセの胸の中へ手を差し込む。
「み、皆が観ています」
「下賤な人間など石ころと変わらん。それが貴族というものだろ?」
「……ぅん」
 乳首を摘ままれて、忽ち、スイッチが入ってしまう。反論することなく、甘く鼻を鳴らしながら、オーギュストの体にしな垂れていく。
「お前が尊敬する偉人たちが造った世界を、俺は壊そうとしているぞ」
「……」
「お前はそれに加担している」
「お前は止めて下さい……」
「恐い女だな」
 そう言いながら、オーギュストは、両手で大胆に乳ぶさをもむ。もうドレスの胸元から乳首がもれ見えている。
「ああん」
 堪らず、アリーセは熱い吐息をもらした。
「そう言えば、フェルディナント2世の王墓を略奪した男を殺したらしいな(第70章参照)。怖い女だ」
「畏れ入ります」
 頬を火照らせて、小さく頷く。
「ハーキュリーズ・カーンはどうだ?」
 オーギュストの腕の中で、一瞬、身体を硬くした。
「北辺の開拓者です。彼のおかげで人類の叛徒は大きく広がりました。ただ中原の安寧と発展には貢献出来ませんでした。彼自身も彼の子孫も」
 意味深な言い方をしたアリーセを、オーギュストは目を細めて苦笑する。
「席次が気になるのか?」
「いえ、レデイーベアトリックスさんやルイーゼさんの仰せも尤もです。だた――」
「ただ?」
「わたくしが来たことで、皆さんが過敏になられたようで、派閥の不協和音が大きくなったような気がします」
「初めからそんなものさ」
「左様ですか」
「セリアではこんな物じゃ済まないぞ。お前は生き残れるのか?」
「勿論です――お前は止めて……ああン」
 ドレスの胸元を下ろし、二つの乳ぶさを顕にして搾るように揉み解す。
「恥ずかしい……」
 眉を八の字に開いて、今にも目尻が蕩け落とそうである。
「お前は俺の物だ。もはや誰もが知っている」
「お前は……」
 オーギュストは、頬から耳へと舐め上げる。そして、ソファーに座り、その腰の上にアリーセを誘導する。
「お前の自慢の腰振りを見せてみろ」
「じ、まんでは……」

 そこへ、アンが駆け付ける。
「お忙しいところ申し訳ございません」
「動いたか?」
「はい」
 側近たちに緊張が走った。
「夜明け前、シュナイダーは、横島(ザイテインゼル)から移動する気配をみせております」
 アンは跪いてメモを見ながら報告し、
「幕僚本部長が申すには、上帝陛下におかれましては、速やかに、総司令部へお越し願いたい、とのことです」
 と言上した。
「是非もなし」
 オーギュストは、アリーセをソファーに残して歩き出した。礼拝堂と本館をつなぐ長い廊下を抜けて、エントランスへと進む。親衛隊が馬車の用意をしている横へ、新たな騎馬が到着した。
「ベアトリックス、お前が来るとは」
 オーギュストは、口元を綻ばせた。
「夜明けとともに移動を開始したシュナイダー軍は、用水路を越えて、北へ退却するものと思われます」
 ベアトリックスが、息を切らせて報告する。
「あの丘は、鶴ヶ原防衛の要ではなかったのか?」
「御意」
「アン、どう思う?」
「敢えて放棄したという事は、背水の陣を諦め、防御を固めたと言う事でしょう」
「否、持久戦ではない」
 きっぱりと言い放ち、オーギュストが馬車に乗り込む。それにベアトリックスが続く。
「俺を誘っているのだ。丘に登ってみろよ、とな」
「いかさま」
「登らねば男が廃ろうよ」
 オーギュストの言葉に、ベアトリックスが笑う。
「陛下らしです」
「生意気な。しゃぶれ」
「はい」
 ベアトリックスは嬉しそうに膝をつき、脚の間に顔を埋めて吸いつく。
 タイトにまとめた髪をリズミカルに揺すり、
 しゅしゅ、と指を絡ませて扱き、
 ツンツン、と先端を舌先で突き、
 ペロペロ、と舐め回して、
 ちゅるぢゅちゅ、と唇で挟んで吸い上げた。
 直に、馬車は本陣に到着する。


続く
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Date:2016/06/25
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