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□ エリーシア戦記77 □

第77章 侃侃諤諤

第77章 侃侃諤諤


【神聖紀1235年9月、アルティガルド王国クラーニヒ州】
 横島――。
 丘の上に立つ。
 朝風に紅葉した葉が吹き、山々に鋭い水鳥の声が反響する中、雲がしきりに流れていた。
 足元には、ごつごつとした岩と踏み固められた乾いた土が一面に広がり、樹木どころか草花もない。南側は急峻な崖、北側に緩やかに下り、その先に用水路が流れている。
 ゆっくりと四方を見渡せば、東にツヴェルフ・ヴァッサーファル(十二滝)河岸段丘が臥し、西にヴァルヌス山地が横たえて、遠く北方にウェーデリア山脈が聳えて、遥か南方には微かにフリーズ大河の気配を感じた。
 丘の東側を街道が南北に走り、ここに唯一の橋が架かっている。また、丘の北西で用水路は大きく湾曲して、北北西へ向きを変えている。
「絶好の位置だな」
 オーギュストが呟く。
「はい、360度、敵を見渡せます」
 幕僚のベアトリックスが頷く。
「逆に言えば、360度、何処からでも見られている、という事だ」


 突貫工事の雑音が、過ぎ去った夏の蝉のように煩く響く。
 サリス軍は、最澄部に本陣を置いた。そして、丘の斜面には、重厚な馬車を並べる。馬を切り離せば忽ち城壁となる仕掛けだ。
 さらに、人海戦術で、山麓を均して、用水路を外堀とした三日月型の馬出しを築き、斜面には、小さな郭を段々に設けていく。
 大軍を効率よく収容でき、かつ、速やかに出陣できる仕組みである。また、守備にも工夫があり、郭と郭のつなぎ目には、小さいながらも全箇所に枡形虎口を設けてある。
 まるで、戦艦の水密区画のような構造であり、攻撃する側は、堅牢な枡形虎口を一つ突破して郭を一つ制圧しても、すぐに次の虎口をこじ開けなければならない。無数の釦を外してようやくドレスを脱がしても、夥しい数のペチコートが重なっていた時のような疲労感が待っているのだ。
 この要塞化の突貫工事が始まるのを待っていたように、アルティガルド軍が草原の奥から姿を現す。工事の完成を許さず急戦を狙っているのは、誰の目にも明らかであろう。
 アルティガルド軍とすれば、サリス軍――特にオーギュストを、想定した戦場に引きずり出し、かつ、物理的に要塞化と言う無駄な作業を強いたことは大きな得点であろう。
 ただ、そのために、重要拠点をサリス軍に開け与えた。この係争地への進出をサリス軍に橋頭保ではなく、勇み足の『重荷』とできるかが、この戦術のカギであろう。
 一方、サリス軍とすれば、オーギュストが最前線に立つことは常であり、それ故にサリス軍将兵は自分たちを常勝不敗だと信じている。また、サリス軍の土木技術と輸送能力からすれば、この程度の野戦築城は『片手間』であり、十分に許容範囲と確信している。
 心理的に、特に問題にならないレベル――なのである。
 さらに、アルティガルド軍の思惑を上回る高度な施設を、驚くほどの速さで構築し、今まさに秒単位で完成に近付けている。これは、アルティガルド軍に攻撃を焦らせたという点において、申し分なく得点と言えよう。
 戦う前の駆け引きは、互いに思惑の範疇である。サリス軍に今のところ目に見えて失点はなく、僅かながら加点がある。片やアルティガルド軍は大胆な『勝負手』に出た。プラスとなるかマイナスとなるかはまだ判断できない。
 戦況は難解である。

 サリス軍は布陣を終える。
 右翼、街道上にアレックス軍が十三段の縦深陣を敷く。騎兵を中心にした波状攻撃で、一点突破を狙っている。
 中央、前衛にロックハート軍が用水路に面して横陣を展開する。その後衛にオーギュストの直属軍が控えている。がっちりと防備を固めた陣容である。
 左翼、アウツシュタイン軍が用水路に添って北西に移動している。戦場を迂回して、アルティガルド軍の背後に回り込もうとしている。
 狙いは単純で、アルティガルド軍の猛攻を中央で受け止め、その間に、左右の軍が側背に進出して包囲殲滅を目論む。
 対して、アルティガルド軍は、主力を街道付近に置いている。橋の北側に堤防の廃墟があり、そこに弓隊を配置して、立体的に防御を固める。サリス軍が後先を考えず、決死の突撃を敢行しても耐え得る備えであろう。
 また、横島の正面の葦の茂みを切り払うと、突然砦が出現した。予め、堀と土塁を巡らしていて、運んできた杭を打ち立てて柵としたのだ。

 戦いは橋を巡って始まる。
「橋を確保するぞ」
 互いにシールドを並べて橋に近付き、激しい矢の応酬を繰り返す。丘の上から観測できるサリス軍が有利に攻撃できるが、廃堤防の至近高所から射るアルティガルド軍が粘り強く防いでいる。
「地の利は我にあり。一歩も退くな!」
 アルティガルド軍士官が叫ぶ。
「怯むな。前線の兵を交代させつつ、間断なく攻撃せよ。敵が少しでもミスすれば、一気に突き破るぞ」
 アレックス将軍が、負けじと叱咤激励する。
 まさに一進一退の攻防である。
「よし、こちらも始めるぞ」
 その頃、ロックハート将軍が、兜の緒を髭の上で強く締め直す。
 アレックス軍が攻めあぐねるのを横目で見て、中央のロックハート軍が動き始めた。用水路の向こうの砦に、激しく矢を射かけて、一時的に沈黙させると、盾を頭上にかぶった歩兵が渡河を始める。
 土塁の上の柵は、忽ち矢で埋め尽くされている。柵の裏にちらほら動いていた兜の影も、すっかり潜んでしまった。
 膝まで水につかりながら、歩兵が梯子を運び土塁に立て掛ける。
「女神よ、御照覧あれ、一番乗りは――」
 勇ましく名乗りを上げながら兵士が登る。まるで猿のように素早く梯子を上り、柵に手をかけた瞬間、槍が隙間から突き出てくる。
「ぐがっ……」
 脇腹を衝かれた兵士は、敢え無く、水の中に落ちていく。
「そこだ!」
 その槍が出た場所へ矢と石が集中的に注がれる。そして、再び、別の兵士が登り始めた。しかし、半ばほどに至って、柵の向こうから熱した油が撒き散らされて、その兵士の鎧を焼く。
「あちっあち……」
 兵士の足が止まった隙に、さらに、火のついた棒が伸び出てきて、梯子に火をつけた。又も兵士が水へ落ちてゆく。
 燃え上がる梯子を見遣りながら、ロックハート将軍は顔を顰める。
「一か所に拘るな。戦場を広く捉えるのだ。緩急をつけて断続的に攻撃しろ」
 場所を変え、時をずらして突撃を繰り返すように指示を与えた。
「おお!」
 部下たちの士気も高く、何度撥ね返されようが、諦めず、攻撃を続行する。
 アレックスとロックハートの両将軍には、多少強引でも攻め続け、アルティガルド軍将兵の注意を引き付けるという役割もあった。その間に、アウツシュタイン軍が密かに迂回侵攻する予定である。
「怯むな――」
 ロックハート将軍の鼓舞する声が戦場を飛び交う。
「主導権は攻めるこちらにある。敵を振り回して、心身の疲れを蓄積させよ」

「うーむ、面白味がないな」
 オーギュストは唸り、首を傾げた。
 一時間が経過している。足元で繰り広げられる戦いは、膠着状態であった。
 外廻縁と高欄を配した高床式の東屋がオーギュストの総司令部である。白く細い列柱の上にかまぼこ型のヴォールト屋根をのせた簡易な作りであるが、周囲に水を張り、神聖な雰囲気を醸し出している。
 外廻縁には親衛隊が並び、容易に侵入できない。また、高欄の外から槍を衝いても、玉座までは届かない。
 サリス軍旗を背後にしてオーギュストは座り、その両脇にベアトリックスとルイーゼの両参謀が立っている。
 刻々と伝わる報告を聞いて、玉座に坐るオーギュストが眉をひそめる。
「もう少しやると思ったがなぁ」
「将軍方の働きに、ご不満ですか?」
 傍らに立つベアトリックスが視線を向ける。
「不満ではないが、打つ手打つ手、予想の範疇だ。これでは……」
 オーギュストが言葉を濁し、メモを握り潰す。
「しかし」
 と、苦虫を噛み潰したように思う。
 彼らを選んだのは自分である。戦術の独創性や自由な発想などを期待せず、指令した通りに動くことを何よりも期待した。
 だが、如何せん、戦場に花がない!
 凡庸な戦術を実直に熟している、それだけである。
「アウツシュタインは?」
「湿地帯に土嚢を敷き詰めて進んでいますが、思いの外、深いようで……」
「もういい」
 オーギュストは、ため息をついて、脚を組んだ。
「兎に角、急がせろ」

「急げ、いそげ、いそげェ!」
 前線の工兵指揮官の威勢のいい声が陣内に轟く。まるで司令部の焦りを煽っているようで、幕僚たちの貧乏ゆすりが激しくなっている。その中、アウツシュタイン将軍は、じっと目を閉じて、その時、をただ待っている。
 工兵は、土嚢を湿地に投げ込んで、一本の道を築いていく。そして、ようやく、用水路に到着すると丸太を架けた。
「将軍! ご決断を」
 工事完了の報告に、幕僚たちが勇んで立ち上がった。
「全軍、進軍開始」
「はっ」
 直ちに、先鋒が動き出す。
「うひょおお!」
 一番槍の騎兵が、無人の野を気持ちよく疾走して、雄叫びを上げた。その時、無数の矢が彼の全身を襲う。
「何? 伏兵だと!」
 落馬する騎兵を見て、アウツシュタイン将軍が驚きの声を上げた。
 用水路の向こう側に、川跡を利用して、アルティガルド軍兵士が巧妙に潜んでいた。それらが一斉に飛び出して、射撃を開始する。陣形の伸び切ったアウツシュタイン軍は、成す術がない。
「一旦、後退。陣形を立て直して、再度攻撃する」
 アウツシュタイン将軍が迅速に判断した。しかし、思わず、オーギュストの本陣を見遣って、顔に汗を浮かべた。

 夕闇が迫る。
 オーギュストは、全軍に攻撃の中止を伝えた。


 すっかり夜の帳が下りた頃、突貫工事の雑音が煩く響く中、ヤンはランプを片手に細く急な階段を上り始めた。
 第一歩で、ずるりと足が赤土に滑った。段は土を固めて石っぽく塗装されただけである。さらによろけて石垣に手をかけると、ポンと軽い音が鳴った。石垣も幕を張っただけの張りぼてである。
 こんな物でも遠くから見れば城に見える。
 ヤンは慎重に踏み締めながら進み、見かけだけの石垣の上に建つ小屋に向かった。小屋も馬車の荷台に手を加えたもので、車輪がそのまま残っている。
「入るぞ」
「おお」
「負傷したのか?」
「ああ」
 軍服の上着を脱いで、修道女に、薬を肩に塗ってもらい包帯を巻かれている。
「最前線を視察した際にね、流れ矢がね、かすった」
 何処か誇らしげである。
 陣中では、自軍に勢いがあるときに最前線まで出て、敵が反撃に出てくるころには、ちゃっかり奥に引っ込んでいた、と噂されている。親衛隊の中で、ナンは、こういうぎりぎり許される小狡さを一番に学んできた。
「出世するよ」
「そのつもりだが?」
 ナンは然も不思議そうな表情で答えた。彼の中では、出世はすでに既定路線であり、現場から幾つ武勇伝を持ち上がるかが深刻な課題であった。
「屋根と壁って、最高だな」
 ナンが呟いた。そして、壁に凭れて、片手で鍋を火から落とした。
「君も食べるかい?」
 誘ったのは、ヤンではなく、修道女の方である。
「いえ、仕事中ですので」
 修道女は、手際よく医療品を片付けながら、笑顔できっぱりと断った。
 その爽やかな笑顔を見て、ヤンは、記憶の中の人名録に引っ掛かるものがあった。
「確か、イレナと言ったね(第76章参照)」
「はい、イレナ・ビーノヴァーです」
「ヴァルヌス山地のマンドリーコヴァ村出身だ」
「まあ、覚えていて下さったのですね」
「ああ」
 いい雰囲気で見つめ或る二人を見て、ナンが口を尖らせる。
「それで、何しに来たんだ?」
 一人でスープをすすりながら問う。
 その言葉で、ヤンは表情を引き締めた。
 まず夜間の警備について質問する。ナンは予め部下に作らせていた書類を手渡した。当番表などを素早く確認すると、ヤンはようやく友人の顔に戻った。
 ナンはさらりとスープを平らげた。その鍋を何気に見ながら、ヤンは素朴な疑問が浮かんだ。
「よくこんなに水があったな」
 陣中では水は貴重である。明らかに配給以上の量がある。
「崖の途中に小さな井戸があるだろ? そこから汲んできた」
「許可は取ったのかの?」
「堅いこと言うなよ」
 人懐っこく片目を閉じた瞬間、ナンは差し込むような痛みを腹部に感じる。
「いたッ、痛い、痛い……おおぉ!」
 泣きながら、床に転がり、ダンゴ虫のように丸くなった。
「しまった!!」
 顔面を紅潮させ、大切なことを見落としていた、とヤンは慌てて小屋を飛び出した。

 親衛隊の仮屯所は、主郭の裏側(南)にある。ぐるりと時計回りに駆けて、表側(北)の大手道に出る。騎馬も通れる広い階段で、左右に人の背丈ほどの比較的低い石垣が続く。
 不意に頭上が開けると、白い神殿風の総司令部が、夜空に聳えているのが見えてくる。
 その白い建物を目標に真っ直ぐ進むと、目の前の城門が現れ、安易にそこを潜ると、城外の崖に出てしまう。正解は、門を背にして一旦戻り、死角の階段から、スイッチバックの細い坂道を進む、である。
 坂を登り切ると、木製の橋が空堀の上にかかっている。渡れば、オーギュストの居館がある。小豆色の外装に篝火が鏡のように映り込んで高級感に溢れているが、これも一ダースの馬に引かせてきた物である。
 橋を渡り切れば、男子禁制の仮後宮である。
「報告」
 固く閉ざされた門の脇に置かれた箱型の詰所に向かって叫ぶ。
「緊急に、ご報告すべきことがある。開門願いたい」
 ここには、親衛隊が常時立哨している筈だったが、なぜか誰もいない。ふつふつと怒りが込み上げてくる。そして、胸の中に渦巻く焦りと相まって、体中の血が沸騰するような過激な化学反応が起きてしまった。
「ああ、もういい!」
 烈しく地面を蹴り、書類を机に叩き付けると、大股で歩き出す。
 折れ戸は開いている。さらに、入り口のカーテンが不自然に盛り上がっていた。さらにさらに裾から細い足が垣間見えている。明らかに、守衛の任務中の親衛隊の新人研修組の少女が覗き見をしているのだ。
咄嗟に、「おい」と怒鳴ろうとして、脳の奥から警鐘が鳴った。ここは仮とはいえ神聖不可侵な御所である。改めて、背中を軽く叩こうと手を伸ばした時、思わぬ光景が目に入り、堪らずその目を剥いた。
 白いセーラーカラーの軍服を着た少女が、四つん這いになっている。有ろうことか、スカートを捲し上げて、膝までパンツをずり下ろしている。生地がパンパンに伸び切っているから、足かせに見えないこともない。
 腰から跳ねるように反り上がった尻は、白く丸く、そして、薄く小さい。股間から手が伸びていて、秘所をもどかしそうに擦っていた。
「……ッ?」
「ひっ!?」
 ヤンの視線に気が付いて、少女は、短くも深刻な悲鳴をもらした。そして、慌ててスカートを直しながら立ち上がろうとするが、膝にパンツが絡まって転んでしまう。
「誰?」
 秒速で、部屋の奥から女の声がする。
 その細長い空間は、アーチ状の格天井、繊細な組子の壁、幾何学模様の寄木細工の床、とても戦場とは思えない豪華さである。
「はっ、失礼致します。緊急の――」
 咄嗟に、最敬礼する。そして、緊張感に震えながら答え始めたが、その眼前の光景に思わず絶句する。
 花柄が艶やかな金華山織りのソファに一人が坐り、その膝の上で、白いシャツを羽織った女が上下に揺れていた。
 白い尻が毬のように潰れては弾んで、ふわりと舞い上がって、その重みに耐えかねてドスンと落ちる。
 座っている方が、首を傾げてこちらを見た。
 違う!
 刹那、考えるよりも早くヤンの本能が警鐘を鳴らす。
「ねえ」
「え?」
 背中を擦られて、女が腰を動かしながら振り返り、乱れた髪の毛をかき上げた。頬は赤く火照って、汗をかいた額に髪が貼り付いている。
 目と目がしっかりと合う。
「どうして見えてるの?」
「魔術が妨害されているから、呪が効いていないのよ」
「そう……」
 腰を振っていた女は、仕方がないとばかりに大きく息を吐くと、腰を浮かして立ち上がった。黒い双頭ディルドが、ぼとりと膣から抜けて落ちて床をぬらす。
 捲れて帯状になっていたミニスカートをもたもたと直す。そして、左右に大きく尻を振りながら、脚を真っ直ぐに伸ばして近付いてくる。
――こいつら笑っていやがる!
 妖艶な笑みが、やけに癇に障った。
 不意に彼女の顔が上下に揺れた。床に抱き合って寝転び、貪るようにキスをしている女性たちを飛び越えたのだ。その隣では、別の女性たちが、片脚を重ね、もう片方を大きく広げて、腕を前でX字に交差させて、互いの秘唇を熱心に弄り合っている。
 まさに悪夢の館である。
「うっ!」
 いつの間にか眼前に、その醜悪な貌が迫っていた。
「なに?」
「上帝陛下にご報告が……」
「ここにはいらっしゃらないわ。急ぎじゃないんでしょ?」
「……ええ」
 生唾を飲み込みながら答える。
「戻られたら、伝えましょう。でも、ここの事は――」
 唇に人差し指を当てて、軽くウィンクする。
 麻のように思考が乱れたヤンは、ただただ立ち尽くすばかりである。

 気が付くと、夜陰の中、ヤンは一人で坂道を下っていた。手に夜間警備に関する書類の束がない事を悟り、一瞬慌てたが、提出したことを思い出して、すぐにホッと肩の力が抜ける。
 記憶が一部損傷していて、あの女たちの顔を思い出すことができない。
 ランだったような気もするし、アンだったかもしれない。ベアトリックスやルイーゼなどの上司だった可能性もあるし、別の誰かかもしれない。重大なことかもしれないし、然程でもないような気もする。何もかもがどうでもよかった。今はただ自分のベッドでぐっすりと眠りたかった。
「大尉殿」
「ああ……」
 イレナ・ビーノヴァーが、坂を登ってきて、声をかけてきた。
「顔が真っ青ですよ。何かありましたか?」
「いえ、特には……」
「はっ、申し訳ございません。出過ぎました」
「いえ、気になさらず」
 口に手を当てて失言に狼狽するイレナに、ヤンは掌を見せて、慌ててつくろった。
「ご気分がすぐれないなら、お薬を渡し致しますよ」
 そう言って、イレナは医療用テントを見遣る。釣られて、ヤンも視線を向けた。たくさんの兵が治療を受けている。その傍らに、無数の袋が積み上げられていた。
 再び感情が昂ぶって、一気に針が振り切れた。
「上帝陛下の留守中に、あんな破廉恥な行為に耽って!」
「留守?」
 こんな事をしていたら、負けてしまうぞ、と思った瞬間に、
「負けてしまえばいい!」
 思わず、叫んでしまっていた。
「大尉?」
「申し訳ない。これで失礼する」
 ヤンはイレナを残して歩き出す。
「……」
 その背中を、イレナは無言で見詰めた。


「ここはいいか……」
 見回りの兵が、真っ黒な崖下を覗き込んで呟いた。槍の石突(柄の底につける金具)で石ころを落とすと、底なし沼ように音が返ってこない。ぞっと身ぶるいして、早々に踵を返した。
 どこの崖にもそれなりに道があるものだ。
 ここの場合は、岩壁を4本足の獣が葛折りに移動して、ロッククライミングのルートのような溝ができた。そこに、足場用の杭を打ち、鎖を張り、人が手を加えて多少昇り易くなっていた。
 その道の目標は、地層の境目(礫層と泥岩層)から滲み出た水である。水平に掘って、横井戸が作られている。
 月が雲に隠れた。
 月明かりが翳る中で、崖に吊るされた鎖が、ぎりぎりと鈍い音を鳴らしている。
 雲の切れ間に月が覗く。一瞬、横穴へすっと潜り込む二つの小柄な人影があった。
「異常はない」
「ああ、まだ気付かれてはいない」
「サリスも案外甘い」
「ふふ、そうだな」
 横穴を少し進むと足元に小さな水槽があり、清らかな水を静かにたたえる。そこに、月の微かな明りが差し込んで、照り返した淡い光の中に、黒一色の機能的な装束を着た二人の姿が浮かび上がった
「これで3個目だ」
「ああ、これで最後だ」
 一人が入り口を見張り、もう一人が横井戸へ、小瓶から液体を流し込む。
 井戸に、三度に分けて毒を入れる。軽い下痢、倦怠感、睡気が順番に起きる。毒死させないのは、騒ぎを大きくなしないためであろう。
「よし」
 頷き合うと、再び月が隠れるのをじっと待つ。
 その時、月の光が遮られて、横穴の中に長く人の影が伸びた。
「――ッ!」
 黒装束を躍動的に動かして、無言で二人は短刀を逆手に構えながら入り口を睨む。そこに大柄な人影が立っていた。さらに、四肢に緊張を漲らせて臨戦態勢を取る。
「明日は雨だ」
「否、明日は嵐だ」
 大柄な影の男から意外な言葉が飛び出し、二人は顔を見合わせた。そして、合言葉を探るように返した。
「余は、紫紺騎士団ソードマスターのフリーデンタール・ジュニア少佐である。何処の者だ?」
「我々は、王家直属ブランデンブルグ特殊部隊です」
 目出し帽を脱いで答える。髭面にだんご鼻、ドワーフの特徴的な風貌である。
 ブランデンブルグ特殊部隊とは、日常的に王都アルテブルグにあるブランデンブルグ門を警備する門番に属しているが、王族の非公式な任務を極秘に実行すると噂されている。
「ドワーフ……ではないな。ブランデンブルグ隊ならば」
「はい、変装でございます」
「そうか。どうやら、目的は同じのようだな」
 崖に溶け込むように迷彩されたマントを脱ぎながら、端正な顔立ちの男が笑う。その背後に、また別の影が次々に浮かんだ。


 アルティガルド軍本陣――
 夜半、シュナイダー将軍は、白湯を飲んでいた。
 最後の報告と指示を終えて、部下は従卒の少年兵が一人残っているだけである。その従卒に笛を吹かせて、独り月を見上げた。
 小柄な少年とは思えないほど、力強い音色を奏でている。天空の雲を吹き払う風のように激しい旋律で始まり、次第に曲は落ち着き出し、野の花を照らす日差しのように優しい調べへと転じた。そして、再び変転して、人も鳥獣もいない荒涼たる風景を感じさせて終わっていく。
 眼前の戸は開いて、小さな庭と闇が見えていた。その闇の中にじっとこちらを見詰める男が浮かんでくる。
「汝の事ばかり考えてきた。もはや汝よりも汝の事を知る。その考え、手に取るように分かるぞ」
「――」
 闇の向こうで、男が、酒のグラスを下げて、徐に顔を上げる。
「――ならば、天下統一の正義も分かろう。速やかに我が軍門に降り、民のために国家再建に尽力致せ」
「否、それこそが偽り。汝に天も民もない。有るのは己の都合のみ」
「都合ではない。能力有る者の使命だ」
「その自らの内に固執した思想こそが天を乱し、美しき人の秩序を壊している」
「所詮、人の造りし物に美などない。人の心は常に上を見て暴走する。それを止める力こそが秩序」
「ならば汝一人で、その思想を実行すればよい」
「人一人には限りがある」
「何をか言わん。才は天に届き、力は人の域を遥かに凌駕する。ならば、一人で、速やかに、その想いを実現すればよいのだ。何も国を造り、軍を組織して戦う必要はあるまい」
「天は孤高であろうが、人は群れる。群れには群れ。我も所詮人でしかない」
「人であるがゆえに、家族を持つ。その家族を守るために、尽く敵を排除したいと欲している。つまりは汝に、天も正義も民もなく、かつ、信念さえももはや虚ろ。残されたのは家族愛とそれを失う恐怖のみ。暴君の極みではないか?」
「私利私欲は初めから重々承知。所詮、我も矛盾の存在。それと知りながら、欲を拒めず、この身にしがらみをまとってしまった。今さら、断ち切りようもない。故に、己を晒し、道化を演じている。暴君もまた本望」
「その重い心こそ元凶。人の欲を捨て、天の差配に全てを委ねるべき」
「人の心を否定し、天を信じる者が、なぜ、そこに居る」
「……」
「お前の命令で死んだ者たち、これから死のうとする者たちを捨てられぬお前こそ、重き鎖に縛られた囚人よ」
「組織の輪車に過ぎぬ事は、幼年学校に入った時から了解している。無能な上官に殺されかかった事も多々あり、味方を効率的に殺した事もある。命じる者も、命じられる者も、全てはめぐり合わせ、巡り巡るもの。これまでもそうだったし、これからもそう」
「天の差配が中立公平だとでも?」
「人の欲が至上のものだとでも?」
「所詮、人は人のためにしか生きられぬ」
「天の使命に従うのが人の生き方」
 拘り過ぎる、と男たちは笑い合った。
「小官も人、汝も人……ならば、死ぬ事もあろうか?」
「人ならば当然であろう」
「努々、下らぬことで命を落とし、最愛の家族を悲しませぬよう」
「お前も、天の真意が理解できるまで壮健であれ」
「ふふふ」
「ははは」


 サリス軍本陣――
「誰かある?」
 オーギュストが誰何する。
 傾いたグラスがすっかり空になっている。
 その声が、閑散とした総司令部にこだました。声が返って来ないことを気付いて、オーギュストは立ち上がる。
 淡い月明かりを手掛かりに、サイドテーブルの水差しを手に持つ。
「これも空かぁ……」
 ダークブランのローブを羽織ると、外に出た。
 警備兵は椅子に座り、本を読みながら眠っている。その前を素通りして、素焼きの壺へ向かう。魔力が妨害されているので、水は、気化熱を使用して冷やしている。
 自ら杓子を取り、水を汲む。
 杓子を口へ運びかけて、裏から、犬の鳴き声がしてきた。悲鳴のようでもあり、泣くようでもあり、さらに、媚びるようでもある。その声は、如何せん、琴線に触れる。
 オーギュストは水を汲んだまま、裏へまわり、犬用の皿に水を流し込む。
 途端に犬は態度を一変、寝転がり、牙を剥いて、『うーぅ』と唸りながらオーギュストの脚先を噛み続ける。
「はいはい」
 オーギュストは鎖を切り離してやる。犬は瞬く間に空堀の方へ走り出した。
「速いな、ウンコか? コルト――」
 そう呼びかけた時、突然犬が遠吠えを始めた。
「ほお?」
 興味深げに囁く。
「ここは主郭の裏手。人が迷い込むような所じゃないんだがな」
 軽く苦笑いを浮かべて、空堀の真新しい石垣の階段を下り始めた。

 空堀の底より一段高く、階段の上り始めの位置に、7人の武装集団がいた。
 五人は、体格に大小はあるが、揃いの紫色の鎧甲冑をまとい、仕草の一つ一つに統一感があった。胸には、アリティガルド王国が誇る紫紺騎士団の紋章が黄金で描かれている。
 残りの二人は、黒装束姿で、闇に溶けている。顔や体系はドワーフ族のようだが、巧みに化けている。工事現場に紛れ込んで長く潜伏していた。
「影武者?」
 フリーデンタール少佐が問い返す。太く魂眉を上げて、怪訝な感情を隠そうとしない。
騎士の中でも、一際体格がよく、引き締まった顔は精悍である。紫紺騎士団髄一の剣士と自他ともに認める存在である。
「ならば、今現在、ディーンの正確な居場所が分からないのだな?」
「はい」
 黒装束が飾らず答える。
「……暗殺など性に合わぬと思っていたが、存外に難しいものだな」
 紫色の糸が巻かれた剣の柄を拳で殴り、短く唸る。
「良いではありませんか、知らずに飛び込み、空振りに終わるよりは?」
「左様です。女神エリースの加護が我々にある事の証」
 傍らに従う、細身の騎士と小柄な騎士が、親しげに語りかえて軽く笑った。
「……そうだな」
 その言葉に、フリーデンタールは、幾分声を落ち着かせる。
「今、我らの手の者が全力で探っております。もうしばらくお待ち下さい。それまで、少佐には鋭気を――」
 頭上からそそぐ月の光が微かに揺らいだ。途端に、黒装束は言葉を打ち切り、松明の火を消す。
 カラン、カラン、カラン……。
 階段を、銀の物体が跳ね落ちてくる。その行方を、全員で息をのんで凝視する。
――爆弾か?
――否、こんなに弾ませられない。
 黒装束の二人が瞬時に目で会話する。
 そして、銀の物体は、誰にも触れられることなく、集団の中央で止まった。
「何だ、この丸っこいメタルの人形は?」(第72章参照)
「白と黒のツートンカラーに、黒い隈取りに、丸い顎……。確か、想像上の動物に、こんなのがいたような……」
「ああ、訊いたことある。竹山に棲み、頗る凶暴だと」
「素材は水銀でしょうか?」
 ブツブツと観察していると、階段の上に人の気配がした。
「おーい、人形を拾って戻ってこーい」
 炭酸の気が抜けたような呑気な声がする。
 全員が見上げると、ふんわりとしたローブを羽織り、フードを深く被った者が、ゆっくりと壁に沿った階段を下りてきた。
「俺の犬を見なかったか?」
 一斉に、空堀の底で夢中でエサを食べている犬を見る。事前に、手懐けるために極上のエサを与えていた。
「やれやれ、玩具よりも夢中だよ。あんたら、勝手にエサを与えられては困るな。あれには特製のエサを与えているのに」
「なんだ、犬の飼育係か……」
 一番後ろにいた若い騎士が、まだ渋みのない、少女のような高い声でほっと呟く。
「そんな訳あるまい。早く捉えよ」
「あ、はい」
 フリーデンタールに叱責されて、その若い騎士は慌てて階段を駆け上っていく。
「大人しくし――」
 フードを外そうと手を伸ばした瞬間、眼前に、茶色のローブが広がった。視界を遮断する罠と思い、素早く身構える。瞬時に切り替える速さは、流石にエリート剣士であろう。
 その澄んだ若い瞳は、自信に満ちている。
 この鍛え上げられた肉体と剣技ならば、ローブを切り裂いて迫る剣先を紙一重で回避することができる、と固く自負している。さらにあわよくば、その裂け目に、居合抜きで斬撃を走らせ、反撃するつもりいる。
 が、思惑と違い、眼前のローズに血飛沫が巻き散らばった。
「俺の剣が……」
 未だに、剣を握ろうと右手が、宙を虚ろに泳いでいる。
「風呂に入った後でね――」
 若い騎士の体が空堀の底へと落ちていき、血染めのローブがただ宙を漂う。
「汚れるのは勘弁してくれ。……これ、刃がうっすらと紫色に輝いているが、ちょっと短いねェ。潜入するのに、妥協したな。それで勝てるのかな?」
 赤いパンツ一枚で、オーギュストは、若い騎士から奪った剣を眺めて悦に入っていた。
「探す手間が省けたぞ。さあ、悪の権化を打ち取れ」
 フリーデンタール少佐は、雄々しく腕組みをして、錆を滲ませる重厚な声で命じる。
「はっ!」
 鎖を切られた猛獣のように、3人の紫紺の騎士が一斉に動く。
「紫紺騎士団かぁ。少しは楽しめそうだ」
 オーギュストは、悠然と、上段霞に構えた。剣は薄い紫のオーラを発しているが、そのオーラを貫いて、刃に、赤い瞳が妖しく映っていた。
 先頭を走る騎士が一番大柄である。一見して、鎧の胸部が分厚いのが分かる。さらに、態と体を大きく動かして、可能な限りオーギュストの視界を遮ろうとしている。
「覚悟っ!!」
 大柄な騎士は威勢よく叫ぶと、右手で大剣を頭上に振り上げて、かつ、左手を突き出し、掌を最大限に広げている。遠近感を狂わせ、さらに視野を狭めようというのだろう。
――胸甲で受けるつもりか……?
 オーギュストは、脳内で試行した。
 心理的に邪魔な左腕を払えば、大上段からの打ち下ろしに一歩遅れる。ならば、その左腕を無視して潜り込めば、攻撃のパターンは胴払いなどに制限されてしまうだろう。胸の分厚い装甲で受け止めるつもりなのだ。
 しかし、彼は知らない。オーギュストの正確無比な剣捌きは、針の穴すらも簡単に通してしまうことを。
 オーギュストは、その突き出た左手を逆に利用し、剣先を隠しながら一気に衝いた。左手の親指と人差し指の間の皮を薄く削って、腕の薄皮一枚上を掠るように進み、剣先が真っ直ぐに喉を切り裂いた。
「勝機……ぐがっ!」
 血飛沫が舞う。その赤い幕に隠れるように、背後の小柄な騎士が、先頭の騎士の右肩を踏み台にして壁側へ飛び上がる。
――丸見えだぞっと!
 だが、オーギュストは、右足を踏み出し、右片手で突きを放っているので、しっかりとその動きを捉えていた。
 その時、細身の騎士が、先頭の大柄な騎士の左足を掻い潜って崖側へ体をはみ出しながら突進していく。片脚だけを階段の端に残して、長い手足を巧みに伸ばして、オーギュストの背後に回り込もうとしている。
――だから、バレバレだぞっと!
 オーギュストは踏み込んだ右脚を軸にして、左足を振り回し、崖側の中もない暗闇に向かって蹴りを繰り出した。
 そこへまるで吸い寄せられるように、細身の騎士の顔が出てくる。そして、予言されていたかのように、その踵で顔面を蹴り潰されてしまう。
 その間も、舞う小柄な騎士の目と、赤い瞳ががっちりと向き合っている。――なのに、オーギュストが崖側へ体を傾けているので、僅かに剣の間合いには遠い。
「だから安易に飛ぶな、と言う」
 重力に束縛されて、ゆっくりと落ちてくるところへ、オーギュストが手を伸ばした。いとも簡単に足首を掴むと、まるで棒切れのように振り回して、喉を切断された巨漢の騎士と、顔を損傷した細身の騎士へと叩き付けた。
 まだ生温かい三つの遺体が、揃って堀底へと落ちていく。
「下がって!」
 咄嗟に、黒装束の一人が前へ出て、水筒から液体を口に含む。
「ふっ、魔法の真似事か?」
 一笑すると、オーギュストは指を咥えて、甲高い音を吹き鳴らした。それに答えて、堀底の犬が、喉を伸ばして、狭い空に向かって遠吠えを始める。
 液体を吹き出す。忽ち、巨大な炎の塊となるが、すぐに細くなり、さっと消えてしまった。後には細かな霧が薄く広がるだけである。
「あの遠吠え……魔力を消すのか……ひぃッ!」
 黒装束は術を破られて、思わず、愕然として立ち尽くしてしまう。そこへ剣が飛んできて、不甲斐なく悲鳴を上げてしまう。
「おいおい、戦闘中にフリーズするな。素人か?」
 しかし、その飛んでくる剣に、フリーデンタールが、自分の剣を投げて相殺させる。金属のぶつかる甲高い音が鳴り響いて、二本の紫の剣は、あらぬ方向へ弾き飛んでいってしまう。
「助かりました……はぁはぁ」
「礼は後だ」
「ほぉ、後があるのか? 自慢の長剣もなしに?」
 階段に落ちていた、おそらく小柄な騎士のものであろう剣を拾いながら、オーギュストが軽く嘲笑するようにささやいた。
 一方、命拾いした黒装束は、改めて犬にエサを投げ与える。そして、木の根のような杖を眼前に構えて、僧侶の詠唱を始める。
「壮大なる血気の滾り、身体に充ち満ちて、呼吸は軽やかに、烈火の如く迸り、女神の歌声の如く輝き、鞘走る聖なる剣に、勝利を乞いつつ――」
「手出し無用!」
 フリーデンタールが、強い口調で詠唱を断る。
「おお!!」
 しかし、すぐに詠唱の影響が体に表れ始めると、その効果に納得の表情をする。心から一切の不安や戸惑いが消えて、リラックスした肉体に、自ずと力が漲っていく。
「これ程とは……。癖になりそうだッ」
 零れる笑顔も自然である。一つの蟠りにもなく、一振りに、全身全霊を注ぎ込めると確信する。
「貴様の剣はすでに見切った!」
 フリーデンタールが言い放つ。
「ほお、俺の剣を見ても、まだ大言壮語を吐く余裕があるか。お前、実は大したことないだろう」
 静かに正眼に構えながら、オーギュストの頬が心地よく弛んだ。
「その判断ミスはすぐに分かる。紫紺騎士団のエースにして、武門の名家フリーデンタールの血が成す武勇を篤と見よ!」
 大胆に見えを切り、ゆったりと両足を開いて、円を描くように大きく腕を回しながら構える。
「ほお、無手の格闘も心得があるようだな?」
「フリーデンタールの武は戦場のものだ」
 フリーデンタールは凄まじい踏み込みで、間合いを詰める。踏み締めた足が、階段の石材を踏み潰してしまうほどだ。そして、オーギュストの頭上に丸太のような腕を振り上げる。その巨大な掌は、熊の爪を連想させた。
 ブーォン!
 オーギュストの眼前で、縦に大きな弧が描かれ、空気を抉り取られた。残像の後に、強い衝撃音が突き抜けていく。
 ブォーン!
 今度は下から、熊の爪が振り上がって来て、オーギュストの鼻先を掠めていく。
「ほお、言うだけのことはある」
「裸なのが、貴様の運の尽きだ。筋肉の動きが丸分かりだ!」
 彼の視線は、常にオーギュストの肩の筋肉の動きを追っている。迂闊に剣を動かせば、難なく回避してしまうだろう。
「はっ!」
 右の掌を腰まで引いて、やや下方から突き上げる。しかし、爪先が段にぶつかり、十分に腕が伸び切れなかった。寸前の所で、オーギュストの体に届かない。
 サッ!
 オーギュストが後方へ下がりながら、軽く捌くように籠手を打った。
「うっ!」
 咄嗟に、フリーデンタールは後転して、元居た下の段へと戻る。
「ふぅ……」
 そして、間合いを計りながら、ゆっくり立ち上がる。
 腕を眼前に掲げると、ざっくりと鋼鉄の籠手が裂けて、赤い鮮血がドロドロと漏れ出ている。それを左の掌でべったりと拭い取る。
「いい動体視力だ。修練の賜物……否、天性のものか?」
 短い攻防を終えて、率直にオーギュストが賛辞を送った。
「流石よ。力、スピード、正確さ、どれも想像以上だった。だが、覚えておけ。貴様の敗因は、我が体に流れる武勇の血だ!」
 フリーデンタールも称賛を返すが、尚も自身の優位を譲らない。そして、血に濡れた籠手を振り被り、ぐっと強く拳を握る。
「ううううぅ」
 奥歯を折れんばかりに噛み締めて唸る。手の血管が浮き出て、更に出血が進む。
「うららららららー!」
 そして、雄叫びとともに突進する。
――あの拳、禍々しい気配だ。肉体強化魔術……否、呪詛か?
 オーギュストは訝しげに眉を顰める。
「ロッケトパンチ、打ち砕け!!」
 間合いははるかに遠い。到底、届くはずがないが、いきなり、紫色の籠手が腕から外れて飛んだ。解き放たれた籠手は、一つの砲弾となり、更に指の部分は、アメジストの結晶のような刃となる。
「な、なんだ!?」
 咄嗟の判断で、オーギュストは受けを諦めて迎撃に出た。
 激しい火花が散る。
 投擲武器と化した籠手は、オーギュストの剣に弾かれると、僅かに軌道を逸らして、遠く堀の奥の闇へ消えていく。
「焦った。血統の呪詛か……」
 オーギュストが驚きの表情で呟く。
「確か、フリーデンタール一族の中興の祖は、風呂場を襲われて、『剣の一本でも有れば』と呪い言葉を吐きながら死んだとか。その想いが、子孫の血に呪詛として受け継がれた訳か?」
「御明察。俺の血は、染めた物を何でも剣に変える。例えば――」
 言って、血に塗れた手で、腰に残っていた金属の鞘を握る。忽ち、斧を縦に伸ばしたような外観の剣となっていく。
「こんな風に」
「業が深い一家だ」
「俺もそう思うよ」
 フリーデンタールは、澱みなく笑った。生まれに関する損得を知り、運命をあるがままに受け入れて、己の道を一筋に生きている男の顔である。
 脇構えに構える。
 集中力が極限まで高まっていく。髪が逆立ち、肉体が熱し紅潮して、蒸気が沸き起こる。その一方、逆に呼吸は湖面のように整っていく。
「参る!」
 かっと目を見開くと、鋭く踏み込んで、高速で剣を横に走らせる。
 シューン!
 斬撃が、空気を切り裂き、死を連想させる不気味な音を轟かせる。
 オーギュストは、直撃を避け、剣を僅かに浮かしてかわした。そこへ瞬時に剣が返ってくる。今度は、絶妙に下げてかわした。
 フリーデンタールの踏み込みはまだ浅い。
 この剣技は、初めから敵に致命傷を与えることを目的としてない。初手を敵が自然に剣で受ければ、返しての二手目で、敵の剣を切断することを目的としている。凡人が観戦すれば、打ち合った直後に剣先が折れたように見えるだろう。
 南陵紫龍流奥義『双竜断顎』!
 この返しこそ、南陵紫龍流の真骨頂である。自在に剣を切り返して、左右上下から連続攻撃を行う。
 フリーデンタールの速さは凄まじく、斧のように幅広の刃が、竜の首のようにうねって見えた。
「よくぞ、かわした……うむ?」
 十分に手ごたえを感じながら、再び、必勝形である脇構えを取ろうと仕掛けた時、左右の肩、腕、腰、太ももに焼けるような激痛が走った。
「っ……!」
 何事が起ったのか分からぬうちに、血飛沫が眼前に舞う。攻撃は明らかに後方からされていた。
「おのれ……」
 奥歯を折れんばかりに食い縛った。肉体的な痛みではない。この土壇場で裏切られたことへの恨みである。
 フリーデンタールの肉を裂いたのは、黒装束の二人が投げたナイフである。その曰くの血を吸って、回転しながら巨大な鎌のように変化していく。
 時が止まって見える。
 まさに神速の世界であろう。
 8本の死神の鎌が、文字通りオーギュストに迫っている。
 これはかわせない、と思った次の瞬間、オーギュストの体がぶれた。幾重にも重なって見える。それらが一斉にずれていく。上下左右に剣が繰り出されて、同時に死神の鎌を打ち払った。
――美しい……。
 思わず、その光景に魅入ってしまう。
 八つの火花が円形に輝いて、その中心で鮮やか過ぎる閃光が煌めいた。
 止まった時の中で、その軌道を目で追えても、それを受ける術がない。
 ゲボッ……。
 吐血した瞬間、時が動き出す。
 赤く輝く瞳を持つ顔が目線のやや下にあり、その男の腕が胸の前に突き出されていた。
「こ、こんなことが、こんな……ことができるのか……」
 顔が恍惚とする。
「いい腕だった――」
 ふっとオーギュストの腕から力が抜けた。
 力なく膝から崩れ落ちていく。
「修業の経過が見える。今のペースであと200年頑張れが、俺の背中が極小の粒ぐらいに見えたかもしれん」
――い、嫌だ……。
 このまま終わりたくない。ついに、目指すべき技の極致を知ったのだ。もっと研鑽をつんであの域に到達したい……。
「少し褒め過ぎたかな?」
 もはやフリーデンタールの瞳に光はない。
「さて、残りは一人」
 オーギュストが階段下の黒装束を見遣った。
 フリーデンタールを貫いた剣は、槍のように長く伸びて、背後の黒装束の一人を貫通している。
「兄者! しっかりしろ」
 肩を揺するが、喉元を刺されて、すでに息絶えている。
「戦場では、そこに有る物を最大限利用して戦うのが鉄則。フリーデンタールの血の呪いを見て、利用しようと考えたのは、実に感心なことだ」
 一段、ゆっくりと足を進めて降りた。
「だが、そういう何でも有りの戦い方をするのならば、俺の右に出る者はいない」
 また一段、降りた。
「……」
 禍々しいまで赤い。その瞳で射抜かれると、もはや立っていることさえできない。腰が抜けて無様に尻餅をつく。それから、震える手足をバタつかせながら、這うように後退し始める。
「分かった。降参する」
 隠し持っていた武器を全て捨てて、両手を頭の上に上げる。
「命だけは……。俺たちは、金で雇われただけなんだ」
 懐からずっしりと金貨の詰まった革袋を取り出し、震える両手を揃えて差し出す。
「……」
 不意に、オーギュストが左手を伸ばした。すると、左手の中に、最初の水銀の人形が引き寄せられた。
 黒装束は金貨を捨て、涙声で慈悲を乞う。
「知っていることは何でも話す……だから、命だけは助けてくれ。いえ、助けて下さい」
 あたふたとひっくり返り、無様に四つん這いになると、手や膝を水に滑らせながら壁まで逃げる。そして、オーギュストへ向き直り、最後に土下座して必死に命乞いする。
 コロコロと小石が転げ落ちる音がする。オーギュストが足を動かして、爪先に小石が当たった結果だろう。
――一つ、二つ、三つ、……来た!
 オーギュストの足音を、固唾をのんで数える。そして、石垣の隙間から差し込んだ淡く細い月の光が、オーギュストの顔を照らし出した瞬間、黒装束が顔を上げる。
「はっ!」
 満を持して、口から針を吹き出す。
 しかし、オーギュストは左手を素早く翳して、全て針を水銀の人形で受け止めた。
「演技が濃過ぎる」
「違う――ぜェ、バァーーーカ!」
 転瞬、黒装束は、瞳孔を開き切った狂気の笑みを満面に浮かべる。
「キャハハハ」
 その下品な笑い声が反響すると同時に、堀の底の暗闇に、緑色の閃光が淡く広がった。突き刺さった針の先端が、小さいが鮮やかな緑色の小さな光を灯している。
「だろうな」
 オーギュストは月の光の中へ、左手を掲げた。忽ち、水銀の人形は変形して、12枚の花弁となって広がっていく。
「バカな!?」
 直後、数本の矢が、水銀の花に突き刺さった。矢は、差し込む月の光を道標にして、遠い櫓の上から狙撃された物である。
「だから、演出があざとい。最初っから、この細い光の差し込みは、不自然過ぎた」
「くっ……」
「俺のターンだ。これは水銀に魔力を注いだ魔法生物だ。これには、こういう使い方もある」
 魔力を注入すると、今度は細く長い打球棒となった。
「チャー、シュウ、メン!」
 大きな弧を描いて振り、足元に落ちていたフリーデンタールの血がべっとりと着いた小石を叩いた。
「う……っ」
 その時、機械のように鋭利な目が死んだ。
 血染めの小石は、月の光を逆行して、櫓の最上階を直撃した。
「もはやこれまで!」
 黒装束は、前を肌蹴ると、袖に隠し持っていた短刀を握りしめて突き刺す。短刀の突き刺さった箇所には、魔法の文様があり、自決の血で反応するはずだった……。
「な、なぜ……?」
 口から血を吐きながら、驚愕に狂った目を横に向ける。そこには、先ほどの犬が遠吠えしている姿がある。
「戦いとは、常に敵を掌中に収めて行うものだ」
 オーギュストは、頭上に打球棒を振り被りながら呟いた。


 未明――。
「ああ、ちょっと、失礼」
 ヤンはごちゃごちゃと混み合った室内を、人をかき分けて進む。
 短い睡眠時間をさらに短縮されて、全参謀と各指揮官は、総司令部に集合するよう命じられた。狭い室内に人が集まり過ぎて、椅子が足らず、壁際に佐官さえも立っている状態である。
「ヤン、大尉」
 人を押しのけて、情報部の刀根小次郎が近寄ってくる。
「井戸に毒が投げ込まれた」
「は……っ」
 さっと血の気が引く。
「井戸って、崖の……?」
「今のところ、被害は大したことない」
「賊は?」
「上帝陛下が御自ら成敗された」
「そ、そうか……」
 声が震えるのを隠し切れない。
「そうかじゃない。陛下の側まで近付けてしまった。情報部と警備部の失態だ」
「ああ、あ、大変だな」
 小次郎は顔を歪めて、ため息をついた。
「念のために、解毒剤を渡しておくぞ」
「お、おお」
 震えの止まらない指で、茶色の小瓶を受け取る。
「ナンも飲んだのか?」
「ナン?」
 小次郎は怪訝な顔をする。
「腹痛で……」
「ああ、あいつは毒じゃない。娼婦に性病をうつされたらしい」
「その娼婦が賊を手引きしたのか?」
「それは――分からん」
 小次郎は、この意見を想定していなかったようで首を傾げたが、その後、可能性があると小さく頷く。
「調査したいところだが、もう時間がない。全軍の士気にもかかわるから、体調が悪い者がいたら、この薬を飲ませてくれ。くれぐれも穏便に、な」
「……そ、そうだな」
 小次郎は肩を叩いて去っていく。
「ああ……」
 大群衆の中に一人残されて、ヤンは只々呆然と立ち尽くす。
「軍議を始める――」
 壇上に、ベアトリックスが立つ。
「夜明けとともに、攻勢を仕掛ける!」
 その勇ましい声が、遥か遠くに聞こえた。
――俺が報告しなかったからだ……!


 夜が明ける――。
「第一波、放てェ!!」
 中央、ロックハート軍が一糸乱れず斉射を行う。
 その空気を貫く不穏な雑音と、空を覆う黒い影を見遣りながら、右翼アレックス軍が一斉に矢を番える。
「惰弱なロックハートに後れを取るな!!」
 忽ち、矢を乱射して、嵐のように降り注がせた。
「中央も、右翼も始まったな。よし、我々も行動を開始する」
 アウツシュタイン軍の工兵が、昨夜徹夜で用意した土嚢を次々に湿地に投げ込み、土壌を固めていく。
 三将軍とも、歴戦の勇者である。昨日の戦闘を元に、現場指揮官の判断が遅い箇所、兵士の動きの鈍い箇所、防御設備の弱い箇所を効率的に攻撃している。さらに、波状攻撃に濃淡をつけ、その間隔をランダムにして、敵のリズムを乱して、気持ちよく戦わせない。

「緒戦は順調です」
 汗を拭くオーギュストに、参謀のベアトリックスが報告する。
「当然だ」
 オーギュストの表情は冴えない。アルティガルド軍の動きが受動的過ぎる。それは、何か策を準備している証であろう。
「アウツシュタイン軍が攻勢を仕掛けます」
 ルイーゼが淡々と告げる。
「ああ、まずは奴の才覚に期待しよう」
 オーギュストは足を組む。

 地面が固まり、用水路にも梯子で橋を架けた。工兵に多大な犠牲を払ったが、騎兵と歩兵は戦意旺盛である。
「突撃!!」
 アウツシュタイン軍が一挙に流れ込む。
「我が軍の勝利だ!!」
 このまま防衛線を突破して、側背を衝けば戦況は決するだろう。
 しかし、用水路を越えた時、未確認の塹壕から一斉に槍兵が現れて、忽ち、槍衾を形成された。そして、進撃の足が止まった歩兵に対して、その頭上に矢が降り注ぐ。
「狼狽えるな。予想の範囲内だ――」
 アウツシュタイン将軍が、懸命に叱咤激励する。
「傷付いた兵を後方へ下げ、新たな部隊を順次渡河させろ」
 兵を細かく分けて、きめ細やかに前進と後退を繰り返しながら、少しずつながら確実に兵を敵陣の中に送り込む。ついには橋頭保を築くまでに至った。
 約半数の兵が敵陣に入った時、突然、本陣の周りが騒がしくなった。
「敵の伏兵か?」
「いえ、叛乱です」
 副官の報告に、アウツシュタインが呪わんばかりに牙を剥く。
「これ以上、上帝陛下に醜態をお見せするな!」

「工兵として徴用したヴァルヌス山地の兵、すなわち、マンドリーコヴァ家(76章参照)などが反乱を起こしました――」
 ルイーゼはオーギュストの前に跪いて、報告書を素早く捲りながら戦場の状況を伝える。その傍らでヤンは吐きそうな顔をしている。マンドリーコヴァ家と交渉し、人質を取ったのは彼である。
「アウツシュタイン将軍の本陣は健在ですが、前線との連絡は断たれ、前線の補給と兵の補充が途絶えて、混乱を極めております」
 オーギュストが、苦い表情で、ベアトリックスを見る。
「これを狙っていたのかな?」
「はい、左様のようです」
「なかなか厄介なことを考える」
「笑ってばかりはおられません。左翼前線は崩壊寸前です。ご決断を」
 ベアトリックスの忠告に、オーギュストはさすがに口元を引き締めた。
「ロックハートに伝令。中央から左翼方面へ広く展開して、左翼前線を支援しろ」
「はっ、直ちに」
 ベアトリックスが小走りに走り、総司令部の端で参謀たちを集め、より細かい指示を与え始めた。
 一方、オーギュストはルイーゼを見る。
「総司令部より部隊を裂いて、アウツシュタイン本陣の背後に回らせろ。ヴァルヌス山地への道を遮断して、反乱兵の心を折れ」
「御意――」
 ルイーゼが勇ましく頷き、素早く背中を向ける。「コンラート・ウラキ将軍を呼べ」と 自身の部下へ命じる。
「……さて、これで許してもらえるのかな?」
 オーギュストは立ち上がると、戦場のさらに奥を睨みながらそっと腕を組む。

「どうした?」
 ロックハート軍の少尉が、用水路の中を、膝まで浸かり、濁った水を大胆に蹴り上げて駆けてくる。そして、梯子の下で、シールドを頭の上に被った兵士たちを質した。
「早く誰か登れ」
「突撃兵がいません」
「……」
 少尉は兜を少し上げて視界を広げると、周囲を見渡す。いつの間にか、用水路の中の兵が閑散としている。
「増援を呼んでくる。それまでこの梯子を守れ」
「はい、――ひぃッ!」
 兵士たち健闘した瞬間、頭上の柵が倒れ落ちてきた。
 土砂と木材が、用水路に侵入したロックハート軍の将兵を押し潰した。
「突進せよ!!」
 そして、用水路の上に、アルティガルド騎兵が、その勇ましい姿を現し、苛烈な突撃を開始した。
「敵総司令部まで駆け抜けよ」
 左翼方面へ兵を出して、手薄になった箇所を鮮やかに突破して、果断に坂を駆け上っていく。
「してやられたぁ……」
 各部隊から悲鳴のような報告ばかりが届く。ロックハート将軍は、独り、悔しそうに地面を蹴る。
「将軍、来ました!」
 堪らず副官が絶叫する。敵兵が雪崩れ込んできた。
「迎撃せよ!!」
 ロックハート将軍は自ら槍を手に取った。

「ロックハートぉ~め~ェ、何をやっていやがる!」
 混乱するロックハート軍を横目に見て、右翼を指揮するアレックス将軍が思わず叫んだ。
「予備兵力を送って、穿たれた前線の穴を修復してやれ」
「はっ」
「これは『貸し』だと伝えよ」
「はい」
 副官が拝命して立ち去る。それと入れ替わりで参謀が駆け込んで来る。
「申し上げます。東のツヴェルフ・ヴァッサーファル河岸段丘に敵伏兵有り。敵騎兵が迫っております」
「な、何!?」
 その時、用水路の下流に、アルティガルド軍騎兵が出現した。
「狼狽えるな。伏兵、寝返りは戦場の花だ」
 アレックス将軍が、慌てず、周囲の参謀たちを叱責する。
「防御ラインを右側面に形成しろ」
 そして、首を大きく回して、嬉々とした声で命じた。

「伏兵は『紫紺騎士団』です。全員が紫のスカーフを巻いています」
 望遠鏡を小脇に抱えて、ルイーゼが切羽詰まった声で報告する。
「アレックスも苦労するだろうな」
 ゆっくりと背もたれに凭れて、オーギュストが、ため息交じりに呟く。そして、ベアトリックスの方を見て、指をパシリと鳴らす。
「上策は――」
 一度咳払いして、ベアトリックスが参謀たちと協議した作戦を説明し始めた。
「敵騎兵の突撃をやり過ごし、本陣の高台を利用して受け止め、後は挟撃、包囲殲滅することでしょう」
「ロックハート軍がこの状態では無理だな」
 オーギュストは、サイドテーブルの干しぶどうを摘まみながら囁く。
「御意」
「下策は、このまま手を拱いて、アレックス軍が鎧袖一触されること――と言うところか?」
 干しぶどうを噛みながら、目で続けるように示唆する。
「で、中策なのですが……」
 ベアトリックスは言いかかて、顔に躊躇いと恥じらいを浮かべる。
「中策は、ただ只管、死守することです」
 目を閉じ、やや早口に言い述べた。
「死んでも守れ、と?」
 オーギュストは、顔を上げて、軽やかに笑う。
「こんな命令を受けて、渋い顔するのが見えるようだ」
「……」
 ばつが悪そうに、ベアトリックスは口を真一文字に結ぶ。
「まあ、表現は陳腐だが――」
 オーギュストは頬杖をつく。
「結局、それしかない。ここからじゃ、俺の武勇も届かない。手の施しようがないということだ。シュナイダーが俺をここに登らせたのは、俺に仕事をさせないつもりだったのだろう。最初から……」

 それは疾風のような突撃であった。
 用水路脇の狭隘な道筋で両軍が激突。アレックス軍は数の優位を活かすことができない。錐のように揉み込み、アレックス軍の中枢へと『紫紺騎士団』が切り込んでいく。
「一旦後退、陣形を整理して迎え撃て」
 アレックス将軍は、少し開けた場所で槍衾を作って食い止めようとする。しかし、敵の方が地形を熟知している。槍兵が列を成し始めた時に、先制攻撃とばかりに矢を射掛ける。
 数そのものは少ないのだが、心理的効果は絶大で、陣形の再編も儘ならない。
 そこへ長剣を翳して紫紺の騎士が斬り込む。
 当然アレックス軍は中央突破されないように、中央を増援して厚くする。そそいて、騎士の足が止まった瞬間、凹型の三方から反撃する。
 しかし、両端の兵が不用意に横を向いた隙に、その両端へ槍を並べて押し出す。
 アレックス軍の凹型の最前線が崩れる。
 その途端、突入した紫紺の騎士が退く。
 思わず、中央の兵が追い駆けてしまい凸型に変じる。今度は逆に三方から半包囲されて、痛烈な反撃を受けてしまった。
 そして、紫紺の騎士は新手と交代して、再び果敢な突撃を行う。
「……くっ、逃げまどうのは我が兵ばかり」
「敵は騎士団として統一した意識があります」「あの気障な紫のスカーフか?」
 無意識に、助言した副官を睨んでしまう。
「こちらも紫のスカーフを巻いて戦いましょう。敵も叛乱かと焦る筈です」
 最年少の参謀が最後尾から進言する。
「ここは戦場だ。都合よく生地屋があるか!!」
 アレックス将軍はさっと頭に血が上り、心ともなく怒鳴っていた。そして、苦虫を噛み潰したような顔で爪を噛む。
「地形図を」
 自分の不注意な声が場の空気の重くした。その緊迫感から逃れようと、眼前に地図を広げる。そして、食い入るように眺めていると、ふと気付くことがあった。
「あの丘は?」
 顔を上げて、用水路の南側にこんもりと盛り上がった高台を指差す。
「特に名はありません。用水路工事の時に出た土を積み上げたものでしょう」
 即座に参謀が答える。その瞬間、アレックス将軍の顔が恐ろしいほど引き締まる。
「直ちに、あの丘を制圧しろ」
「はっ」
 命令が下ると、俊足の騎兵を選抜して、丘へ急行させた。


 大槌が木の門扉を叩く。2度目の打撃で板が打ち抜かれ、閂が折れた。
「我、侵入に成功せり! 御首級、頂戴致す!!」
 シュナイダーの主力軍の兵士が、一番乗りの雄叫びを上げた。そこへ正面と側面から十字射撃を浴びせられて、針鼠となって敢え無く息絶える。
「進め、進め、御首級を上げた者は、サリスでもサイアでも好きな国を与えられるぞ。地位も名誉も女も酒も、恩賞は想いのままぞ!」
「おお!」
 それでも、前線の指揮官に煽られて、兵士たちが次々に門を潜る。そして、射抜かれて倒れた屍を乗り越えて、一歩一歩アルティガルド軍は前進し続ける。
「囲め!」
 建物の中へ押し入り、この郭の指揮官を見つける。
「きぃえええ!!」
 大上段から奇声とともに打ち込むサリス軍士官を、複数の兵が取り囲んで槍で貫く。
 こうして、犠牲を厭わず力尽くで、一つの郭を制圧する。
 そして、休む暇もなく、前方の土塁の上へ矢を射かけ始める。この援護射撃の中で、シールドで背後と頭上を守りながら門に近付き、大槌で再び門扉を破壊する。
「突撃!」
 これを幾度も繰り返して、アルティガルド軍は徐々に徐々に、坂を登って行く。


「構え、放て!」
アレックス将軍が派遣した部隊は『名もなき丘』の上に布陣すると、弓を並べて、紫紺騎士団の隊列へ矢を射かけ始めた。
「何と!?」
 意表を突かれて、稲妻の如く動揺が走る。
 紫紺騎士団は安全な後方基地を確保して、補給と治療、休憩を効率よく実行してきた。そして、五月雨式に騎士を繰り出して、数の劣勢を覆している。
 しかし、この『名もなき丘』を制圧されると、後方の基地まで矢が届いてしまい、もはや悠長に休んでなどいられなくなった。
 次第に兵の循環が悪くなる。
「我すでに限界。交代兵を早く。此処を維持できなくなるぞ……ぐがッ!」
「我、準備万端。いつでも出撃可能。命令を待つ!」
 傷付き疲れた兵がいつまでも最前線で戦い続け、治療の終えた兵がいつまでも後方で待機し続ける。さらに、矢や剣などの物資も滞り始めて、ついに活動の限界が訪れた。
「止むを得ん……。作戦を変更する」
 紫紺騎士団は後退する。
 一旦、ツヴェルフ・ヴァッサーファル河岸段丘の拠点に戻り、部隊を再編すると、今度は配下の歩兵を中心に押し出て、あの『名もなき丘』を攻略し始めた。
 これに、アレックス将軍も増援を繰り出し、戦いは粘り合いの持久戦へと転じた。


「おお、ついに見えたぞ」
 大手道に、アルティガルド騎兵が突撃態勢を整えた。
 シュナイダーの主力軍は、幾重にも重なる郭を突破して大手道に出た。その視線の先に、オーギュストの居る総司令部の白い櫓が見える。
「アルティガルドの勇者たちよ。一気に駆けよ。いざ、吶喊せよ!!」
 精悍な騎兵が、大地を踏み鳴らし、土塁の壁を震わせて怒涛の如く駆け抜ける。
 左右の土塁から放たれた矢は、高速で進む騎兵を正確に捉えられない。流れ矢は、翻ったマントと頑丈な肩当てで軽やかに捌く。障害物があれば飛び越え、守備兵が出てくれば蹄で踏み潰す。
「もう少しだ。死力尽くせ!!」
 白い櫓が頭上に迫る。その足元の門は、潜伏していた工作兵によって既に開いている。
「吶喊!!」
 身を屈めて長槍を翳し、一つの弾丸と化す。
 門の中へ、怯むことなく突入する。内部は夜のように暗く、その先に眩い光が見えた。
「うおおお!」
 血が滾った。多くの味方の兵が捨て身で切り開いた道である。もはや騒乱の元凶を、この槍先で貫く意外に報いる術はない。
「我が祖国、アルティガルドに勝利をもたらすのは、この私だ!!」
 興奮する儘に、さらに騎馬の腹に蹴りを入れて加速する。
 馬ごと光の世界へ飛び込む。そこはオーギュストが篭る本郭である――筈だった。
 空が広い。体が宙に浮く。馬も鎧も羽のように軽い。最高の高揚感とは、重力さえも超越してしまうのだろうか……と考えた時、その視界に自由落下していく同僚やその愛馬が見えた。
「あ~~~ぁ」
 無数に重なる悲鳴が虚しく崖の底に轟く。
「止まれ、止まれ、この先に道はない」
 アルティガルド騎兵たちは罠に気付いて、どうにか門の前で騎馬を止めたが、後から突進してくる騎兵とぶつかり団子状態になってしまう。
「斉射三連、反撃せよ!」
 オーギュスト自身が櫓の上で弓を引く。
 そして、その号令とともに、一斉に矢が放たれた。
「ここは何処だ」
「俺たちは何処へ向かえばいい」
 大手道で、進むべき道を見失い、右往左往するアルティガルド兵に容赦なく矢が降り注ぐ。さらに、左右の城壁――に見えていた幕を切り裂いて、大剣を振り翳した戦士が斬り込んできた。
「袋の鼠じゃ、打ち取って手柄にせよ!」
「こそこそ伏兵などする方が鼠じゃ、物の数ではないわ!!」
「誰が鼠じゃ、栄えある聖騎士じゃ、平伏せ、跪け!!」
 予想外の伏兵による攻撃に、忽ち、血で血を洗う白兵戦となる。
 しかし、アルティガルド軍は突撃に特化した軽装備だが、サリス軍は、聖騎士以来の伝統である重装甲に大剣を装備している。
 槍は乱戦では使えず、細い剣では鎧を貫けない。一方、サリス兵は防御を考慮せず、力任せに振り回している。大剣が掠っただけで肉が削がれて、血が止め処なく流れた。
 時間の経過とともに、アルティガルド兵が一人また一人と力尽き、突撃部隊は儚くも瓦解していく。


 シュナイダーは、騎乗し、兜を被った。
 西を見遣る。
 すでに反乱軍は戦意を喪失して、掃討されようとしている。元々、統率に欠け、戦闘技術も劣っている。一時的な混乱なら起こせるだろうが、それ以上の戦果は期待していない。
 東を見据える。
 紫紺騎士団ならもう少しやると思っていたが、案外不甲斐なかった。この期に及んで、陣形を再編して持久戦にするとか、もはや理解不能である。
 捨て駒になる覚悟もないのなら、戦場に出てくるなと言ってやりたい。所詮、宮廷で貴婦人の護衛をしているのがお似合いだった――そこまで考えて、頭を振る。自分に十分な戦力があれば、街道を逆に攻めて、アレックス軍を挟撃できた筈である。その戦力を用意できなかった自分に責任がある。
 さらに言えば、カリハバール軍に一族郎党を皆殺しにされて以来、戦い続けているアレックス将軍の手腕も、大したものと評していいだろう。
 そして、正面を睨む。
 第一陣の犠牲により、サリス軍の手の内はすべて見切った。最後に残った第二陣の騎兵を自ら率いて、オーギュストに肉薄する。
 自分ではなくても、この中の誰かが、あの完璧に鍛え上げられた肉体に剣を突き刺せればよい。サリス軍に戦争を継続する理由はないのだから。
「槍を」
「どうぞ」
 左手で手綱を握り、右手に槍を担ぐ。
「もはや言うべき言葉はない。各々、存分に戦え!」
「おお!」
 兵士たちが鬨の声を上げた。
 その時、索敵の兵が駆け戻ってくる。
「申し上げます。南方より、アーカス騎兵が急接近」
「……まさか」
 副官が口を滑らせた。
「旗印はレオナルド・セシル将軍」
 シュナイダーの脳裏に、赤髪の丸刈りで小柄な男の顔が浮かんだ。
 ゆっくりと周囲を見渡す。
 あれほどまでに盛り上がっていた熱気が、潮が引くように消えている。歴戦の兵士たちが力なく肩を落とし、才気あふれる参謀たちは泣きながら顔を伏せ、支え続けてくれた副官も言葉なく天を仰いでいる。
 もはやこれまでだった。
 恐るべきは、このタイミングで増援を到着されたオーギュストの手腕であろう。どれほど前から、この状況を読み切っていたことか……。考えれば考えるほど恐ろしい。
 現実的には、戦えばまだ何が起こるかは分からない。だが、戦士として最も華々しい舞台から、奈落の底へ落ちて、完全に将兵の心が折れている。
「ここまで、だな」
 その言葉にハッとして、若い参謀が顔を上げた。
「最後の一兵まで戦いましょう」
「それはできない」
 シュナイダーは首を振る。
「一兵でも多く戦場を離脱させたい」
 それは将軍としての言葉でなく、先輩として兄貴分としての願いであった。


 眼下の草原に、レオナルド・セシルの軍勢が見えていた。
 あわあわあわ……。
 アンが顔面を蒼白にして、口から泡を吹いている。リューフ将軍配下のセシルを援軍に呼ぶ手筈は彼女が担当した(第75章参照)。
「如何にか間に合ったな」
 オーギュストは、弓を真っ直ぐに立て、それに寄り掛かりながら、然も平然と、爽やかな笑顔を見せて呟く。
「あれを間に合ったというんですか?」
 アンが、目を細めて疑惑の視線を向ける。
 確かに、到着したのは6割弱、馬はへとへと、兵士は武器もってない者も多い。
「そうか?」
 オーギュストが首を傾げて、視線をベアトリックスに投げる。
「主観の問題でしょう」
 ベアトリックスが、髪を払って、澄まし顔で告げる。
「だ、そうだ」
 オーギュストが大きく口を開いて笑う。そして、弓をアンに投げ渡すと玉座に腰を下ろした。
「セシルには精々これ見よがしに行軍させよ。後はシュナイダーがどう判断するか……だ」
「はっ」
 ベアトリックスが頷く。
 そこへルイーゼが息を切らせて来る。
「敵が後退を始めました」
 ルイーゼの言葉に、ベアトリックスが思わずホッと笑みを零した。
「露骨だな」
 オーギュストが苦笑する。
「……そんなことはありません」
 一つ咳払いして、冷静に否定する。
「怒るな。もし攻め続けられれば、お前たちの大部分は死んだだろうからな、あははは」
 オーギュストは声を上げて笑った。自分だけは絶対に生き残る、と自信にあふれている。
 しかし、誰も追従する者がなく、その声が静まり返った室内に虚しくこだまする。ようやく冷めた空気に気付いて、オーギュスは不服そうに顔を顰めて、やや早口に命令を下した。
「セシルにはこのまま街道を北上させて、敵の退路を断つと思わせろ。それから、我が直属軍のエステバン・イケル・デ・ハポンに、自慢の『アーカス騎兵で追撃しろ』と命じろ」
「はい、彼もうっぷんが溜まっていたでしょう。必ずや敵本陣を奪い、シュナイダーの首を取りましょう」
 ベアトリックスの返答に、オーギュストがまた笑い始めた。
「さあ、気合いを入れろ。追討戦に移行するぞ」
 ルイーゼの叱咤激励する声が空気を一変させたる。その場にいる将兵が、一斉に背筋を伸ばして踵を鳴らした。

 この後、オーギュストは、空になったシュナイダー将軍の本陣跡を占拠すると、勝鬨を上げて、勝利宣言した。
 そして、援軍のセシル将軍に、アルティガルド主力軍の追撃を任せ、その拠点だった『ヴァインフルス(柳の川)』街へ派遣する。
 また、アレックス将軍には、東の『ツヴェルフ・ヴァッサーファル(十二滝)』河岸段丘に赴かせ、紫紺騎士団の掃討と街道の制圧を託す。
 アウツシュタイン将軍には、寝返り反乱を起こした『ヴァルヌス(胡桃)』山地の諸小領主たちの討伐を命じる。
 さらに、この鶴ヶ原一帯をロックハート将軍に預けて、オーギュストは、直属軍とともにフュンフフルト(五つの瀬)の街に戻っていく。


 フュンフフルト――
 夜、オーギュストを乗せた馬車が、インスティンクト教会の車寄せに到着する。
 参謀と護衛が並んで待つ中、オーギュストは、ベアトリックス、ルイーゼ、アンの三人の参謀を伴って馬車から下りてくる。
「明日、ベーアブルク要塞(第76章参照)の監視を強化しろ」
「はっ」
「紫スカーフの悪趣味な連中が逃げ込むなら、あそこだろう。万が一だが、反撃の含みもある」
「畏まりました」
 三人の女が頷き、オーギュストの背に敬礼する。解れた前髪から、疲れの色が滲んでいる。
 玄関を入ると、一斉にドレス姿の女性たちが、背筋を伸ばしたまま膝を曲げて挨拶をした(カーテシー)。
「大勝利、おめでとうございます」
 きれいに声をそろえて告げる。
「まだ勝ち切った訳ではない」
 優勢から勝利を確定するまでが一番難しい、と冷めた声で答えた。
 オーギュストは、一人の少女の前でローブを広げた。美しく髪を結い上げた少女は、涼しげな顔で前へ出て、その腕の中にすっぽりと納まった。

「……」
 ヤンが玄関ドアの向こうを垣間見ながら、じっと口を真一文字に結ぶ。少年期よりよく見た光景であるが、自分よりも年少者が担うようになったと思うとちくりと胸が痛んだ。
「誰?」
「確か……、親衛隊の研修組のリーダーだったかしら」
「聖騎士の娘だがなんだか言ってたけど、ただの恩知らずよ。すぐに下賜されるわ」
「下賜筆頭候補の常連が何を言うの?」
「ちいっ……」
 風に乗って、馬車の前に佇む女たちの会話が流れてくる。耳を塞ぎたい気分なのに、どうしてか逆に体を傾けてしまう。
「それにしても、見て、ランのあの顔。唇何て噛んじゃって、ふふふ」
 いい気味、と音もなく唇が動くのが見えた。
「留守番組の女にとって、大決戦後の夜伽は、戦場での一番槍と同じ」
「今宵、何を望むかしら?」
「アルティガルドの女王の一択でしょう」
「まさか、ふふふ」
 女たちの声は悪意に満ちて、一ミリも理性を刺激しない。不快な苛立ちばかりがゴミのように積もっていく。
 不意に肩を叩かれた。反射的に心臓が止まりそうになる。引き攣った顔で振り返ると、刀根小次郎が顔を寄せてくる。
「ちょっといいか?」
「何だ?」
「人質を整理しないといけない」
「……」
 現実に引き戻されて、さっと顔から血の気が引いた。
――俺は……あの姉弟を殺すのか……?
 ヤンは呆然と立ち尽くす。


 扉が閉まった瞬間、シルヴィ・ド・クレーザーは長く真っ直ぐに伸びた脚からパンツを抜き取った。そして、オーギュストの首に腕をからめた。
「舌を出して」
 息がかかるほどに顔を近付けて、妖艶にほほ笑むと、顎を上げて、舌を差しだす。まるで雛がエサを求めるようにキスをねだった。
 唇より先に、舌と舌が絡み、相手を飲み込まんばかりに縺れ合う。そして、唇と唇が、噛み付かんばかりに重なり合った。
 ちゅじゅ、じゅじゅじゅる!
 混ざり合い攪拌された唾液を吸い合えば、人工甘味料のどきつい刺激に、胸が焼けるように酔っていく。
「ああン」
 唇が離れると、濡れた唇から、ピンク色の染まった吐息をもらす。
「……ハぁ、はぁ、はぁぁ……」
 安いアルコールに溺れた気分で、狂った瞳が、飢えた獣のように獲物を睨む。
「ねえ、今夜はもう何もないんだよね?」
 興奮を抑え切れない声で告げつつ、シャツを脱がし始める。
「ああ、一晩中、可愛がってやる」
 オーギュストは、熱く宣言すると、首筋にかみついた。
「あ~ぁん」
 その瞬間、血が逆流して、シルヴィは激しい目眩とともに頭が真っ白に染まった。
「でも、その前にシャワーを」
 計らずも、オーギュストは冷静な声で告げて、体を離そうとする。
「だ。だめえ~ぇ……んん」
 シルヴィは狂わんばかりにしがみ付き、片足を上げて腰に絡ませる。そして、露わになった胸に顔を埋めた。
「あたしがきれいにするから」
 舌先で胸を舐め始めた。
「そうそうサカるな」
「だってずっと我慢してたんだもん」
「本当か?」
「ええ、あたしは嘘つかないもん」
「じゃ試すぞ」
 オーギュストはにやけると、スカートを捲る。そして、小ぶりで綺麗な円を描いた尻を撫でる。若さ特有のすべすべした手触りと、剣士として鍛えた成果であるもちもちとした弾力が、何処までも心地よく、何時までも触っていたい。夢中で、尻肉に指を食い込まされて、自在に形を変えまくる。
「ふぅ~ん」
 シルヴィは、瞳を閉じて、うっとりと鼻を鳴らす。
「あっ? あっ、あーーーーーーっ」
 そして、薬指の先が尻の穴に当たると思わず驚きの声をもらし、体をびくりと固くする。
 体幹がしっかりとしているから、しなやかな柔軟性と反発力を感じられた。
「あんっ、いっ、いあーっ、いあーッ!」
 皺の上でゆっくりと円を描けば、おそらく否定を意味であろう音を発しながら、逃げるように腰を浮かせて、左右に悶えるようにくねらせる。
「ひぃっ、いっーーーん」
 そのまま静かに侵入させれば、ぐっぐぐと背筋を反らして、長く糸を引くような声を吹き出した。
 腕の中で次第に馴染む女体。オーギュストは、さらに攻めて、人差し指と中指を揃えて伸ばし、そっと膣穴を弄り始める。
「あーんっ、あっ、あっ、あーッ、あーんっ!」
 みるみるシルヴィの顔が真っ赤に染まって、口からだらしなく涎を垂らしながら、益々可愛らしく呻く。
「そろそろ解れたろう?」
「え?」
 思わず、抒情的な二重瞼を震わせて、上目使いにオーギュストを見る。
「正直に言え!」
「はい」
 強い声で言われて、反射的に頷く。
「俺の留守中、ここを使ったか?」
「いいえ……」
 ぷるぷると首を振る。
「ほらほら、穴が萎んだ。上の口は嘘付きだが、舌の口は正直だぞ」
 詰るように言いながら、二つの穴をぐりぐりと弄り回す。
「あ~~~っ」
 底が抜けたような喘ぎ声を長たらしくもらす。
「自分で触ったのか?」
「あ、ぁ~うん」
「ほう、少し違うか。なら、誰かに弄らせたな」
「あぅあああん」
「当たりか。誰だ?」
「ひぃ、あぃい~あぃぃ~ん」
「一人じゃないなぁ」
「ちぃ、ぃっ、あう~うん」
「淫乱な奴め。お仕置きだな」
 耳たぶを噛んだ。すでに、オーギュストの腕は肘までびっしょりと濡れている。


 その頃、岩盤浴を終えた女性たちが、一人ひとりとマッサージ用のベッドが並ぶパウダールームに集まっている。
 皆、磨き上げた裸体を、ふわふわの白いガウンに包んでいた。
 ラン、伯爵夫人アリーセ、准男爵夫人ヴェロニカ、そして、ブラオプフール男爵未亡人がいて、急な呼び出しに備えて待機中である。
「陣中組は?」
 セラピストから手渡されたオーガニックハーブティーを啄むように飲み、そのティーカップをゆっくりと下ろしながらアリーセが問う。
「もう寝ていますよ」
 同じように紅茶を受け取りながら、ランがあっさりと即答する。
「……」
 アリーセは不審そうな目付きで、ランを見詰める。「確認したのか?」と問い詰める言葉が、今にも口を衝いて出そうなのを堪え切る。
 親衛隊出身と言うが、軽率な言動が多いように感じられた。そつのなさは同期のアンの方が上だろう。剣術の実力も、あの鎮守直廊三人衆に劣るようだ。ただし、オーギュストの愛弟子である。それは真の実力なのか、それとも美貌なのか……。
 ゆっくりと爪先から頭まで観察する。
 身長は170cm弱。脚は長く竹のようにまっすぐで、太ももから腰にかけては、野を駆ける羚羊のように健やかに引き締まって美しい。胸は、釣鐘状の均整がとれた膨らみでやや控え目なのが清楚である。
 肩幅は女性にしてはあるが、それが逆に首をより細く見せ、顔をより小さく感じさせている。
 そして、顔は、はつらつとした若さに溢れている。瞳は猫を思わせるように大きくやや吊り上がり、鼻はすっきりと通って、顎は鋭く尖り、唇は花びらのように薄い。
 肌はうっすらと焼けている。深窓の令嬢が多い後宮の女性としては少し異例であろうが、十分に美形と評するに値するだろう。
 何よりも、血筋がよい。カーン公爵家の末裔を公式に認められている。真偽はともかく、寵愛の証なのは間違いない。
「……」
 早々にオーガニックハーブティーを飲み干すと、ランはアリーセの粘るような視線に気付く。
「何か?」
「別に……」
 強敵である。思わずアリーセは、ティーカップの取手を持つ指に力を込めた。
「それでは、今、警備は?」
 いきなり、ヴェロニカが横から問う。
「親衛隊が詰めている筈」
 ランは無責任に返答すると、マッサージ台の上に登り、四つん這いになる。その時、端のベッドで同様の格好をしている年長の女性と目が合った。
「余興の準備は?」
 ランが問う。
「吟遊詩人を用意していますよ」
 頭を下げ、枕に顔を埋めながら、ブラオプフール未亡人が答える。
「少し不用心では?」
 二人の間に割り込むように、ヴェロニカも四つん這いになる。
「構わないでしょう。敵にも、もはや余力はないでしょうし」
 アリーセが、ランの隣のベッドに両手をつきながら語る。
「……」
 それにヴェロニカとブラオプフール未亡人がひっそりと視線を絡ませた。
「失礼致します」
 すぐに控えていたセラピストが背後に近寄り、浣腸器を尻の穴に宛がう。
「――ん?」
「うっ……」
「ひぃ!」
「んくぅ~~」
 4人は尻を並べて掲げ、浣腸液を注入される。
「全く!」
 不意に、アリーセがベッドの端を強く叩く。
「野心家のベアトリックス、ルイーゼ、マルティナの三人が、呑気に寝ているわけがないわ」
「……でしょうね」
 たいそうな時間差で、アリーセが怒りを爆発させた。その固執の中に焦りを感じて、苦笑を隠しながらヴェロニカが頷く。
――この女は出世できない(笑)
 そして、アリーセは心情を見透かされていることにも気付かず、頭の中で地図を思い浮かべていた。
「彼女たちの思惑は何処かしら?」
 静かに自分自身に問い掛ける。
 王都アルテブルグを中心としたエリース湖沿岸地域とフリーズ大河以北地域は、そのまま新生(傀儡)のアルティガルド王国に受け継がれるだろう。
 サリス帝国が得るのは、精々、ソルトハーゲ要塞、ホークブルグ要塞、バルバブランツァ要塞の譲渡とフリーズ大河以南領土の一部割譲ぐらいだろう。これらは、実働部隊の武将(ロックハート将軍、アウツシュタイン将軍など)に与えられる可能性が高い。
「さあ、皆さん、ご自身の出身地の安堵を望んでいるでは?」
 その時、隣からヴェロニカが言った。思わず、ブラオプフール未亡人を見る。
彼女はブラオプフール城(第75章参照)の安堵とその周辺の加増を望んでいるだろう。
 ヒューゲルランド州モントズィヘル城(第74章参照)はベアトリックスの出身地、望めば、州全体を与えられるだろう。
 他は、ホークブルグ街道のメーベルワーゲン城(第74章参照)は、攻め落とした兄の武勲と合わせてマルティナか?
 そうなると、サリスが新しく築いたシャーデンフロイデ(第75章参照)は、ルイーゼかもしれない?
 一人、脳内で捕らぬ狸の皮算用を続ける。
――出来れば、王室に繋がる自分は旧領に加えてフリーズ大河北岸の拠点も欲しい……。
 そうなれば、サリスとアルティガルド両方に影響を与えることができる。狙いは、ここフュンフフルトかヴァンフリートという事になるだろう。
 誰が何処にどれほどの領土を得るのか、駆け引きは始まっている。寝てなどいられるはずがないのだ。
「……」
 アリーセは奥歯をぐっと噛み締めた。
 誰も信用などできない!
 その時、鈴が鳴り、アリーセを現実に引き戻す。
「さて、出番だ。全く最近の若者は貧弱でしようがないなぁ」
 ランはハニカミながら立ち上がり、嬉々として歩き出した。
「ちぃ――」
 ランの姿がトイレに消えた後、アリーセが小さく舌打ちをする。
「ひぃ~ひゃ~ぁあああ~~~ン」
 その瞬間、下半身への集中力が途切れてしまったのだろう。不覚にも、尻の穴が弛んでしまい、白い液体を吹き出してしまった。
「はっ、いやぁ~~~ん」
 それに驚いて、ヴェロニカもブラオプフール未亡人も、同様に放物線を描いてしまった。


 藍色の絨毯に、青い壁、薄い紫の天井、そして、天蓋付きのベッド。
「夜伽の副のランで~す」
 ランが泥棒猫のように忍び足で入室してくる。
 夜伽には正、副、予備の三つの当番がある。
 基本的に『正』が主に性交するが、失神などした場合に『副』が代行する。また、不測の事態には『予備』が速やかに駆け付けることになっている。
 オーギュストは、健康的なシルヴィの上に圧し掛かり、大臀筋をぎゅっと引き締めている。
「ツーーーッ、ハァ」
 呼吸すら満足に許されなかったのだろう。シルヴィは口を大きく開いて、詰まっていた息を思いっきり吐き出して、新鮮な空気を貪るように吸っている。
 腕は頭上に大きく振りかぶり、枕に爪を食い込ませて、絞り千切らんばかり握り締めている。
「ッハァ、アーッ、アーッ……」
 火照った瞼を閉じ、顎をオーギュストの肩に乗せて、切羽詰まった吐息を、いつまでももらし続ける。
 脚は腰の上に振り上げられて、ぐっと爪先を引き寄せるように足首を曲げて、その足の裏を天井に晒し、限界ぎりぎりまで足の指を広げていた。
 にゅるるっる。
 オーギュストが男根を引き抜き、汗の絡み合った肉体を離す。
「ふぅ、うう、んう……」
 シルヴィは力なく足を投げ出す。そして、指の跡が赤く残る胸を激しく上下させながら、ゆっくりと唇を舐める。
「うっ……ん」
 思わず、ランは生唾を飲み込んだ。
 人体が、あのような格好になることは知っている。
 しかし、あのシルヴィなのだ。
 生まれた時から、聖騎士の家系の子女として、誰よりも厳しく躾けられてきた。
 訓練でどんなに疲労困憊しても、決して寝転がったり、足を投げ出したり、背筋を曲げたりしなかった。掃除などをさせても、品良く立居振る舞い、ガサツさなど微塵も見せなかった。
 おそらく人前で脚を開くなどやっとこともなければ、考えたこともなかったろう。
 そのシルヴィが、こんな痴女のような格好をしている。清純な少女が、一つの常識を踏み外した、まさに瞬間に立ち会ってしまった。愕然とするとともに、胸の奥がむらむらと興奮する。
「おい、痴女」
「え?」
 真に、心外な呼ばれ方である。
「その手は何だ。勝手に自慰を始めるんじゃない」
「はっ……」
 言われて、右手で肉襞をまさぐり、左で胸を揉んでいることに気付いた。
「お前の頭の中は、セックスの事しかないのか?」
「ああ……」
 詰られて、胸の奥が熱くなる。心臓に強い負荷を感じ、頭がぐらぐらと揺れ始めた。
「ああ……ん」
 思考が白く霞み、脳細胞にセックスの文字が馴染んでいくのを実感する。
「ああーん、あん!」
 独りでに、指が動いた。じれったく襞を撫でていた手がクリトリスを爪弾き、乳ぶさを揉む手が乳首を摘まみ捻る。
「ひっ、ああああああっん」
 意識が飛ぶ。
 ビクゥッと背筋を仰け反らせて、ゆったりと開いた股間からプチュウアアアアアア、と飛沫を拭き散らかす。
 ランは、床に膝から崩れ落ちても、行為を止めることができない。
 先程シルヴィよりもさらに大胆に足を開いて、ズブズブと二本の指を膣穴に突き刺し、夢中で掻き廻す。
「うぅううう……」
 キャッツアイのように美しい瞳を剥いて、獣ように呻いた。
「あっ、あああっ、ああーッ」
 衝いて、衝いて、衝きまくる。プチュ、ピチュ、ピチャと水音が繰り返し鳴り響くなかで、自然と腰が浮いた。濡れまくった秘唇が室内の灯りにキラキラと照らされる。
「あはははっ、ああん……あ…、ああああ~~~」
 喘ぎ声をビブラートさせながら、軽くブリッチして、身体をガタガタと震わせる。乳ぶさが胸の上で何処かに飛んで行きそうなぐらい激しく弾んだ。千切れんばかりに掴み、押し潰す。そして、さらに深く指を膣穴へ挿入する。
「あっ、はっ、ふぁっ……」
 瞳を虚ろに曇らせて、断末魔をもらした。
「ごめんなさい……」
「うん?」
 涙を流しながら、突然謝罪の言葉を述べる。
「こんなにスケベでごめんなさい……」
「ああ」
「頭の中……セックスの事しかないの……」
「調度いいさ。俺の女には」
 オーギュストは楽しそうにほほ笑み、ランの前に身を屈める。
「うん」
 幼女のような笑顔を浮かべて、ランは素直に頷いた。その顎を、オーギュストが摘まみ上げる。
「お前――」
「え?」
「シルヴィに何をさせた」
 ランは、ちらりとベッドで寝ている少女を見る。
「ち、ちがうの」
 首を横に振る。
「アリーセさんが交友を深めようというから」
「それで?」
「食事の後お酒を飲んで……お風呂に入って……、各々、どのくらい違うのかなぁと見せ合いっこして……」
「それで、舐め合った訳か?」
「うん」
 恥ずかしそうに頷く。
「全くお前たちは――」
 一度、オーギュストは目を伏せて、大きくため息をつく。それから、眼光鋭く見詰めて、荒々しく抱きしめた。
「最高だな!」
「ええ?」
「お前たちは同じ目的を持った仲間だ。これからも、もっともっと仲良くするんだぞ」
「うん」
「いい返事だ。お前はセックスの事だけ考えていればいい」
「うん!」
 嬉々とした声で頷く。これが、完全にスイッチが入る切っ掛けだった。
「ああん、ああん」
 ランは、情熱的に鼻を鳴らして、夢中で首にしがみ付く。
「あああん!」
 尻を鷲掴みにされて、軽々と抱え上げられた。そのふわりとした浮遊感だけで、ランは、さらなる高揚感に包まれていく。
「うむむむ」
 宙で微かに揺れながら、貪るようにキスをする。一方で、重力の影響だろうか、痛いぐらいに尻肉に指が食い込み、尻の割目は裂けんばかりに左右に打ち開かれてしまう。
 尻の穴と濡れた秘唇の奥の、決して表に出ることのない桜色の柔肉に、新鮮な空気の流れを感じる。
「くっ、はぁんんん!」
 その穴の中に、すっかり馴染んだ肉塊を向かい入れる。途端に、安堵にも似た喘ぎ声を発した。
「うぐぅっ!」
 ドスンと下から突き上げられる。
「ふかいッ!」
 脳天まで突き抜ける衝撃に、ランの髪が舞い上がった。重力に引き寄せられて、尻が舞い落ちる。そのタイミングに合わせて、再び下から突き上げられる。まるで毬のようにランの尻が弾みつづける。
「ひぃ、ひっぃ、奥にあたるぅ」
 内臓を抉られるような衝撃に、ランは涙顔になって、さらに強くしがみ付く。
「あ、ああッ、イクっ、イクっ、イクっ、イクっ……あ、あーーッ!!」
 この破廉恥な駅弁スタイルで早くも一度達した。
 貌は上気して、四肢は弛緩する。もう抱き着いて入らない。そんなランを、オーギュストは、ベッドの上へ放り投げる。シルヴィの隣りに仲良く並べた。
「きゃあ!」
 思わず、ブランコで遊ぶ少女のような無邪気な笑みが零れた。
「このくらいで、それでもセックスをするために生まれてきた女か?」
 罵りながら、オーギュストはますます悪乗りしていく自分に自嘲してします。
「セックスの申し子が聞いて呆れる」
「ご、ごめんなさい……」
「もっと肌を磨け、脂肪を削れ」
「うん、頑張る」
 瞳を潤ませて、無邪気に頷く。
「あはははは!」
 もはや限界である、大笑いしながら、その上に覆い被さり、オーギュストは正常位で激しく攻め続ける。
「ひぃ、ひゃあああ」
 ランは感度よく、喘ぎまくる。
「ああッん、気持ちイイぃッ。オマンコが溶けてしまうぅぅう」
 卑猥な言葉を口走り、自らを更なる高みへ導く。
 ごちゅ、ごちゅ、ごちゅちゅっ!
 膣穴から卑猥な水音を響く。ぶる、ぶるっと乳ぶさを揺らし、乳首を堅く尖らせる。
 髪を振り乱し、唇の端から涎を垂らし、白い裸体に無数の汗の玉を浮かべ、熱病にうなされたように顔を真っ赤に染める。まさに全身でセックスを表現している。
「いくぞ」
「う、うれしい……あっ、あはっ!」
 瞳を至福に潤ませる。
「うッ! ああ……す…すごい…壊れちゃうっうーー!!」
 間髪入れない烈しい攻めに、ランの身体が浮き上がり、腰を別の生き物のように震わす。
「あっ…あっ…っ…!!」
 必死にしがみつき、紙一枚入らないほどに密着する。他人の体温が肌から骨の髄まで染み渡る。至高の気持ち良さである。
「んあぁあぁあっ……!」
 白くしなやかな裸体が蕩けていく。まるでアイスのように溶けて、オーギュストの体にぴったりと纏わりつく。
「あぁんっ! すっ…すっごい……だめえっ…もっ…もぉ……」
 これまで以上の奇声を上げる。そして、オーギュストの膝をギュときつく握りしめて突っ張り、脚を極限まで真っ直ぐに伸ばして、
足の指を丸く巻きこむと、がくがくと小刻みに痙攣される。
「イクッ…イッちゃうぅっ!!」
 ランは最高の絶頂に達する。
 ドタン。
 オーギュストが男根を引き抜き、小脇に抱えていた太腿を離すと、力なくランの身体がベッドに沈む。
 ちゅぷぅ、ちゅちゅ、にゅるるっ。
 その途端、ランはくるりと回って、膝立ちしたオーギュストの股間に顔を埋める。頬を窄めて強く吸い、舌で舐め上げる。
「今凄い。無意識だった」
 スポーツの後のように火照った貌を輝かせて、上目使いに告げる。
「よくできた。いい子だ」
 オーギュストは優しく頭を撫でてやる。


 ミディアムヘアの灰色がかった金髪が、ふわりと揺れる。品の良い唇から大量の唾を垂れ落として、他の女たちの匂いを洗い落とすと、長い舌を伸ばして根元から先端まで棹を大きく舐め上げ、亀頭を優しく包み込むように舐め回し、カリを丁寧になぞり、かつ、鈴口を舌先で繊細に刺激する。
「クチュチュ、ふぅん、ピチュビチュ……うぅん」
 卑猥な水音の中に、時折、鼻からもれる息が混じっている。
 見惚れるほど清楚で際立って気品がある美貌を歪めて、亀頭をすっぽりと含んで、まるで搾り取るように頬を窄めて強く吸引した。
 口の中の温もりを捧げれば、強度をます男根を口全体で感じて、益々頭が眩むような興奮を覚える。ツンと甘酸っぱい匂いさえも魅惑の香水のようで胸が焼けるように煽情する。
 アリーセは、オーギュストの脚の間に蹲っている。視線を左右に振れば、オーギュストの隣には、シルヴィとランが呆けた表情で横たわっていた。
「あたしも……」
 徐に、ランが上体を起こした。そして、まだ朦朧とした顔を近付けてくる。脳みそが入っているのが信じられないほどに小さい。
 二人で、表と裏、棹に舌を這わせる。
 次第に押し出されて、根元の玉へと唇を下げる。袋の中で二つの玉が勝手に動いて可愛らしい。まず優しくキスをして、それから舌で持ち上げて、口に含んで少し引っ張ってみる。
 ランは冠のように上から被さる。目を疑うほど深く飲み込んだ。喉の貫かれているのでは心配してしまう。
「うぐぅん!」
 不意にランが呻いた。オーギュストが秘裂を弄っている。
「あん、あん、あん」
 耐え切れず喉から男根を吐き出し、喉を仰け反らせると子犬のように喘ぎまくる。そして、ぐっと歯を食い縛って太腿の上に顔を沈めた。しかし、口を離したと同時に、男根に指を絡めて扱いている。
 さすがにセックスをするために生まれてきた女と評されるだけのことはある。アリーセは感心した。
 心底、居心地がよい。自分の居場所と言う気がするし、遣り甲斐を感じる。彼女に勝ちたいし、ここで一番になりたいと思った。
「失礼します」
 アリーセは腰を跨ぐ。そして、男根を握り、ランに見せびらかすように挿入していく。すでにそこは恥ずかしいぐらいに濡れているから、すんなりと入ってしまう。
 腰振りアリーセ――!
 いつ頃からか、そう褒められるようになった。嬉しいし、誇らしい。もっと見せたいし、見てもらいたい。
「いやぁん」
 男根に弾かれて滴がランの瞳に飛んだ。ランは瞼を閉じて微笑み、唇を尖らせる。
「仕返ししてやる」
そして、覗き込むように顔を接合部へよせる。
「クリ、大きい」
 剥けたクリトリスを舌先で突いた。
「いっ、いいぃん!」
 両手で肩を抱いてアリーセは喘いだ。
――こんな日々が永遠に続けばいいのに!

「彼女を誘わなかったのは正解ね」
「すっかり取り込まれている……」
「ちょろい――女だわ」
「ええ、伯爵家令嬢が聞いて呆れる」
 ヴェロニカとブラオプフール未亡人の二人が、扉の隙間から覗き見して笑い合う。
「所詮王侯貴族などこんなものよ。これからは、あたしたち地方領主階級がしっかりしていかないと」
「ええ、私たちが、この手でサリスを追い出し、アルティガルドに平和と秩序を取り戻すのです」
「全ては明日の宴会の時に……いいわね、ヴェラ、タビタ」
 ヴェロニカが、背後に控えている二人の少女に問い掛ける。
「はい」
 覚悟を問われて、二人の親衛隊研修組の少女が緊張した面持ちで頷く。
 二人とも、降伏したフリーズ大河南岸の領主の子女である。
 右がヴェラ・コンスタンツェ・プラシュマ。
 常に背筋が一本ピーンと伸びて、慎ましい顔立ちを威嚇的に凛々しく引き締めている。
 切れ長で理知的な瞳、涼しげな眉、通った鼻筋、口元の形も小さく整って、彫刻家が想像したかのように美しい。
 長身ですばらしく形のいい脚をしているが、胸は精々Bカップ止まりで、尻もまだまだ硬さが残っている。また、磁器のようにきめ細やかな肌に、腰まである艶々の黒髪が、より清楚さを強調していた。
 左がタビタ・マルガレータ・ラウエンシュタイン。
 卵型の小さな顔に、ボーイッシュなショートカットが特徴的である。端正な男前な顔立ちだが、その肉体はグラマラスで、胸元は深い谷を刻み、スズメバチのように括れた腰から急激に尻肉が膨らんでいる。
「ヴェロニカさんと私は、手筈通りに吟遊詩人が歌い踊り出したら、警備の目を逸らして、その者たちが近付きやすくするだけ……」
「ええ」
「でも、わたくしにできるでしょうか?」
「タビタ、何を弱気な……」
 叱るヴェラの瞳も泳いでいる。
 タビタの手には一本の黄金の針が握られている。これを身体検査が終わった吟遊詩人に手渡すのが彼女たちの役割である。
 タビタは針を持つ手の震えがいつまでも止まらない。ヴェラがふっとその手を包み込むように掴んだ。
「大丈夫、二人でやり遂げましょう」
「ええ」
 今、運命の分岐の鍵が、二人の手の中にあった。この針の行く先が、歴史を変えてしまうのだ。
「あの者たちならば……必ずややり遂げるでしょう」
「はい」
 4人が励まし合うように頷き合う。
「イっ、クっ、イクっ、イクッ!!」
 その時、アリーセの絶叫が木霊した。無自覚に4人は寝室に視線を注いだ。
「うっ……」
 そして、オーギュストの上で、優雅に腰を振るアリーセを食い入るように見詰めながら、ごくりと生唾を飲み込む。


 ベーアブルク要塞――
「開門」
 真夜中、戦い疲れた紫紺騎士団の一行が、搦め手の門の前に立つ。馬はなく、旗は裂け、鎧は泥にまみれている。折れた槍を杖にし、剣の代わりに棒を持つ者もいた。
「団長のフリーデンタール・シニアである」
 堂々たる声で、名を告げる。
 城内からの反応はなく、城門はひっそりと静まり返っている。とても大決戦の最中とは思えない。
 しばらくの沈黙の後、ギギ、ギギッと奇怪な音が闇夜に響き始めて、堅い封印を解くように、重い扉が徐に開いていく。
「騎士の中の騎士、アルティガルドの至宝、紫紺騎士団の皆様、よく御無事でお越し下さいました」
 門の内側に、若い文官が一人だけ立ち、恭しく頭を下げた。
「うむ」
 フリーデンタールが、荘厳に唸る。
「どうぞ、こちらへ」
「出迎えご苦労」
 フリーデンタールを先頭に、紫紺騎士団が胸を張り、隊伍を整えて、城門を潜っていく。
 搦め手門は、北東に位置し、頑丈な石垣に苔が生している。
 人工の坂道は、石垣の崖に添うように登っていく。
 右手側は高く石垣が聳えて、その上に櫓が乗っている。左手側は深い堀へと落ちている。
 右に折れ、左に曲がると不開門である。
 階段を上れば、東の郭に出る。城壁に凭れて休んでいた兵などが、一斉に顔を上げた。そして、見慣れぬ客にざわめき立っている。その間を紫紺騎士団が行進していく。
「流石は、アルティガルドで最強と評される要塞だ。備えが雄大にして壮大である」
 覚えず、感嘆の声がもれる。
 主郭を構成する石垣が途切れて、まるで歓楽街の路地裏に引き込むようにぽっかりと口を開いている。
 頭上には小さな塔が聳え、その前を右折して木戸を越え、左折して階段を上り、登り切った突当りでまた、右折すると巨大な主郭の門が現れる。
 門から地下通路を抜けて、主郭に至る。天を貫かんばかりにそそり立つ大小二つの巨大な塔が見えた。
「おお! まるでアルティガルド戦士の魂を具現化したようだ」
 余りの感動に、魂が震えた。
「さあ、要塞司令官が待っております」
「あい分かった」
 騎士団を残して、フリーデンタールは数人の側近を連れて塔へ入っていく。
「我に勝機あり! この戦い、まだ分からぬぞ!」
 要塞の荘厳な佇まいに、自然と、不敵な笑みがこぼれた。



続く
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Date:2016/12/01
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